「徳川義親」の版間の差分

1886年10月5日、東京・[[小石川]]の[[安藤坂]]上にあった[[越前松平家]]の本邸（[[松平茂昭]]邸）で、元[[福井藩|越前福井藩]]主・[[松平春嶽|松平慶永（春嶽）]]の五男として生まれる<ref>香山(2014)p.2、小田部(1988)p.14、科学朝日(1991)p.191、中野(1977)pp.27-28</ref>。幼名は錦之丞<ref>香山(2014)p.2、小田部(1988)p.14、中野(1977)p.27、科学朝日(1991)p.191。春嶽は、晩年の男子出産を喜んで、自分と同じ幼名を授けた（小田部,1988,p.14）。</ref>。生後間もなく巣鴨の別邸に移り<ref>香山(2014)p.2</ref>、その後、小石川[[関口]]台町にあった慶永邸に転居<ref>香山(2014)p.2、徳川(1963)p.89</ref>。3歳のとき父を亡くし<ref>香山(2014)p.2。徳川(1963,p.88)では、「5歳のとき」</ref>、8歳まで生母・糟屋婦志子（かすや ふじこ）に育てられた<ref>小田部(1988)pp.16-17、中野(1977)p.28、徳川(1941)p.序1</ref>。婦志子は慶永の[[側室]]だったため、義親やその兄姉は身分の違いを意識するよう育てられ、礼儀作法などを厳しく躾けられたという<ref>小田部(1988)pp.16-17、中野(1977)p.28、徳川(1963)pp.90-92、徳川(1941)p.序1</ref>。

1892年11月、[[学習院]]初等科に入学<ref>科学朝日(1991)p.191、中野(1977)p.30</ref>。1年生時に落第したため、学習院初等科の教師をしていた宇川信三の家に預けられる<ref>香山(2014)p.2、小田部(1988)p.19、科学朝日(1991)p.191、中野(1977)pp.30-31、徳川(1963)p.92</ref>。宇川の家は[[紀尾井町]]の長屋が多い地域の一角にあり、長屋に住む庶民層の子供たちと[[石蹴り]]や[[めんこ]]、[[ねっき]]などをして遊び、[[清水谷公園|清水谷]]の小川でエビや[[ダボハゼ]]を釣るなどして過ごすうちに、逞しさを身につけたとされる<ref>科学朝日(1991)pp.191-192、小田部(1988)p.19、中野(1977)p.31、徳川(1963)p.92</ref>。教科書は読まずに「[[少年世界]]」の雑誌や小説を読み耽っていたため、成績は最劣等のままだった<ref>科学朝日(1991)p.192、中野(1977)p.31</ref>。

1902年9月、学習院中等科4年から、[[麻布桜田町]]にあった[[時習舎]]<ref>[[井上馨]]が、旧[[長州藩]]主の[[毛利家]]の人材育成のために毛利家に出資させて開設していた私塾（香山,2014,pp.2,22、小田部,1988,pp.19-20、中野,1977,pp.31-33）。義親の入塾時には、教員・事務員27名で、皇族や財閥、華族の子弟94名を指導していた（同）。</ref>に入塾し、共同生活を送る<ref>香山(2014)p.2、徳川(1963)p.89。科学朝日(1991,p.192)、小田部(1988,pp.19-20)および中野(1977,pp.31,33-34)では、学習院中等科3年のとき、としている。</ref>。時習舎の規律は厳正で、1対1での勉強指導もあり、この頃義親は本気で勉強を始めたという<ref>小田部(1988)p.20、中野(1977)pp.33-34</ref>。

1906年8月、[[軽井沢]]で尾張徳川家第18代当主・[[徳川義礼|徳川義禮]]の長女・米子と[[見合い]]<ref>小田部(1988)pp.21-22および中野(1977)p.34。義禮には男子嫡子がなく、病状を悪化させていたため、婿養子を探していた（同、香山,2014,p.2）。</ref>。当初、[[入婿]]となることを嫌い、縁談を断わったが、[[井上馨]]ら周囲からの説得を受けて同年末に承諾した<ref>香山(2014)p.2、小田部(1988)p.22、科学朝日(1991)p.192、徳川(1963)pp.97-98および中野(1977)pp.34-36。井上は、越前松平家32万石の5男よりも尾張徳川家62万石の当主の方が活躍の舞台は大きいし、君は徳川の人間だから徳川のために尽くせ、と言ったとされる（中野,1977,pp.34-36）。</ref>。

1908年1-2月に同家の養子となり、米子と婚約、同年3月「徳川義親」と改名、同年4月[[従五位]]に叙せられた<ref>香山(2014)p.2、小田部(1988)p.22、科学朝日(1991)p.192および中野(1977)pp.37-38。</ref>。同年5月、義父・義禮の死去に伴い、尾張徳川家の家督を相続して第19代当主となり、同年6月に[[侯爵]]を襲爵した<ref>香山(2014)p.2、小田部(1988)p.22、科学朝日(1991)p.192、中野(1977)p.38、徳川(1963)pp.98-99</ref>。

1908年7月に学習院高等科を卒業<ref>中野(1977)p.39。最劣等で卒業した（同）。徳川(1963,p.99)では、尾張徳川家への入婿に伴う一連の出来事のため、ほとんど学校へ行けず、名古屋にいたため、成績は最劣等だった、としている。</ref>。同月、時習舎を出て[[牛込区]][[市谷仲之町]]の尾張徳川家の屋敷に移り<ref>香山(2014)p.2</ref>、屋敷内に設けられた「一渓塾」で同家の[[尾張徳川家#御相談人|御相談人]]の1人だった[[加藤高明]]から[[理財]]の指導を受けた<ref>小田部(1988)pp.41-43。香山(2014,p.2)は、市ヶ谷仲之町の邸宅の隣に「一渓舎御学問所」が建てられ、義親はそこに住んだ、としているが、理財の指導には言及がない。</ref>。

1908年9月、[[東京大学|東京帝国大学]]文科大学史学科に無試験入学<ref>科学朝日(1991)p.192、小田部(1988)p.28、中野(1977)p.39および徳川(1963)p.99。歴史に興味はなく、ただ無試験だという理由から史学科を選んだとされる（同）。徳川(1963,p.99)は、文科大学は無試験で入学することができ、歴史は嫌いだったが（他学科入学の）手続きが間に合わなかった、としている。</ref>。在学中の1911年4月号の『歴史地理』誌に、「吾妻（あづま）」の語源説に関するメモを寄稿している<ref>徳川(1911)。同誌同年6月号に、岡部精一が徳川(1911)をほぼ全否定する論考を寄稿しており（岡部精一「説苑 吾妻国追考に就きて徳川義親君に答ふ」日本歴史地理学会『歴史地理』vol.17、no.6、吉川弘文館、1911年6月、pp.37-40、[http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3566389/37 NDLJP:3566389/37]）、続稿は確認できない。</ref>。[[尾張藩]]が領地としていた[[木曾郡|木曾]]（長野県西筑摩郡）の経営史をテーマに卒業論文を執筆したが<ref>科学朝日(1991)p.192、小田部(1988)p.28および徳川(1963)p.100。論文の表題は「木曾山」（徳川,1915）。科学朝日(1991,p.192)は、力作だったが、経済史の分野が日本で定着していなかったため、指導教授らからは不評だった、とし、小田部(1988,p.28)は、経済史研究だったため、指導教師に「そんなものは歴史ではない」と言われた、としている。</ref>、学位は得られなかった<ref>徳川(1971)。小田部(1988)pp.18,28、中野(1977,pp.54-55)および徳川(1963,p.100)は、卒業した、としているが、科学朝日(1991,p.194)は卒業したかに言及していない。徳川(1971)に、後日、徳川林政史研究所の研究主事が学位を請求したが、東京大学文学部国史科に断られた、との記述がある。</ref>。

1911年9月に[[服部広太郎]]の口利きにより同大学理科大学動植物学科に学士入学<ref>科学朝日(1991)p.194、小田部(1988)pp.18,28、中野(1977)pp.54-55および徳川(1963)p.100。科学朝日(1991,p.194)は、もともと生物学にそれほど興味があったわけではなく、同学科に所属していた尾張藩出身の服部広太郎の口利きにより、簡単な面接のみで入学が許可されたためらしい、としており、中野(1977,pp.54-55)は、服部広太郎に相談して形式的に試験を受けることになったが、[[植物分類学]]の[[松村任三]]教授が「植物にはいるのに植物の試験はいらん（…）」として合格にした、としている。入学先の学科に関して、生物学科（科学朝日,1991,p.194、徳川,1963,p.100）、生物科（小田部,1988,p.28）、植物科（小田部,1988,p.18）など記載に揺れがあるが、小倉謙(編)『東京帝国大学理学部植物学教室沿革』東京帝国大学理学部植物学教室、1940年、[http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1115186 NDLJP:1115186] (閉)、p.120によると、1912年まで東京帝国大学理科大学では「動植物学科」に入学した後、3年次に動物学科か植物学科のいずれかを選択していたが、同年（義親が2年次のとき）に制度変更があり、動物学科と植物学科が入学時から分離され、義親は動植物学科1年から植物学科2年に進学した（同書p.128）。なお「理科大学」は1919年に「理学部」に改組されている。</ref>。[[植物学]]を専攻して、服部らの指導を受け、[[イチョウ]]の生殖について研究した<ref>科学朝日(1991)pp.194,196、小田部(1988)p.28、中野(1977)p.61および徳川(1963)p.61</ref>。

この間、1909年11月に米子と結婚し<ref>小田部(1988)p.18、科学朝日(1991)p.192および徳川(1963)p.102</ref>、同年12月から小石川区の[[小日向|小日向水道端]]の邸宅で米子と義母の故義禮夫人・良子と同居生活に入った<ref>香山(2014)pp=2,3,22-23</ref>。

東大在学中の1909年に、尾張徳川家の家従・[[五味末吉]]、北海道・[[八雲町|八雲村]]の徳川開墾場<ref>[[明治維新]]から10年後の[[1878年]]に尾張徳川家・[[徳川慶勝]]が旧尾張藩士の志願者を移住させ、[[秩禄処分#士族反乱と士族授産|士族授産]]のために開墾したことを起源とする（小田部,1988,p.31、徳川,1963,pp.104-105）。政府から下付された850万坪の「徳川開墾場」に藩士約100家族を移住させ、生活を支援しながら開墾をさせていた（中野,1977,p.71、徳川,1963,pp.105-106）。</ref>の農場主任・[[大島鍛]]（きとう）とともに北海道一周旅行を計画し、[[駅逓所]]を利用して[[網走]]まで約200キロメートルを馬を乗り換えて旅した<ref>大石(1994a)p.9、徳川(1963)pp.105-106</ref>。

翌1910年には、徳川家の名義となっていた八雲村の土地を開拓に成功した農民に譲渡することを宣言<ref>大石(1994a)pp.91-93、中野(1977)p.71、徳川(1963)pp.105-106</ref>。1912年に、抵当権を解除し、土地の所有権移転の手続きを終えて、開墾に成功して定着した60戸に1戸あたり37,500坪、総計225万坪を無償配分して独立させ、尾張徳川家は残る土地を「徳川農場」として経営した<ref>大石(1994a)pp.91-93、中野(1977)p.71、徳川(1963)pp.105-106</ref>。

[[File:Tokugawa_Yoshichika_1913.JPG|thumb|徳川義親、貴族院議員としての大礼服姿<ref>徳川(1963)p.121</ref>]]

1911年10月4日、満25歳到達により自動的に[[貴族院 (日本)#公爵議員・侯爵議員|貴族院侯爵議員]]に就任<ref>『官報』8489号、大蔵省印刷局、1911年10月5日、[http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2951846/7 NDLJP:2951846/7]、p.90、小田部(1988)p.50および徳川(1963)p.120。中野(1977)p.57では、1912（大正元）年10月に就任した、としている。</ref>。就任当初は就学中だったため議会を欠席することが多かったが、大学卒業後、本格的に登院するようになると、貴族院の現状に不満を抱くようになり、このことがのちの貴族院改革運動につながったという<ref>徳川(1963)p.120</ref>。貴族院の特権的空気と白々しい議場風景を嫌い、1914年1月の[[シーメンス事件]]後の[[第1次山本内閣]]倒閣運動の議事などを除いて、ほとんど議会に出席しなかった、ともいわれている<ref>中野,1977,pp.57-60</ref>。

==== 美術館設立構想 ====

1910年4月12日に[[第3師団 (日本軍)|名古屋第3師団]]東練兵場（現・[[名城公園]]内）で行なわれた「名古屋開府300年紀念大祭」に米子・良子とともに祭主として出席<ref>香山(2014)p.6</ref>。尾張徳川家は祝賀行事の一環として名古屋で什宝の展覧会を2度開催して好評を博し<ref>香山(2014)pp.3-8</ref>、尾張徳川家の什宝は美術雑誌『[[国華]]』で度々特集されるようになった<ref>香山(2014)p.16</ref>。

1912年4月には、東京帝国大学・京都帝国大学の文科大学が義親に什宝の観覧を申し入れて両大学の教授・講師が名古屋・大曽根邸を訪問し、同行した国華社が什宝の写真を撮影<ref>香山(2014)p.15</ref>、同年5月18日に東京帝国大学文科大学の集会所でこの写真の展示会が行なわれ、反響を呼んだ<ref>香山(2014)p.15、徳川(1963)pp.103-104</ref>。

また1915年5月29日には、東京帝国大学の[[東京大学の建造物#本部・共同利用施設|山上御殿]]で源氏物語絵巻3巻など尾張徳川家所蔵の絵巻物6点の展覧が行なわれ、約700人が観覧に訪れた<ref>香山(2015)p.28、香山(2014)p.20</ref>。

こうした什宝の展覧会がたびたび話題を呼んだことから、義親は、什宝の保存や公開の必要性を感じるようになったとみられている<ref>香山(2014)p.20。徳川(1963)pp.103-104では、源氏物語絵巻を一般公開すると、見せて欲しいという人が多かったため、[[田中親美]]に依頼して7年がかりで模写を作成し、更に絵巻を裁断して展示することにした、としている。</ref>。

先代・義禮が当主のとき、尾張徳川家の本邸は名古屋の[[大曽根]]にあったが<ref>家職の多くは名古屋に居住しており、東京には東京在住の御相談人と米子の身の回りの世話をする最低限の人員しかいなかった（香山,2014,p.3）</ref>、義禮が没し、1908年12月に義禮夫人・良子が名古屋から東京に転居すると、名古屋の本邸は当主不在となり、資産の整理・処分が課題となった<ref>香山(2014)p.3</ref>。

1910年5月に、名古屋に保管していた什宝の処分を目的として、御相談人の1人・[[片桐助作 (1851年生)|片桐助作]]に什宝の整理・調査と目録作成を委嘱、片桐は同年から、5年がかりで作業にあたった<ref>香山(2014)p.11</ref>。

1913年7月11日、小日向水道端から[[南麻布|麻布富士見町]]の新邸に転居し、このとき尾張徳川家の事務所を名古屋から東京に移した<ref>香山(2014)pp.3,31</ref>。

義親が大学を卒業した1914年頃から、尾張徳川家では、[[堀鉞之丞]]を[[家令]]に迎え、拠点を名古屋から東京へ移すことを念頭に、名古屋にあった土地家屋や家財の処分、拠点・事業の整理・縮小が進められた<ref>香山(2015)p.27</ref>。

大学卒業後、義親は東京・麻布富士見町の自邸内に研究室を設けて植物学の研究を継続していたが、1916年頃に本格的な研究所設立を構想、1916年12月に[[東京府]][[荏原郡]][[荏原区|平塚村]][[小山 (品川区)|小山]]に用地を取得した<ref>香山(2015)p.31</ref>。

1917年には、生物学研究所の新設等を理由として、尾張徳川家が運営に注力していた名古屋・[[大曽根]]の[[愛知県立明和高等学校|明倫中学校]]と[[明倫博物館|同校附属博物館]]の愛知県への移管を決めた<ref>香山(2015)pp.27-28,30-31。同年11月に交渉が妥結し、1919年4月に移管が実施された（同）。</ref>。また同年以降、名古屋にあった大曽根邸以外の建物・所有地や、大曽根邸の「不要建物」を売却処分し、名古屋における拠点を大曽根邸の最小限の建物・所有地に集約した<ref>香山(2015)pp.27-28,31-32</ref>。

愛知県下の尾張徳川家の財産処分を大胆に進めた義親に対して、これに否定的な旧藩士との間には意見の対立もあり、1914年頃から新聞で義親との不和が報じられていた明倫中学校の校長・[[森本清蔵]]が1916年に辞任した後、明倫中学校の校長は長く空席となり<ref>香山(2015)p.38</ref>、「明倫中学校問題」は「新旧思想の衝突」と評された<ref>長江(1921)p.150</ref>。尾張徳川家の御相談人だった[[加藤高明]]や[[八代六郎]]も、生物学研究所や林政史研究所（後述）の設立構想に反対したとされる<ref>中野(1977)p.59</ref>。

1918年4月に[[徳川生物学研究所]]が開設され<ref>香山(2015)p.31、科学朝日(1991)p.195、小田部(1988)pp.14,28および徳川(1963)p.101。小田部(1988,pp.14,28)および徳川(1963,p.101)は、設立時期を1914年9月とし、徳川(1963,p.101)は、1914年9月に武蔵小山に設立、初代所長は服部、としているが、前述のとおり小山の用地取得は1916年12月のことで、1914年9月は自邸内の植物学研究室の開設時期と思われる。</ref>、同研究所は多くの生物学者の研究を支援するとともに、義親自身も研究所で[[ヒガンバナ]]や[[カンナ (植物)|カンナ]]の生殖の研究を行なった<ref>科学朝日(1991)pp.195-198</ref>。

1920年には、学習院の植物科の教授を兼ねていた服部広太郎が欧州行きで不在にする間、代理で同科の講師を引き受けた<ref>中野(1977)p.74、徳川(1963)p.112</ref>。このとき義親は、学習院の校風が成績本位に変ったと感じたといい、息子の義知と義龍を[[暁星中学校・高等学校|暁星中学]]へ入学させることにした<ref>中野,1977,pp.74-75</ref>。

1923年から生物学研究所の所長となった服部広太郎は皇太子時代からの[[昭和天皇]]の生物学の師でもあり、義親と昭和天皇の間には、義親が各地で収集した珍しい動植物を昭和天皇に献上するなど、学者としての交流もあった<ref>科学朝日(1991)p.196、小田部,1988,p.29</ref>。

[[File:Tokugawa_Yoshichika_1919.JPG|thumb|岡本一平の漫画漫文「殿様の熊狩り」より、[[函館桟橋]]の特別室で休憩中に永田某の訪問を受ける徳川義親<ref>岡本(1929)p.46</ref>]]

1918年以降、毎年3月頃に徳川開墾場のある北海道・八雲村を同地を訪れて熊狩りをした<ref>大石(1994a)p.177、科学朝日(1991)p.191、小田部(1988)p.31、徳川(1963)pp.110-112</ref>。

義親自身、「熊狩雑話」<ref>1918年3月。徳川(1921)pp.1-28</ref>、「熊狩記」<ref>1920年3月、徳川(1921)pp.113-203</ref>、「熊をたづねて」<ref>1921年3月、徳川(1921)pp.205-258</ref>などの体験記を執筆。また熊狩りに同行した[[岡本一平]]が『朝日新聞』に連載した漫画漫文（岡本,1929）の中で、義親を題材にしたことから、義親は「熊狩りの殿様」として知られるようになった<ref>大石(1994a)pp.178-179、中野(1977)p.75、徳川(1963)p.111。</ref>。

この頃からアイヌの生活にも関心を持つようになり、1920年にたまたま八雲町を訪れた[[アイヌ語]]とアイヌ研究の権威・[[ジョン・バチェラー]]博士と意気投合し、後に博士の活動を支援することになった<ref>大石(1994a)p.181</ref>。同年5月以降、毎年東京の[[松坂屋]]でアイヌ慈善[[バザー]]を主催し、徳川農場の作物などを販売した<ref>大石(1994a)p.181</ref>。

1919年7月末には、約1ヶ月間かけて[[千島列島#北千島|北千島]]・[[占守島]]へ船で旅行<ref>「北千島紀行」（1919年10月、徳川,1921,pp.29-111）。徳川(1921,pp.30,33-34)は、他人からは研究や探検に行ったと思われがちだったが、単なる避暑旅行だった、としている。</ref>。[[柳田一郎]]、その紹介を受けた音楽教育家の[[鈴木鎮一]]、千島列島と縁の深い[[郡司成忠]]、その妹でピアニストの[[幸田延子]]ら14人が同行した<ref>徳川(1921)p.31</ref>。

1918年の[[米騒動]]の後、[[大川周明]]が設立した[[老壮会]]への参加を勧誘される<ref>中野(1977)pp.72-73</ref>。1920年に[[清水行之助]]が大川や[[北一輝]]の支援を受け[[右翼団体]]・[[大化会]]を結成した頃に、尾張徳川家の御相談人だった八代六郎[[海軍大将]]を通じて大川や清水と面識を得た<ref>小田部(1988)p.70、中野(1977)pp.72-73</ref>。

また1918年の暮れ頃には、旧尾張藩出身の[[加藤勘十]]の訪問を受け、[[無産運動]]の話を聞いたとされる<ref>中野(1977)pp.67-68</ref>。

1920年1月12日、1910年から片桐助作が行なっていた尾張徳川家の什宝類の整理と品位鑑定が1915年までに完了したことを受けて<ref>香山(2014)pp.11-15。</ref>、新聞を通じて、大曽根邸の敷地に尾張徳川家の宝物を公開する博物館を設立する構想を発表した<ref>香山(2015)pp.28,32-33。博物館開設の予算は50-100万円で、収蔵点数は約1万点、刀剣が多いと見積もられていた（香山,2015,p.32-33）。香山(2014)p.2では、1919年に美術館建設計画を発表した、としているが、採らない。</ref>。

1921年11月に[[東京美術倶楽部]]・[[名古屋美術倶楽部]]で[[競売|入札]]を行い、尾張徳川家の什宝類のうち、品位鑑定で重複品・不要品と判断された10-15％を売却した<ref>香山(2015)pp.28,32-36</ref>。入札での売上総額約57万円は、博物館の設立準備金として運用された<ref>香山(2015)p.35</ref>。

1920年8月1日には、本籍を名古屋から東京へ移した<ref>香山(2015)p.31、香山(2014)p.3</ref>。

[[1921年]]5月から7月にかけ、吉井信照<ref>旧尾張藩出身で、マレーでゴム園を経営していた（中野,1977,p.75）。南洋及日本人社(1938,pp.618-624)は、マレーの猛獣猟の権威として有名だった、としており、談話が掲載されている。</ref>らとともに[[賀茂丸]]に乗船して[[マレー半島]]・[[ジャワ島]]を旅行<ref>小田部(1988)pp.32-33、中野(1977)pp.75-76および徳川(1926)</ref>。

同年5月21日に[[シンガポール]]に到着した後、犀・象・野牛の狩猟許可を得るため[[ジョホール王国|ジョホール]]の[[スルターン|スルタン]]を訪問したが、不在だったため<ref>徳川(1926)pp.28-29,32-33</ref>、スルタンの帰還を待つ間にジャワ島を周遊<ref>徳川(1926)pp.35-36,57-62,77-95</ref>。翌6月上旬にマレー半島に戻り、[[スルタン・イブラヒム]]に謁見し、狩猟好きのスルタンに歓待されて共に[[ムアル]]（[[wiki:ms:Muar|Muar]]）で虎を狩り、許可を受けて[[ムアル川]]上流の[[ブキット・ケポン]]（[[wiki:ms:Bukit Kepong|Bukit Kepong]]）周辺の[[ジャングル]]で象・野牛を狩った<ref>徳川(1963)pp.113-120、徳川(1926)pp.127-229、小田部(1988)p.33、中野(1977)p.76</ref>。スルタンと別れた後、ジョホールの皇太子に付き添われて、更にムアルで鹿狩り、[[コタ・ティンギ]]（[[wiki:ms:Kota Tinggi|Kota Tinggi]]）で象狩り、[[センガラン]]（[[wiki:ms:Senggarang|Senggarang]]）で鰐狩りをした<ref>徳川,1926,pp.229-232,235-264,267-275）</ref>。

またこの旅行中、[[バトゥ・パハ]]（[[wiki:ms:Batu Pahat|Batu Pahat]]）で[[石原産業|南洋鉱業公司]]が経営していた鉄鉱山を見学し、スルタンを介して[[石原広一郎]]兄弟と出会った<ref>小田部(1988)pp.33-34、中野(1977)p.76、徳川(1926)pp.235-267</ref>。

1921年10月、[[箱根丸 (1921)|箱根丸]]に乗船し、米子夫人と欧州旅行に出発<ref>中野(1977)p.76。同月13日に[[神戸]]から乗船し、45日間かけてフランス・[[マルセイユ]]へ向かった（中野,1977,pp.76-77）。[[北白川宮成久王]]が同行した（中野,1977,p.76）。</ref>。[[スペイン]]、[[イギリス]]、[[ドイツ]]、[[スイス]]、[[ベルギー]]、[[オランダ]]を周遊した<ref>中野(1977)p.84</ref>。義親は大学を卒業してから「洋行見学の志」を持ち続け、[[第一次世界大戦]]のために計画中止を余儀なくされていたが、このとき漸く実現した<ref>長江(1921)p.150</ref>。旅行中に英国で議会制度について見聞したことは、日本の貴族院の存在意義について考える上で参考になったという<ref>徳川(1963)pp.120-121</ref>。

翌1922年11月に帰国<ref>中野(1977)p.84</ref>。帰国後、旅行中に船中で知り合った[[社会主義者]]の[[石川三四郎]]を娘の[[フランス語]]の家庭教師として雇入れた<ref>中野(1977)pp.77-85</ref>。

また旅行中の1921年11月に[[宮内省]]の[[主猟官]]に任命され<ref>小田部,1988,p.18、中野,1977,p.85</ref>、帰国後、[[御料林]]の害獣駆除などを行なった<ref>小田部,1988,p.25。1925年9月に退官（小田部,1988,p.18、中野,1977,p.157）。</ref>。

欧州旅行中に、スイスでペザントアート（[[民芸品]]）を見て、八雲町での冬の農閑期の授産に役立てることを考え、見本品を購入<ref>大石(1994a)pp.11-12、中野(1977)p.84、徳川(1963)pp.108-109</ref>。帰国後の1923年2-3月、熊狩りのため八雲町を訪れた後、同年5月に八雲町に見本を送り、同年8月にも家族や石川らとともに八雲町を訪問して農場関係者と相談、翌1924年3月の「農村美術工芸品評会」開催を決めた<ref>大石(1994a)pp.12-27,27-30</ref>。

八雲町では1923年以前から、[[トラクター]]の導入による機械化や[[有畜農業]]（畜産の兼営）の奨励などが推進されて成果を挙げていたが、「農村美術工芸品」の制作は、小規模な農家が初期費用をかけずにできる副業として導入がはかられた<ref>大石(1994a)pp.21-22</ref>。また義親は、農村美術工芸品の制作のほかに、模範的な住宅建設・屋内暖房設備の設置を奨励した<ref>大石(1994a)pp.30-31、徳川(1963)pp.106-108</ref>。

1923年7月には、[[徳川林政史研究所]]を設立<ref>小田部(1988)pp.18,29。徳川(1963,p.101)は、1927年4月に設立した、としている。</ref>。

 

設立の動機は、貴族院議員として多忙になり、生物学研究所での研究が継続できなくなったため、「理科を思い切って、また歴史に逆戻り」し、木曾の林政について研究することにしたため<ref>徳川,1963,p.101</ref>とも、尾張徳川家を継いだ後、同家の古文書類を調べていて資料の欠落・空白から[[青松葉事件]]の存在に気付いたことが端緒となり、歴史研究を継続するため<ref>中野(1977)pp.40-41。義親は1908年に事件の存在に気付いて以来、事件の研究をライフワークとしていたという（中野,1977,p.47）。</ref>ともいわれている。藩史研究の念頭にあり、実践の場となったのは既に官有となっていた木曾のことではなく、八雲町の徳川農場の運営のことだった、との指摘もある<ref>大石(1994a)p.91</ref>。

 

戦後になってから、義親は、再び木曾の林政について研究し、『木曾の村方の研究』（徳川,1958）、『尾張藩石高考』（徳川,1959a）などの著作をまとめたとされている<ref>小田部(1988)pp.18,29</ref>。

1923年8月初、家族連れで八雲町へ避暑に出ての帰途、[[函館]]から[[青函連絡船]]に乗船中に[[関東大震災]]発生を知り、[[仙台]]で家族と別れ、同行していた[[市川猿翁 (初代)|市川猿之助]]らと東京に戻る<ref>中野(1977)p.85-86</ref>。

麻布の自邸<ref>中野(1977,pp.86-87)は、震災当時、麻布の[[後藤新平]]邸を仮住居としていた、としているが、香山(2016,p.124)によれば、目白の邸宅新築のための後藤新平旧邸の借用期間は1931年2月15日から1932年11月末日までで、当時は麻布の富士見邸を本邸としていたとみられる。</ref>が無事であることを確認した後<ref>大石(1994a)p.36</ref>、[[田端 (東京都北区)|田端]]に住んでいた石川三四郎が警察に拘引されていたため、[[滝野川警察署|田端警察署]]へ行って石川を釈放させ、衰弱していた石川を八雲町の徳川農場へ移動させて匿った<ref>中野(1977)pp.86-87</ref>。

1923年の[[関東大震災]]では、震災被害の補填のため、義親の実家の越前松平家など多くの華族が経済基盤を損なったが、尾張徳川家の震災被害は少なかったとされる<ref>小田部(1988)p.44</ref>。

1924年1月、[[貴族院]]から多くの閣僚を登用した[[清浦内閣]]が発足すると、貴族院の腐敗への批判を強め<ref>大石(1994b)pp.40-43、中野(1977)pp.89-90。中野(1977,pp.89-90)は、義親は、[[小笠原長幹]]らが貴族院で形成していた「[[研究会 (貴族院)|研究会]]」が、貧乏な下級大名・公卿を資金で集め、政権と癒着して利権を漁っている、と批判していた、としている。徳川(1963,pp.120-122)は、貴族院の使命は衆議院の行き過ぎを是正することにあって、華族議員が入閣したりすることは本来の使命から外れていたとして、「研究会」と政権の癒着について批判している。</ref>、帰京した石川とともに貴族院改革案をまとめ<ref>中野(1977)pp.88-90</ref>、同年3月に「貴族院改造私見概要」と題した小冊子（徳川,1924）を作成して貴族院の議員に配布した<ref>中野(1977)pp.88-92、小田部(1988)p.50および徳川(1963)pp.123-124。小田部(1988,p.50)は、1923年の[[加藤友三郎内閣]]のときに「貴族院改正私見概要」を発表した、としている。</ref>。

義親の貴族院改革案は、公侯爵議員の世襲制を廃止して華族議員を全て互選制とすること、皇族・華族議員の歳費廃止など華族特権の廃止を主張したほかに、華族議員の定数を100人に制限し、新たに職業議員（職業団体の代表）250人を選出することで世論を反映させるようにし、また朝鮮・台湾からも華族議員を選出、職業議員については、所属する職業団体において女性や朝鮮人・台湾人にも被選挙権・選挙権を付与するとしていた点が特徴的だった<ref>大石(1994b)pp.48-53、小田部(1988)pp.50-51、中野(1977)pp.90-91</ref>。

同年8月頃、貴族院「研究会」の筆頭常務となっていた近衛文麿や、清浦に代わって首相となった加藤高明と面会して改革案を説明して回ったが、調整は不調に終った<ref>大石(1994b)pp.53-55。このときの経験から、義親は近衛に対して「頭はいいが実行力はない」という否定的な評価を持つようになったとみられている（大石,1994b,p.55）。</ref>。改革案は議会への法案提出段階で他の貴族院議員から反対され、没案となった<ref>大石(1994b)pp.53-55、中野(1977)p.92</ref>。

この件以来、義親は他の議員から異端として白眼視されるようになり、義親の貴族院離れは更に進んだという<ref>中野(1977)p.92</ref>。また言動が国体を軽視しているとして右翼団体などから狙われるようになった<ref>大石(1994b)p.55</ref>。この頃、初対面の来客があった際には、実弾を装填した護身用の拳銃をちらつかせながら応対していたとされている<ref>大石(1994b)pp.55</ref>。

1924年には、清水行之助による右翼団体・[[大行社]]の創立を大川周明や八代六郎とともに支援し、[[安田共済事件]]で大川と北が対立した後は、清水がついた大川を支援した<ref>小田部(1988)p.70</ref>。1926年には[[船橋]]にあった清水の自宅に招待されるなど、清水との関係は親密だった<ref>小田部(1988)pp.68-69</ref>。

1924年3月、[[八雲町立八雲小学校|八雲小学校]]で第1回の「農村美術工芸品評会」が開催された<ref>大石(1994a)pp.52-57</ref>。品評会は事前に『[[函館毎日新聞]]』<ref>1924年2月9日付記事「農村工芸品評会 新しき催し」（大石,1994a,pp.49-50）</ref>や『[[北海道タイムス]]』<ref>1924年2月19日付記事「熊狩りの殿様が農村振興に懸命」（大石,1994a,p.49）</ref>で紹介され、他の農村からも参加者が出るなど、反響を呼び<ref>大石(1994a)pp.48-52</ref>、多くの参観者が八雲町を訪れた<ref>大石(1994a)pp.52-57。品評会は3日間開催され、初日に1千人以上、3日目には2,500人以上の来場があった（同）。当時の徳川農場の総戸数は205戸、人口は1,283人（同）。</ref>。品評会には、義親も自ら製作した木彫の彫刻品を出品した<ref>大石(1994a)p.45。なお、このとき出品された作品は木細工品141点、藁細工品138点、染色品・編物各101点、竹細工品73点、自然木細工品42点、刺繍品29点、木彫品21点、その他200点となっており、木彫りの彫刻以外の工芸品も数多く出品されている（大石,1994a,p.57）。</ref>。同年5-6月には[[北海道庁]]が[[北海道商品陳列所]]で「家庭手工芸品展覧会」を開催し、八雲町の品評会への出品作品や取組み内容を紹介した<ref>大石(1994a)pp.76-80</ref>。

八雲町は翌1925年3月の「農村美術工芸展覧会」開催に向けて準備を進めたが、義親は貴族院議員としての政治活動に忙殺され、この年の展覧会の準備にはあまり関与することはなかった<ref>大石(1994a)pp.111-119</ref>。

1925年3月に[[加藤高明内閣]]が[[普通選挙法]]と併せて[[治安維持法]]案を提出した際には、貴族院が法案賛成を基調とする中<ref>もともと同法は普通選挙法への[[枢密院 (日本)|枢密院]]や貴族院の賛成を得るために提出されていた経緯があり、貴族院は法案賛成を基調としていた（中野,1977,pp.7-20）。</ref>、貴族院本会議で、警察が法律を逸脱した運用を行う懸念や、共産主義者や無政府主義者を弾圧すれば却って運動の過激化につながる懸念があるとして反対演説を行うなどした<ref>衆議院本会議での同法案可決後、同月11日に貴族院で行なわれた第一読会の席上「普通選挙が行なわれれば、労働党・社会党のような政党が組織されることは自然な成り行きで、それを阻害し弾圧すれば、反体制運動を助長し、過激化させるのではないか」「司法権の独立が謳われているが実際には政権の意向で穏健な運動まで弾圧の対象になるのではないか」と反対質問をし（中野,1977,pp.7-20）、特別委員会での審議（義親は委員外）を経て同月17日に行なわれた貴族院本会議でも、警察が法律を逸脱した運用を行う懸念や、共産主義者や無政府主義者を弾圧することが却って運動の過激化につながる懸念があるとして反対演説を行った（同）。</ref>。

しかし法案に反対したのは義親と[[細川護立]]のみで<ref>大石(1994b)p.58</ref>、同法は同月19日に貴族院を無修正で通過、成立した<ref>中野(1977)pp.7-20、小田部(1988)p.52、徳川(1963)p.123。「第50回帝国議会 貴族院本会議 議事録」第25号、p.664、http://teikokugikai-i.ndl.go.jp/SENTAKU/kizokuin/050/0060/0500006002510319.pdf 、1925年3月19日。</ref>。<ref>中野(1977,p.7)は、この当時、目白の邸宅を新築中で、麻布広尾町の後藤新平邸を仮住まいにしていた、としているが、香山(2016,p.124)によれば、目白の邸宅新築のための後藤新平旧邸の借用期間は1931年2月15日から1932年11月末日までで、この頃は麻布富士見町の邸宅に居住していた。</ref>

治安維持法可決により政治活動に区切りがついた後、1925年5月から8月にかけて、同年3月に八雲町で開催された「農村美術工芸展覧会」が盛況に終わったことを受けて、義親は、外国製の木彫りの彫刻の見本品、美術手芸機械、大工道具や参考資料などを徳川農場に送付して彫刻品の制作を促すなど、翌1926年3月に開催が予定されていた「八雲農村美術及手工芸品陳列会」の準備に積極的に関与<ref>大石(1994a)pp.135-145</ref>。同陳列会の開催にあたっては、出品された民芸品の中でも特に木彫りの彫刻、竹細工、編物・刺繍については作品1つ1つを講評し、更に完成度を高めることを要求した<ref>大石(1994a)pp.157-160</ref>。

1926年3月にも熊狩りに出猟し、捕獲した仔熊を彫刻のモデルとして徳川農場で飼育した<ref>大石(1994a)pp.186-189</ref>。1926年12月には、八雲町に初めて熊の木彫りの購入注文があり、その後も熊の木彫りを中心に木彫品の製作・販売の注文が増加していった<ref>大石(1994a)pp.166-170</ref>。1927年以降、八雲町では制作する民芸品の種類を減らし、「熊彫」などの木彫品を中心に製作を行なうようになった<ref>大石(1994a)pp.200-205</ref>。

1925年に、実姉・里子の嫁ぎ先だった[[徳川慶喜]]の四男・[[徳川厚]]男爵の借金問題について厚の息子・喜翰から相談を受け、高利貸からの借金の返済について警察に相談し、1927年5月に厚を隠居させ、喜翰に家督を譲らせた<ref>小田部(1988)pp.53-55。小田部(1988,p.60)は、義親が旧態を改められずに没落していく華族の姿に直面したことが、「天皇の藩屏」としての華族と貴族院の機能低下への危機感を抱かせ、義親の貴族院革新志向を支えていたのだろう、としている</ref>。

1925年に[[西川吉之助]]と娘・はま子の訪問を受け、以後、[[ろう教育]]、特に西川による「聾口話普及会」の設立など「口話法」の普及・啓蒙活動を支援した<ref>徳川(1963)p.129</ref>。

1937年4月に[[ヘレン・ケラー]]が来日して日本各地を講演して回ったときには、歓迎会を準備するなど接待役を務めた<ref>小田部(1988)pp.27-28</ref>。

1926年頃から、バチェラー博士によるアイヌ語の辞書の改訂と[[アイヌ保護学園]]の財団法人化の活動を支援した<ref>小田部(1988)pp.25-26,34-35</ref>。1926年11月に東京で開催された第3回の汎太平洋学術会議の際には、バチェラー博士を会員に推薦し、同年10月に会員20名を帯同しての[[ウサクマイ遺跡群|ウサックマイ]]や[[白老町|白老]]の[[アイヌ]]の部落の視察旅行が企画され<ref>第三回汎太平洋学術会議常務委員会(1926)p.11。</ref>、博士は大会で「アイヌ民族、その起源ならびに他民族との関係」について講演を行なった<ref>小田部(1988)pp.25-26,34-35、第三回汎太平洋学術会議常務委員会(1926）p.8</ref>。

1926年12月12日、麻布富士見町の自邸をカトリック教会主催の[[クリスマス]]の[[チャリティー]][[ダンスパーティー]]・バザーのために貸し出したところ<ref>大石(1994a)pp.197-198、大石(1994b)p.59、徳川(1963)pp.124-125、広田(1927)。</ref>、翌年初にかけて、[[大正天皇]]の容態が悪化して自粛ムードだったときに華族の仲間130-140人を集めてパーティを開いていたことが[[不敬罪|不敬]]だ、として批判を受ける<ref>広田(1927)。中野(1977,p.94)は、義親はダンスなどしておらず、恐喝の内容には根拠がなかった、としている。徳川(1963,pp.124-125)では、麻布の自邸を「慈善ダンスパーティ」に貸し出したところ、金をゆするために義親が主催したと難くせをつけてきた、としている。</ref>。

1927年1月に宮内省に隠居届を提出<ref>大石(1994a)p.198</ref>。その後も、右翼団体・[[黒竜会]]から恐喝を受け<ref>中野(1977)p.94</ref>、「親せきをはじめいろいろな人間が」<ref>徳川,1963,pp.124-125</ref>義親の責任を追及したことから、同年4月に貴族院議員を辞任した<ref>大石(1994a)pp.198-199、大石(1994b)p.59、小田部(1988)p.18、中野(1977)p.94、徳川(1963)pp.124-125。徳川(1963,pp.124-125)は、辞任の時期を1925年の秋、としている。</ref>。

1927年8月、八雲町を訪問した義親は、約1ヶ月弱と異例の長期間にわたって同地に逗留し、外出を控え、民芸品の木彫品などの製作に打ち込む日々を送った<ref>大石(1994a)pp.200-205</ref>。この頃、八代六郎は義親に宛てて、八雲での滞在が長期に及んでいることを案じる手紙を送っている<ref>『八代海軍大将書翰集』尾張徳川黎明会、1941年収載、大正6年8月13日付書簡。[http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1058270 NDLJP:1058270] (閉)</ref>。

1927年の[[昭和金融恐慌|金融恐慌]]では、多くの華族が出資していた[[十五銀行]]が倒産した<ref>小田部(1988)pp.43-46</ref>。尾張徳川家は、加藤高明の助言により十五銀行の増資への応募を控えていたことから被害額を抑えることができたとされ、また同銀行の倒産直後に[[華族#財産|世襲財産]]を十五銀行株から国債に切替えて被害を軽減した<ref>小田部(1988)pp.45-46</ref>。

1929年夏、大川周明が「武力行使も辞さない[[満蒙問題]]の早期解決」を主張して清水行之助らと時局懇談のため結成した「二十日会」の発足当初のメンバーに加わり（秘書の[[渋谷三]]が名を連ねた）、毎月20日に開催された同会の会合に[[有馬頼寧]]、[[近衛文麿]]、[[鶴見祐輔]]らとともに出席<ref>小田部(1988)p.68、中野(1977)p.178</ref>。これと前後して、1928年の[[第16回衆議院議員総選挙]]、1930年の[[第17回衆議院議員総選挙]]に清水が立候補した際には、清水の応援演説をした<ref>小田部(1988)p.67。清水は2回とも落選（同）。</ref>。

1929年に[[ジャワ]]で開催された第4回汎太平洋学術会議に、服部広太郎ら生物学研究所の研究者を含む40数名の科学者たちとともに出席し、帰途、長男・[[徳川義知|義知]]らと再びマレー半島を旅行した<ref>小田部(1988)pp.34-35、徳川(1931)</ref>。

同年6月にジョホール王国を再訪して[[スルタン・イスマイル|イスマイル皇太子]]に謁見、狩猟をし<ref>中野(1977,p.158)は、スルタン・イブラヒムと再会した、としているが、徳川(1931,p.321)によると、スルタン・イブラヒムは英国行のため不在で、事前に来訪の連絡を受けて、義親たちが狩猟をするための手配をしておいた。</ref>、同年7月に[[トレンガヌ州]][[ケママン]]（[[wiki:ms:Kemaman|Kemaman]]）で[[石原産業|南洋鉱業]]が開発していた[[太陽鉱山]]を視察するなどした後<ref>中野(1977,p.158)は、マレー半島各州にある9家のスルタンを訪問した、としているが、徳川(1931)によると、訪問したのはジョホール州とトレンガヌ州のみ。</ref>、同7月末に[[北野丸 (1909)|北野丸]]に乗船して帰国した<ref>徳川(1931)pp.321,330,363。</ref>。

義親はこの旅行で[[マレー語]]習得の必要性を感じたといい、帰国後、朝倉純孝に師事してマレー語の勉強を始めた<ref>徳川・朝倉(1937)p.2</ref>。

1929年に[[愛知銀行 (東海銀行の前身)|愛知銀行]]から[[鈴木信吉]]を尾張徳川家の家令に迎えると、1920年の構想発表、翌年の什宝類売却の後、諸事情から停滞していた博物館設立構想が急速に具体化した<ref>小田部(1988)p.43、香山(2016)p.104、香山(2015)pp.36-37。1921-1922年の外遊や、1923年の関東大震災などがあり、また1926年1月に尾張徳川家の財務を取り仕切っていた加藤高明が急逝したなどの事情があった（同）。</ref>。

（いつ？）、初代・[[徳川義直|義直]]以来、尾張徳川家が300年間に造営した墓所170基を掘り起こして遺体を火葬し、名古屋市郊外の[[定光寺]]にあった義直の墓所の隣の地下に[[鉄筋コンクリート構造|鉄筋コンクリート造]]の[[納骨堂]]を造成、遺骨をまとめて納骨した<ref>中野(1977)p.71</ref>。墓所の整理は1936年に完了した<ref>中野(1977)p.71</ref>。廃した墓所の墓石は、東京・目白の自邸の石垣として使用したとされる<ref>中野(1977)p.223</ref>。

1930年9月、名古屋市の土地7,000坪を建屋も含めて名古屋市に寄付し<ref>中野(1977)pp.70-71、徳川(1963)p.127</ref>、古戦場として知られる[[小牧山]]の土地68,000坪を[[小牧町]]に寄付した<ref>小田部(1988)p.47、中野(1977)pp.70-71、徳川(1963)p.127</ref>。先年に北海道・八雲村で開墾者へ土地を譲渡した件もあり、思い切った財産の寄付により、華族仲間からは「投げ出しの尾張侯」と呼ばれた<ref>小田部(1988)p.47 - 山口(1932)からの引用として。</ref>。

{{Quotation|かうして家を縮小すれば財産の大部分は失ふけれども同時に心も軽くなる（…）そして私自身はやはり今迄同様研究室に立て籠って従来の研究をつゝけてゆく、そして出来るならば小供の時から希望であった探検の事業を死ぬまでやって見たいと思って準備をしてゐる、これはどれだけ実現出来るかそれも知らない||徳川義親、1930年10月9日、麻布富士見邸での新聞記者会見の中で<ref>香山(2016)pp.105,122,126-128。香山(2016,p.126)は場所を「麻布桜田町本邸」としているが、香山(2016,pp.124-125)によると、麻布桜田町への転居は1931年2月のことで、香山(2016,p.122)の通知文には「麻布区富士見町の拙邸」とあるため、それによった。</ref>}}

1931年12月、財団法人[[徳川黎明会|尾張徳川黎明会]]を設立し、尾張徳川家伝来の什宝・書籍類のほとんどを同財団に寄付、義親は財団の会長に就任した<ref>科学朝日(1991)p.198、小田部(1988)pp.18,46-47、林政研(2013)、中野(1977)p.71、徳川(1963)pp.127-128</ref>。生物学研究所と林政史研究所の管理は財団に移管され、林政史研究所は財団の1機関として設置された[[蓬左文庫]]の附属歴史研究室となった<ref>科学朝日(1991)p.198、林政史研究所(2013)、徳川(1963)p.127</ref>。

黎明会は、翌1932年に[[東京府]][[高田町 (東京府)|高田町]][[雑司ヶ谷]]に名古屋にあった[[蓬左文庫]]と[[小山 (品川区)|品川区小山]]にあった生物学研究所を新設・移転し<ref>林政研(2013)、科学朝日(1991)p.198</ref>、什宝・美術品等の保存・研究・公開のため、愛知県名古屋市東区[[大曽根|大曽根町]]の尾張徳川邸宅跡地に[[徳川美術館]]を建設した<ref>林政研(2013)、小田部(1988)pp.46-47</ref>。

1931年2月17日、清水行之助と大川周明から、[[宇垣一成]]陸相を首相にする[[クーデター]]計画を明かされ、資金援助を求められる<ref>小田部(1988)pp.62-63、中野(1977)pp.94-98</ref>。20万円（ないし50万円）の資金援助を承諾し、鈴木信吉らと相談して、[[金塊]]を処分して資金を捻出、同年3月上旬に3回に分けて合計20万円を清水に渡した<ref>小田部(1988)pp.62-63、中野(1977)pp.94-98,106-108、徳川(1963)pp.131-132。徳川(1963,pp.131-132)は、渡した資金の額を50万円としている。</ref>。

同月11日、清水から決行予定日が同月20日であるとの連絡を受けた<ref>小田部(1988)p.63</ref>。しかし、決行予定日直前の同月18日になって、[[小磯國昭]]の使いの[[河本大作]]が来訪し、[[永田鉄山]]ら陸軍の中堅幹部が反対し、宇垣が「変心」したため、計画は中止になったが、大川と清水が自分達だけでクーデターを決行すると主張しているとして、2人の説得を依頼された<ref>小田部(1988)pp.64-66、中野(1977)pp.112-113、徳川(1963)p.132</ref>。

義親は、河本と[[東亜経済調査局]]へ行き、「失敗することが分かっている以上、感情的になって暴挙に出ても仕方がない、自重して再起を図るべきだ」と説得、2人は計画中止を受け入れたとされる<ref>小田部(1988)pp.64-66、中野(1977)pp.112-113、徳川(1963)pp.132-133</ref>。

義親は自身の説得によりクーデターが未遂に終った後も大川や清水のことを気に懸け、同月下旬に2人と会って慰めるなどした<ref>小田部,1988,pp.65-66</ref>。事件後、義親は大川と「真に親しくなった」といい、また清水との関係もそれまで以上に親密になったとされる<ref>小田部,1988,pp.69,70</ref>。

事件の際に清水は陸軍の[[橋本欣五郎]]中佐から騒乱を起こすための擬砲弾300発を受取り、計画中止決定後も返還を拒否していたが、1931年末ないし1932年初頃、義親から要請を受けて、返還したとされる<ref>小田部(1988,p.71)は、1931年12月に[[閑院宮載仁親王|閑院宮載仁]]が参謀総長になった後、「宮様が心配しているから」と義親から要請を受けて擬砲弾を参謀本部の[[根本博]]中佐に返還した、としている。中野(1977,pp.133-135)は、1932年1月に[[習志野]]の歩兵学校の倉庫で小火があった際に、橋本が購入していた擬砲弾500発のうち残りの200発が見つかり、300発が清水に提供されていることを知った[[荒木貞夫]]が小磯國昭に返却を命じ、小磯から義親に清水の説得依頼があり、同年3月頃に擬砲弾が返還された、としている。</ref>。

義親は、この事件の後も清水から様々な政治工作への出資を持ちかけられ、資金援助をした<ref>小田部(1988)p.70。1931年10月に起きた[[十月事件]]には関与しなかったとみられている（小田部,1988,p.72、中野,1977,p.116）</ref>。

1931年2月に麻布富士見町の邸宅を日本政府に売却し、[[目白]]に邸宅を新築する間、[[麻布桜田町]]の[[後藤新平]]旧邸に転居、1932年11月に完成した目白の新邸に転居した<ref>香山(2016)p.124</ref>。

1931年12月には、貴族院議員に復帰したが<ref>小田部(1988)p.18、中野(1977)pp.137-138。貴族院事務局からたびたび再就任の要請があり、同局から依頼を受けた[[徳川家達]]の説得を受けて復帰を決めたとされる（中野,1977,pp.137-138）。</ref>、復帰後も議会にはほとんど出席しなかったとされる<ref>中野(1977)pp.137-138</ref>。

1933年には、[[鈴木鎮一]]を介して、[[有島生馬]]から逃れるため家出をした[[諏訪根自子]]とその母を助け、[[所三男]]の家に諏訪を預からせ、1936年にフランスないしベルギーに留学させた<ref>小田部(1988,pp.26-27)はフランス、徳川(1963,p.145)はベルギーに留学させたとしている。</ref>。

1932年2月、大川周明による[[神武会]]の設立を支援し、顧問となった<ref>小田部(1998)pp.18,74,81、中野(1977)pp.123-130</ref>。

同年5月に起きた[[5.15事件]]では、事件に関与したとして同年6月に大川と清水が逮捕され、3月事件の経緯が検察側の知るところとなったことから、同年7月に3月事件に関する検察の取調べを受けた<ref>小田部(1988)p.78、中野(1977)p.113、徳川(1963)p.134</ref>。しかし、3月事件には陸軍首脳が関与しており、それが不問に付されたこともあって、そのまま釈放された<ref>小田部(1988)p.78、中野(1977)p.113、徳川(1963)p.134。中野(1977,p.113)によると、[[宮内省]]は1931年6月に事件のことを知り、出資者が皇室と姻戚関係にある義親だと知って仰天した、という。</ref>。

大川の逮捕後、神武会の会長だった石原広一郎が大川の急進主義的な方針と一線を画した[[明倫会]]を組織すると、石原と行動を共にし、明倫会の結成に関与した<ref>中野(1977)p.144-145、小田部(1988)p.82</ref>。

1934年11月9日に東京[[控訴院]]で5.15事件に関して大川に禁固7年の判決が下ると、[[小原直]]法相に大川の仮出所を要請し、神武会の解散を条件に、同月12日に大川の保釈が認められた<ref>小田部(1988)pp.83-84。大川はその後、同年10月24日に[[大審院]]で禁固5年の判決を受けた（小田部,1988,pp.83-84）。</ref>。

1934年3月、ジョホールのスルタン・イブラヒムが来日し、石原兄弟とともに接待役を務めた<ref>小田部(1988)p.89、中野(1977)p.158、南洋及日本人社(1938)pp.458-459。南洋及日本人社(1938,pp.458-459)によると、スルタン夫妻は同年3月12日にシンガポールで[[日本郵船]]の[[伏見丸 (1914)|伏見丸]]に乗船して日本へ出発した。</ref>。

スルタン・イブラヒムは英国からの独立を志向し、早くから日本訪問を希望していたが、英国の監視が厳しかったため、義親は口実を作ってスルタン夫妻の日本訪問を実現した、とされる<ref>中野(1977)p.158</ref>。

スルタン夫妻は、大阪、京都、名古屋を訪問した後、同年4月3日に東京で昭和天皇に謁見し、[[勲一等旭日大綬章]]を贈られ、更に名古屋、京都を訪問<ref>小田部(1988)pp.89-90、中野(1977)p.158、南洋及日本人社(1938)pp.458-459</ref>。日本訪問を終えた後、米国経由で欧州へ向かった<ref>南洋及日本人社(1938)pp.458-459。小田部(1988,pp.89-90)はスルタン・イブラヒムは4月12日に帰国し、接待のお礼として義親に犬4頭を贈った、とし、中野(1977,p.158)はスルタン・イブラヒムは神戸から帰国した、としている。</ref>。

1935年12月、スルタン・イブラヒムから[[ジョホール王族勲章]]（ダルジャ・カラバット Darjah Kerabat 第1等勲章）を授与された<ref>中野(1977)pp.158-159</ref>。

1937年3月には、[[ハリウッド]]訪問の途中で東京に立ち寄った[[サラワク王国]]の王妃を歓待し、[[日沙協会]]の近藤正太郎夫妻とともに買物に随行した<ref>小田部(1988)p.98</ref>。またこの頃までに、英領マラヤだけでなく、[[英領ビルマ]]、[[仏印]]、[[蘭印]]など、マレー語圏の欧米列強植民地の独立勢力と幅広く交友関係をもった<ref>大石(1995)p.46</ref>。

1937年2月には、朝倉純孝と共著でマレー語の入門書『マレー語4週間』（徳川・朝倉,1937）を出版している<ref>小田部(1988)p.34、徳川(1963)pp.140-141。小田部(1988,p.25)は、マレー語の辞書を作成した、としているが、未詳。この本のことかもしれない。</ref>。

1933年、徳川美術館と蓬左文庫の一般公開を控え、[[蜂須賀正氏]]の「[[豊国祭礼図屏風]]」、[[紀伊徳川家]]の[[徳川頼貞]]の「[[加藤清正|清正]]公兜」など、他の華族が経済的に逼迫して競売に出した家宝を落札<ref>小田部(1988)pp.47-49</ref>。1935年には[[近衛文麿]]から「[[侍中群要]]」を交換で入手するなどして、開館準備を進めた<ref>小田部(1988)pp.47-49</ref>。

1935年に徳川美術館と蓬左文庫が名古屋・東京でそれぞれ一般公開を開始<ref>名古屋市(2017）、林政研(2013)、小田部(1988)pp.29,46-47</ref>。

1937年7月3日には、昭和天皇が徳川美術館を訪問し、義親は案内役をつとめた<ref>小田部(1988)p.49</ref>。

{{Quotation|黎明会設立の事につきて特に有り難き御言葉を賜る。総てを捨ててすべてを得たり。光栄これにすぎず。||徳川義親、1937年7月3日の『日記』の予記として<ref>小田部(1988)p.49</ref>}}

1936年2月の[[2.26事件]]では、[[藤田勇 (新聞記者)|藤田勇]]から知らせを受け、事件で殺害された[[渡辺錠太郎]]<ref>尾張徳川家の御相談人の1人だった（小田部,1988,p.82）。</ref>に見舞いを出し、自身も[[神田警察署|錦町署]]の[[小栗一雄]][[警視総監]]を見舞う一方で、叛乱軍の[[山口一太郎]]大尉の実弟だった生物学研究所の研究員・[[山口清三郎]]と徳川林政史研究所の[[所三男]]を[[山王ホテル]]の旧館に宿泊させ、同ホテルの新館を占拠していた[[丹生誠忠]]の部隊の動向を探らせた<ref>中野(1977)p.168-169,171-172</ref>。

義親は、大川、藤田、清水、[[山科敏]]、石原らと、決起軍との調停について相談し<ref>小田部(1988)p.83、中野(1977)pp.159-173、徳川(1963)pp.134-135</ref>、決起した将校に資金を提供していた石原と明倫会の陸軍予備少将・[[斎藤瀏]]を通じて、事件の首謀者の1人である[[栗原安秀]]に、自分が決起将校を引率して宮中に参内することを申し出たが、栗原に断わられた<ref>小田部(1988)pp.83-84、中野(1977)pp.173-175および徳川(1963)pp.134-135。徳川(1963,pp.134-135)は、石原が栗原と話している途中で、傍聴していた憲兵によって電話が切断された、としている。</ref>。

なお、回想録などで、事件発生後の同月27日に、義親が事件の収拾のため、5.15事件で服役中だった大川周明を出所させることを小原直法相と交渉し、神武会の解散を条件に大川の仮出所が認められた、とされていることがあるが<ref>中野(1977)pp.167-169、徳川(1973)要頁番号</ref>、義親の日記によれば大川は事件発生当日の26日から義親らと共に行動しており、また神武会は1935年4月に解散しているため、大川は事件にあたって釈放されたのではなく、事件以前から収監されていなかったとみられている<ref>小田部(1988)pp.83-84。同書では、大川は、1934年11月に釈放された後、大審院の判決後も入獄せず、保釈されたままだったのではないか、としている。</ref>。

事件後、同月29日に義親は[[市谷刑務所]]で司法省の[[光行次郎]]検事総長に会って大川の刑の執行猶予を依頼し、同年3月5日に大川を[[聖路加国際病院|聖路加病院]]に入院させ、同年6月16日に大川は入監した<ref>小田部(1988)pp.84-85。この経緯は義親の日記にも記載がある由。</ref>。

同年6月13日に事件の資金提供者となった石原が逮捕され、同月24日に石原の取調べ結果に基づく取調べを受けた<ref>小田部(1988)p.87</ref>。義親の宮中参内計画は事件の軍事裁判でも問題となり、石原や斎藤瀏が計画の概要について証言、北一輝は自分が[[西田税]]に命じて義親からの申し出を拒否させたと証言した<ref>小田部(1988)p.87 - 林茂他編『2.26事件秘録』からの引用として。</ref>。しかし、義親は検挙されず、また石原も無罪となった<ref>小田部(1988)p.87</ref>。

2.26事件の裁判で法務官を務めた[[小川関治郎]]は旧尾張藩士の出身で、事件後しばしば義親邸を訪問し、事件の軍事裁判の情報を伝えていた<ref>小田部(1988)p.87</ref>。このとき義親は小川に石原の釈放を要請したと考えられている<ref>小田部(1988)p.87</ref>。

 

1939年末から1940年頃、小川は2.26事件の裁判関係資料を義親邸に持ち込んで保管を依頼し、1973年現在、資料は未公開のまま徳川林政史研究所に保管中とされている<ref>小田部(1988)pp.87-88 - 徳川(1973)からの引用として。中野(1977)pp.178-179。</ref>。

義親は、尾張徳川家の家政整理を成功させた経験から、相談を受けて徳川一門や姻戚の家政問題の解決にも関わった<ref>小田部(1988)pp.53,60</ref>。

1936年から翌1937年にかけて、[[紀伊徳川家]]・[[徳川頼貞]]の財政逼迫の問題に関与した<ref>小田部(1988)pp.55-58</ref>。1936年暮れには同家に4万円を貸し付け、家財や[[代々木]]の邸宅の売却による債務の返済、銀行への返済条件の緩和要請などに奔走、頼貞に隠居するよう説得した<ref>小田部(1988)pp.55-58</ref>。

1937年1月には、2.26事件で拘束されていた石原の弟・高田儀三郎らと会い、石原の処遇について話をするとともに、紀伊徳川家の財産である、[[タンカー]]や日本（某金鉱）・朝鮮半島（全羅鉱業会社）の鉱山の売却譲渡を持ちかけている<ref>小田部(1988)p.92</ref>。

1937年に、もともと財政的に逼迫していた上に、[[家扶]]・森田実の使い込み問題が起きた[[田安徳川家]]・[[徳川達孝]]の家政整理の相談を受けて達孝に債務の整理を強く迫った<ref>小田部(1988)pp.58-59</ref>。同年、三女・百合子の嫁ぎ先となる予定だった[[佐竹氏|佐竹]]侯爵家の家政整理にも介入した<ref>小田部(1988)p.59</ref>。

田安家の債務整理は成功し、達孝や[[徳川家達]]からお礼の挨拶を受けたが、佐竹家の家政整理はうまくいかず、義親は日記の中で、佐竹侯爵夫妻に財政逼迫への危機感がないことを嘆き、家が没落してもやむを得ないだろう、記していた<ref>小田部(1988)p.59</ref>。

1937年2月、華北から東京へ戻った[[和知鷹二]]の訪問を受け、藤田勇、渋谷三、山科敏と話を聞く<ref>小田部(1988)p.102</ref>。同年4月には[[所三男]]と和知の使いとして来た山科の報告を聞き、同月[[結城豊太郎]]蔵相、[[日本産業]]・[[鮎川義介]]と相談、同月[[許斐氏利]]・[[冀東防共自治政府]]秘書の[[孫錯]]と会い、同政府への援助について話し合った<ref>小田部(1988)p.102</ref>。

翌5月、山科を通じて和知に冀東政府支援問題について連絡し、同年6月にも孫錯と冀東政府参政・[[殷体新]]と会って、山科とともに北支問題について相談した<ref>小田部(1988)p.102</ref>。

1937年7月7日に[[盧溝橋事件]]が起ると、[[塩野季彦]]法相や[[風見章]]内閣書記官長に大川周明の仮釈放を働きかけ、同年10月13日に釈放が実現した<ref>小田部(1988)pp.85-86</ref>。

同月25日、帰国していた和知から開戦の事情を聞き、政府・[[第1次近衛内閣]]が陸軍の要求を容れて内地の3個師団の現地派遣を決定したために衝突が拡大したのに、その後も優柔不断な態度をとっていることが中国・[[国民政府]]を付け上がらせているとして、戦争拡大は止むを得ないとしながらも、同月下旬に[[松平康昌]]内大臣秘書官長、有馬頼寧農相を通じて近衛文麿首相に不拡大の方針を取るよう働きかけた<ref>小田部(1988)pp.104-106。</ref>。

その後の戦線の拡大を受けて同年9月には石原広一郎が近衛を訪問し改めて不拡大の方針を取るよう進言し、近衛との会談の結果を徳川に報告している<ref>小田部(1988)pp.104-106。</ref>。

盧溝橋事件の後、華族による戦争協力が活発に行なわれ、義親は妻・米子、長男・義知と相談して、陸・海軍省への恤兵金などとして約4万5千円を献金した<ref>小田部(1988)p.107</ref>。

1937年11月、陸軍省新聞班の後援を受けて、貴族院議員の[[上海派遣軍]]慰問団10名の団長として[[樺山愛輔]]らとともに上海へ渡航<ref>小田部(1988)pp.18,107、徳川(1939)p.4</ref>。同月17日から28日にかけて、上海の政府施設や戦死者遺骨奉安所を訪問、尾張徳川家の御相談人の1人だった上海派遣軍司令官・[[松井石根]]と会い、上海戦の戦跡を視察、[[第3師団 (日本軍)|名古屋第3師団]]など各部隊の慰問、俘虜収容所・病院などの視察を行なった<ref>小田部(1988)pp.107-109 - 「皇軍慰問日誌」（徳川,1939,pp.1-57）による。中野(1977)p.186。</ref>。

義親は、同月28日に慰問団の行程が終了した後も帰国せず、前線の視察に向かった<ref>小田部(1988)pp.110-114 - 「江南ところどころ覚書」（徳川,1939,pp.59-243）による。</ref>。同月30日に[[蘇州]]、翌12月2日[[無錫]]に到着して[[第11師団 (日本軍)|第11師団]][[歩兵第44連隊]]長として[[南京]]に進軍中の和知と再会し、同月3日に陥落後間もない[[丹陽市|丹陽]]に到着、[[第16師団 (日本軍)|第16師団]]長・[[中島今朝吾]]と会い、「第一線の兵士を慰問したい」と申し出て、馬で[[白兔鎮]]にあった[[歩兵第19旅団]]・[[草場辰巳|草場]]部隊に合流し、同月5日-6日にかけての[[句容]]への進軍に従軍し戦場を視察した<ref>小田部(1988)pp.110-114 - 「江南ところどころ覚書」（徳川,1939,pp.59-243）による。</ref>。

南京陥落は目前であったが、日本で娘の結婚式に出席する予定があったため、同月7日に句容から丹陽、常州、無錫と引き返し、同月10日に上海から帰国した<ref>小田部(1988)pp.110-114、徳川(1939)要頁番号。</ref>。

同月、帰国後、視察で知った「前線の人々」の意思・希望を踏まえて大川と「支那問題解決案」を取りまとめて木戸幸一文相や有馬農相に示したが、停戦は実現しなかった<ref>小田部(1988)p.115</ref>。[[南京虐殺事件]]については、翌1938年2月に松井が更迭されたことについて、松井の立場に同情し、粛軍の必要を感じる、と日記に記している<ref>小田部(1988)p.115-116。</ref>。

1937年12月、内閣教育審議会委員に就任<ref>小田部(1988)p.18</ref>。

1938年2月、文部省の要請で作法教授要項調査委員長に就任し、「徳川流礼儀作法」の指導書を作成した<ref>小田部(1988)p.18、中野(1977)p.196、徳川(1973)p.180</ref>。この頃、[[東京YWCA附属駿河台女学院]]や[[山脇高等女学校]]などいくつかの女子校で、礼法の講師を務めた<ref>小田部(1988)pp.163-164</ref>。

礼法の指導書作成後は、藩祖・[[徳川義直]]が著した史書・『類聚日本紀』174巻の複製に取り組んだ<ref>中野(1977)p.197、徳川(1973)p.180</ref>。

同年8月、名古屋から上京して進学する学生のため、目白の自邸内に木造2階建の寮舎・「啓明寮」を築造<ref>中野(1977)p.197、徳川(1973)p.180</ref>。

その後も修身教育に関与し、1941年の『国民学校礼法教授要項案』（徳川1941a）の中では、国民学校において「廊下を走らない」などの日常作法を躾ける方法について述べている<ref>徳川(1941a)pp.20-26。</ref>。

南京が陥落した1937年12月頃から、大川周明と、「支那問題解決」のために南進して英国をはじめとする列強の勢力を排除する強攻策を取るべきだと主張<ref>小田部(1988)pp.117-118</ref>。

翌1938年1月-2月にかけて、英国の動静を探るために、[[大角岑生]]大将や石原広一郎を交えて、対日宥和を探っていた[[駐日英国大使]]・[[ロバート・クレイギー|クレーギー]]や[[フランシス・ピゴット|ピゴット]]と非公式な意見交換を行なった<ref>小田部(1988)pp.117-118</ref>。

1938年4月には、3月事件、[[10月事件]]、[[血盟団事件]]、5.15事件、[[神兵隊事件]]の関係者で在京の者を組織し、石原を創設者、大川を幹事、義親を会長とする国家主義団体・[[大和倶楽部]]を結成し、排英運動や[[末次信正]]海軍大将擁立運動などを推進した<ref>小田部(1988)p.204</ref>。

同年11月頃から、大川と「アメリカからの借款を実現することにより、蒋介石政権に決定的な打撃を与えて日中戦争を収拾し、南進に転じ（て英国と対決す）る」ことを目的として、米国からの大規模な借款を計画し、翌1939年を通じて日本政府への働きかけを続けたが、実現しなかった<ref>小田部(1988)pp.121-122。小田部(1988,p.122)は、義親らの排英運動は米英可分論を前提にして進められていたが、現実には米国は援蒋政策に加わっており、借款計画は、現実を無視して行なわれた、もともと実現不可能な、自分たちに都合のよい計画だった、と評している。</ref>。

1939年6月14日、[[北支那方面軍]]が[[天津租界|天津のイギリス租界]]を封鎖し、日英間の緊張が高まった際には、これを打開するため7月15日に行なわれた[[有田・クレーギー会談]]<ref>英国の中国権益の保全・活動の自由を認めるかわりに、中国における日本の一般的な優越性と満州・華北・内蒙での排他的独占権の承認を求めた（小田部,1988,p.118）。</ref>を準備し、他方で小磯拓相や参謀本部の[[樋口季一郎]]、軍事課長の[[岩畔豪雄]]らと情報交換して日独伊防共同盟を強化し対象に英国を加えさせようとしたが、同年8月下旬の[[独ソ不可侵条約]]締結により、計画はいったん頓挫し、排英運動は継続されたが目標は定まらなかった<ref>小田部(1988)pp.118-121</ref>。

1939年5月、学習院中等科の同窓生だった[[有馬頼寧]]からの誘いを受けて、産業組合中央会理事となる<ref>小田部(1988)pp.18,124、徳川(1974)pp.42-45</ref>。当時、同会には、[[千石興太郎]]、[[荷見安]]らがいた<ref>徳川(1974)pp.42-45</ref>。

当時、産業組合中央会は保険会社の経営を志向しており、当初、[[金光庸夫]]から保険会社を買収することを検討していたが、買収先の保険会社の経営状況に問題があることが発覚して政治問題化し、義親は三月事件を通じて面識があり当時拓相となっていた[[小磯国昭]]に口添えを依頼して買収話を白紙化させた<ref>徳川(1974)pp.42-45</ref>。

同会が改めて[[大東海上]]と[[大福海上]]を買収、合併させようとしたときには、軍部への介添役となって合併を推進し、また私財で買収資金を賄った<ref>徳川(1974)pp.42-45</ref>。

1941年10月には同会副頭取に就任<ref>徳川(1974)pp.42-43、徳川(1973)巻末年表</ref>。1942年7月に合併が成立して[[共栄火災]]が設立され、[[井川忠雄]]が社長となり、義親は会長となったが、このとき義親は第25軍の軍政顧問となってマラヤに赴任していた<ref>徳川(1974)pp.42-45</ref>。

1940年8月、[[第2次近衛内閣]]が[[蘭印]]との交易維持交渉再開（[[第2次日蘭会商]]）を模索した際に、使節団長に任じられた小磯国昭から同行を依頼され、承諾<ref>徳川(1963)pp.135-136</ref>。

 

軍艦と[[海軍陸戦隊|陸戦隊]]を同行して[[オランダ総督]]を威嚇し、現地で義親が銃撃される事件を起こして、それを理由に陸戦隊を進駐させる計画を進言した<ref>徳川(1963)pp.135-136</ref>。

 

この計画を小磯から聞いた近衛文麿は、小磯を交渉担当から外し、代わりに[[小林一三]]を派遣したという<ref>徳川(1963)pp.135-137</ref>。

1940年7月、第2次近衛内閣の下で日中戦争の解決と軍需物資の輸入を重要課題として米国との交渉が進められ、1940年11月に米国[[メリノール宣教会|メリノール会]]のウォルシュ司教とドラウト神父が来日して[[産業組合中央金庫]]理事の井川忠雄と民間交渉を行なった<ref>小田部(1988)pp.18,122-125</ref>。

このとき義親は、井川から交渉の経緯を聞き、翌1941年2月の井川の米国行きに際して、海軍の[[岡敬純]]軍務局長、[[高木惣吉]]調査課長らへの根回しを行なった<ref>小田部(1988)pp.18,122-125</ref>。

井川は翌1941年2月に渡米して井川・ドラウト案を作成、更に岩畔陸軍軍事課長が交渉に加わり、同年4月に「日米諒解案」が作成され、[[野村吉三郎]]と[[ハル]]の日米交渉の下地とされた<ref>小田部(1988)pp.122-124</ref>。

しかし、1941年7月の[[南部仏印進駐]]と翌8月の石油禁輸により交渉は頓挫した<ref>小田部(1988)pp.124-125</ref>。同年8月に井川は帰国、義親を訪問して、外務省ルートを外れて交渉を行なった井川への風当たりが強かったことなど、交渉失敗の経緯について報告している<ref>小田部(1988)pp.124-125</ref>。

1941年5月には、海軍の[[高木惣吉]]らから相談を受けて、石原広一郎と[[シンガポール港|シンガポール軍港]]に人を潜入させる手配をし、同年9月には、陸軍の[[桜井徳太郎 (陸軍軍人)|桜井徳太郎]]の紹介で工作員の[[日高みほ]]らとインド人工作について話合うなど、対英開戦を前にして、[[英領マラヤ]]で行なわれた謀略工作に関与した<ref>小田部(1988)pp.126-128</ref>。

また、第1次・第2次近衛内閣の下では、1930年代前半のクーデター事件により収監されていた受刑者の、恩赦や大赦による刑期満了前の仮出所が相次いだが<ref>5.15事件について、1937年10月に大川周明、1938年に三上卓が釈放され、血盟団事件について、1940年9月に古内栄司・四元義隆、同年10月に井上日召、同年11月に[[小沼正]]と[[菱沼五郎]]が釈放され、1940年11月に[[濱口雄幸#濱口首相遭難事件|浜口雄幸を狙撃した]][[佐郷屋留雄]]が釈放された（小田部,1988,pp.125-126）。</ref>、このうち[[5.15事件]]に関与した[[三上卓]]、[[血盟団事件]]に関与した[[四元義隆]]、[[井上日召]]らと釈放後に連絡を取り、彼等が南進のための謀略工作に携わるように斡旋した<ref>小田部(1988)pp.125-126</ref>。

1941年10月、懇意にしていたサルタン（イブラヒム？）宛てに、[[マレー作戦]]の実行部隊となった[[第25軍 (日本軍)|第25軍]]の参謀長に就任した[[鈴木宗作]]の紹介状を送付<ref>小田部(1988)p.127</ref>。

同月から同年12月にかけて、第25軍の軍政要員・[[高瀬通]]らの訪問を受けて、華僑工作や「軍政実施の基本要領」など、英領マラヤ占領後の軍政の実施方針について打ち合わせを重ねた<ref>小田部(1988)pp.127-129</ref>、

同年12月には、高瀬に同行してきた[[白浜宏]]少佐と対英米諜報網の構築について相談<ref>小田部(1988)p.127</ref>。

同年12月7日、[[太平洋戦争]]の開戦前日、鶴見貞雄（[[鶴見祐輔]]の弟）、[[清水行之助]]とともに、南方軍政部の一員として同月11日に日本を出発する予定となっていた高瀬の送別会を行なった<ref>小田部(1988)p.128</ref>。

回想録などでは、南方行の動機について、太平洋戦争開戦後に、親しかったマレーのスルタンの安否を気遣い、南方行きを志願した、とされているが<ref>中野(1977,pp.202-205)は、[[東條内閣]]が成立した1941年10月頃、知り合いの海軍軍令部や陸軍参謀本部の将校がマレーやシンガポールの地図を借りに来て、何に使うのか不審に思っていたところ、太平洋戦争が開戦、[[マレー作戦]]が始まり、驚いて、マレーのスルタンを守ろうと考え、陸軍省へ行って、[[東條英機]]の秘書官に南方行きを志願した、としている。徳川(1963,pp.137-138)は、友人に軍人・右翼が多かったので、話を聞いているうちに戦争になるのではないかとの予見を持ち、開戦後に陸軍省を訪問して宣撫班入りを志願した、としている。</ref>、義親の日記からは、開戦前の同年11月22日に、高瀬・清水と「南方策の打合せ」をする中で、「事ある時には南方にゆく筈」となっていたことが確認できる<ref>小田部(1988)pp.127-129</ref>。

義親のマレー赴任の希望は陸軍に伝えられ、1941年12月18日に陸軍・[[武藤章]]中将から[[井川忠雄]]を通して内示があり、1942年1月30日に[[永田秀次郎]]、[[村田省蔵]]、[[砂田重政]]とともに正式に「軍政顧問」の事務委託が発令された<ref>フォーラム(1998)pp.660-665、小田部(1988)pp.18,129-130、徳川(1963)p.138</ref>。

同年2月4日・9日付の『朝日新聞』には手記が掲載された<ref>小田部(1988)pp.144-145</ref>。

同月11日に[[マライ軍政監部#軍政顧問|第25軍軍政顧問]]としてシンガポールへ出発<ref>フォーラム(1998)pp.660-665、小田部(1988)pp.18,129-130、徳川(1963)p.138</ref>。

 

それから1ヶ月弱後の同年3月5日にシンガポール（昭南）に到着した<ref>小田部(1988)p.146</ref>

*小田部(1988,p.146)は、日本からシンガポールへ直行せず、政情が落着くまで[[バンコク]]あたりで待機していたのではないか、としている。

*中野(1977,pp.204-205)は、2月初旬に秘書の石川善兵衛を帯同して[[サイゴン]]へ飛び、2月15日の英軍降伏後、[[ジョホールバル]]のスルタン・イブラヒムのもとへ急行し感謝された、としている。

その後、同年3月25日から4月3日までマレー半島の視察旅行を行なって各州の（日本人の）[[マライ軍政監部#州政庁 支部長・長官|州知事]]やスルタンを訪問・視察し、同月13日には各州のスルタンが義親のお茶会に招待されて昭南に集まった<ref>小田部(1988)p.146、徳川(1942-07-25 - 1942-08-07）による。</ref>。

同年5月、日本に一時帰国<ref>小田部(1988)p.147</ref>。

1942年6月初旬、東京で、参謀本部、陸軍省、軍務局を訪問し、首相官邸で行われた「[[大東亜建設審議会]]関係講演会」に出席し、砂田重政に続いて現地の事情と軍政の方針について説明した<ref>小田部(1988)pp.146-149、大東亜建設審議会(1942)pp.21-33</ref>。

大東亜建設審議会(1942,pp.21-33)によると、講演会での義親の報告の要旨は以下のようなものだった。

1942年6月27日、再び昭南島へ渡り、スルタンの統治方針について軍政部の[[渡辺渡 (陸軍軍人)|渡辺渡]]、鈴木宗作参謀長、[[斎藤弥平太]]軍司令官らと相談した結果、同年7月に極秘文書「王侯処理に関する件」が作成された<ref>小田部(1988)p.147</ref>。同文書は、スルタンに統治権を自発的に軍司令官を通して天皇に「奉納」させるよう「誘導処理」するという「版籍奉献」を推進するという方針だった<ref>小田部(1988)p.148</ref>。

同月、義親は長男・義知を通じ、懇意にしていたジョホールのスルタン・イブラヒムに「版籍奉献」を打診し、同月20日に長男の[[徳川義知|義知]]を通してスルタンから「一任する」との回答を得た<ref>小田部(1988)p.148</ref>。

その後も、第25軍のスルタン統治の窓口役として、[[昭南忠霊塔]]建設に際して各州のスルタンから寄付金を徴収、1942年9月10日に行なわれた忠霊塔の除幕式の後、同月13日にジョホール州のスルタンから5,000円、翌10月9日に[[ケダ州]]のスルタンから5,000円を受領したり、同年9月下旬に[[トレンガヌ州]]のスルタンが死去した際の後継者問題について、[[久慈学]]州長官から意見を求められ、これに関与したりしていた<ref>小田部(1988)p.149</ref>。

義親は、1942年2月に[[太平洋協会]]の機関紙『太平洋』に寄稿した「南方経営私見」の中では、性急な日本化を戒め、日本語教育の強要に反対し、一般民衆にはマレー語で教育を行なう、としていた<ref>小田部(1988)p.153</ref>。

同年5月には、ジャワ・スマトラ・ボルネオ・マライなど、占領各地のマレー系諸語を標準化した「統一馬来語」の普及促進を軍政部に提言したとされる<ref>大石(1995)pp.48-49</ref>。

しかし、同年6月の大東亜建設審議会では日本語教育の推進を説き、同年7月に『太平洋』に寄稿した「南方建設の進展」でも、適切な日本語教育を施し、通用語を日本語にしなければならない、として日本語教育の必要性を強調する姿勢をとるようになった<ref>小田部(1988)p.153</ref>。

同年6月に日本に帰国した際に、女学校での礼法講師時代に知り合った[[大森松代]]と土田美代子に「文化活動の手伝い」を依頼し、秘書としてシンガポールに帯同<ref>小田部(1988)pp.162-164</ref>。2人に昭南博物館附属図書館の書籍の翻訳をさせ、大森は英語の書籍（主に英国の行政関係文書）を翻訳し、土田はマレー語の書籍をマレー人の元国語教師と共同で日本語に翻訳し、日本語・マレー語の辞書の作成に従事した<ref>小田部,1988,p.164。</ref>。

 

またインド独立工作にも関与し、秘書を[[インド独立連盟]]や[[光機関]]の手伝いに派遣していた<ref>小田部(1988)pp.162-166 - 義親の日記による。</ref>。

1942年8月31日に、昭南特別市からの辞令を受けて、[[昭南博物館]]・附属図書館、植物園の館長・園長となる<ref>大石(1995)pp.40-41 - 義親の日記による。同年9月2日には、秘書・石井善兵衛も昭南特別市兼務の辞令を受けている（同）。小田部(1988,pp.18,170)は、8月ないし9月に就任、としている。</ref>。

 

昭南博物館は、軍の協力を得て、放棄された敵性の文化施設や個人宅から図書類や貴重な家財・美術品等を収集（略奪）し、博物館の収蔵品として保管、一部を日本へ送った<ref>徳川(1963)p.140、中野(1977)pp.208-210、大石(1995)pp.41-42、加藤(1998)。</ref>。

1942年10月頃、第25軍の方針「秘・南方建設の人材養成機関設置要領」に基づいて設立された20-30代の日本人の養成機関「経綸学園」の設置に関与<ref>小田部(1988)pp.156-158</ref>。また同方針における、中国人・インド人・マレー人の中の優秀な人材を養成するための「図南塾」構想により設立された[[興亜訓練所]]で訓練を受けるなどした後、1943年1月に日本に留学したマレー人留学生17人のうち5人を「徳川奨学生」として個人的に援助した<ref>小田部(1988)pp.156-159。男性3人、女性2人で、男性3人はジョホールのスルタンの親戚だった（同）。日本に留学した奨学生は[[早稲田大学]]や[[東京農業大学]]に通学し、うち男性3人は1945年2月に帰国した（同。女性2人については不詳）。</ref>。

英領マラヤでは、占領直後から生活必需品などの物資不足によるインフレが起こり、日本軍政への不満が嵩じつつあったことから、1942年7月に[[東條内閣]]はマレー人の宗教・慣習への不干渉をはじめとして、第25軍の強硬な統治方針の修正を求めた<ref>小田部(1988)p.149</ref>。

1942年8月に[[大本営]]は斎藤弥平太・第25軍司令官や鈴木宗作・同軍政監にスルタン対策の緩和を指示し、同年11月9日に軍司令部は現地軍に寛大方針遵守の命令を発出した<ref>小田部(1988)p.149</ref>。

渡辺渡・総務部長は歩み寄りをみせたが、義親は命令に反発し、また現地軍も大本営方針を留保して抵抗したため、同年12月、陸軍次官・[[木村兵太郎]]は[[西大条胖]]軍政監に緊急電報を繰り返し送り、戦前支給されていたスルタンの俸禄を減じたり、取扱いを変更して名誉を毀損するような第25軍軍政監部の政策を非難し、大本営方針の励行を迫った<ref>小田部(1988)pp.149-150</ref>。

1943年1月11日-12日、義親は貴族院の議会出席のため日本に帰還するよう軍政監を通じて指令を受けたが、これを拒否<ref>小田部(1988)p.150</ref>。

同月20日-21日に、第25軍軍政監部はマライ・スマトラのスルタンをシンガポールに招いて会議（サルタン会同）を開き、各州スルタンの、回教の首長としての地位・尊厳と、財産所有権を公式に承認した<ref>小田部(1988)pp.150-151</ref>。他方で、会同に先立って、斎藤軍司令官や義親は、行事の一環として各州のスルタンを[[昭南忠霊塔|忠霊塔]]に基金を献納・参拝させ、[[昭南神社]]を訪問させた<ref>小田部(1988)p.151。同書は、会同では宗教・慣習への不干渉の方針が確認されたが、会同を含めた一連の行事の中で神社への参拝が強制されていた、としている。</ref>。

会同の後、義親は、議会報告のため日本に帰国する[[大塚惟精]]・軍政顧問に、[[東條英機|東條]]首相宛の、軍中央の寛大方針に対する所見を託した<ref>小田部(1988)p.151</ref>。

1943年2月23日に、[[南方軍軍政総監部]][[調査部]]が、昭南博物館の付属研究室として南方民族研究室の設置を提言し、[[南方科学委員会]]を組織しようとした際には、昭南博物館長として委員会の運営について相談を受け、調整機関の恒久的設置と、定期刊行物の発行を提言<ref>小田部(1988)p.171</ref>。

同年7月19日に開催された「南方学術機関に関する打合せ会」には、昭南博物館を代表して[[郡場寛]]、[[羽根田弥太]]とともに出席<ref>小田部(1988)pp.172-173</ref>。同年10月に編成が決められた南方科学委員会の5つの専門分科会のうち、「民族分科会」に所属し、主に「言語対策の研究（マライ語、日本語）」を担当した<ref>小田部(1988)pp.173-175</ref>。

その後、戦局が悪化する中で、軍中央は統治方針を軟化させていったのに対して、義親は強硬な姿勢を変えず、1943年7月には、東條内閣によるビルマ2州・マライ4州の[[タイ王国|タイ]]への移譲に反発している<ref>小田部(1988)pp.151-152</ref>。

1943年後半になると、シンガポールでは戦局の悪化とともに食料品、医薬品など物資の不足が深刻化し、義親自身は衣食住を軍から保証されており生活にはさほど不自由しなかったが、軍政顧問としての課題はインフレ対策、人口疎散、生活必需品の調達などが主になった<ref>小田部(1988)pp.183-185</ref>。

（いつ？）ジャングルに天然に生育する植物の中に、食料に充てられるものがないか、ラッフルズ植物園の資料を整理・編集して出版させる方針を立てた<ref>大石(1995)p.36</ref>。

1944年になると、[[華僑協会]]との協力関係の構築、[[マライ義勇軍]]によるマレー人の民心把握など、占領当初の強硬策からの転換が軍政の重要課題となった<ref>小田部(1988)pp.183-185</ref>。

1944年5月、義親は日本に一時帰国し、同年8月、日本からの帰還命令発出を受けて、軍政顧問を辞任して日本に帰国した<ref>小田部(1988)pp.18,185、徳川(1963)pp.142,143-144。徳川(1963,pp.142,143-144)では、帰国の理由を、一時帰国した際に日本本土の惨状が看過できないものになっていることを知り、帰国して戦争中止を意見しようとしたため、としており、戦況の悪化が帰国の理由だったことに言及がある。</ref>。

帰国当日の日記では、軍政を失敗だったと総括した<ref>小田部(1988)p.185</ref>。

{{Quotation|今日昭南を出発して内地に帰還する。2年半経過する。軍政が失敗だけに心残りが多い。再び来る日は命を賭して来るのである。馬来が好きなのである。||徳川義親、1944年8月20日、日本帰国直前の『日記』の中で<ref>小田部(1988)p.185</ref>}}

徳川(1963,pp.142,143-144)には、「（…）残念ながらマレー語の辞書は未完成に終わった。」との述懐がある。日・マ辞書の作成に従事していた土田美代子は、2度遭難しそうになりながら船で日本に帰国し、戦後も徳川研究所（[[徳川林政史研究所]]？）で辞書の作成を続けた<ref>小田部(1988)pp.164,166,</ref>。

1944年5月に日本に一時帰国した際に、藤田勇から「一刻も早く中国・米国と講話し戦争を終結しなければ、日本は大敗北し、流血の革命が起きて皇室もろとも崩壊する」として東條内閣打倒を呼びかけられ、[[木戸幸一]]と会って相談したが前向きな返事はなく、シンガポールに戻っていた同年7月に東條内閣が総辞職し、話が立ち消えたとされる<ref>中野(1977)pp.211-212</ref>。

同じく日本に一時帰国した際に、[[陸軍兵器行政本部|兵器行政本部]]の野村恭雄技術課長、[[陸軍技術研究所#第7陸軍技術研究所|第7研究所]]野村政彦大佐らの訪問を受けて生物学研究所による研究支援を要請され、兵器行政本部、第7研究所に協力することを決定<ref>小田部(1988)pp.189-190</ref>。生物学研究所での研究内容は不明だが、帰国後の同年11月には「兵器行政本部第7研究所臨時嘱託」に任命された<ref>小田部(1988)p.190</ref>。

翌1945年1月に[[KYB|萱場製作所]]の萱場資郎と会って新兵器についての話を聞き、翌月[[朝香宮鳩彦王|朝香宮鳩彦]]に萱場の新兵器を紹介するなどした<ref>小田部(1988)p.190</ref>。

1944年の後半-1945年の初め頃、家族を[[奥多摩]]に疎開させ、長男・義知と所三男のほか2,3人の研究員とともに目白の自邸に残った<ref>中野(1977)pp.214-215</ref>。

[[東京大空襲|1945年3月の空襲]]で[[女子学習院]]が全焼した後、義親邸の本邸は女子学習院の教室として使用され、学生が疎開・帰郷して空室になっていた啓明寮は社会主義者の宿泊所になっていた<ref>中野(1977)pp.223-224</ref>。

1945年7月-8月の[[ポツダム宣言]]受諾前には、清水行之助、[[佐治謙譲]]らとともに、少壮将校と頻繁に会合を開き、徹底抗戦を主張する[[稲葉正夫]]や[[井田正孝]]らと面会していた<ref>小田部(1988)pp.192-193</ref>。

同年8月11日には日本が「国体護持」の条件付きでポツダム宣言受諾を申し入れたことを聞き、[[木戸幸一]]に、国体護持のためには[[連合国]]に対する示威活動として[[錦の御旗#錦旗革命事件|錦旗革命]]を断行するしかない、用意はある、と記した書簡を送った<ref>小田部(1988)pp.193-194。中野(1977,pp.215-217)は、義親は1944年後半から1945年の初め頃、近衛文麿や鈴木貫太郎、広田弘毅、若槻礼次郎らに早期終戦を説いたが、皆共産主義革命が起ることをおそれて戦争継続を主張し、高松宮に昭和天皇へ直言するよう主張したが聞き入れられず、クーデターによる政権奪取以外に和平の道はない、と考えて木戸幸一に「いつでもクーデターを決行し、和平への道を切り開く覚悟がある」との書簡を送った、としている。</ref>。

しかし、同月14日には、清水、藤田勇、石原広一郎らと会合した後、高松宮邸に参殿して夕食を供され、「（…）事決す。何もいふことなし、と共に泣く。又、元の学究に戻るのみ。無力事ここに到る。（…）」と日記に記した<ref>小田部(1988)p.194。中野(1977,p.222)は、高松宮邸訪問を8月10日の出来事としている。</ref>。

このことから、義親らは同日夜の[[宮城事件]]の決行には直接関与していなかったとみられている<ref>小田部(1988)p.194。</ref>。

1945年8月15日に参内した際、[[宗秩寮]]総裁をしていた実兄・[[松平慶民]]に自主的に辞爵願を提出したが、受理されなかった<ref>小田部(1988)p.206</ref>。

 

同年11月には宮内省から「特別の事情による爵位返上の承認」見解が出されたが、このときも義親の辞爵は認められなかった<ref>小田部(1988)p.207。徳川(1963,p.144)は、宮内大臣[[石渡荘太郎]]に提出した、としている。</ref>。

 

終戦を期に（詳細時期不定で）家督を長男・義知に譲った<ref>徳川(1963)p.148</ref>。

1945年8月16日以降、藤田勇を通じて、旧[[日本無産党]]の[[加藤勘十]]、[[鈴木茂三郎]]、[[片山哲]]らによる「勤労大衆を基盤とし、[[国体]]護持を前提とする」全国的な無産政党の結成を支援<ref>小田部(1988)pp.195-197。同月25日に清水行之助から、3月事件の際に清水が義親から借りた資金を含む50万円を藤田に寄附したと報告を受けている（小田部,1988,pp.63,197。中野,1977,pp.225-227では金額などに異同あり）。</ref>。

義親の辞爵を前提に新党の党首にするという話も出たが<ref>小田部(1988)pp.195-196</ref>、旧[[社会民衆党]]系の[[水谷長三郎]]が義親や藤田の入党に反対、会合でも戦争協力者の入党に反発する意見があり、同年11月2日の[[日本社会党]]結党の際には、義親は党顧問として名を連ねたが、藤田は排除され、[[松岡駒吉]]らと[[世界恒久平和研究所]]を創設した<ref>小田部(1988)pp.18,197-198、中野(1977)p.226</ref>。

同年12月には、有馬頼寧が支援し、[[船田中]]をはじめとする旧[[護国同志会]]、[[翼壮議員同志会]]および産業組合関係の指導者が中心となって議会内少数派による第三党を志向した[[日本協同党]]結成の相談が義親邸で行なわれた<ref>小田部(1988)pp.199-200</ref>。義親は社会党との関係から同党への参加は辞退したが、産業組合中央会の役員であった関係から、協同党の中心人物となった井川忠雄とはその後も連絡を取り合っていた<ref>小田部(1988)pp.199-200。同書は、徳川邸での会合等の記録から、義親が日本協同党の結成に関与した、としているが、徳川(1974)p.51では「国民協同党」を設立したのは[[荷見安]]、[[黒沢酉蔵]]、[[千石興太郎]]らであって、自身は関係していない、としている。</ref>。

1945年12月、[[東久邇宮稔彦王|東久邇宮]]御殿や宮内省を訪問し、[[三笠宮崇仁親王|三笠宮崇仁]]や宗秩寮総裁の兄・松平慶民に「[[マッカーサー元帥]]の意向が陛下に及びそうだ」として天皇退位を説く<ref>小田部(1988)pp.200-201</ref>。

 

当時、長男・義知の友人だった濠軍の将校ジョージ・ケジャー（George Caiger）が頻繁に徳川邸を訪問していたため、オーストラリアの強硬な天皇戦犯論に基づいた行動だった可能性が指摘されている<ref>小田部(1988)pp.200-201</ref>。

 

[[東京裁判]]では、義親の1925年から1945年までの日記が[[国際検察局]]によって押収され、その分析結果から「米英に対する戦争準備の共同謀議」の容疑で検察局にマークされた<ref>小田部(1988)pp.202-203</ref>。

特に、1938年に[[大和倶楽部]]を組織し[[排英運動]]を推進したことや、太平洋戦争開戦後、シンガポールで軍政顧問の公職に就いていたことが問題視された<ref>小田部(1988)pp.202-203</ref>。

しかし徳川の日記の分析は東京裁判の開廷後に行なわれており、また日記の記述が簡単で証拠に適さないと判断され、戦犯裁判の被告として訴追されることはなかった<ref>小田部(1988)pp.204-205</ref>。

1946年8月に公職追放となり<ref>小田部(1988)pp.18,210、中野(1977)p.230</ref>、社会党顧問を辞任<ref>徳川(1963)p.148</ref>。

公職追放中の活動について、徳川(1963,p.148)には、研究室での研究に没頭した、とあり、1949年4月に徳川林政史研究所の所長となっている<ref>徳川(1973)巻末年表。</ref>。

同年9月に[[全日本ろうあ連盟|全国聾唖連盟]]総裁に就任、[[鷹司信輔|鷹司公爵]]から話を持ちかけられて<ref>徳川(1974)pp.50-51</ref>、[[大日本猟友会]]会長となった<ref>中野(1977)p.230、徳川(1973)巻末年表。</ref>。

また目白に住んでいた[[柳家小さん]]や[[桂小金治]]らと「目白文化会」をつくり、落語や講談の会を催し、目白駅に花壇を設ける美化運動をした<ref>中野(1977)pp.230-231</ref>。

1947年5月3日、新憲法の公布により[[華族#華族制度の廃止|華族制度が廃止]]され、爵位を喪失<ref>小田部(1988)p.209</ref>。

華族制度の廃止により[[財産税法|財産税]]の適用を受けることになり、1947年3月11日に課税価格16,989千円、税額13,906千円を申告、課税価格・税額は1951年2月28日にそれぞれ18,003千円、14,818千円に更正され、莫大な財産の大半（約8割）を喪失することになった<ref>小田部(1988)p.209。徳川(1963,p.146)は、9割を取り上げられた、としている。「財産税法」によると、「課税価格1,500万円超」の場合、「税率90％」が適用されており、「9割」はこれに合致しているが、超過累進課税方式のため課税価格の総額に対する税率はこれよりも低く、課税価格の総額が1,800万円であれば、10*0%+(11-10)*25%+(12-11)*30%+...+(1500-500)*85%+(1800-1500)*90%=1481.6(万円)となり、小田部(1988)p.209に記載の税額とほぼ一致している。このとき税率は約81-82％である。</ref>。

財産税適用後、家政維持のため目白の邸宅を[[西武グループ|西武]]に売却し、元家令の役宅に引越し、跡地に外国人居留者向けの賃貸住宅を建てて収入源とした<ref>小田部(1988)p.209</ref>。

売却された邸宅は長野県の[[野辺山高原]]に移築され、西武が開発した[[八ヶ岳高原海ノ口自然郷|海の口自然郷]]の「八ヶ岳高原[[ヒュッテ]]」として保存されている<ref>小田部(1988)p.209、徳川(1963)p.146</ref>。

1950年に徳川黎明会は財団存続のため、蓬左文庫を所蔵文献・史料のうち約6万4千冊とともに愛知県名古屋市に売却譲渡<ref>名古屋市(2015)、林政研(2013)。</ref>。

徳川農場は[[農地法]]の適用を受け、一部の山林を残して解放された<ref>徳川(1963)pp.110,146</ref>。

 

名古屋の邸宅は焼失したため、名古屋に滞在時は徳川美術館の事務室に寝台を持ち込んで宿泊したという<ref>徳川(1963)p.146</ref>。

1947年2月に、井川忠雄の急逝を受け、[[共栄火災]]の[[宮城孝治]]からの依頼を受けて同社の会長となり、以後20年間在職<ref>徳川(1974)p.47</ref>。徳川(1974,p.47)は、「会長は何もしなくてもよかった」と述懐しつつも、在職中に自身が関与したこととして、共栄開発（株）の[[古河ユニック|（株）ユニック]]への改組を挙げている。

1963年には共栄火災との関連から[[池袋ショッピングパーク|池袋地下道駐車場会社]]の社長に就任<ref>徳川(1963)p.150、徳川(1973)巻末年表、徳川(1974)p.48。</ref>。徳川(1974,p.48)では、「小さな会社に重役が18人もいた」ので、「阿部さん」を専務にして重役を8人に減らし、「大池さん」を社長に戻して身を引いた、と回想している。

1951年8月に公職追放解除となり<ref>小田部(1988)pp.18,210</ref>、解除後、1953年4月に[[文化服装学院短期大学]]学長、1957年5月に[[愛知県文化会館]]館長などの公職を務めた<ref>中野(1977)p.232、徳川(1973)巻末年表、徳川(1963)p.150。</ref>。

*徳川(1973,pp.155-156)によると、愛知県文化会館の館長時代に、文化短大での教え子だった[[上原美佐]]が、卒業して故郷の[[福岡]]に帰る前に義親に挨拶をしに訪れた際に[[東宝]]の関係者にスカウトされ、その後も上原が東京で暮らすのに住まいなどを世話したため、上原との関係を疑われたという。

1956年、[[自由民主党 (日本)|自民党]]の[[加藤鐐五郎]]の勧めにより、無所属で、[[名古屋市]]長選挙に立候補したが、落選<ref>小田部(1988)pp.18,210、中野(1977)p.232、徳川(1963)pp.148-150</ref>。

1957年、[[日ソ親善協会]]愛知県連合会の会長に就任<ref>中野(1977)p.236、徳川(1973)巻末年表。</ref>。1965年には[[日ソ交流協会]]の会長を務めた<ref>中野(1977)p.236、徳川(1973)巻末年表。</ref>。

*徳川(1974,p.60)は、終戦直前にソ連へ和平使節として派遣することが検討されたことから話がきたが、中ソとの交流は必要に駆られて行なったもので、[[日露戦争]]を経験しているのでソ連は嫌いだった、としている。

1969年11月、83歳のとき、[[特発性血小板減少性紫斑病]]のため[[神田]]の[[同和病院]]に入院し、その後[[国立第1病院]]に移り、1972年4月まで断続的に3年近く入院<ref>中野(1977)p.232、徳川(1973)巻末年表。</ref>。