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− | + | # 荷運び業者がある荷物を抱えて荷物の位置も含め、静止しているとする。荷運び業者が荷物を抱えている状況では、静止している荷物のエネルギーは変わらないため、荷物は荷運び業者から仕事をされていない事が分かる。実際には、荷運び業者の筋肉は荷物の重力と釣り合う上向きの力を発生するためにエネルギーを消費しているが、これは最終的には [[熱エネルギー]] に変わる。 | |
− | + | # [[電動機]](電動モーター) を例に考える。電動機は電流を流すと回転するが、電流を流している状態で電動機を回転しないように軸を固定すると、電動機の[[電気抵抗]]によって発熱する ([[ジュール熱]] を発生する) 。この時、電動機には回転力がかかっているが、固定されて何も移動していないためこれも仕事とは呼ばない。 | |
+ | # 野球の捕手が受け取るボールを考える。この時、捕手のミットが全く動かず、ボールは一瞬で静止するとしよう。この状況は[[弾性衝突|非弾性衝突]]の場合であり、ボールがミットにした仕事はゼロである。つまり、静止したミットのエネルギーは増えず、ボールの運動エネルギーは、失われてゼロになる。実際には、動いているボールが静止するまでの微小時間に、ボールの運動エネルギーはボールやミットを歪ませるためのエネルギーに変わる(ハイスピードカメラで撮影した映像をイメージしてほしい)。この種のエネルギーの移動は、ボールがミットにした仕事とは呼ばない。 | ||
− | ; | + | === 物体にする仕事の定式化 === |
+ | 物体に力 {{math|{{vec|''F''}}}}<ref group="注" name="vector">{{math|{{vec}}}} などのように上に矢印(→)がついた量は[[ベクトル量]]である。ベクトル量を明示する記法はこの他に {{mvar|'''A'''}} のように[[ボールド体]]を使って表すものがある。一般にはこれらの方法でベクトルを書き表すが、特に記号的に区別しない文献も少なくない。</ref>が作用し、その位置が {{math|Δ{{vec|''x''}}}} だけ変化したとき、力 {{math|{{vec|''F''}}}} がこの物体に対してした仕事 {{mvar|W}} は {{math|{{vec|''F''}}}} と {{math|Δ{{vec|''x''}}}} の[[内積]]<ref group="注">このベクトルの内積は[[ドット積]]とも呼ばれる。</ref> | ||
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− | + | 上図のように、加えられる力が一定であるが運動の方向が力の向きに対して角度 {{mvar|α}} だけ傾いているとき、仕事 {{mvar|W}} は以下のように表される。 | |
− | + | :[[ファイル:仕事 定義 1.png]] | |
− | + | 特に、この式において {{math|''α'' {{=}} 0}}(すなわち {{math|cos ''α'' {{=}} 1}})とすると[[#加えられる力が一定であり力の方向が物体の運動の方向と一致している場合|加えられる力が一定であり力の方向が運動の方向と一致している場合]]の例に帰着する。 | |
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− | + | また、{{math|''α'' {{=}} π/2 (cos ''α'' {{=}} 0)}} のとき {{math|''W'' {{=}} 0}} となる。すなわち、力が運動の方向に対し垂直方向に働いている場合、その力は仕事をしない。 | |
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+ | [[File:Steam engine in action.gif|right|thumb|315px|蒸気機関(アニメーション)]] | ||
+ | [[蒸気機関]]を考えると、水を加熱し、蒸気圧によって押し出されるピストンが、フライホイールを回転させる事で動力を生み出している。つまり、フライホイールは水蒸気から正の仕事をされて、[[フライホイール]]の回転エネルギー (及びそこから繋がる機関全体のエネルギー) は増える。別の表現で、[[熱エネルギー]]から仕事を取り出すなどとも言う。 | ||
− | + | 仕事が生じない例を以下に挙げる。 | |
− | + | * 熱伝導も、物体間で微視的な原子衝突により原子の運動エネルギーが移動するが、巨視的に観測できる力ではないため、仕事の定義には含まれない(熱力学における力学的仕事とは、あくまで巨視的なものに限られる)。 | |
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+ | [[熱力学]]で[[圧力]] {{mvar|P}} の[[気体]](一般に物体)の[[体積]]が {{math|''V''<sub>i</sub>}} から {{math|''V''<sub>f</sub>}} に変化する時に気体がする仕事('''[[仕事 (熱力学)|絶対仕事]]'''){{mvar|W}} は次式のように表される。 | ||
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− | + | 絶対仕事は気体の体積が変化することによって、その気体が外に対してする仕事ととらえることができる。 | |
+ | 一定量の物質を閉じ込めて対象として扱う系(閉じた系)では、系が外部へ行う仕事は絶対仕事となる。 | ||
+ | 一方、実際の多くの機器では、一方から気体や液体が入って他方から出ていく。 | ||
+ | 物質の出入りを伴う系(開いた系)では、系に物質を出し入れする仕事 {{mvar|-d(PV)}} が加わり、 | ||
+ | 系が外部へ行う仕事は次式となる。 | ||
+ | :<math>W^* = \int_\mathrm{i}^\mathrm{f} \{ P \,\mathrm{d}V - \mathrm{d}(PV) \} | ||
+ | = -\int_{P_\mathrm{i}}^{P_\mathrm{f}} V\,\mathrm{d}P</math> | ||
+ | つまり、開いた系では気体等の圧力が低下することにより仕事を得ることができ、 | ||
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+ | '''[[仕事 (熱力学)|工業仕事]]'''という{{sfn|佐藤|国友|1984|pp=11–14}}。 | ||
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+ | == 参考文献 == | ||
+ | * 佐藤, 俊、国友, 孟 『熱力学』 丸善、1984年。ISBN 4-621-02917-7。 | ||
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2014年12月16日 (火) 22:55時点における版
物理学における仕事(しごと、英語:work)とは、物体に加えた力と、それによる物体の変位の内積によって定義される物理量である。特に、物体の運動方向と物体に加える力が同じ方向を向いているなら、その力が物体になす仕事は単に力の大きさと変位の大きさをかけたものになる。
- [仕事] = [力の大きさ] × [変位の大きさ].
また、運動方向と力の向きが逆である場合も、仕事は
- [仕事] = − [力の大きさ] × [変位の大きさ]
と単純な積で表せる。 逆に運動方向に直交する力は仕事をなさない。
仕事はまた、熱と同様にエネルギーの移動形態の一つであり、熱力学においては、仕事と内部エネルギーを通じて、熱力学的な意味での熱が定義される。
仕事は正負を持つスカラー量であり、仕事を通じて物体 A から物体 B にエネルギーが移動した時、物体 A が物体 B に「仕事をする」、または物体 B が物体 A から「仕事をされた」、と表現する。正負の符号は混乱を招きやすいが、物体 A が正の仕事をした場合、物体 A のエネルギーは減り、逆に負の仕事をした場合、物体 A のエネルギーは増える。
目次
力学
例えば、 野球投手の投げるボールを考えると、投手は力を加えながら腕を振り、ボールに速度を与えている。つまり、ボールは投手から正の仕事をされて、ボールの運動エネルギーは増える。
次に仕事が生じない例を挙げる。
- 荷運び業者がある荷物を抱えて荷物の位置も含め、静止しているとする。荷運び業者が荷物を抱えている状況では、静止している荷物のエネルギーは変わらないため、荷物は荷運び業者から仕事をされていない事が分かる。実際には、荷運び業者の筋肉は荷物の重力と釣り合う上向きの力を発生するためにエネルギーを消費しているが、これは最終的には 熱エネルギー に変わる。
- 電動機(電動モーター) を例に考える。電動機は電流を流すと回転するが、電流を流している状態で電動機を回転しないように軸を固定すると、電動機の電気抵抗によって発熱する (ジュール熱 を発生する) 。この時、電動機には回転力がかかっているが、固定されて何も移動していないためこれも仕事とは呼ばない。
- 野球の捕手が受け取るボールを考える。この時、捕手のミットが全く動かず、ボールは一瞬で静止するとしよう。この状況は非弾性衝突の場合であり、ボールがミットにした仕事はゼロである。つまり、静止したミットのエネルギーは増えず、ボールの運動エネルギーは、失われてゼロになる。実際には、動いているボールが静止するまでの微小時間に、ボールの運動エネルギーはボールやミットを歪ませるためのエネルギーに変わる(ハイスピードカメラで撮影した映像をイメージしてほしい)。この種のエネルギーの移動は、ボールがミットにした仕事とは呼ばない。
物体にする仕事の定式化
物体に力 F [注 1]が作用し、その位置が Δx だけ変化したとき、力 F がこの物体に対してした仕事 W は F と Δx の内積[注 2]
によって定義される。内積の幾何学的な意味は、物体の運動方向に対する加えた力の寄与を取り出すことである。変位ベクトル Δx に平行な力の成分を F∥ と表せば、上述の仕事は次のように表すことができる。
ここで |Δx | は変位ベクトル Δx の大きさを表す。
ある曲線に沿って物体が運動する場合、その間に力 F が物体になす仕事を求めるには、曲線を適当な変位 Δx の和に分割すればよい。この分割の極限が収束すれば、それが仕事 W として与えられる。
これはすなわち仕事が力 F の線積分として定まることを意味する。離散的なパラメータ i を連続的なパラメータ t、和 ∑ を積分 ∫ に読み替えれば、
と書くことができる。この式の意味するところはすなわち、
である。ここで線積分のパラメータ t として時刻を用いれば、x の一階微分は物体の速度を与える。 この定義から明らかなように、仕事は力のような時刻 t の瞬間において定まる量ではなく、ある時間の間に定まる量である。
例
ばねの変形
ばねを伸び縮みさせる際に生じる仕事を考える[注 3]。ばねの伸び縮みを s とする。フックの法則より、ばねの復元力はばねの伸び縮み s に比例するので、ばねを変形させるのに必要な力 F もまたばねの伸び縮みに比例する。このとき現れる比例定数 k はばね定数と呼ばれる。
このばねを s = 0 から s = x まで変形させるとき(x が正ならばねは伸ばされ、x が負ならばねは縮められている)、ばねを変形させるのに必要な仕事 W は、
となる。すなわち、ばねを変形するために生じた仕事 W はばねの弾性エネルギー 2{{{2}}}kx2 として蓄えられる。
加えられる力が一定であり力の方向が物体の運動の方向と一致している場合
特別な場合として、加えられる力と同じ方向に物体が運動するとき、仕事 W は力 F と物体の移動距離 s の積に等しい。
例としてあなたが質量 m の物体を上に h 持ち上げる場合、W = mgh だけの仕事をしたことになる。逆に、物体は mgh だけの仕事をされて、位置エネルギーを増やす。
加えられる力が一定であるが運動の方向と異なる場合
上図のように、加えられる力が一定であるが運動の方向が力の向きに対して角度 α だけ傾いているとき、仕事 W は以下のように表される。
特に、この式において α = 0(すなわち cos α = 1)とすると加えられる力が一定であり力の方向が運動の方向と一致している場合の例に帰着する。
また、α = π/2 (cos α = 0) のとき W = 0 となる。すなわち、力が運動の方向に対し垂直方向に働いている場合、その力は仕事をしない。
熱力学
蒸気機関を考えると、水を加熱し、蒸気圧によって押し出されるピストンが、フライホイールを回転させる事で動力を生み出している。つまり、フライホイールは水蒸気から正の仕事をされて、フライホイールの回転エネルギー (及びそこから繋がる機関全体のエネルギー) は増える。別の表現で、熱エネルギーから仕事を取り出すなどとも言う。
仕事が生じない例を以下に挙げる。
- 熱伝導も、物体間で微視的な原子衝突により原子の運動エネルギーが移動するが、巨視的に観測できる力ではないため、仕事の定義には含まれない(熱力学における力学的仕事とは、あくまで巨視的なものに限られる)。
系がする仕事
熱力学で圧力 P の気体(一般に物体)の体積が Vi から Vf に変化する時に気体がする仕事(絶対仕事)W は次式のように表される。
- <math>W=\int_{V_\mathrm{i}}^{V_\mathrm{f}} P\,\mathrm{d}V</math>
絶対仕事は気体の体積が変化することによって、その気体が外に対してする仕事ととらえることができる。 一定量の物質を閉じ込めて対象として扱う系(閉じた系)では、系が外部へ行う仕事は絶対仕事となる。
一方、実際の多くの機器では、一方から気体や液体が入って他方から出ていく。 物質の出入りを伴う系(開いた系)では、系に物質を出し入れする仕事 -d(PV) が加わり、 系が外部へ行う仕事は次式となる。
- <math>W^* = \int_\mathrm{i}^\mathrm{f} \{ P \,\mathrm{d}V - \mathrm{d}(PV) \}
= -\int_{P_\mathrm{i}}^{P_\mathrm{f}} V\,\mathrm{d}P</math> つまり、開いた系では気体等の圧力が低下することにより仕事を得ることができ、 この場合の仕事 W∗ を絶対仕事と区別して 工業仕事という[1]。
脚注
注釈
- ↑ A などのように上に矢印(→)がついた量はベクトル量である。ベクトル量を明示する記法はこの他に A のようにボールド体を使って表すものがある。一般にはこれらの方法でベクトルを書き表すが、特に記号的に区別しない文献も少なくない。
- ↑ このベクトルの内積はドット積とも呼ばれる。
- ↑ ここでは、フックの法則が成り立つような理想的なばね、すなわち調和振動子を取り扱う。現実的なばねであっても、加える力や変位の大きさによってはフックの法則が成り立っている。
引用
- ↑ 佐藤 国友 1984 11–14
参考文献
- 佐藤, 俊、国友, 孟 『熱力学』 丸善、1984年。ISBN 4-621-02917-7。
関連項目
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