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2010年8月19日 (木) 06:49時点における最新版
アーベル群(アーベルぐん、abelian group)とは、可換群(かかんぐん、commutative group)すなわち、定義される乗法が可換な群のことである。名称は、ノルウェーの数学者ニールス・アーベルに因む。しばしば、演算は "+" を用いて "加法的" に記されて加法群(かほうぐん、additive group)ともよばれる。単純に言えば、アーベル群とは足し算と引き算が自由にできる代数的な対象である。また、加群(かぐん、module)とも呼ばれることがあるがこの場合、別の代数系からの作用とともに考えていることが多い。
目次
定義[編集]
集合 G に二項演算("*" と書くことにする)が定義されていて、以下の条件
- 結合法則: <math>a * (b * c) = (a * b) * c</math>.
- 単位元の存在:<math>\exists1;\ a * 1 = 1 * a = a</math>.
- 逆元の存在: <math>\forall a, \exists a^{-1};\ a * a^{-1} = a^{-1} * a = 1</math>.
- 交換法則: <math>a * b = b * a</math>.
(ただし、a, b, c は G の任意の元)を全て満たすとき、G と演算 "*" の組 (G, *) をアーベル群という。考えている演算があきらかなときは省略して単に G をアーベル群と呼ぶ。
アーベル群ではしばしば演算子を "+" と記す。このとき単位元を零元と呼んで 0 などで表し、逆元も −a のように負符号を用いて表してマイナス元あるいは反数とよぶ。また、a + (−b) は a − b と書かれ、a から b を引くという減法が定義される。このような記法を加法的な記法と呼び、対して先に述べたような通常の群でよく使われる記法を乗法的な記法ということがある。アーベル群の定義を加法的に記せば
- 結合法則: <math>a + (b + c) = (a + b) + c</math>.
- 零元の存在: <math>\exists 0;\ a + 0 = 0 + a = a</math>.
- マイナス元の存在: <math>\forall a, \exists -a;\ a + (-a) = (-a) + a = 0</math>.
- 交換法則: <math>a + b = b + a</math>.
のようになる。以降ではアーベル群を主に加法的に記す。
例[編集]
- 整数の全体 Z、有理数の全体 Q、実数の全体 R、複素数の全体 C は全て通常の加法に関してアーベル群である。一方 自然数の全体 N は加法(の逆演算としての減法)に関して閉じていないのでアーベル群ではない。
- 0 を除く有理数の全体 Q* で乗法を考えたものは群になる(乗法群と言われる)がこれもアーベル群の例である。0 以外の実数全体 R* や 0 以外の複素数全体 C* も乗法に関してアーベル群となる。また例えば 0 以外の整数の全体 Z* は乗法に関して群にはならないが、その部分集合 {±1} は乗法に関するアーベル群である。
- 楕円曲線 y2 = x3 + ax + b はその "加法" に関してアーベル群になる。
アーベル群の準同型[編集]
2 つのアーベル群 (M, +), (N, +') を考える。M から N への写像 ρ: M → N が任意の x, y ∈ M について
- ρ(x + y) = ρ(x) +' ρ(y)
をみたすとき、ρ は (M, +) から (N, +') へのアーベル群の準同型であるといい、さらに全単射ならばアーベル群の同型であるという。これは単に群としての準同型 (group homomorphism) とまったく同じ概念である。M から N へのアーベル群の準同型全体の成す集合を Hom(M,N) などと記す。このとき、
- <math>\mbox{Hom}(M,N):=\{\phi\colon M\to N\mid \phi\colon \mbox{homom.}\}</math>
には、φ, ψ ∈ Hom(M, N) に対して
- <math>(\phi+\psi)(x) := \phi(x) + \psi(x) \quad (x \in M)</math>
として和 φ + ψ をさだめる(これを「N における和が Hom(M,N) に加法を誘導する」などという)ことができて、この加法に関して Hom(M, N) はまたアーベル群となる。さらに、アーベル群 M の自己準同型の全体
- <math>\mbox{End}(M):= \mbox{Hom}(M,M)</math>
には M における和が導く加法が定まり、さらに写像の合成
- <math>(\phi\circ\psi)(x) := \phi(\psi(x))\quad
(\phi, \psi \in \mbox{End}(M), x \in M)
</math> を積として環をなす。これを M 上の自己準同型環という。
性質[編集]
自明な性質[編集]
一般の群においていくつかの条件によって規定されるような概念の中には、それがアーベル群においては特に何の制約も課さないこと(数学の文脈ではこれを自明な条件などと通常は言い表す)と等価になるようなものが見られる。例えば
などが挙げられる。
アーベル群の基本定理[編集]
有限生成なアーベル群は、そうでない群と比べて著しく単純な構造を持つ:
アーベル群 G が有限生成であれば、G は無限巡回群 Z と素数べきの位数を持つ巡回群 Z / m1Z, ..., Z / mtZ の直積
- <math>\mathbb{Z}^n \times \mathbb{Z}/m_1\mathbb{Z} \times \mathbb{Z}/m_2\mathbb{Z} \times \cdots \times \mathbb{Z}/m_t\mathbb{Z}</math>
に同型で、n や m1, ..., mt は入れ替えを除いて一意的である(アーベル群 G の不変系と呼ばれる)。
少し形を変えて、G を次のように書くことも出来る;
- <math>\mathbb{Z}^n \times \mathbb{Z}/d_1\mathbb{Z} \times \mathbb{Z}/d_2\mathbb{Z} \times \cdots \times \mathbb{Z}/d_u\mathbb{Z}</math>
ここで、d1 | d2 | ... | du であり、d1,..., du は一意的に決まる。
有限生成アーベル群は有限の階数として、上の n を持つ。一方でこの逆は正しくなく、有限の階数を持つが有限生成でないアーベル群はたくさんある。
この定理によって有限生成なアーベル群、特に位数が有限なアーベル群は完全に分類できる。そのため、これは群論において大変有用な定理である。これに対して、有限生成でないアーベル群に関しては、今でも研究が進められている。特に、階数が無限のアーベル群は非常に複雑になる。
もう少し一般化して、単項イデアル整域上の有限生成加群に対しても全く同様の定理が証明できる。
作用と加群[編集]
環上の加群[編集]
環 R に対して、写像
- <math>R \times M \to M;\, (r, a) \mapsto \rho_r(a),\quad\rho_r\colon M \to M</math>
で、任意の r, s ∈ R, a, b ∈ M に対して、
- <math>\rho_r(a + b) = \rho_r(a) + \rho_r(b),</math>
- <math>\rho_{rs}(a) = \rho_r(\rho_s(a))</math>
をみたすものが存在するとき、M を環 R 上の左加群 (left module)、あるいは略して 左 R-加群などという。またこのとき、R は M の作用域、作用環あるいは係数環であるといい、R は M に左から作用するという。2 において積の順序と作用素の合成が逆になるときを考えて右作用が考えられる。すなわち
- <math>\sigma_r(a + b) = \sigma_r(a) + \sigma_r(b),</math>
- <math>\sigma_{rs}(a) = \sigma_s(\sigma_r(a))</math>
が成り立つならば、R は M に右から作用する、あるいは M は R 上の右加群 (right module) であるなどという。右加群かつ左加群であるものを両側加群 (twosided module) という。環 R が可換環であるなら、左右からの R の M への作用を一致させて、左右を区別せずに単に R-加群と呼ぶ。
環 R がアーベル群 M に左から作用するとき、しばしば ρr(a) などは ra や ra などのように略記される。同様に、R が M に右から作用するとき、σr(a) はしばしば ar や ar などと略記される。
もし係数環 R が(乗法に関する)単位元 1 を持つ(単位的環とよばれる)ならば、多くの場合
- <math>1\cdot a = a</math>
という仮定も R-加群の定義として含むものとして扱われる。
環作用の例[編集]
任意のアーベル群は有理整数環 Z 上の加群である。実際、加法群 M に対して
- <math>nx = \begin{cases}
\sum_{k=1}^n x & \mbox{for }n > 0 \\ 0 & \mbox{for }n = 0 \\ \sum_{k=1}^{|n|} -x & \mbox{for }n < 0
\end{cases}</math> と定義することによって写像
- <math>\mathbb{Z}\times M \to M;\, (n, x) \mapsto nx</math>
を定めると、この写像によって Z から M への作用が定まる。この作用を Z の自然な作用という。本質的に同じことだがアーベル群 M の演算が乗法的に記されているならば、この作用は
- <math>x^n = \begin{cases}
\prod_{k=1}^n x & \mbox{for }n > 0 \\ 1 & \mbox{for }n = 0 \\ \prod_{k=1}^{|n|} x^{-1} & \mbox{for }n < 0
\end{cases}</math> と定義することによって定まる写像
- <math>\mathbb{Z}\times M \to M;\, (n, x) \mapsto x^n</math>
として与えられる。このように、任意のアーベル群は(もともと作用域を考えていなくても) Z-加群となるので、作用域を考えないアーベル群を指して加群ということもある。
この例で乗法的に書かれた場合をみると、有理整数環 Z が M に右から作用するという 2 つ条件は
- <math>(ab)^r = a^r b^r</math>
- <math>(a^r)^s = a^{rs}</math>
と書き換えることができる。これは通常、冪乗に関する指数法則と呼ばれるもの(の一部)である。また加法的に書かれた場合で特に M = Z(加法群)であるときを考えると、Z が M に作用するということの 2 つの条件は 1 が Z における分配法則、2 が Z における結合法則そのものである。
別の例として、ベクトル空間は体上の加群である。体は特別な環であるから、環上の加群の概念はベクトル空間の概念の一般化であるということができる。
群上の加群[編集]
G を群、1 を G の単位元、M をアーベル群とする。写像
- <math>G \times M \to M;\ (g, x) \mapsto gx</math>
が与えられていて
- <math>1\cdot x = x\quad (x \in M),</math>
- <math>(gh)x = g(hx)\quad(g, h \in G, x \in M)</math>
が成立するならば、群 G は加群 M に作用するといい、M は群 G 上の加群または G-加群 (G-module) であるという。
群作用の例[編集]
(可換な)体のガロア拡大 L / K とそのガロア群 G = Gal(L / K) を考えるとき、L の乗法群 L* = L − {0} は G 上の加群である。
表現[編集]
自己準同型環 End(M) を考えれば、M が左 R-加群であるということを、写像
- <math>\rho\colon R \to \mbox{End}(M);\, r \mapsto \rho_r</math>
が環の(あるいは単位的環の)準同型となるということに言い換えることができる。対照的に、環準同型を用いて右加群であるということをいうには、環 R の(和はそのままで)積を逆順にした環(R の逆転環などと呼ぶ)Rop を用いればよい。すなわち M が R 上の右加群であるのは
- <math>\sigma\colon R^{\rm op} \to \mbox{End}(M);\, r \mapsto \sigma_r</math>
が環の準同型としてあたえられているときであるということができる。また、アーベル群 M の自己同型群(自己同型全体が写像の合成を積として成す群)Aut(M) を考えれば、ある群 G が Aut(M) の部分群への準同型 φ: G → Aut(M) を持つとき M は G-加群である。
このように準同型として作用を捕らえることで、一般化として代数系 A に対する A-加群の概念を考えることができる。つまり、加群 M 上で定義された特定の種類の変換からなる集合 Trans(M) がある代数系をなしていて、それと同種の代数系 A とが与えられているという状況下であるならば、A の M への作用が定まるというのを、A から Trans(M) への準同型 ρ が与えられることであると定義するのである。また、これを代数系 A の表現 といい、(ρ, M) とか (ρ, A, M) などのように表す。M が A-加群であることを M は A の表現加群であるともいう。さらに紛れの恐れの無い場合には準同型 ρ を指して A の表現と呼ぶこともある。
群環の表現[編集]
単位的環 R を定め、群 G に対して群環 R[G] を考えると、G 上の加群は群環 R[G] 上の加群に延長される。逆に、群環 R[G] の表現があれば、係数を制限して G の表現を考えることができる。
作用込みの準同型[編集]
作用域を持つ加群の間には、作用と可換な特別な準同型を考えることができる。たとえば群 G 上の加群 M, N が与えられているとし、M から N へのアーベル群の準同型 ρ: M → N が
- <math>\rho(gx) = g\rho(x)</math>
(for all x ∈ M) を満たすとき、ρ は G-加群の準同型あるいは単に G-準同型 (G-homomorhism) であるという。
- <math>\mbox{Hom}_G(M,N):=
\{\phi\colon M\to N\mid \phi\colon G\mbox{-homom.}\}
</math> などとおくと、HomG(M, N) は Hom(M, N) の部分群となる。
線型写像はベクトル空間を体(したがって環)上の加群とみるときの、体の作用と可換であるような加群の準同型のことである。
関連項目[編集]
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