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{{Otheruses|[[日本]]で[[2005年]]に結成された政党}} {{政党 |国名 = {{JPN}} |党名 = 国民新党 |公用語名 = {{Lang|en|People's New Party(PNP)}} |画像 = Headquarters of the People's New Party (2009.09).jpg |党首職名 = 最高顧問<br />顧問<br />顧問<br />代表 |党首氏名 = [[綿貫民輔]]<br />[[亀井久興]]<br />[[中村慶一郎]]<br />[[亀井静香]] |副党首職名 = 幹事長 |副党首氏名 = [[自見庄三郎]] |下院代表職名 = |下院代表氏名 = |上院代表職名 = 参議院議員会長 |上院代表氏名 = 亀井郁夫 |成立年月日 = [[2005年]]([[平成]]17年)[[8月17日]] |解散年月日ラベル= |解散理由ラベル= |後継政党ラベル= |郵便番号 = |本部所在地 = 東京都千代田区平河町二丁目14番7号 |下院 = 衆議院 |下院議員数 = 3 |下院議員定数 = 480 |下院議員集計年月日 = [[2009年]](平成21年)[[8月31日]]現在 |上院 = 参議院 |上院議員数 = 5 |上院議員定数 = 242 |上院議員集計年月日 = [[2008年]](平成20年)[[12月15日]]現在 |議員数ラベル= |党員・党友数 = 約25万人 |党員・党友数集計年月日 = [[2006年]](平成18年)12月現在 |政治的思想・立場 = [[保守]]<br />[[中道右派]]<br />反[[新自由主義]] |機関紙 = 国民新党ニュース |政党交付金 = 4億2900万 |交付金算定基準 = [[2009年]](平成21年)現在 |ウェブサイト = http://www.kokumin.or.jp/ |サイトタイトル = 国民新党ホームページ |シンボル = 人を表している |公式カラーラベル = |国際組織ラベル = |その他フラグ = }} '''国民新党'''(こくみんしんとう、略称:'''国民'''、{{Lang-en|People's New Party, "PNP"}})は、[[日本]]の[[政党]]である。 == 概要 == 2005年、[[自由民主党 (日本)|自由民主党]]の[[綿貫民輔]]、[[亀井静香]]ら「郵政事業懇談会」所属の[[国会議員]]が[[郵政民営化]]を巡る党内抗争の結果、[[離党]]して結成。[[民主党 (日本 1998-)|民主党]]からも党の安全保障政策に不満を持っていた[[田村秀昭]]が参加した。 国民新党の院内会派には綿貫・亀井らと同じく郵政造反組の無所属議員・[[野呂田芳成]]が参加している。[[川内康範]]が顧問を務めていた。現在は[[中村慶一郎]]が顧問に就任している。 政治志向は保守(コンサバ)に分類される。 == 党史 == === 結党 === [[2005年]][[8月17日]]、[[郵政民営化]]関連法案に反対した[[自由民主党 (日本)|自民党]]と[[民主党 (日本 1998-)|民主党]]の議員により元[[衆議院議長]]の[[綿貫民輔]]らを中心に結党された。また、民主党に所属していた[[田村秀昭]]が結党に参加し、政党要件である国会議員5人で発足させ、衆院選でのポスター枚数の増加、[[政見放送]]や[[重複立候補]]を確保した。副代表兼政策委員長に[[エコノミスト]]の[[紺谷典子]]が就任した([[2006年]][[10月]]に辞任。しかし、街頭演説には現在でも時おり顔を出している)。 [[8月23日]]、[[津島恭一]]が入党。8月24日、国民新党の国会議員が6人であったが、[[新党日本]]の国会議員が4人であったため、新党日本は政党要件を満たしていなかったが、自民系反郵政民営化という立場で友好関係を考えていた国民新党は新党日本の政党要件を満たす為に、国民新党結党メンバーの一人である[[長谷川憲正]]参議院議員が期間限定で新党日本に転籍し、[[9月12日]]に国民新党への復党が了承された。このことは各党にレンタル移籍だと批判を浴びた。 === 初の総選挙 === [[9月11日]]の[[第44回衆議院議員総選挙]]では、比例区は新党日本と比例ブロックで重複しないように全11ブロック中、東北・北陸信越・中国・九州の4ブロックのみで候補者擁立。当該比例ブロックでの自民系反郵政民営化票の受け皿となり、選挙区2人と比例区2人の計4人が当選した。 総選挙後は、衆参両院で[[新党日本]]と会派を組む。[[衆議院]]では[[無所属]]の[[野呂田芳成]]も会派に加わり「国民新党・日本・無所属の会」を、[[参議院]]では「国民新党・新党日本の会」を結成した。だが、2006年[[9月]]、新党日本[[幹事長]]の[[荒井広幸]]参議院議員が、[[首相指名選挙]]で綿貫代表でなく旧知の仲であった[[自由民主党 (日本)|自民党]]の[[安倍晋三]][[自由民主党総裁|総裁]]に投票したことにより、田中新党日本代表に荒井の処分を求めたが断られ、新党日本との[[院内会派]]を解消した。また、総選挙のあとから自民党離党者や新党日本離党者が五月雨式に参加している。 一方、新党日本に対しては、綿貫は「最初は国民新党と兄弟みたいな形でスタートしかかったが、途中から手法が変わったので、私たちは絶縁した。だから今は一切、関係ありません。無視しています。党首討論で田中(康夫代表)が来ても、あいさつもしません。知らん顔してます。“コンマ以下”という風にみてます」「ライバルというより敵(かたき)」<ref>『[[スポーツ報知]]』「[http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20070717-OHT1T00010.htm ラストサムライ?いや、これからのサムライだ…党首直撃《5》国民新党・綿貫民輔代表]」</ref>と痛烈に批判した。 === 初の統一地方選挙 === [[2007年]][[4月]]、国民新党にとって初めて挑んだ[[統一地方選挙]]では、[[秋田県]]議会や[[練馬区]]・[[中野区]]・[[日進市]]で公認候補を当選させた。 === 第21回参議院選挙前後の動き === 国民新党の公式サイト上では「国民新党は民主党と合流するのか」の問いにはっきりノーと答えているが、民主党や[[社会民主党 (日本 1996-)|社民党]]との連携を強めており、2007年[[統一地方選挙]]や、[[参議院]][[福島県]]・[[沖縄県]][[選挙区]][[補欠選挙]]、2007年[[第21回参議院議員通常選挙]]、では民主党と双方で候補を[[推薦#公職選挙法における推薦|推薦]]しあった。さらに、衆議院で、[[沖縄県|沖縄]]の[[地域政党]][[そうぞう]]と統一会派([[院内会派]])「国民新党・そうぞう・無所属の会」を結成し、参院選で自・公が過半数割れした場合の[[キャスティング・ボート]]を握ろうとしていた。そのため、党首の綿貫は、[[安倍内閣]]発足時に安倍総理が主張する政策を他の野党が一斉に批判したにも関わらず、「お手並み拝見ですな」と発言したり、2007年[[4月]]に安倍総理が[[靖国神社]]に総理大臣名で供物を送った際にも強く批判する他の野党と対して、「新しい参拝方式だ。良いと思う」と評価、また、2007年6月の民主党パーティーで、わざわざ挨拶に立ちながら「緊張感がない」と民主党を批判激励した。 [[第21回参議院議員通常選挙|第21回参議院選挙]]に向け、国民新党は[[札幌市]][[中央区 (札幌市)|中央区]]に[[北海道]]支部を開設し、[[伊東秀子]]を比例区の候補者として擁立した。また、衆議院で統一会派を組むそうぞうと沖縄県内に強い布陣を敷いている同党との連携により比例票を伸ばすことを期待して選挙協力を進め、5月に比例区に統一名簿で臨むことで合意。そうぞう代表代行の[[沖縄県議会]]議員・[[呉屋宏]]を比例区に擁立した。[[6月28日]]にはペルーの[[アルベルト・フジモリ]]元大統領を比例区で擁立すると発表し話題となった。ただし、フジモリは国民新党側が期待していた[[東京都選挙区]]からの立候補を固辞して比例区からの出馬となり、さらに[[チリ]]で刑事訴追されて軟禁中のため日本国内での選挙活動ができないという大きな制約も付けられた。 国民新党は、選挙が迫った当初は自民党との連携にも含みを持たせていたものの[[安倍晋三]]首相が郵政民営化の見直しを否定したこと、[[安倍内閣]]のスキャンダルが相次いだことなどから野党第一党である民主党との協力に傾斜していった。特に、公示前日の[[7月11日]]になって綿貫代表の地元である[[富山県選挙区]]で民主党・社民党が擁立・推薦した無所属候補である[[森田高]]の推薦に踏み切ったことは野党路線へのシフトを印象付けた。また、[[竹下登|竹下王国]]・[[青木幹雄|青木王国]]とも呼ばれる[[島根県選挙区]]では、亀井久興の長女である[[亀井亜紀子 (政治家)|亀井亜紀子]]が党公認として立候補し、民主党推薦・社民党島根県連支持を取り付けたことで、野党間選挙協力の象徴的な選挙区となった。結局、自党候補を立てない選挙区では、ほとんどの選挙区で民主党または民主党系候補を推薦。逆に島根の亀井亜紀子と[[群馬県選挙区]]の[[福田晃治]]は国民新党の公認候補に民主党が推薦をして支援する形になった。一方、東京や大阪などの大都市部では積極的に独自候補の擁立を行った。 結果、島根の亀井亜紀子は自民党の現職・[[景山俊太郎]]を抑えて当選し、国民新党は選挙区で議席を獲得した。亀井久もその形成に貢献した、島根県内に広がる分厚い自民党支持層を崩しての当選は大きく注目された。しかし、群馬の福田は自民党現職の[[山本一太]]に敗れ、前職では唯一の立候補者だった(比例区の田村秀昭は不出馬・政界引退)[[大分県選挙区]]の[[後藤博子]]は野党系候補の乱立の中で沈んだ。また大都市部の同党公認候補者は、[[大阪府選挙区]]の[[白石純子]]が社民党候補を上回る約16万票(定数3で5位)、フジモリに代わって直前に東京都選挙区から立候補した中村慶一郎が約15万票(定数5で9位)を獲得したが、他の候補も含めて全員が[[法定得票]]数に届かずに落選した。一方、郵政選挙の落選組を中心に候補を擁立し、初めて全国に支持を訴えた比例区では126万9209票(得票率2.15%)を得たが、獲得議席数は1議席と事前の予想よりやや伸び悩んだ。元[[郵政大臣]]で衆議院から鞍替えした元自民党の自見庄三郎が当選したが、他の元国会議員やフジモリ、呉屋、[[チベット]]出身の[[ペマ・ギャルポ]]などは落選した。 参院選の当選者は選挙区の亀井亜紀子と比例区の前衆院議員自見庄三郎の二人となった。また、民主党が大勝して参議院で単独過半数に迫り、自民党と公明党の与党側は過半数を大きく割り込んだ。そのためキャスティング・ボートは握れなかったが、国民新党にとっては善戦したといえる。しかし、民主党は参議院で単独過半数を得ておらず、国民新・社民両党の協力なしに単独で与党と戦うことは難しい状態である。民主党は大勝したものの国民新党の存在感を無視することはできないでいる(参議院で民主党の[[アフガニスタン復興支援特別措置法案]]が国民新党の賛成によって僅差で可決された)。 === 民主党との参議院統一会派結成 === [[第168回国会|第168臨時国会]]召集後、[[民主党 (日本 1998-)|民主党]]より野党が過半数を占める参議院における安定を図るため統一会派の結成を打診されていたが、郵政民営化見直しに関する政策協定が難航したことに加え代表代行の亀井静香が消極的な姿勢を取ったことから結成は一旦、見送られた。しかし、[[10月16日]]に一転して両党が郵政民営化見直し法案を参議院に共同提出することで合意が成立(この際の法案提出には[[社会民主党 (日本 1996-)|社会民主党]]も加わっている)。これに伴い、参議院では[[10月23日]]付で「民主党・新緑風会・日本」と国民新党の統一会派を結成した。しかし、統一会派結成後も過半数を僅かに下回るため、他の野党(主に社民党)や無所属議員との連携が引き続き求められる状況が続いている。なお、国民新党の会派参加後も会派の名称は変更されず「民主党・新緑風会・日本」のままであったが、国民新党側が同党に配慮した名称への変更を求めた結果、[[第169回国会|第169通常国会]]より「民主党・新緑風会・国民新・日本」に名称が変更された。 こうして一旦は統一会派を結成したものの、元から会派結成に積極的ではなかったと言われる綿貫代表や亀井静香代表代行からは、民主党が参議院において郵政民営化見直し法案の国会審議入りに取り組む姿勢が見られないとする苦言が事あるごとに呈され、両名は「早期の法案審議入りが実現しない場合は会派離脱も有り得る」としていた。その結果、法案は参議院[[総務委員会]]で審議され、[[12月12日]]の本会議において野党の賛成多数で可決したが、衆議院では与党の反対により審議が行われないまま「棚晒し」状態が続いた後に[[第170回国会|第170臨時国会]]で[[2008年]][[12月11日]]に採決が行われ、自民党・公明党の反対多数で否決された。 また、[[道路特定財源]]の一般財源化及び[[ガソリン税]]の暫定税率廃止問題では民主党がいずれも賛成の立場で党内意見の集約を進めているのに対し、国民新党では特に一般財源化についての反対意見が優勢となっているのを始め、2008年3月には民主党が不同意を繰り返して空席となった[[日本銀行]]総裁人事について「中央銀行トップの空白は好ましくない」として同意しており統一会派を組んでいる民主党と異なる対応を取る場合も見受けられた。 [[6月5日]]、国民新党は日本銀行審議委員に[[池尾和人]]・[[慶應義塾大学]][[教授]]を起用する人事案について、池尾は郵政民営化に賛成した人物であり同意出来ないとして不同意を民主党に働き掛けていたが、民主党が人事案への同意を決めたことに強く反発し、統一会派を離脱する可能性を示唆したが採決は延期され、統一会派の解消は見送られた。 [[9月13日]]、統一会派を組んでいた下地幹郎が自身代表を務めていた「[[そうぞう]]」を離党し入党。また、[[9月19日]]には[[新党大地]]と統一会派を結成し[[鈴木宗男]]が会派入り、衆議院における会派名を「国民新党・大地・無所属の会」に変更した。 === 第45回衆議院総選挙前後の動き === 2008年の第169通常国会閉会後、国民新党の公約である「郵政民営化の見直し」を民主党が[[マニフェスト]]に反映させることで合意が成立。これに関連する形で民主党代表・[[小沢一郎]]からは次回総選挙において政権交代を実現する為の勢力結集を目的とする[[民国合併構想]]が提案された。しかし、民主党を存続政党とした場合は2004年参議院比例区に自民党公認で当選した長谷川憲正が早くとも2010年の改選までは国会議員のまま民主党に入党することが出来ないことを始め複数の課題で合意が見出せず、党内では亀井静香代表代行を中心とする合併賛成派と亀井久興幹事長を中心とする慎重派で意見の隔たりが解消されず、最終的に合併を断念した。 [[9月26日]]、国民新党所属議員のうち民主党との合併賛成派であった[[糸川正晃]]と下地幹郎が主に後援組織の意向を理由として解散後の民主党移籍を希望している旨が代表の綿貫を通じて民主党側に伝えられ、2名の移籍について両党で引き続き協議<ref>[http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2008092600403 下地、糸川氏、民主入り希望=国民新代表が小沢氏に伝達]([[時事通信]]・2008年9月26日)</ref>。その結果、糸川は衆議院解散後に国民新党を離党して民主党に入党、下地は国民新党に留まり民主党が推薦することで合意が成立<ref>[http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20080930AT3S2901B29092008.html 国民新党の糸川氏が民主党入り]([[日本経済新聞]]・2008年9月29日)</ref>。この合意に基づき、糸川は[[2009年]][[7月21日]]の[[衆議院解散]]を以て民主党へ移籍した。その一方、12月には前年の参議院選挙において綿貫の地盤である富山県で無所属の野党統一候補として当選した森田高が入党した<ref>[http://www.kitanippon.co.jp/contents/knpnews/20081213/17809.html 森田氏、国民新党入党]([[北日本新聞]]・2008年12月13日)</ref>。 2009年[[8月30日]]の[[第45回衆議院議員総選挙]]では、元職の[[松下忠洋]]が返り咲きを果たすなど選挙区で3人の当選を果たすものの、党代表の綿貫民輔、幹事長の亀井久興が落選し、比例当選議員は0人であった。選挙前の4議席を維持できず、3議席にとどまった。これに伴い、綿貫、亀井久興はそれぞれ代表、幹事長を辞任し、それぞれ最高顧問、顧問に、代表代行の亀井静香が代表に昇格。[[9月9日]]に両院議員総会を開き、政策審議会長であった自見が幹事長に就任。また、下地が政審会長及び糸川の民主党移籍で空席となっていた国会対策委員長を兼務することが決定された。 衆議院では[[第172回国会|第172特別国会]]より新党大地が民主党・[[無所属クラブ]]へ会派を移ったことに伴い、単独会派「国民新党」として亀井静香・松下・下地の3名で活動している。しかし、同年11月、亀井代表は民主党圧勝で低下した与党内での発言力を確保するため、一時期対立していた新党日本の田中代表に、対等合併を提案。さらに、[[平沼赳夫]]ら[[平沼グループ]]にも合流を呼びかけた。さしあたり、新党日本との統一会派再結成で合意した<ref>『朝日新聞』 [http://www.asahi.com/politics/update/1116/TKY200911150333.html 国民新党、新党日本に合併打診 統一会派結成では合意 2009年11月16日3時8分]</ref>。 == 入党・離党 == *[[2005年]] **[[8月17日]] [[自由民主党 (日本)|自由民主党]]の元[[衆議院議長]][[綿貫民輔]]、元[[建設大臣]][[亀井静香]]、元[[国土庁長官]][[亀井久興]]、参議院議員[[長谷川憲正]]、[[民主党 (日本 1998-)|民主党]]の参議院議員[[田村秀昭]]が結成。 **[[8月23日]] 自由民主党を離党した[[津島恭一]]前衆議院議員が入党。 **[[8月24日]] 長谷川憲正参議院議員が離党([[新党日本]]へ移籍)。 **[[9月12日]] 長谷川憲正参議院議員が復党([[9月11日]]付けで新党日本を離党)。 **12月 自由民主党を除名された[[亀井郁夫]]参議院議員が入党。 *[[2006年]] **5月 元文部科学副大臣で新党日本副代表の[[青山丘]]前衆議院議員と、同じく元文部科学副大臣の[[宮本一三]]元衆議院議員が入党。 **7月 自由民主党を離党していた[[後藤博子]]参議院議員が入党。 **10月 元[[郵政大臣]]の[[自見庄三郎]]前衆議院議員が入党。 **11月 元財務副大臣で新党日本代表代行の[[小林興起]]前衆議院議員が入党。 *[[2007年]] **1月 元内閣府副大臣の[[熊代昭彦]]前衆議院議員が入党。 **4月 [[伊東秀子]]元[[日本社会党]]衆議院議員が入党。 **5月 [[坪井一宇]]元参議院議員が入党。 **6月 [[アルベルト・フジモリ]]元ペルー大統領が入党。 **12月 [[松下忠洋]]前衆議院議員が入党。 *[[2008年]] **5月 [[木下厚]]元衆議院議員が入党。 **6月 熊代昭彦前衆議院議員が離党。 **8月 小林興起前衆議院議員が離党。 **9月 [[政党そうぞう]]前代表の[[下地幹郎]]衆議院議員が入党。 **10月 津島恭一前衆議院議員が離党。 **12月 無所属([[新緑風会]])の森田高参議院議員が入党。 *[[2009年]] **[[7月21日]] 衆議院解散に伴い糸川正晃前衆議院議員が離党、民主党へ移籍。 == 政策 == 結党時は郵政民営化反対を最優先の公約として掲げ、民営の[[日本郵政]]グループへ組織が再編された現在も「再国営化・公社化」まで踏み込んではいないものの、グループ企業の株式売却凍結と分社化に伴う窓口サービス低下を改善するための組織再編が必要であるとの観点より、民営化後の郵便局・窓口閉鎖状況やサービス低下による国民生活への影響を検証する必要性を特に強く主張している。 憲法に関しては自民党と同様に「自主憲法制定」を綱領に掲げているが、具体的な憲法草案ないし骨子は提示されていない。また、[[日本国憲法第9条|憲法第9条]]に関しては改正に肯定的な議員が多数派であるが、亀井亜紀子を始め改正に反対を表明している議員もおり、統一見解は定まっていない。 外交・安全保障面では隔たりが大きいながらも、内政面では参議院で統一会派を組んでいる民主党よりも、新自由主義的経済政策を批判する姿勢が共通している社民党に近いスタンスを取る場合も見受けられる。[[第170回国会|第170臨時国会]]で、両党が小政党同士で連携することにより、[[テロ対策特別措置法]]延長法案や[[金融機能強化法]]改正案の審議における民主党の国会対応を牽制する動きも見られ、これを契機に両党の意見交換会が常設されている。 この他、[[国籍法3条1項違憲訴訟]]を受けて提出された[[国籍法 (日本)#認知された子の国籍取得(第3条)|国籍法改正案]]の審議に際しては、新党日本と共に[[偽装認知]]を防止する観点より、[[DNA型鑑定|DNA鑑定]]の義務付けを要求したものの、修正は行われず本会議では反対票を投じた。 [[共謀罪]]の制定には反対を表明している。 経済政策では、30兆円の公共投資と10兆円の減税を、5年間継続する計200兆円の[[積極財政]]を唱える。また、財源に無利子非課税国債を主張している。 他には、[[カルテル|談合行為]]を是認するかの様な中小企業対策<ref>[http://www.kokumin.or.jp/seiken-seisaku/mani06.shtml 国民新党 2009 政権政策]</ref>や、[[特殊法人]]の全廃。支払猶予制度([[モラトリアム]])、「一村一祭運動」などがある。 == 国民新党役員表 == ※2009年9月9日現在 ;役員 {| class="wikitable" !colspan="2" |最高顧問 |colspan="6" style="white-space: nowrap;"|[[綿貫民輔]] |- !colspan="2" |顧問 |[[亀井久興]] |[[中村慶一郎]] |- !colspan="2" |[[党首|代表]] |colspan="6" style="white-space: nowrap;"|[[亀井静香]] |- !colspan="2"|副代表 |colspan="6" style="white-space: nowrap;"|[[亀井郁夫]] |- !colspan="2"|代表特別補佐 |colspan="6"|[[森田高]] |- !colspan="2"|[[幹事長]] |colspan="6"|[[自見庄三郎]] |- !colspan="2"|副幹事長 |[[松下忠洋]] |[[長谷川憲正]] |[[亀井亜紀子 (政治家)|亀井亜紀子]] |- !colspan="2"|[[政務調査会長]] |colspan="6"|[[下地幹郎]] |- !colspan="2"|政務調査会長代理 |colspan="6"|森田高 |- !colspan="2"|[[国会対策委員長]] |colspan="6"|下地幹郎 |} ;参議院役員 {| class="wikitable" !colspan="2" |[[参議院議員会長]] |colspan="6" style="white-space: nowrap;"|亀井郁夫 |- !colspan="2"|幹事長 |自見庄三郎 !幹事長代行 |長谷川憲正 |- !colspan="2"|国会対策委員長 |長谷川憲正 !国会対策副委員長 |森田高 |- |} == 歴代国民新党代表一覧 == {| class="wikitable" ! 代 !! colspan="2" | 代表 !! 期 !! 就任日 !! 退任日 |- ! 1 | [[File:Replace this image JA.svg|60px]] || [[綿貫民輔]] || style="text-align:center" | 1 || [[2005年]][[8月17日]] || [[2009年]][[8月31日]] |- ! 2 | [[File:Kamei Shizuka 1-1.jpg|60px]] || [[亀井静香]] || style="text-align:center" | 2 || [[2009年]][[8月31日]] || (現職) |} == 党勢の推移 == === 衆議院 === {| class="wikitable" |- !選挙||当選/候補者||定数||備考 |- |(結党時)||3/-||align="right"|480||正式には0。下記参照 |- |[[第44回衆議院議員総選挙|第44回総選挙]]||4/12||align="right"|480|| |- |[[第45回衆議院議員総選挙|第45回総選挙]]||3/18||align="right"|480|| |} === 参議院 === {| class="wikitable" |- !選挙||当選/候補者||非改選||定数||備考 |- |(結党時)||2/-||align="right"|-||align="right"|242 |- |[[第21回参議院議員通常選挙|第21回通常選挙]]||2/23||align="right"|2||align="right"|242 |} *当選者に追加公認は含まず。追加公認には会派に加わった無所属を含む。 *国民新党結党は衆議院解散後なので、形式的には結党時の所属衆議院議員は0。ここでは、解散時に議員で、結党に参加した人数を議席数とした。 *追加公認は[http://www.shugiin.go.jp/itdb_annai.nsf/html/statics/ugoki/h18ugoki/08siryo/h18kans10.htm?OpenDocument 2 国会議員会派別議員数の推移(召集日ベース)](衆議院、2000年~2006年)、[http://www.shugiin.go.jp/itdb_annai.nsf/html/statics/ugoki/h18ugoki/08siryo/h18kans11.htm?OpenDocument (2) 参議院](2000年~2006年)にある、選挙直後の国会召集日の会派所属者数から判断した。 == 国民新党所属議員一覧 == === 衆議院議員 === {| class="wikitable" |- !colspan="5"|衆議院議員 |- |亀井静香([[広島6区]]) |松下忠洋([[鹿児島3区]]) |下地幹郎([[沖縄1区]]) |} === 参議院議員 === {| class="wikitable" |- !colspan="4"|参議院議員 |- !rowspan="1"|2010年改選 |亀井郁夫([[広島県選挙区|広島選挙区]]) |長谷川憲正(比例代表) |- !rowspan="1"|2013年改選 |[[森田高]]([[富山県選挙区|富山選挙区]]) |[[亀井亜紀子 (政治家)|亀井亜紀子]]([[島根県選挙区|島根選挙区]]) |[[自見庄三郎]](比例代表) |} ===地方議員 === {| class="wikitable" |- !colspan="5"|地方議員 |- |[[石川錬治郎]]([[秋田県]]議会議員) |[[倉田麗華]]([[練馬区]]議会議員) |[[坪井恵美]]([[中野区]]議会議員) |[[西尾克彦]]([[日進市]]議会議員) |[[野本勇]]([[加須市]]議会議員) |} == 国民新党の政権ポスト == ()内の党内ポストは、入閣直前のポスト * 平成21年([[2009年]])[[9月16日]]・[[鳩山由紀夫内閣]] ** [[国務大臣]] *** 内閣府特命担当大臣([[日本郵政|郵政改革]]・[[金融担当大臣|金融]]担当)・[[亀井静香]](代表) == 政党交付金 == 2006年(平成18年) *'''2億6600万'''円 2007年(平成19年) *'''3億2940万3000'''円 2008年(平成20年) *'''3億8395万5000'''円 == その他 == === 4コマ === 2005年の党結成直後、党の公式サイト開設に伴い総選挙に向けて国民に対し自分たちの政策をわかりやすく広める意図で書かれた無署名(著作者不明)の[[4コマ漫画]]3本が置かれていた。その内容は、[[アドルフ・ヒトラー|ヒトラー]]になぞらえたと思しき[[小泉純一郎|小泉]][[内閣総理大臣|首相]]や綿貫代表の顔をした太陽(童話「北風と太陽」のパロディ)が登場するもので、そのシュールな内容により4コマ漫画の内容を揶揄する話題やコラージュ作品が[[電子掲示板]]等で取り上げられる<ref>マンガの下の「印刷する」というキーワードを「これは実は4コマではなく5コマ漫画でオチはすべて5コマ目の"印刷する"だ」などとネタとする者もいる。</ref>。選挙終了後にこの4コマは削除されていたが、現在は2007年に設置された「過去の4コマ」のページに再掲載されている。 現在は[[高信太郎]]の4コマ「ふざけるな!喝!」が2007年6月より不定期で掲載されている。 === bizドメイン === 結党時に開設した「国民新党(国民)ホームページ」が、通常はビジネスサイトなどに用いるbizドメイン(www.kokumin.biz)であったため、当時話題となった。なお、国民新党ホームページは[[2006年]]3月にor.jpドメイン(www.kokumin.or.jp)に移行した。 === 党員 === 党員の多くはかつて郵政民営化に反対した自民党員である。そのため大半の党員は選挙運動に慣れており、市民団体的な政治団体の党員とは性格が異なる。国民新党に入党届けを提出し、党員となると本人の希望によって国民新党支部を設立することが出来る。 ある意味で現在の自民党より(小泉内閣発足以前の)自民党らしい性格の政党であるため、かつて自民党への支持を掲げていた[[特定郵便局]]局長の多くが国民新党の支持に傾いており、さらに地方部における自民党離れも手伝ってか、党員数は25万人を超えている。その数は民主党員の約4万2000人よりも格段に多く(※民主党は党員の他にも「サポーター」が約20万人いるが、その事を勘案しても民主党の党員・サポーターの合計数に勝る人数の党員がいることになる)、党所属の議員が不在で支部が存在しない地域にも多くの党員がおり、党活動を行うことが可能になっている。 そのため、長らく[[東京都]]などの[[都市]]部を中心に貼られている傾向にあった党のポスターが、ここ最近は候補者を擁立していない地方やかつて「自民王国」と呼ばれた[[農村]]部などでも急速に増加しており、党員や[[勝手連]]的な団体の[[参議院議員通常選挙|参院選]]や[[衆議院議員総選挙|衆院総選挙]]に向けた活動が見られるようになった。 郵政関係者からの大きな支持を受けて、2007年4月の[[統一地方選挙]]の重点公約では「郵政事業によるユニバーサルサービスの堅持」を一番に掲げていた。前述のとおり、国民新党の党員の多くはかつての自民党員が多いことから、民主党の活動があまり見られない地域でも、小政党ながら自民党支持者との摩擦の少ない堂々とした活動を展開することができるとされる。 党員証は自民党のそれと同じく、ハガキの切り取り式(つまり紙製)であり、レイアウトもとてもよく似ている。 === 広報活動 === 亀井静香を始め個性の強い政治家が不慣れな選挙対策パフォーマンスを誇示することで注目を集めている。地方議会では小林興起政治経済塾出身者より坪井恵美・倉田麗華ら認識効果の高いキャラクター性を持つ議員を輩出しているが、同塾の主宰者である小林興起自身は国民新党を離れている。 2007年5月から、参院選へ向けての[[コマーシャルメッセージ|テレビCM]]を放送した。代表代行・亀井静香が、[[川内康範]]が[[作詞]]・[[作曲]]の「おかあさん」を党の[[テーマソング]]として歌い、綿貫代表が指揮をするという内容であるが、亀井のレコーディングに際しては一度レコーディングが済んだものに対し、川内康範が「歌になっていない」と酷評。再レコーディングとなり、亀井は幾度となくダメ出しされたが、後にOKとなる。 ===全国縦断リレーマラソン=== 2007年6月2日より、7月の参院選に向け所属国会議員や参院選候補者らが走りながら各地で政策を訴える「全国縦断リレーマラソン」を実施した。最初のランナーは2日正午に、北海道・宗谷岬と沖縄県・摩文仁の丘を出発。選挙告示後もリレーは続けられ、投票前日の7月28日に東京[[有楽町マリオン]]でゴールする。 もっとも、夏の暑い時期とあり実際に走るのは区間の一部で、移動には車も利用。当時80歳の綿貫代表は7月11日に東京都内で特別日程として開催された街頭パレードに参加した。 === 記者会見出席拒否 === [[2009年]]3月18日、国民新党は、「(3月13日に発表した経済対策を)書いてない社は出ていけ」などとして、[[朝日新聞社]]、[[産経新聞社]]を含む一定の報道機関の定例記者会見への記者の会見出席を拒否する<ref>[http://www.asahi.com/politics/update/0318/TKY200903180236.html asahi.com] - 国民新、記者の会見出席拒否「党に関する記事少ない」、2009年3月18日。</ref><ref>[http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/090322/plc0903220748001-n1.htm MSN産経ニュース] - 【from Editor】どうしたの? 国民新党、2009年3月22日。</ref>。 == 脚注 == <div class="references-small"><references /></div> == 関連項目 == *[[日本の政党一覧]] *[[郵政民営化]] *[[国民新党所属の議員及び党員]] == 外部リンク == *[http://www.kokumin.or.jp/ 国民新党ホームページ](公式サイト) *{{youtube channel|KokuminChannel}} {{国民新党}} {{日本の政党一覧}} {{DEFAULTSORT:こくみんしんとう}} [[Category:日本の政党]] [[Category:日本の政治団体]] [[Category:国民新党|*]]