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2014年2月1日 (土) 01:32時点における最新版

憂国』(ゆうこく)は、三島由紀夫短編小説1961年(昭和36年)1月、雑誌「小説中央公論」3号・冬季号に掲載され、同年1月30日に新潮社より、短編集『スタア』に収録され刊行された。二・二六事件の外伝的作品である。

のちに本作は、1966年(昭和41年)6月に河出書房新社より刊行された『英霊の聲』にも収録され、戯曲『十日の菊』と共に二・二六事件三部作として纏められた。現行版は河出文庫で重版されている。また、1968年(昭和43年)9月には新潮文庫の『花ざかりの森・憂国』も刊行され、現在まで重版され続けている。

1965年(昭和40年)4月には、自身が製作・監督主演・脚色・美術を務めた映画『憂国』が製作され、翌年1966年(昭和41年)1月、ツール国際短編映画祭劇映画部門第2位となる。日本での一般公開は同年4月からなされ、話題を呼びヒットした。また同時に映画の製作過程・写真などを収録した『憂国 映画版』も新潮社より刊行された。

あらすじ[編集]

昭和11年2月28日、2・26事件で決起をした親友たちを叛乱軍として勅命によって討たざるをえない状況に立たされた近衛歩兵一聯隊勤務の武山信二中尉は懊悩の末、自死を選びことを新婚の妻・麗子に伝える。すでに、どんなことになろうと夫の跡を追う覚悟ができていた麗子はたじろがず、共に死を選ぶことを決意する。そして死までの短い間、夫と共に濃密な最期の営みの時を過ごす。そして、2人で身支度を整え遺書を書いた後、夫の切腹に立会い、自らも咽喉を切り跡を追う。

作品評価・解説[編集]

洗練された構成と、「大きな鉢に満々と湛(たた)へられた乳のやうで」といった、肌の白さ(妻の肌の美しさ)を表す表現などの優れた描写により、短編ながら完成度の高い作品となっている。三島自身も、「もし、忙しい人が、三島の小説の中から一編だけ、三島のよいところ悪いところすべてを凝縮したエキスのやうな小説を読みたいと求めたら、『憂国』の一編をよんでもらえばよい」[1]と述べている。またこの作品の切腹の描写の凄惨さは、三島が実際の切腹を冷静に捉えており、そこに美を見いだしてはいないようにも思えるため、三島が切腹を評価してはいなかったのではないかとも推測される。

本作のねらいについて三島は、「日本人のエロースが死といかにして結びつくか、しかも一定の追ひ詰められた政治的状況において、正義に、あるひはその政治的状況に殉じるために、エロースがいかに最高度の形をとるか、そこに主眼があつた」と述べている。また、青年将校や、その妻については、「彼はただ軍人、ただ大義に殉ずるもの、ただモラルのために献身するもの、ただ純粋無垢な軍人精神の権化でなければならなかつた」、「彼女こそ、まさに昭和十年代の平凡な陸軍中尉が自分の妻こそは世界一の美人だと思ふやうな、素朴であり、女らしく、しかも情熱をうちに秘めた女性でなければならなかつた」[2][3]と述べている。

『憂国』は60年安保の翌年の1961年(昭和36年)に発表され、この作品で三島は、「戦後精神に対する拒絶の姿勢をはっきり表に出したのである。それまでは嫌々ながらも、戦後の日常生活との“軽薄な交際”をつづけ、否定しながらそこから何らかの利得をえて暮してきた。しかし、(『憂国』以降は)反時代的情熱を顕わに示す一連の作品が次々を発表される。そこではしばしば、思想に殉じて死ぬ人間の至上の美しさが主題となる」と伊藤勝彦は述べている。そして、本作は思想そのものを扱った作品というより、「“死にいたるまでの生の称揚”(バタイユ)としてのエロティシズムの美が描かれている」[4]と述べている。

江藤淳は、「“帝国陸軍叛乱という政治的非常時の頂点を、“政治”の側面からではなく、“エロティシズム”の側面からとらえようという、三島氏のアイロニイ構成の意図は、ここで見事に成功している」[5]と述べている。

映画『憂国』について、「ヌーヴェル・レプブリック」紙のベルナアル・アーメルは、「これは悲劇、それは真実な、短い、兇暴な悲劇である。そしてこの作品は、近代化された『能』形式の下に、ギリシア悲劇の持つ或るものを、永遠の詩を、すなわち愛と死をその中にはらんでいるのである。(中略)(伴奏の)ワグナー(『トリスタンとイゾルデ』)はこの日本の影像(イメージ)に最も深く調和している。そしてこの日本の影像の持つ、肉惑的であると同時に宗教的なリズムは、西洋のこれまでに創り得たもっとも美しい至福の歌の持つ旋律構成に、すこぶる密接に癒着しているのである」と評価し、『憂国』はツール国際短編映画祭劇映画部門第2位となった[2][3]

また、フランスの一般の観客から、「良人が切腹している間、妻がいうにいわれない悲痛な表情でそれを見守りながら、しかも、その良人のはげしい苦痛を自分がわかつことができないという悲しみにひしがれている姿が最も感動的であった」と言われ、三島は感動したと述べている[2][3]

映画[編集]

キャスト[編集]

スタッフ[編集]

その他[編集]

  • 制作・配給:東宝/ATG
  • 写真集・撮影台本:『憂国 映画版』(新潮社、1966年4月)-古書値は非常に高価。

エピソード[編集]

  • 2005年(平成17年)8月、それまで現存しないと言われた『憂国』のネガフィルムが、三島の自宅(現在は長男平岡威一郎邸)で発見されたことが報じられ、話題を呼んだ。映画『憂国』は、後の自決を予感させるような切腹シーンがあるため、瑤子夫人は同作品を忌避し、三島の死の後の1971年(昭和46年)に、瑤子夫人の要請により上映用フィルムは焼却処分されたものの、共同製作者・藤井浩明の「ネガフィルムだけはどうか残しておいてほしい」という要望で、瑤子夫人が自宅に密かに保存していたものであった。茶箱の中に、ネガフィルムのほか、映画『憂国』に関するすべての資料が数個のケースにきちんと分類され収められていた。ネガフィルムの存在を半ば諦めていた藤井浩明はそれを発見したとき、「そこには御主人(三島)に対する愛情と尊敬がこめられていた。ふるえるほどの感動に私は立ちつくしていた」[8]と語った。これらネガフィルムや資料は1995年(平成7年)に夫人が死去した数年後に発見されたという。映画DVDは2006年(平成18年)4月に東宝で販売された。また同時期に、新潮社の『決定版 三島由紀夫全集別巻・映画「憂国」』にも、DVDと写真解説が所収された。
  • 三島が有名な作家であることから、周りの映画評論家たちが賛辞ばかりを贈るなか、『薔薇族』の表紙絵を描いていた大川辰次が率直な感想を雑誌に書いたところ、三島から面会を求められ、意気投合。付き合いを重ねるうち、三島が大川のことを「親父」と呼ぶまでの仲になったという(『薔薇族』編集長伊藤文学談)[9]

舞台化[編集]

小沢金四郎リサイタル

1968年(昭和43年)7月5日 - 6日 会場不明
構成・振付:小沢金四郎。作曲:刀根康尚。舞台監督:青方謙介。出演:小沢金四郎、橋本文子
※ バレエ化

千葉演劇社三条会公演

1998年(平成10年)10月18日 千葉・エミューフォーラムスペース
構成・演出:関美能留。出演:大川潤子大沼香織榊原毅橋口久男浜野有希、ほか
芥川龍之介作『藪の中』と連続上演。

おもな刊行年[編集]

  • 『スタア』(新潮社、1961年1月30日)
布装。機械函。同時収録:憂国、百万円煎餅
  • 『スタア』(講談社ロマン・ブックス、1963年8月10日)
カバー装幀:真鍋博。同時収録:憂国、百万円煎餅
  • 『憂国 映画版』(新潮社、1966年4月10日)
クロス装。ビニールカバー。
収録:原作。撮影台本。スチール(52頁69葉。撮影:神谷武和)。製作意図及び経過。
見返しに著者自筆「シナリオ憂国」の舞台スケッチ等を印刷。
装幀:楱地和。布装。貼函。同時収録:憂国、十日の菊二・二六事件と私
帯(裏)に「二・二六事件と私」より抜粋された「三つの作品の意図」と題する文章。
カバー装幀:横山宏輔。紙装。同時収録:憂国、十日の菊二・二六事件と私
付録・月報として、書評:山崎正和日沼倫太郎。文芸時評:山本健吉
口絵写真1頁1葉(著者肖像写真。撮影:細江英公
付録・自作解説:三島由紀夫。口絵写真1頁1葉(映画『憂国』スチール)。
同時収録:中世に於ける一殺人常習者の遺せる哲学的日記の抜粋、遠乗会、卵、詩を書く少年、海と夕焼、新聞紙、牡丹、橋づくし、女方、百万円煎餅、月
※ のちにカバー改装。
同時収録:憂国、十日の菊二・二六事件と私
  • 『近代浪漫派文庫42 三島由紀夫』(新学社、2007年7月)
カバー装幀画:クレー
収録作品:十五歳詩集、花ざかりの森橋づくし、憂国、三熊野詣、卒塔婆小町太陽と鉄文化防衛論
  • 英文版『Patriotism』(訳:Geoffrey W. Sargent)(New Directions、1995年11月。他)
同時収録:百万円煎餅(Three Million Yen)、魔法瓶(Thermos Flasks)、志賀寺上人の恋(The Priest of Shiga Temple and His Love)、橋づくし(The Seven Bridges)、憂国(Patriotism)、道成寺(Dōjōji)、女方(Onnagata)、真珠(The Pearl)、新聞紙(Swaddling Clothes)
※ 1967年(昭和42年)度のフォルメントール国際文学賞 (Formentor Literature Prize)第2位受賞。

脚注[編集]

  1. 自選短編集『花ざかりの森・憂国』付録解説(新潮文庫、1968年。改版1992年)
  2. 2.0 2.1 2.2 三島由紀夫「製作意図及び経過」(『憂国 映画版』)(新潮社、1966年)
  3. 3.0 3.1 3.2 『決定版 三島由紀夫全集第34巻・評論9』(新潮社、2003年)に収む。
  4. 伊藤勝彦『最後のロマンティーク 三島由紀夫』(新曜社、2006年)
  5. 江藤淳『全文芸時評』上巻(新潮社、1989年)
  6. 市川雷蔵の仕事仲間でもあった。
  7. 著書に『回想 回転扉の三島由紀夫』(文春新書、2005年11月)がある。
  8. 藤井浩明「映画『憂国』の歩んだ道」(『決定版 三島由紀夫全集別巻・映画「憂国」』ブックレット内)(新潮社、2006年)
  9. http://www.youtube.com/watch?v=YQS_sjVKXzU

参考文献[編集]

  • 自選短編集『花ざかりの森・憂国』付録解説(新潮文庫、1968年。改版1992年)
  • 『決定版 三島由紀夫全集第20巻・短編6』(新潮社、2002年)
  • 『決定版 三島由紀夫全集第24巻・戯曲4』(新潮社、2002年) - 撮影台本「憂国」(『憂国 映画版』)
  • 『決定版 三島由紀夫全集第34巻・評論9』(新潮社、2003年) - 「製作意図及び経過」(『憂国 映画版』)
  • 『決定版 三島由紀夫全集別巻・映画「憂国」』(新潮社、2006年) - DVDとブックレット(写真解説などを収む)

関連項目[編集]

三島由紀夫
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