「御府内備考」の版間の差分

2020年4月27日 (月) 17:23時点における版

御府内備考（ごふないびこう）は、文政12年（1829）に、江戸幕府・昌平坂学問所の誌料調が編纂した江戸府内の地誌に関する資料の抜録。『御府内風土記』編纂のための参考資料として作成されたが、明治5年（1872）の江戸城火災で『御府内風土記』が焼失したため、往事の江戸の地誌を知る上での貴重な資料となった。

正編145巻は江戸府内の各町毎に古文書・古記録や「町方書上」等の資料を抜録したもの、続編147巻は神社・寺院毎に資料を抜録したものとなっている。

ただし、正編の御曲輪内の各町（原本3-8巻）は、「町方書上」が揃わない状況で編纂されたため、目録と古記録からの抜録のみ収載されている。また正編の126-139,141-145巻は欠本となっており、一部は旧幕府引継書の『文政町方書上』により補編が作成されている。原本は東京都公文書館所蔵で、写本3種が伝わる。『大日本地誌大系』に正編の翻刻が収載されている。

編纂の経緯

文化7年（1810）に、幕府は、昌平坂学問所に命じ、大学頭・林衡を総裁として、『新編武蔵風土記』を編纂させた。当初は武蔵国の地誌を全て収録する計画だったが、『新編武蔵風土記』には豊島郡以下22郡のことが纂録されるに止まり、江戸府内のことは後日別編によるとされた。ただし、その編纂過程で江戸府内に関する資料も相当量収集されていたため、編纂員の1人だった神谷信順が担当して、便宜的に資料を編集した抜録が作成された。^[1]

文政9年（1826）に、幕府は『御府内風土記』の編纂事業を起ち上げ、神谷が抄録した資料も整理されることになった。同年10月、御書院の番士・三島政行の監修下で、誌料調・井上常明ら10人が資料の整理に着手し、文政12年（1829）9月に初稿にあたる『御府内備考』が取りまとめられた。^[1]

明治5年（1872）の江戸城火災の際に『御府内風土記』は焼失したが、『御府内備考』は焼失を免れて後世に伝わり、江戸の地誌を知る上での貴重な資料となった。^[1]

構成・内容

正続両編で構成され、正編145巻、続編147巻から成る。正編は江戸府内の各市街の広さや地勢、名勝旧蹟などの沿革・由来を記し、続編は神社・寺院の縁起・由緒を詳しく記している。編纂は資料の列挙によっており、従来から知られていた資料だけでなく、新たに収集した古記録・古文書類も網羅されている。その他に、当時幕府が町名主、旧家あるいは祠家寺院に命じて提出させた、文政8年（1825）から同12年（1829）に至るまでの「書上」についての言及も貴重な資料となっている。^[1]

ただし、正編の御曲輪内の各町（原本3-8巻）については、「書上」が揃っていなかったため、目録と、『江戸志』・『落穂集』などの古記録所載の雑話のみが収載されている^[2]。御曲輪内の「町名及里俗呼名」（原本巻8）は、下谷山崎町の名主・藤八が所蔵していた文政4年（1821）の『町鑑』によって編録された^[1]。

原本の凡例から、毎巻に参考として江戸府内の略図と、詳細の区分図が付されていたと見られている^[3]。東京都公文書館の情報検索によると、「江戸図・江戸関係図」中に「御府内備考附図」として所蔵が確認できる（未見）。

写本

蘆田 (1929a 例言)は、もともと『御府内風土記』の編纂のための備考資料としてまとめられたものだったため出版の計画はなく、原本のほか、謄写本3種のみが伝えられた、としている。

この他に東京国立博物館の画像検索で同館に写本の所蔵があるらしいことが確認できる（列品番号：QB-10340）。写本の系統などは不明（未見）。

東京大学史料編纂所蔵本（東史本）

内務省地理課において謄写し、東京帝国大学史料編纂掛の所蔵となったもの

国立国会図書館蔵本（国図本）

帝国図書館所蔵のもの。書誌登録は外題『府内備考』。

東京都公文書館蔵本（都公本）

東京府庁の原本を謄写した東京市史編纂掛本

正編の巻126-139,141-145は原本が欠本している。国図本には、旧幕府引継書の中の『文政町方書上』により、巻127-139、142-143、145の補編が作成されたものが収録されているが、東史本および『大日本地誌体系』には収録されていない。^[4]

• （編注）国図本の総目録には、巻140 中之郷3に「補」の朱書きがあるが、雄山閣 (1931c 例言)によれば、補編ではなく原本とされており、東史本および『大日本地誌大系』には同巻が収録されている。
• （編注）雄山閣 (1931c 例言)には、巻141-145が欠本であることに言及がないが、国図本、東史本および『大日本地誌大系』とも欠本となっている。また雄山閣 (1931c 例言)には、巻143の「柳島」の補編があることには言及がないが、国図本には同巻の補編が存在する。

正編翻刻

正編の翻刻は『大日本地誌体系』に収録されている。編者・底本は巻号によって異なり、第1・2巻（原本の巻1-46）は、蘆田伊人の編により、東史本を底本とし、諸本に照合して校訂したもの^[1][5]、第3・4・5巻（原本の巻47以降）は雄山閣編輯局の編により、原本の巻47-64について国図本、巻65以降について原本を謄写し、諸本に照合して校訂したもの^[6][7][4]となっている。

雄山閣編本のうち、第4巻について、原本の謄写は河越青士、校合は島田筑波、浄書は内山毘世、北村季和、浜中茂昌、山本思明らにより、第5巻について、校訂は島田筑波、浄書は浜中茂昌、内山毘世、北村季和、山本思明、宮沢猶興、遠藤惟政らによる^[7][4]。

第1・2巻では、校訂者により原本にない句読訓点が補われ、（　）で頭注が付され、書名に【　】が補われている^[1]。第3・4・5巻では、句読訓点は原本のままで、（　）の頭注や書名の【　】も付されていない^[6]。

刊行会版

• 日本歴史地理学会(校訂)『大日本地誌大系1御府内備考1』大日本地誌大系刊行会、1914年、NDLJP 1879417

雄山閣版

• 蘆田 (1929a) 蘆田伊人編『大日本地誌大系1 御府内備考1』雄山閣、1929年、NDLJP 1214847
• ― (1929b) ――編『――2 ――2』―、1929年、NDLJP 1214857
• 雄山閣 (1931a) 雄山閣編輯局編『――3 ――3』―、1931年、NDLJP 1214872
• ― (1931b) ――『――4 ――4』―、1931年、NDLJP 1214882
• ― (1931c) ――『――29 ――5』―、1931年、NDLJP 1179190

続編翻刻

以下の刊行が確認できる。

名著出版版

編者不詳。

• 『御府内寺社備考 第1冊（神社）』1986年
• 『御府内寺社備考 第2冊（天台宗）』1986年
• 『御府内寺社備考 第3冊（浄土宗）』1986年
• 『御府内寺社備考 第4冊（古義真言宗・新義真言宗・真言律宗・臨済宗）』1986年
• 『御府内寺社備考 第5冊（曹洞宗・黄檗宗）』1987年
• 『御府内寺社備考 第6冊（時宗・法華宗）』1987年
• 『御府内寺社備考 第7冊（一向宗・修験・庵室・陰陽師）』1987年

台東区版

東京都台東区教育委員会文化事業体育課 編、台東区文化財調査報告書、東京都台東区教育委員会版

• 『御府内寺社備考1（神社・天台宗1）』〈第29集〉2002年
• 『御府内寺社備考2（天台宗2）』〈第30集〉2002年
• 『御府内寺社備考3（浄土宗）』〈第31集〉2003年
• 『御府内寺社備考4（古義真言宗・新義真言宗・真言律宗・臨済宗・曹洞宗）』〈第32集〉2003年
• 『御府内寺社備考5（時宗・法華宗）』〈第34集〉2004年
• 『御府内寺社備考6（一向宗・修験）』〈第35集〉2005年

その他

• 東京都神社庁『東京都神社史料 第1輯 御府内備考続編 神社部』（巻之1-24）、1966年、NDLJP:2992098 (閉)
• 天台宗東京教区寺院誌編集委員会『御府内備考続編 縁起』天台宗東京教区宗務所、2003年

脚注

正編目録