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		<title>Yourpedia - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<title>中井洽</title>
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				<updated>2021-12-28T13:57:33Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Tamac777: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''中井 洽'''（なかい ひろし、[[1942年]][[6月10日]] - [[2017年]][[4月22日]]）は、[[日本]]の[[政治家]]。[[衆議院議員]]（11期）。父は元衆議院議員[[中井徳次郎]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[国家公安委員会委員長]]（第[[鳩山由紀夫内閣|81]]・[[菅内閣|82]]代）、[[内閣府]][[特命担当大臣]]（[[防災担当大臣|防災担当]]）、[[民社党]]副委員長、[[法務大臣]]（[[羽田内閣|第54代]]）、[[自由党 (日本 1998-2003)|自由党]]副代表、[[民主党]]副代表などを歴任した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*所属政党 = （[[日本社会党]]→）（無所属→）（[[民社党]]→）（[[新進党]]→）（[[自由党 (日本 1998-2003)|自由党]]→）[[民主党 (日本 1998-)|民主党]]（[[一新会|小沢グループ]]・[[民社協会]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*親族（政治家） = 父・[[中井徳次郎]]&lt;br /&gt;
*配偶者 = 元妻・[[中井徳次郎#家族関係|中井順子]]（1998年自殺）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*第81-82代 [[国家公安委員会委員長]]・内閣 = [[鳩山由紀夫内閣]][[菅内閣]]・就任日 = [[2009年]][[9月16日]]・退任日 = [[2010年]][[9月17日]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*[[内閣府特命担当大臣]]（[[防災担当大臣|防災担当]]）・内閣 = [[鳩山由紀夫内閣]][[菅内閣]]・就任日 = [[2010年]][[1月12日]]・退任日 = [[2010年]][[9月17日]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*第54代 [[法務大臣]]・内閣 = [[羽田内閣]]・就任日3 = [[1994年]][[5月8日]]・退任日 = 1994年[[6月30日]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*[[衆議院議員]]・選挙区 = （[[三重県第1区 (中選挙区)|旧三重1区]]→）（[[三重県第1区|三重1区]]→）（[[比例東海ブロック]]→）三重1区・当選回数 = 7回・就任日= [[1990年]][[2月19日]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*[[衆議院議員]]・選挙区 = [[三重県第1区 (中選挙区)|旧・三重県第1区]]・当選回数 = 4回・就任日 = [[1976年]][[12月10日]]・退任日 = [[1986年]][[6月2日]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
=== 生い立ち ===&lt;br /&gt;
[[満州国]][[新京市]]（現在の[[中国]][[吉林省]][[長春市]]）に生まれた。戦後、[[三重県]][[上野市]]（現在の伊賀市）に引き揚げた。上野市立白鳳幼稚園、上野市立西小学校、[[伊賀市立崇広中学校|上野市立崇広中学校]]を経て、[[東京]]へ父と引越して[[東京都立立川高等学校]]、[[慶應義塾大学]][[経済学部]]を卒業した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[日本社会党]]の[[衆議院議員]]だった父の[[中井徳次郎]]の秘書を務めた。[[社会党右派]]の徳次郎が、[[社会党左派]]の執行部と対立して離党するのにともない父子で社会党を離党した。[[第33回衆議院議員総選挙]]において日本社会党は左派の[[田口一男]]を公認し、中井は無所属で立候補したが落選した。選挙戦で[[民社党]]の支援を受けたので民社党に入党し、[[第34回衆議院議員総選挙]]に旧[[三重県第1区 (中選挙区)|三重県第1区]]より立候補し、34歳で初当選した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 民社党 ===&lt;br /&gt;
[[中選挙区]]時代にはトップ当選が無く、選挙は全て4位ないしは5位の、当落線上での辛勝であった（[[小選挙区制]]導入後も、ベテラン議員ながら5回の選挙のうち3回は[[比例復活]]で当選）。[[第38回衆議院議員総選挙]]では落選したものの、続く[[第39回衆議院議員総選挙]]、[[第40回衆議院議員総選挙]]（[[日本新党]]の推薦）では当選を果たした。第40回選挙後、衆議院の商工委員会にて委員長に就任した。翌[[1994年]]（[[平成]]6年）、[[羽田内閣]]にて法務大臣に任命された。法務大臣として麻薬の使用を理由に[[キリンカップサッカー]][[サッカーアルゼンチン代表|アルゼンチン代表]]であった[[ディエゴ・マラドーナ]]の入国を拒否、その結果アルゼンチン代表チームは出場をキャンセルした。同年12月、民社党が解党し[[新進党]]が結成されることになり、新進党の結党に参加した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 新進党 ===&lt;br /&gt;
新進党結党後の[[第41回衆議院議員総選挙]]では、[[三重県第1区]]より立候補し当選した。この選挙以降、[[自由民主党]]の[[川崎二郎]]と三重県第1区の議席を争っている。[[1997年]]（平成9年）、新進党が解散した。中井は[[小沢一郎]]らとともに[[自由党 (日本 1998-2003)|自由党]]を結党した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 自由党 ===&lt;br /&gt;
衆議院の国会等の移転に関する特別委員会にて委員長に就任した。しかし、[[第42回衆議院議員総選挙]]では小選挙区で落選し、比例区で救済され当選した。自由党では副代表も務めたが、同党が[[民主党 (日本 1998-)|民主党]]に合流（[[民由合併]]）することになり、中井も民主党に入党した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 民主党 ===&lt;br /&gt;
民主党では副代表に就任した。[[2006年]]（平成18年）には常任幹事会議長に就任し、[[2007年]]（平成19年）まで務める。その間の[[第43回衆議院議員選挙]]、[[第44回衆議院議員選挙]]では、いずれも[[三重県第1区]]で[[自由民主党_(日本)|自民党]]の[[川崎二郎]]に敗れ落選し、重複立候補していた[[比例東海ブロック]]で復活。[[第45回衆議院議員選挙]]では三重1区で川崎を破り、当選した。この選挙により民主党が与党となり、[[鳩山由紀夫内閣]]にて[[国家公安委員会委員長]]に就任した。同時に「北朝鮮による拉致問題の早期解決を図るため企画立案及び行政各部の所管する事務の調整」を担当することになった（拉致問題担当）。また、[[前原誠司]]の退任にともない、[[2010年]]（平成22年）[[1月12日]]に内閣府特命担当大臣（防災担当）に就任した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、中井は「北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出するために行動する議員連盟」の会長代行を務めていた。しかし、拉致問題担当相に就任以来2010年（平成22年）[[1月6日]]現在まで、一度も所管の拉致問題対策本部事務局に顔を出していないことが判明している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2月]]の[[東アジアサッカー選手権]]に出場予定だった[[サッカー朝鮮民主主義人民共和国女子代表|北朝鮮女子代表チーム]]への[[ビザ]]発給に一時反対、北朝鮮チームは参加辞退を表明した。2010年（平成22年）に[[在日本大韓民国民団|民団]]の会合で外国人参政権を推進していく立場を明らかにした。2010年4月に実施予定の「高校無償化」をめぐり、[[朝鮮学校]]を対象から除外するよう[[文部科学大臣]][[川端達夫]]に要請した。2010年（平成22年）[[4月]]、来日中の元[[朝鮮労働党]][[書記]]・[[黄長ヨプ|黄長燁]]と会談した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[6月]]発足の[[菅内閣]]では、国家公安委員会委員長と内閣府特命担当大臣（防災担当）に再任された。[[7月6日]]、[[大相撲野球賭博問題]]に関連し「テレビに出るのは熱心だが捜査には言を左右にしている」と警察の捜査に協力しない相撲関係者を指弾。暴力団との関係遮断の取り組みについて「名古屋場所が済めばしまい、という一過性のものではない」と述べた。それをさかのぼる6月21日、すなわち野球賭博問題で[[日本相撲協会]]が特別調査委員会を設置した日の夜に、[[日本大学]]の田中英壽理事長が懇意にしている[[神楽坂]]の[[料亭]]で、田中理事長、相撲協会の[[三重ノ海剛司|武蔵川]]理事長の3人で会談していたことが[[週刊文春]]で報じられた。これに対し中井は7月15日、報道内容を否定した。[[7月20日]]、来日した[[金賢姫]]と面会した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
9月、[[菅内閣_(改造)|菅改造内閣]]発足により[[国家公安委員長]]を退任。[[農林水産大臣]]に起用された[[鹿野道彦]]に代わり、[[衆議院]][[予算委員会|予算委員長]]に就任した。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
== 主な出来事 ==&lt;br /&gt;
=== 光熱水費の違法支出問題 ===&lt;br /&gt;
[[2007年]]（平成19年）[[3月]]、光熱水費（「電気、ガス、水の使用料」と規定）がかからない[[議員会館]]に置いた、資金管理団体の主たる事務所で3年間に計約1070万円の光熱水費を架空支出したことが発覚した。国会では[[松岡利勝]][[農林水産大臣|農相]]（当時）の、議員会館での光熱水費問題が国会で追及されている真っ最中で、当初は党内や野党から松岡大臣を追求できなくなると不満の声も挙がった。しかし、すべて領収証が残っていて架空支出ではなかったことや、直に別の支出であったことを認める記者会見を本人が開いたことにより、すぐにこの騒動は収まった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 週刊新潮が報じた女性スキャンダル問題 ===&lt;br /&gt;
2010年（平成22年）[[1月29日]]、政界関係者と思われる男性といわゆる「[[白タク]]」の可能性が濃厚とされる車を利用した。また[[SP]]を外して30歳以上年の離れた銀座のホステスと連日のようにデートを重ねており、[[3月9日]]と[[3月14日|14日]]には路上で目をつぶってホステスと顔を密着させているところを写真に撮られ、[[週刊新潮]]に掲載された。ホステスは、議員宿舎のカードキーを使ってたびたび赤坂議員宿舎に入っていた。赤坂議員宿舎に住むある議員によると、カードキーの交付はかなり厳格で、申請の際には使用者の名前を登録しなければならないといい、中井が規則に違反してカードキーを貸与した可能性もある。3月14日午後5時過ぎには震度5弱の福島沖地震が発生したが、そのとき中井はホステスとともに映画館におり、映画館を出た後も引き続き2人で整体院、焼肉店、コンビニ、カラオケスナック、議員宿舎へと移動、地震発生にもかかわらず防災担当相として何らの対応も取らなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これに対し中井は「独身なので、不倫ではない」とした上で（後述のように[[1998年]]に妻が死去している）、路上キスについて「人生で、路上で女性とキスしたことは一回もない」と述べ、写真はキスと見えるような角度で意図的に撮られたとの認識を示した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また白タクについては「勝手に店が用意した」と白タクと認識せずに利用したとコメントし、カードキーを使ってホステスが赤坂議員宿舎に入ったことについては「女性とは6年ぐらいのつきあい。掃除のおばさんの代わり。カードキー（の管理）について規則などはない」などと釈明した。衆議院事務局管理課議員宿舎係によると、カードキーは議員に貸与され、使用者を届け出る必要はないというが、議員宿舎には「利用は、議員及び議員と同居する家族などに限る」との入居基準がある。福島沖地震については、いったん映画館の外に出て秘書官と連絡を取り合ったと説明。「第一報で被害はなく、その後も秘書官から連絡はなかった」と対応に問題はなかったとの認識を示した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
警察庁関係者によると、問題が表沙汰になったあと中井は、自分には「4人女がいる」が、そのうち1人だけを特別扱いしていたことがばれてしまい「他の女に会いづらくなってしまった」と語ったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 外国のサッカー代表チームの入国を2度に渡って断念させる ===&lt;br /&gt;
上（[[#民社党]]・[[#民主党]]）でも述べられているが、過去2度の大臣経験に際し、2度とも、外国のサッカー代表チームの入国を断念させる結果に関わっている。1度目が[[1994年]]（平成6年）に[[羽田内閣]]で法務大臣として[[サッカーアルゼンチン代表|アルゼンチン代表チーム]]を、2度目が[[2010年]]（平成22年）に[[鳩山由紀夫内閣]]で[[国家公安委員会委員長]]として[[サッカー朝鮮民主主義人民共和国女子代表|北朝鮮女子代表チーム]]を、それぞれ日本で開催される日本代表チームとも対戦する予定だった大会への参加を断念させた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===金賢姫の来日時の対応===&lt;br /&gt;
2010年（平成22年）7月20日、[[大韓航空機爆破事件]]の実行犯の主要人物であり、日本人拉致事件の情報を持っているとされる金賢姫が来日し、中井はその対応の指揮を取った。しかし、中井は金賢姫を国賓を超えるほどに厚遇しながら、重要な情報を一切引き出せなかった。金元工作員の記者会見さえ行われなかったため、拉致被害者家族からは批判の声も上がった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
金賢姫の招請費は3000万円を超えるとも言われ、批判が出ているが、中井はその批判に対して「『テロリストを入国させるな』というなら韓国を責めればいいじゃないか」と発言している。&lt;br /&gt;
22日、金賢姫は軽井沢から都内のホテルに移動する際、調布飛行場でヘリコプターをチャーター。ヘリは方向違いの江ノ島上空まで行き、横浜を通り江東区のヘリポートに到着した。チャーター代は1時間80万円とされる。また、ヘリコプターは10分で行くことのできる距離を40分かけて移動した。当初、中井はヘリコプターを使用したのは警備のためだと主張していたが、24日には。「可能なら、（日本を）見せてやりたかったですよ。彼女は（今後）一生、外国に出られないかも知れないでしょう！」と、遊覧目的が含まれていたことを認めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、この「遊覧飛行」では、米陸軍横浜ノースドック、航空自衛隊厚木基地、米陸軍キャンプ座間、米陸軍相模総合補給廠近辺を飛んでいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[特定失踪者問題調査会]]の[[荒木和博]]代表は、「ヘリコプターの遊覧飛行は話にならない」と憤りを隠さなかった。また、荒木は中井に失踪者の写真などを元工作員に確認してもらいたいと要望したが、中井は断った。荒木は「政府が失踪者の写真も見せず、一緒にのんびり食事をしているのは本当に許されるのか。憤りを感じる」と非難した。なお荒木はかつて、中井が所属した民社党の本部事務局に勤務していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中井は2010年（平成22年）[[8月3日]]の衆院予算委員会で「金元工作員や韓国側から観光旅行を要請された」と答弁したが、韓国の[[大韓民国国家情報院|国家情報院]]は「韓国政府が要請した事実はない」と読売新聞の取材で明らかにした。なお、韓国は「日本訪問中に観光をしたい」という金元工作員本人の希望は日本政府に伝えていた。韓国では、もともと大韓航空機爆破事件の遺族から金元工作員の特別待遇に不満が出されており、この中井の発言は「責任転嫁」だとする批判が高まっている。韓国政府は、外交ルートを通じて、中井の発言の経緯について説明を求めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
産経新聞が1928人に対して行った調査によれば、「金元工作員来日を含め、政府の拉致問題への対応を評価する」は1割にも満たず、「金元工作員の来日のようなことに税金を使うことは妥当」は1割台だった。「みっともないパフォーマンス」との意見もあった。中井自身は、金賢姫の来日について「100点満点で120点ぐらい」と自賛している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 皇族への不敬発言疑惑 ===&lt;br /&gt;
2010年[[11月30日]]、自由民主党の[[逢沢一郎]][[国会対策委員会|国対委員長]]や[[みんなの党]]の[[桜内文城]]が、[[11月29日]]におこなわれた議会開設120年記念式典において[[秋篠宮文仁親王|秋篠宮]]・[[文仁親王妃紀子|紀子]]夫妻が[[明仁|天皇]]・[[皇后美智子|皇后]]夫妻の入場を起立して待っていたことに対し、民主党議員が野次を飛ばしたとして、名指しは避けながらも批判をおこなったことが報じられた。[[産経新聞]]は同日中に、野次を飛ばしたとされる議員が中井だった旨を報じた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中井は11月30日、産経新聞の取材に対し、「『早く座らないとだれも座れないよ』と言ったかもしれないが、秋篠宮さまに向けて言うはずがない。副議長らに言った」と反論し、翌12月1日には、国会内において記者団に「隣の人としゃべっただけだ。（着席されるよう）『宮様に伝えていないのかね』と申しあげた」と述べた。また、「秋篠宮さまがお入りになってから遅刻したやつが十数人いたぞ。いくらでもあるぜ」との発言も報道された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
民主党側も「『立たせていてはご夫妻に失礼ではないか』と言った」としている。民主党内では[[岡田克也]]幹事長が、「私が知る限り、野次ったとか、そういうことではなかった」「10列ぐらい後ろにいたが、中井氏の声が響き渡ったとか、そういうことではない」と述べる一方で、中井について「国会議員を務めていることに無理がある」との指摘もなされた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自由民主党は「懲罰の対象になりうる著しく品を欠く発言だ」と批判し、みんなの党の[[渡辺喜美]]代表も、「まずは中井氏が土下座しておわびをすべきだ」と述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、[[デヴィ・スカルノ]]は「ここまで品性下劣だったとは」など中井を非難するコメントをブログに掲載した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物 ==&lt;br /&gt;
*身長177cm 体重82kg 血液型A型。&lt;br /&gt;
*弟は、大蔵省銀行局審議官、国際局次長、財政金融研究所長などを務めた[[中井省]]。&lt;br /&gt;
*子供（息子）がいるが世襲議員として継がせない方針を表明している。&lt;br /&gt;
*[[1998年]]（平成10年）[[4月]]に妻が自殺している。妻の自殺について、中井家に約20年勤めたというお手伝いの女性は、嫁姑の関係に理由があったのではと推測しており、中井の元秘書は、妻は中井の遊び癖に悩み、地元事務所の職員などに相談したりもしていたと言っている。[[1991年]]（平成3年）まで義父である徳次郎の介護を床ずれ一つしないほど懸命にしていたが、すべてが無駄となった失望感から地元事務所で「私の人生何だったの」と言っていた。いっぽうで妻の[[戒名]]には「洽」の文字が使用され、中井は[[供養]]や[[年忌]]を欠かさず行っているという。&lt;br /&gt;
*高校では[[田勢康弘]]の2年先輩にあたる。&lt;br /&gt;
*新進党以来小沢一郎と行動を共にしてきた、所謂小沢の側近の一人である。&lt;br /&gt;
*[[女系天皇]]を容認する[[皇室典範]]の改正に反対している。&lt;br /&gt;
*[[外国人参政権]]導入の積極的な推進派である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 発言 ==&lt;br /&gt;
* [[2010年]]（平成22年）[[1月12日]] - 東京都内で開かれた[[在日本大韓民国民団]]（民団）中央本部の新年会において、「立派な（永住外国人に地方参政権（選挙権）を付与する）法案を作って今国会で成立させ日韓友好を増進させたい」と発言。&lt;br /&gt;
* 2010年（平成22年）[[1月19日]] - 小沢一郎の秘書を逮捕した[[東京地検特捜部]]に対して、「特捜部にも説明責任」「何を考え執行したかよく分からない」と述べた。[[1月22日]]には[[足利事件]]に関連して、「今の[[自白]]中心の捜査と捜査当局から一方的に[[リーク]]される記事しか書かないマスコミという中では、[[冤罪]]被害はこれからも出ると思う」と発言した。&lt;br /&gt;
* 2010年（平成22年）[[2月20日]]、水戸市での会合で、[[福島瑞穂]]消費者相と[[亀井静香]]金融・郵政改革相が頻繁に発言していることに触れ、「党の大きさに合わせもうちょっとおとなしくしてくれたらいいのになと思っている」と発言した。&lt;br /&gt;
* 2010年（平成22年）[[8月20日]] - 霞が関の官庁街を訪れた子供たちから、「拉致問題で私たちに何ができますか」と質問され、[[北朝鮮による日本人拉致問題#2 少女拉致事案|横田めぐみの拉致事案]]について説明。「めぐみさんは高校生の時、仕事帰りに拉致されたが…」と述べたが、実際には13歳（中学1年生）だった[[1977年]]（[[昭和]]52年）11月、[[新潟市]]内で学校からの下校途中に拉致されている。&lt;br /&gt;
* 2010年（平成22年）[[11月1日]] - [[尖閣諸島中国漁船衝突事件]]で海上保安庁が撮影したビデオ映像を視聴した後、「[[国政調査権]]という特別の権限をもって取り寄せたのだから、国会に提出されたビデオを一般公開することはまったくルール違反になる」との考えを示した。&lt;br /&gt;
* 2010年（平成22年）[[11月29日]] - 議会開設120年記念式典で、来賓の秋篠宮夫妻に対し不適切発言をおこなったと報じられた。詳細は[[#皇族への不敬発言疑惑|上記]]参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 略歴 ==&lt;br /&gt;
*[[1963年]] - 中井徳次郎秘書。&lt;br /&gt;
*[[1972年]]4月 - 日本社会党離党。&lt;br /&gt;
*1972年4月 - [[第33回衆議院議員総選挙|衆議院議員選挙]]落選。&lt;br /&gt;
*[[1975年]]6月 - [[民社党]]入党。&lt;br /&gt;
*[[1976年]]12月 - 衆議院議員選挙当選。&lt;br /&gt;
*[[1986年]]7月 - 衆議院議員選挙落選。&lt;br /&gt;
*[[1990年]]2月 - 衆議院議員選挙（5期）。&lt;br /&gt;
*[[1993年]]7月 - 衆議院議員選挙当選（6期）。&lt;br /&gt;
*1993年8月 - 衆議院商工委員長。&lt;br /&gt;
*[[1994年]]5月 - 法務大臣。在任期間が短かったため、死刑執行起案書はまわってこなかった。&lt;br /&gt;
*1994年12月 - [[新進党]]参加。&lt;br /&gt;
*[[1996年]]10月 - 衆議院議員選挙当選（7期）。&lt;br /&gt;
*[[1997年]]12月 - [[自由党 (日本 1998-2003)|自由党]]参加。&lt;br /&gt;
*[[2000年]]1月 - 衆議院国会等の移転に関する特別委員長。&lt;br /&gt;
*2000年6月 - 衆議院議員選挙当選（8期）。&lt;br /&gt;
*[[2002年]]10月 - 自由党副代表。&lt;br /&gt;
*[[2003年]]9月 - 民主党入党。&lt;br /&gt;
*2003年11月 - 衆議院議員選挙当選（9期）。&lt;br /&gt;
*2003年12月 - 民主党副代表。&lt;br /&gt;
*[[2005年]]9月 - 衆議院議員選挙当選（10期）。&lt;br /&gt;
*[[2006年]]9月 - 民主党常任幹事会議長。&lt;br /&gt;
*[[2007年]]8月 - 民主党常任幹事会議長。&lt;br /&gt;
*[[2009年]]8月 - 衆議院議員選挙当選（11期）。&lt;br /&gt;
*2009年9月 - 国家公安委員会委員長。&lt;br /&gt;
*[[2010年]]1月 - 内閣府特命担当大臣（防災担当）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 賞歴 ==&lt;br /&gt;
*2005年7月 - 永年在職議員表彰（25年）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 主な所属議員連盟 ==&lt;br /&gt;
* [[日韓議員連盟]]&lt;br /&gt;
* 日華議員連盟&lt;br /&gt;
* [[北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出するために行動する議員連盟]]&lt;br /&gt;
* 米消費拡大・純米酒推進議員連盟&lt;br /&gt;
* [[日本会議]]国会議員懇談会&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
{{Reflist|2}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[民主党国会議員一覧]]&lt;br /&gt;
*[[民主党の閣僚経験者一覧]]&lt;br /&gt;
*[[民社協会]]&lt;br /&gt;
*[[国対政治]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{start box}}&lt;br /&gt;
{{s-off}}&lt;br /&gt;
  {{Succession box &lt;br /&gt;
    | title  = {{flagicon|JPN}} [[特命担当大臣]]（防災）&lt;br /&gt;
    | years  = 2010年&lt;br /&gt;
    | before = [[前原誠司]]&lt;br /&gt;
    | after  = [[松本龍]]&lt;br /&gt;
  }}&lt;br /&gt;
  {{Succession box&lt;br /&gt;
    | title  = {{flagicon|JPN}} [[国家公安委員会委員長]]&lt;br /&gt;
    | years  = 第81・82代：2009年 - 2010年&lt;br /&gt;
    | before = [[林幹雄]]&lt;br /&gt;
    | after  = [[岡崎トミ子]]&lt;br /&gt;
  }}&lt;br /&gt;
  {{Succession box&lt;br /&gt;
    | title  = {{flagicon|JPN}} [[法務大臣]]&lt;br /&gt;
    | years  = 第54代：1994年&lt;br /&gt;
    | before = [[永野茂門]]&lt;br /&gt;
    | after  = [[前田勲男]]&lt;br /&gt;
  }}&lt;br /&gt;
{{s-par}}&lt;br /&gt;
  {{Succession box&lt;br /&gt;
    | title  = {{flagicon|JPN}} [[予算委員会|衆議院予算委員長]]&lt;br /&gt;
    | years  = 2010年 - &lt;br /&gt;
    | before = [[鹿野道彦]]&lt;br /&gt;
    | after  = 現職&lt;br /&gt;
  }}&lt;br /&gt;
{{end box}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{国家公安委員会委員長}}&lt;br /&gt;
{{法務大臣}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:なかいひろし}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の閣僚経験者]]&lt;br /&gt;
[[Category:衆議院議員]]&lt;br /&gt;
[[Category:民主党の国会議員]]&lt;br /&gt;
[[Category:民社党の国会議員]]&lt;br /&gt;
[[Category:三重県選出の国会議員]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本社会党の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の引揚者]]&lt;br /&gt;
[[Category:満州国出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1942年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:2017年没]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Tamac777</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E4%BB%99%E8%B0%B7%E7%94%B1%E4%BA%BA&amp;diff=395962</id>
		<title>仙谷由人</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E4%BB%99%E8%B0%B7%E7%94%B1%E4%BA%BA&amp;diff=395962"/>
				<updated>2021-12-28T13:55:43Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Tamac777: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:仙谷 由人　1.jpg|400px|thumb|仙谷 由人]]&lt;br /&gt;
[[Image:仙谷 由人　2.jpg|400px|thumb|仙谷 由人]]&lt;br /&gt;
[[Image:仙谷 由人　3.jpg|400px|thumb|仙谷 由人]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''仙谷 由人'''（せんごく よしと、[[1946年]][[1月15日]] - [[2018年]][[10月11日]]）は、[[日本]]の[[政治家]]、[[弁護士]]。[[衆議院議員]]（6期）、[[内閣官房長官]]（[[菅内閣|第78代]]）、[[凌雲会]][[会長]]。学生時代には[[全学共闘会議|全共闘]]の[[学生運動家]]であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[民主党]][[政策調査会]][[会長]]（第7代）、[[有限責任中間法人]][[公共政策プラットフォーム]][[代表]][[理事]]、[[衆議院]][[決算行政監視委員会|決算行政監視委員長]]、[[内閣府特命担当大臣]]（行政刷新担当）、内閣府特命担当大臣（「新しい公共」担当）などを歴任した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 経歴 ==&lt;br /&gt;
=== 生い立ち ===&lt;br /&gt;
[[徳島県]][[徳島市]]出身。父は[[裁判所書記官]]、母は高校教師。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 学生時代 ===&lt;br /&gt;
[[徳島県立城南高等学校]]卒業後、[[1964年]][[東京大学|東大]]文Ⅰ&amp;lt;ref&amp;gt;『[[週刊新潮]]』（2010年10月28日号）「仙谷由人の研究（前編）」28頁より&amp;lt;/ref&amp;gt;に合格し上京する。東大時代は[[全学共闘会議|全共闘]]の[[新左翼]]系学生極左運動家であり、日本共産党を脱党した安東仁兵衛らが指導した構造改革派のフロント（社会主義同盟）という[[セクト]]のシンパだった。東大安田講堂の攻防では講堂の中にはおらず、救援対策や弁当の差し入れなどを行い、学生活動家仲間からは仙谷は「[[弁当]]運び」&amp;lt;ref&amp;gt;東大同級生で後年、社会党でも同僚となった[[松原脩雄]]によれば、「彼は東大[[全学共闘会議|全共闘]]でも、端の方にいた。安田講堂に立て籠もって機動隊に逮捕された学生もいましたが、仙谷は逮捕された人たちの救援活動をする側だったんです。弁護士の手配や、[[弁当]]の差し入れをしたりしていた。彼らは“[[弁当]]運び”と呼ばれていましたが、仙谷もその中の1人でした」という（『[[週刊新潮]]』（2010年10月28日号）「仙谷由人の研究（前編）」29頁）&amp;lt;/ref&amp;gt;と呼ばれていた。5年次在学中の1968年に[[旧司法試験|司法試験]]に合格し、中退&amp;lt;ref&amp;gt;司法試験に合格しながら大学を中退するのは異例だが、1969年は[[東大紛争]]の影響で東大の卒業が6月に遅れたため、司法研修所が特例で7月入所を認めた。この特別措置に反発したり、通常通り4月から研修所入りしたいといった理由で、当時在学中に合格していた東大生のうち1/3程度が中退を選んでいる。『[[週刊新潮]]』（2010年10月28日号）「仙谷由人の研究（前編）」29頁には「東大紛争の混乱により、69年の卒業式は夏に順延となる異例の事態となったが、“東大だけ特別扱いはおかしい”と彼は中退して弁護士への道を歩みはじめたのだった」とある &amp;lt;/ref&amp;gt;して[[司法研修所]]に入所した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 弁護士時代 ===&lt;br /&gt;
[[司法修習]]23期（同期に[[漆原良夫]]）を経て[[弁護士]]登録。 [[1971年]]から弁護士活動を開始。弁護士時代は[[労働組合|労組]]事件や[[日本教職員組合]]関連の案件を扱った。[[麹町中学校内申書事件]]の弁護人も務めている。また、所属していた弁護士事務所の部下に[[福島瑞穂]]らがいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 政界入り ===&lt;br /&gt;
[[1990年]][[2月18日]]の[[第39回衆議院議員総選挙]]に[[日本社会党]]公認で旧[[徳島県全県区]]から立候補し当選した。当選後は、社会党を現実的に政権を担える党に脱皮すべく、[[ニューウェーブの会]]のメンバーとして活躍し、[[山花貞夫]][[日本社会党委員長|委員長]]を首班とする[[社会党シャドーキャビネット]]で官房副長官を務めたが、[[1993年]]の[[宮澤改造内閣]][[内閣不信任案|不信任]]可決の後実施された[[第40回衆議院議員総選挙]]では次点で落選し、社会党も現有議席を割り込んだ。社会党が名称変更した社民党を離党し、[[四国市民ネットワーク]]代表を経て[[民主党 (1996-)|旧民主党]]に参加。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 旧民主党 ===&lt;br /&gt;
[[1996年]][[10月20日]]の[[第41回衆議院議員総選挙]]では新設の[[徳島県第1区|徳島1区]]から出馬し、当選、政界に復帰。以後、徳島1区で4回連続当選。同年[[11月]]に党[[政策調査会長]]に就任した。[[1997年]]9月には[[幹事長]]代理に転じた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 民主党 ===&lt;br /&gt;
[[Image:仙谷と岡崎　1.jpg|300px|thumb|[[仙谷由人]]と[[岡崎トミ子]]]]&lt;br /&gt;
[[Image:仙谷と岡崎　2.jpg|300px|thumb|[[仙谷由人]]と[[岡崎トミ子]]]]&lt;br /&gt;
[[Image:仙谷と岡崎　3.jpg|300px|thumb|[[仙谷由人]]と[[岡崎トミ子]]]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2002年]][[1月15日]]に[[胃癌]]の手術のため[[国立がんセンター]]に入院し、[[週刊朝日]]で告白記事を執筆した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2004年]]5月に党代表に[[岡田克也]]が選出された際に党[[政調会長]]に就任。同時に、[[民主党の次の内閣一覧|民主党次の内閣]]での[[官房長官]]に就任した。民主党では過去に社会党に所属していたにもかかわらず、親米右派の前原誠司のグループに所属している。これは仙谷の過去の思想傾向から見れば、正反対の極地への転向といえる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2005年]][[9月11日]]、民主党が[[第44回衆議院議員総選挙|衆議院選挙]]で大敗し、岡田は引責辞任したものの、同じグループでの活動が目立った[[前原誠司]]が[[民主党代表|党代表]]に就任したため、次の内閣の[[厚生労働大臣|厚生労働担当]]に就任。同年[[11月25日]]に民主党が設立した[[公共政策プラットフォーム]]（プラトン）初代代表理事に就任。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2006年]][[2月16日]]に発生した[[堀江メール問題]]では、当時、[[国会対策委員長]]だった[[野田佳彦]]が責任をとり辞任したあとに国対委員長に就任した[[渡部恒三]]からの要請を受け、幹事長代理を兼任。同年[[4月7日]]に党代表に選出された[[小沢一郎]]新執行部では再び次の内閣閣僚に専任した。[[2006年]][[9月28日]]、[[第165回臨時国会]]で[[衆議院決算行政監視委員会]][[委員長]]に就任した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2008年]]3月に任期切れを迎えた[[日本銀行]]総裁人事では、当初、「財金分離」の観点から「財務省次官経験者」が日銀総裁に就くことに反対を表明したものの、4月の日銀副総裁人事では一転して財務省出身の有無にかかわらず資質によって選択するよう主張した。同時に、副総裁として起用が予定されていた[[伊藤隆敏]]東大教授の就任も不同意とされ、日銀出身の[[白川方明]]（現日銀総裁）のみの同意となった。また、「財金分離」とは財政運営と金融監督との行政行動の相反を防ぐもので（旧大蔵省と[[金融庁]]の分離）、財務省と日銀の間の関係性を示すものではない。この致命的な誤解のため、テレビ報道などではコメンテーターから厳しく批判された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年7月、「時代が仙谷由人を求めているかどうか判断する」と述べて同年9月の民主党代表選に出馬する強い意欲を示したが、出馬には至らなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 鳩山内閣 ===&lt;br /&gt;
[[2009年]][[9月]]発足の[[鳩山由紀夫内閣]]では内閣府特命担当大臣（行政刷新担当）に就任した。また、[[特命担当大臣]]の所管事務とは別に、[[国務大臣]]として「公務員制度改革を推進するため企画立案及び行政各部の所管する事務の調整」（公務員制度改革担当）も担当することになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[大蔵事務次官]]を務めた[[斎藤次郎]]の郵政社長人事が[[天下り]]と指摘されたことに対し、「国家公務員法の第106条の2」の元公務員の再就職の斡旋の主語は「職員」であって「政府」や「内閣」ではないと指摘しながら、問題はないとの見解を示した（民主党は、2007年11月14日に、労働保険審査会委員・運輸審議会委員・公害健康被害補償不服審査会委員の計3人の元官僚を、[[福田康夫]]首相が選任した際の[[国会同意人事]]については天下りを理由に不同意としている）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2010年]][[1月7日]]、[[菅直人]]が閣内横滑りの形で[[財務大臣]]に就任したことに伴い、仙谷は国務大臣として「税財政の骨格や経済運営の基本方針等について企画立案及び行政各部の所管する事務の調整」([[国家戦略局|国家戦略担当]])&lt;br /&gt;
も追加で担当することになった。2010年[[2月10日]]、[[枝野幸男]]の入閣に伴い、仙谷は内閣府特命担当大臣（行政刷新担当）の任を解かれ、新たに内閣府特命担当大臣（「新しい公共」担当）に任命された。なお、「公務員制度改革担当」及び「国家戦略担当」は引き続き兼務することとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 菅内閣 ===&lt;br /&gt;
[[2010年]][[6月8日]]発足の[[菅内閣]]では内閣官房長官に横滑りする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
菅内閣発足3日目の[[6月11日]]、[[亀井静香]]が内閣府特命担当大臣（[[金融担当大臣|金融担当]]）を辞任したため、一時的に事務代理として兼務した（後任は[[自見庄三郎]]）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 立場 ==&lt;br /&gt;
[[Image:仙谷と中国外務省姜瑜報道官.jpg|400px|thumb| [[仙谷由人]]と[[中国外務省]]の[[姜瑜]]（Jiang Yu）報道官]] &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 政局 ===&lt;br /&gt;
* 党内では[[前原グループ]]の会長を務め、[[鳩山由紀夫]]グループ、[[菅直人]]グループ、旧社会党系、旧[[民社党]]系などのグループから一定の距離を置きながら、[[枝野幸男]]、前原ら党内の中堅・若手議員の後見役的ポジションで存在感を保っている。2007年のいわゆる[[大連立構想 (日本 2007)|大連立騒動]]では、大連立構想を党に持ち帰ってきた小沢一郎に対し、党内コミュニケーションの不足を面と向かって指摘し批判した。2009年3月の小沢の[[西松建設事件]]に対しても党内から辞任を求めるなど、昨今は党内反小沢勢力の旗頭と目されている。&lt;br /&gt;
* いわゆる「民主党七奉行」の一人であり、[[七奉行の会]]に所属する。&lt;br /&gt;
* [[郵政民営化]]法の衆院採決の直前、郵政民営化反対派の[[亀井静香]]に対し「仮に解散になったら、反対派は公認されないので大変でしょう。民主党としても配慮しないわけにはいきませんな」と働きかけた。岡田克也はこの発言を即座に否定した。&lt;br /&gt;
* 2007年7月8日、徳島駅前で「公明党という中途半端ないんちきな政党がいる。何が平和の党だ。何が福祉の党だ。どこかから命令が下りたら三日間で五万票が動く。こんなでたらめな民主主義があるか」と演説した。&lt;br /&gt;
* 2007年12月4日、自身の支援パーティーに[[新日本宗教団体連合会]]政治委員会委員長の力久隆積が参加しており、「（[[立正佼成会]]が支援する民主党の）[[風間直樹]]さん、[[大島九州男]]さんが参議院選挙だということで、私は宗教者として勝たねばならないと思い取り組んだ。この選挙には、立正佼成会、[[パーフェクト リバティー教団|PL]]、そして[[善隣教]]、そのほかにも多くの宗教が結集した。その宗教界の背中を押してくれたのは仙谷さんだ」と評されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 経済・財政 ===&lt;br /&gt;
* 民主党が「[[新自由主義]]」批判に傾いた2010年においてもなお、自身のwebページにおいて2000年代初頭における民主党の「官から民へ」路線に基づいた政策信条の記述を残していることから、大胆な[[規制緩和]]・自由化や[[地方分権]]を主張する新自由主義論者とみなす向きもある。下記にあるような[[均衡財政]]論者としての姿はそれと矛盾しないが、一方で[[#消費者行政]]にあるように企業活動の規制を主導する政治家としての面もある。&lt;br /&gt;
* [[消費税]]の増税を強く主張しており、「消費税は4年間は値上げしない」というマニフェストを掲げていた[[鳩山由紀夫内閣]]の閣僚にも関わらず「高齢者社会に対応するためには、消費税を20%以上にするべき」と発言している。&lt;br /&gt;
* [[地球市民]]という言葉を好み、自然派であるとしている。[[公共事業]]そのもの対して批判的で、[[静岡空港]]建設反対の国会議員署名活動でも署名者に加わった。&lt;br /&gt;
* 2008年3月11日、[[衆議院]][[議院運営委員会]]理事会での武藤総裁候補に対する質問にもあらわれるように、低金利政策に対して批判的な姿勢をとる。&lt;br /&gt;
* 2010年9月の為替介入に関して「82円が防衛ライン」と発言した。この発言は為替相場が1ドル=82円台より円安であれば介入がないと受け取られ介入の効果を減殺するため、円安誘導を主張する勢力による批判を受ける。[[みんなの党]]の[[渡辺喜美]]代表は「（仙谷は）本当に馬鹿だ」と酷評した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 公務員政策 ===&lt;br /&gt;
* 民主党政権のなかでも極度の官僚（キャリア）嫌いであり、政権内にはその行動・言動を疑問視する向きも少なくない。&lt;br /&gt;
* [[事務次官]]制度の廃止を提唱している。&lt;br /&gt;
* [[全日本自治団体労働組合|自治労]]協力国会議員団長を務めている。&lt;br /&gt;
* 2009年4月27日、社保庁で[[ヤミ専従]]や年金のぞき見、[[年金横領問題|年金横領]]などで問題のあった職員は[[日本年金機構]]には全員採用されないことが閣議決定され、仙谷は、[[全日本自治団体労働組合|自治労]]とともに、対象となる社保庁職員の分限免職の回避や雇用の確保を厚生労働大臣に要請した。&lt;br /&gt;
* 議員歳費の削減には「みんなが低い方に合わせるように足を引っ張り合うことがいいのかどうか」と述べ、否定的な見解を示している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 消費者行政 ===&lt;br /&gt;
* 2008年10月2日に、民主党人権・消費者調査会会長として、[[こんにゃくゼリー]]の販売禁止を内閣府[[野田聖子]]大臣に申し入れた。&lt;br /&gt;
* 2009年4月14日に、消費者庁設置関連法案について、「消費者権利院」を内閣の外に設置することを求めたが、有識者による監視機関「消費者委員会」を内閣府の内部組織から外局に格上することで与党と合意した。このとき仙谷の対応を、自民党の[[大島理森]]国対委員長は「民主党の良識が戻った」と賞賛した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 中韓外交 ===&lt;br /&gt;
* 外交は「アジア重視」を掲げ、過去の戦争の反省にたって[[中華人民共和国]]、[[韓国]]、[[朝鮮民主主義人民共和国|北朝鮮]]と友好・協力関係を築くべきだと主張している。&lt;br /&gt;
* 2006年8月7日に韓国を訪問し、韓国の与野党党首と面談。小泉首相の「日韓関係悪化は、小泉という特異な人物のせい」であると釈明し、民主党のアジア重視政策を説明。北朝鮮問題などの解決に日韓の連携を訴えた。&lt;br /&gt;
* [[北京オリンピックを支援する議員の会]]所属。&lt;br /&gt;
* 2008年1月、[[在日韓国人]]等に参政権を付与することを目的とする「[[在日韓国人をはじめとする永住外国人住民の法的地位向上を推進する議員連盟]]」に参加。&lt;br /&gt;
* 2010年9月7日、海上保安庁の巡視艇は尖閣諸島近くの日本領海で操業していた中国漁船を拿捕し船長と船員を逮捕した。[[丹羽宇一郎]]駐中国大使を深夜0時に緊急に呼び出し日本側の対応へ抗議するなど嫌がらせとも取れる行為もあり、逮捕した船長を除く14人の船員全員を任意の事情聴取を終えたとしてチャーター機で帰国させ、漁船も帰還させた対応を批判されている。&lt;br /&gt;
* 2010年9月24日、上記の中国漁船の船長を釈放したことを「了」とする旨の発言をした。今回の釈放を主導したとされており、民主党内を含む一部議員などから「悪しき前例を作った」などと批判を受けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 靖国神社参拝問題 ===&lt;br /&gt;
2001年8月、「[[小泉純一郎|小泉首相]]の[[靖国神社参拝問題|靖国参拝]]反対の集い」の呼びかけ人となる。開催の挨拶で仙谷は「私は毎年8月15日には韓国の[[大邱]]に行き、[[サハリン|中蘇（サハリン）]]離散家族会総会に出席し、サハリンに[[強制連行]]された遺族の方の哀号と糾弾の叫びをききながら一日を過ごすことにしている。その経験から言うと、21世紀になって小泉さんが靖国にどうしても行くというのは、すっとんきょうで、とんちんかんで、訳の分からない行為。日本のためにも相手のためにも、おやめいただかなければならない。」と述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== スポーツ政策 ===&lt;br /&gt;
[[プロ野球再編問題 (2004年)|2004年のプロ野球再編問題]]に際し、同年8月4日に[[国会議員]]35人による、1リーグ制移行の阻止と第三者協議機関の設置を目指す「日本プロ野球の更なる飛躍・発展とスポーツ文化振興による地域活性化を推進する会」の発起人代表に就任。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 韓国との戦後処理について(韓国人への個人補償について) ===&lt;br /&gt;
* 2010年7月7日、日本外国特派員協会の記者会見で、韓国との戦後処理について質問を受け、「一つずつ、あるいは全体的にも、この問題を改めてどこかで決着を付けていくというか、日本のポジションを明らかにする必要があると思っている」と述べ、従来の政府の対応は不十分だとの認識を示した。また、個人の請求権が日韓請求権協定で消滅したことについては、「法律的に正当性があると言って、それだけでいいのか、物事が済むのかという話だ」述べた。1965年、日韓は[[日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約|日韓基本条約]]にて国交正常化。同条約と日韓請求権協定によって、韓国政府は自らの意向により、多額の資金供与、円借款と引き換えに韓国人個人の請求権を放棄している。この発言について、2010年8月4日の[[参議院]][[予算委員会]]で自民党の[[西田昌司]]から追及を受け、「耳をほじくって、刮目してお聞きいただきたい」と前置きした上で答弁し、野党から批判を受けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 竹島問題について ===&lt;br /&gt;
2010年7月、日本政府は7月末に閣議了承する予定だった2010年版防衛白書を9月以降に先送りする方針を固めた。韓国にて8月29日に「日韓併合100年」を迎えるにあたり、日韓両国が領有権を主張する[[竹島 (島根県)]]について日本固有の領土と防衛白書に明示することを控え、韓国側に配慮する形となった。仙谷由人官房長官が27日、防衛省に指示し最終決定した。韓国側はこれまでも外交文書などに竹島を日本固有の領土と記載することについて反発を繰り返しており、今年は特に日韓併合100年目を迎える節目にあたることもあり外交ルートなどを通して竹島を日本領土と記載しないように求めてきていた。日本政府は9月に先送り後、竹島（及び北方領土）を「わが国固有の領土」と記述する考えだが、対外関係を理由に先送りするのは極めて異例。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 尖閣諸島中国漁船衝突事件について ===&lt;br /&gt;
2010年9月7日に発生した[[尖閣諸島中国漁船衝突事件]]にて逮捕された中国人船長の釈放を[[菅直人]]首相、[[前原誠司]]外務大臣が外遊にて不在のなか、あくまでも検察独自の判断であったとした上で承認、政権内部に反対の声があることについては「承知していない」と述べた。この中国人船長の釈放について、多くの海外メディアは「中国の圧力に屈した」などと報じており、中国からは釈放後に謝罪と賠償を求める声明が出された。検察は船長を起訴の方向で動いていたが、仙谷の指示で急に釈放になることが決まった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
10月18日の参院決算委員会で自民党の丸山和也氏は仙谷官房長官と電話で次のようなやりとりがあったと述べた。丸山氏の「船長は判決を受けてから送還なりすべきだった」との意見に対し、仙谷氏は「そんなことをしたら[[2010年日本APEC|APEC]]が吹っ飛んでしまう」と答えたという。なお仙谷氏は電話の内容について「そのような会話をした記憶はまったくない」と否定した。また丸山氏の「釈放は国家（にとって）の大きな損失。日本は中国の属国になっていくのでは」との疑問には、「属国化は今に始まったことではない」と答えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
仙谷氏は記者会見で「（仮に）友人関係でしゃべったとしたら、国会の場で援用して質問するのは甚だ不本意だ」と不快感を示し、丸山氏は「（否定は）仙谷氏特有のおとぼけだ」と語った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
事件の映像公開には反対の立場をとっており、2010年11月5日に事件の映像が[[youtube]]にて公開された際にも、記者会見で「司法当局の捜査とする判断もしなければならない」と述べている。なお、公開者のID「sengoku38」は仙谷由人を揶揄するIDであったとの説もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 歴史観 ===&lt;br /&gt;
民主党の[[枝野幸男]]幹事長代理が、沖縄・尖閣諸島沖で起きた中国漁船衝突事件をめぐり、中国を「悪しき隣人だ」などと批判したことについて、仙谷氏は2010年10月4日の記者会見で反論したが、その中で、次のような、日本と中国に関する歴史観を披露した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 中国に文化的優位性があると認識&lt;br /&gt;
** 「古くから中国から伝来した文化が基本となり日本の文化・文明を形成している」&lt;br /&gt;
** 「桃太郎などの寓話（ぐうわ）も中国から取ってきたようなものが多い」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 中国の近代史が同情的であると認識&lt;br /&gt;
** 「（中国は）清朝の末期から先進国というか英米の帝国主義に領土をむしりとられてというと言い過ぎかもしれないが、割譲されて民族としても国家としても大変、つらい思いをしてきた歴史がある」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 日本に戦争責任があると認識&lt;br /&gt;
** 「日本も後発帝国主義として参加して、戦略および侵略的行為によって迷惑をかけていることも、被害をもたらしていることも間違いない」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 発言 ==&lt;br /&gt;
; テロリズム容認&lt;br /&gt;
: 2004年9月30日、[[右翼団体]]の男性が[[衆議院]]通用門に車で突っ込んだ事件に関して、「政府の対応に不満を持つなら、目指すは[[総理大臣官邸|官邸]]か[[内閣府]]だ」と述べ、行政府への[[テロ]]容認とも受け止められる不用意な発言として批判を浴びた。&lt;br /&gt;
; 「文化大革命」&lt;br /&gt;
: たびたび、公の場で[[毛沢東主義]]への礼賛を隠すことなく[[文化大革命]]を肯定的な喩えとして用い、自らの手による官僚の更迭も文革になぞらえる。2009年11月12日、『[[毎日新聞]]』の政策情報誌「毎日フォーラム-日本の選択」のシンポジウム「政治は変わったか〜民主政権の課題と自民再生への展望」において、行政刷新担当相として、[[事業仕分け]]について、「予算編成プロセスのかなりの部分が見えることで、政治の[[文化大革命]]が始まった」と発言した。また、12月9日に、[[テレビ朝日]]『[[スーパーモーニング]]』内で、「事業仕分けで文化大革命が起こってますよ」と発言した。さらに、12月17日に[[国家公務員制度改革推進本部]]の[[立花宏]]事務局長ら10名の幹部職員を更迭した際にも、政治主導の文化大革命だと述べた。&lt;br /&gt;
; のんきな構想で作った&lt;br /&gt;
: 2010年6月18日夜、BS朝日の番組収録で、2009年の民主党マニフェストについて「のんきな構想で作ったが、税収が当初予算よりも減った」と指摘した。&lt;br /&gt;
; 「法的な正当性は問題ではない」&lt;br /&gt;
* 2010年7月7日に日本外国特派員協会での記者会見において、鳩山元首相の脱税疑惑などを「法的な正当性は問うていない」と問題視しない構えを見せた。さらに同発言によって、日韓基本条約の法的な正当性を日韓両国が了承している点についても、「法的な正当性を問わない法」という日本独自の思考実験である禅問答をアジア外交に積極的に活用していく姿勢を明らかにした。&lt;br /&gt;
; 「貧乏人は麦を食え」&lt;br /&gt;
* 自らの著書「金融・経済危機、そして日本」で、「かつて『貧乏人は麦飯を食え』といった政治家がおりますけれど、今はそんな度胸のある政治家はありません。私はここまで（注・のどもとを指す）でかかっておりますが、次の選挙でもう一回落ちたらもう立ち上がれないと思っていますので、ちょっというのを控えています」と記述している。&lt;br /&gt;
; 「上司として言っておきますが、こういう場に呼び出すのは彼の将来を傷つける。優秀な人だけに大変残念だ」&lt;br /&gt;
* 2010年10月15日 参議院予算委員会で、公務員の現役出向に関する答弁を行うために前国家公務員制度改革推進本部事務局審議官（委員会出席時は経済産業省官房付）の古賀茂明が政府参考人として出席した。民主党政権の公務員制度改革への取り組みを「不十分だ」と批判した。みんなの党らの要請で招致され出席した古賀に対し、仙谷官房長官が「こういう場に呼び出すのは彼の将来を傷つける。優秀な人だけに大変残念だ」と発言し、一時、委員会が紛糾した。&lt;br /&gt;
; 「[[健忘症]]発言」&lt;br /&gt;
* 2010年10月18日午後に行われた参院決算委員会で、[[尖閣諸島中国漁船衝突事件]]について[[丸山和也]]議員が電話で仙谷とのやりとりをしたことについて問われると、「最近、'''健忘症にかかっているのか分からない'''が、そういう電話で暴露されたような会話をした記憶は全くない」と発言した。これについて与野党から批判が相次いだほか、「'''健忘長官'''」（官房長官と健忘症をかけている）と皮肉られている。その後、マスコミのインタビューで仙谷議員は丸山議員の発言を「いい加減な人のいい加減な発言だから」と語っている。そのことに関して丸山議員は「健忘症と言いその場で反論をせず逃げた男が、後になってけしからん。これについてはけじめをつけようと思っている。」と反論している。&lt;br /&gt;
; 天皇は[[リベラル]]&lt;br /&gt;
: [[天皇]]及び[[皇室]]について、「天皇陛下を含めて日本で最もリベラルな方々の集団」「右派は右派、左派は左派。リベラルはリベラル。リベラルという言葉に左派というレッテルを押す用語法を私は全然、使っていない」と述べた。&lt;br /&gt;
== 人物評 ==&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
* 初当選した1990年には、東京放送（現[[TBSテレビ]]）のクイズ番組『[[クイズダービー]]』の、「野党の委員長と新人議員大会」（同年[[7月28日]]放送、第750回）に、当時の社会党委員長・[[土井たか子]]とともにギャンブラーとして出演しているが、0点という結果に終わっている。&lt;br /&gt;
* Ustreamでの放送にて田原総一朗が献金をしている事が明らかになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 家系 ==&lt;br /&gt;
仙谷家について、仙谷由人本人によると「私の先祖は徳島で[[江戸時代]]から続いた[[商人]]」という。しかし、仙谷が生まれる前には、大々的に展開していたという仙谷家の商売は傾いてしまっていたという&amp;lt;ref&amp;gt;『[[週刊新潮]]』2010年10月28日号、27ページ「権力をワシ摑み！赤い官房長官 仙谷由人の研究（前編）」&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
生家近くの商店主によると「お父さんはよく喋る人で、戦後ほどない1951年と1955年に2回、徳島市議選にも出たことがあるんですよ。いずれも落選してしまいましたがね」という&amp;lt;ref&amp;gt;『[[週刊新潮]]』2010年10月28日号、28ページ「権力をワシ摑み！ 赤い官房長官 仙谷由人の研究（前編）」&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 著書 ==&lt;br /&gt;
* 『香港軍票と戦後補償』ISBN 4750305332&lt;br /&gt;
* 『焦眉 - 土建国家日本の転換』ISBN 4341171925&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[民主党国会議員一覧]]&lt;br /&gt;
* [[ラーの会]]&lt;br /&gt;
* [[鳩山由紀夫内閣]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
{{Reflist|3}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:せんこくよしと}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の閣僚経験者]]&lt;br /&gt;
[[Category:衆議院議員]]&lt;br /&gt;
[[Category:民主党の国会議員]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本社会党の国会議員]]&lt;br /&gt;
[[Category:徳島県選出の国会議員]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の左翼]]&lt;br /&gt;
[[Category:大阪経済法科大学の教員]]&lt;br /&gt;
[[Category:徳島市出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1946年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:2018年没]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Tamac777</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E6%BE%81%E8%B0%B7%E6%81%AD%E6%AD%A3&amp;diff=395960</id>
		<title>澁谷恭正</title>
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				<updated>2021-12-28T13:50:31Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Tamac777: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''澁谷 恭正'''（しぶや やすまさ、[[1971年]][[4月14日]] - ）とは、松戸市立六実第二小学校の元保護者会長の[[DQN]]。千葉県松戸市出身。千葉県立沼南高柳高等学校卒業。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==概要==&lt;br /&gt;
在日ベトナム人少女の[[レェ・ティ・ニャット・リン]]さんを誘拐・拉致した上に殺し、我孫子市内の河川敷に放棄した悪質な偽善者として有名。また、過去にも大川経香さんを同様の手口で殺す完全犯罪をしたり、保育士時代に幼児の暴行未遂で逮捕されるなど、幾度に渡って15歳未満の少女に対して危害を加えている[[蛆虫]]である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
見て分かる通り、彼は若い頃から[[ロリコン|15歳未満の女児に対して性的興奮を抱く異常性癖]]を発症していたのは確かであり、職場内でも小・中学生に変態のようにべったり向き合うなどしていた事が判明しており、雇用先の同僚からは「いつ、道端を歩いている女児に声を掛け誘拐するか分からない超危険人物」と言われていた。また、高校時代には覚醒剤や大麻などを常習し、殺人の前科もあるなど、反社会的性質を青年期より抱き続けている事が分かる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
因みに[[勇者プクリン]]のゲイ仲間である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連項目==&lt;br /&gt;
*[[ロリコン]]&lt;br /&gt;
*[[蛆虫]]&lt;br /&gt;
*[[キチガイ]]&lt;br /&gt;
*[[勇者プクリン]]&lt;br /&gt;
*[[変人]]&lt;br /&gt;
*[[チンカス性犯罪者の一覧]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:しふややすまさ}}&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:蛆虫]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:人殺し]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:朝鮮人]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:在日コリアン]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:チンカス]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:キチガイ]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:DQN]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:ロリコン]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:ゴキブリ]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:ゴミ]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:クズ]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:精神異常者]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:犯罪者]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:性犯罪者]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:偽善者]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:死刑囚候補]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:悪人]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:狂人]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:変人]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:勇者プクリンのゲイ仲間]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:犯罪者]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:死刑囚候補]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:寄生虫]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:ネットビースト]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:ネット中毒者]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:ネット犯罪者]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:ネット恐喝者]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:インターネット依存症の人物]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:ネット弁慶]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:偽善者]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:羞恥プレイヤー]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:悪の組織デビルシャドウ]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:発達障害の人物]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:精神障害の人物]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:学習障害の人物]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:自閉症の人物]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:アスペルガー障害の人物]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:ADHDの人物]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:LGBTの人物]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:統合失調症の人物]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:躁病の人物]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:偏執狂の人物]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:依存症の人物]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:妄想癖を持つ人物]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:被害妄想の人物]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:人格障害の人物]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:解離性統一障害の人物]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:回避性パーソナリティ障害の人物]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:反社会的パーソナリティ障害の人物]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:虚言癖を持つ人物]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:自己顕示欲の強い人物]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:自己主張の強い人物]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:卑屈な人物]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:卑怯者]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:嫌われ者]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:非協調的な人物]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:我儘な人物]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:傲慢な人物]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:無責任な人物]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:信頼の置けない人物]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:懲りない人物]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:反省ができない人物]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:人の反感を買う人物]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:人から恨まれる人物]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:転落者]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:社会不適応者]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:社会復帰途上の人物]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:対話不能者]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:決め付け厨]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:ニート]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:ひも]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:パラサイト]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:鬼畜]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:歪曲マニア]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:粘着マニア]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:誹謗中傷マニア]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:個人攻撃マニア]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:誣告マニア]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:烙印マニア]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:根比べマニア]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:肥大化マニア]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:カルト]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:死ね]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:顕正会]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:真如苑信者]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:幸福の科学]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:創価学会]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:統一教会]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:日蓮正宗]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:オウム真理教]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:ヘイトクライマー]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:ストーカー]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:反ポケモン勢力]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:千葉県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:1971年生]]&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:存命人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Tamac777</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E6%B8%A1%E8%BE%BA%E5%BE%B9_(%E6%94%BF%E6%B2%BB%E6%B4%BB%E5%8B%95%E5%AE%B6)&amp;diff=395959</id>
		<title>渡辺徹 (政治活動家)</title>
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				<updated>2021-12-28T13:41:50Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Tamac777: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{Infobox 人物&lt;br /&gt;
|氏名             = 渡辺徹&lt;br /&gt;
|ふりがな         = わたなべ とおる&lt;br /&gt;
|画像             = &amp;lt;!-- 画像ファイル名 --&amp;gt;&lt;br /&gt;
|画像サイズ       = &lt;br /&gt;
|画像説明         = &lt;br /&gt;
|出生名           = 渡邉徹&lt;br /&gt;
|生年月日         = {{生年月日と年齢|1978|07|02}}&lt;br /&gt;
|生誕地           = {{JPN}} [[東京都]][[港区 (東京都)|港区]]&lt;br /&gt;
|没年月日         = &amp;lt;!-- {{死亡年月日と没年齢|XXXX|XX|XX|YYYY|YY|YY}} --&amp;gt;&lt;br /&gt;
|死没地           = &lt;br /&gt;
|住居             = &lt;br /&gt;
|国籍             = {{JPN}}&lt;br /&gt;
|別名             = &lt;br /&gt;
|民族             = &lt;br /&gt;
|出身校           = [[慶應義塾大学]][[法学部]]政治学科卒業&amp;lt;br /&amp;gt;[[南カリフォルニア大学]][[公共政策大学院]]修了&lt;br /&gt;
|職業             = 会社役員&lt;br /&gt;
|活動期間         = [[2008年]] - 現在&lt;br /&gt;
|著名な実績       = &lt;br /&gt;
|活動拠点         = [[東京都]]&lt;br /&gt;
|身長             = &lt;br /&gt;
|体重             = &lt;br /&gt;
|肩書き           = 元[[参議院議員]][[秘書]]、[[公共政策]]修士&lt;br /&gt;
|政党             = [[日本維新の会]]⇒[[次世代の党]]&lt;br /&gt;
|政治運動         = &lt;br /&gt;
|取締役会         = &lt;br /&gt;
|配偶者           = &lt;br /&gt;
|子供             = &lt;br /&gt;
|親               = &lt;br /&gt;
|親戚             = [[明治天皇]]&lt;br /&gt;
|公式サイト       = http://toru.net/&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
'''渡辺徹'''（わたなべ とおる、[[1978年]][[7月2日]] - ）は、[[日本]]の[[政治活動家]]。[[次世代の党]]所属。旧皇族（竹田家）の血筋で[[明治天皇]]の玄孫。[[叔父]]は[[日本オリンピック委員会]]（JOC）会長の[[竹田恆和]]。[[作家]]でタレントの[[竹田恒泰]]とは[[従兄弟]]の関係にあたる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
[[1978年]][[東京都]][[港区 (東京都)|港区]]生まれ。[[竹田恒徳]]（1909 -1992）の第二女・紀子女王の長男として生を受ける&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web |date=2012-09-07 |url=http://www.news-postseven.com/archives/20120828_139352.html |title=大阪維新の会衆議院選候補者　東京の目玉は明治天皇の玄孫 |publisher=週刊ポスト（小学館） |accessdate=2014-12-31}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref name=&amp;quot;2ch&amp;quot;&amp;gt;{{Cite web |url=http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1354966514/ |title=【維新の会】 明治天皇の玄孫、渡辺徹氏「明治維新をもう一度」…東京５区 |accessdate=2014-12-31}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。3歳の時に父親が死去&amp;lt;ref name=&amp;quot;profile&amp;quot;&amp;gt;{{Cite web |url=http://toru.net/profile.html |title=プロフィール |publisher=渡辺徹 Official Cite toru.net |accessdate=2014-12-31}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[慶應義塾幼稚舎]]、[[慶應義塾中等部]]、[[慶應義塾高等学校]]を経て、[[慶應義塾大学]][[法学部]][[政治学|政治学科]]卒業。&lt;br /&gt;
大学生時代に政治家になることを決意し、卒業後は「国際感覚を身につけ、人のために尽くす公の仕事を担える人材になる」べく渡米。ニューヨークの[[シラキュース大学]]の語学学校に籍を置き、1年間[[英語]]の勉強と政治の授業を聴講するが、資金が尽きたため帰国&amp;lt;ref name=&amp;quot;profile&amp;quot;&amp;gt;{{Cite web |url=http://toru.net/profile.html |title=プロフィール |publisher=渡辺徹 Official Cite toru.net |accessdate=2014-12-31}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後[[2002年]]から[[2004年]]まで、[[参議院議員]]・[[武見敬三]]の[[秘書]]を務める。秘書時代には主に外交安全保障分野（[[政府開発援助|ODA]]改革、[[東シナ海]]のガス油田問題、[[自由貿易協定|FTA]]戦略と人間の安全保障）と、社会保障分野（医療制度改革、年金制度改革、社会保険庁改革等）を担当した&amp;lt;ref name=&amp;quot;profile&amp;quot;&amp;gt;{{Cite web |url=http://toru.net/profile.html |title=プロフィール |publisher=渡辺徹 Official Cite toru.net |accessdate=2014-12-31}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
再び渡米し[[南カリフォルニア大学]][[公共政策大学院]]に留学。二年で修士課程を修了し[[公共政策修士（専門職）|公共政策修士]]の学位を得る&amp;lt;ref name=&amp;quot;profile&amp;quot;&amp;gt;{{Cite web |url=http://toru.net/profile.html |title=プロフィール |publisher=渡辺徹 Official Cite toru.net |accessdate=2014-12-31}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
帰国後の[[2007年]][[9月]]、都市コンサルタント&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web |date=2010-01-08 |url=http://www.timeout.jp/ja/tokyo/feature/311 |title=北山孝雄が“うずる”暮らしを語る |publisher=Timeout Tokyo |accessdate=2014-12-31}}&amp;lt;/ref&amp;gt;及び不動産プロデュース業の[[北山創造研究所]]にて企画・戦略担当業務に就く&amp;lt;ref name=&amp;quot;profile&amp;quot;&amp;gt;{{Cite web |url=http://toru.net/profile.html |title=プロフィール |publisher=渡辺徹 Official Cite toru.net |accessdate=2014-12-31}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2008年]][[8月]]に北山創造研究所を退職。政治活動をはじめる。[[橋下徹]][[市長]]の主催する[[維新政治塾]]に入塾。[[2012年]][[11月]]、[[日本維新の会]][[衆議院]]東京都第5選挙区支部長となり、同年12月、第46回衆議院議員選挙に[[東京5区]]より日本維新の会公認で初出馬するも、7人中4位で落選&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web |date=2012-12-17 |url=http://www.yomiuri.co.jp/election/shugiin/2012/kaihyou/ya13.htm#k005 |title=Yomiuri Online 衆院選2012 |publisher=[[読売新聞]] |accessdate=2014-12-31}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2014年]][[8月]]に発足した次世代の党に所属。同年12月の[[第47回衆議院議員総選挙]]に[[東京1区]]から出馬するも落選&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web |date=2014-12-15 |url=http://www.yomiuri.co.jp/election/shugiin/2014/kaihyou/ya13.html#k001 |title=Yomiuri Online 衆院選2014 |publisher=読売新聞 |accessdate=2014-12-31}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。現在は次世代の党東京都第1支部支部長を務める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 政策・主張 ==&lt;br /&gt;
* [[女性宮家]]に反対&amp;lt;ref name=&amp;quot;mainichi2012&amp;quot;&amp;gt;{{Cite web |date=2012-12-?? |url=http://senkyo.mainichi.jp/46shu/kouji_hirei_meikan.html?mid=D05139004004 |title=2012年 第46回衆院選 |publisher=毎日新聞社 |accessdate=2014-12-31}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* [[村山談話]]、[[河野談話]]は「見直すべき」としている&amp;lt;ref name=&amp;quot;mainichi2014&amp;quot;&amp;gt;{{Cite web |date=2014-12-?? |url=http://senkyo.mainichi.jp/47shu/meikan.html?mid=A13001001001&amp;amp;st=kj |title=2014年 第47回衆院選 |publisher=[[毎日新聞社]] |accessdate=2014-12-31}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* [[憲法改正]]に賛成&amp;lt;ref name=&amp;quot;mainichi2014&amp;quot;&amp;gt;{{Cite web |date=2014-12-?? |url=http://senkyo.mainichi.jp/47shu/meikan.html?mid=A13001001001&amp;amp;st=kj |title=2014年 第47回衆院選 |publisher=[[毎日新聞社]] |accessdate=2014-12-31}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* [[特定秘密保護法]]の制定に賛成&amp;lt;ref name=&amp;quot;mainichi2014&amp;quot;&amp;gt;{{Cite web |date=2014-12-?? |url=http://senkyo.mainichi.jp/47shu/meikan.html?mid=A13001001001&amp;amp;st=kj |title=2014年 第47回衆院選 |publisher=[[毎日新聞社]] |accessdate=2014-12-31}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* [[集団的自衛権]]の行使に賛成&amp;lt;ref name=&amp;quot;mainichi2014&amp;quot;&amp;gt;{{Cite web |date=2014-12-?? |url=http://senkyo.mainichi.jp/47shu/meikan.html?mid=A13001001001&amp;amp;st=kj |title=2014年 第47回衆院選 |publisher=[[毎日新聞社]] |accessdate=2014-12-31}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* [[沖縄]][[米軍基地]]の[[辺野古]]移設に賛成&amp;lt;ref name=&amp;quot;mainichi2012&amp;quot;&amp;gt;{{Cite web |date=2012-12-?? |url=http://senkyo.mainichi.jp/46shu/kouji_hirei_meikan.html?mid=D05139004004 |title=2012年 第46回衆院選 |publisher=毎日新聞社 |accessdate=2014-12-31}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 領海警備法を制定、防衛予算を大幅拡充し日本の海を守る体制を整える&amp;lt;ref name=&amp;quot;seisaku&amp;quot;&amp;gt;{{Cite web |url=http://www.toru.net/policy.html |title=政策 |publisher=渡辺徹 Official Site |accessdate=2014-12-31}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* [[既得権]]を打破する徹底した規制緩和の断行。[[公務員]]制度や公務員・[[国会議員]]の人件費の改革。先送りの政治を無くす&amp;lt;ref name=&amp;quot;seisaku&amp;quot;&amp;gt;{{Cite web |url=http://www.toru.net/policy.html |title=政策 |publisher=渡辺徹 Official Site |accessdate=2014-12-31}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 特定の団体に利益を誘導するような、適切でない補助金・交付金・許認可・委託をやめさせる&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web |date=2014-12-07 |url=https://twitter.com/watanabetoru1/status/541568138127474688|title=2014年12月7日 21時21分の投稿 |publisher=twitter |accessdate=2014-12-31}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 公務員・教職員の違法な政治活動をやめさせる&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web |date=2014-12-09 |url=https://twitter.com/watanabetoru1/status/541568604844470272 |title=2014年12月9日 21時23分の投稿 |publisher=twitter |accessdate=2014-12-31}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 自虐史観を醸成する学校教育を問題視。正しい歴史教育に取り組む&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web |date=2014-12-09 |url=https://twitter.com/watanabetoru1/status/542172124597608448 |title=2014年12月9日 13時21分の投稿 |publisher=twitter |accessdate=2014-12-31}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* [[外国人参政権]]に反対。[[生活保護]]は[[日本国籍]]を持つ者に限定する&amp;lt;ref name=&amp;quot;seisaku&amp;quot;&amp;gt;{{Cite web |url=http://www.toru.net/policy.html |title=政策 |publisher=渡辺徹 Official Site |accessdate=2014-12-31}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* [[再生可能エネルギー]]等の大規模投資を推進し、原子力技術は維持しながらも&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web |date=2014-12-05 |url=https://twitter.com/watanabetoru1/status/540829121475903489 |title=2014年12月5日 20時24分の投稿 |publisher=twitter |accessdate=2014-12-31}}&amp;lt;/ref&amp;gt;、[[原発]]のみに依存する体制を是正する&amp;lt;ref name=&amp;quot;seisaku&amp;quot;&amp;gt;{{Cite web |url=http://www.toru.net/policy.html |title=政策 |publisher=渡辺徹 Official Site |accessdate=2014-12-31}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* [[環太平洋戦略的経済連携協定|TPP]]の参加に賛成。農業分野については「コメなど可能な限り多くの例外品目を設ける」こととする&amp;lt;ref name=&amp;quot;mainichi2012&amp;quot;&amp;gt;{{Cite web |date=2012-12-?? |url=http://senkyo.mainichi.jp/46shu/kouji_hirei_meikan.html?mid=D05139004004 |title=2012年 第46回衆院選 |publisher=毎日新聞社 |accessdate=2014-12-31}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 子供を持ちたい夫婦への手厚い[[子供手当て]]を推進し&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web |date=2014-12-07 |url=http://itoyohei.com/?p=1469 |title=次世代の党公認！渡辺 徹候補へ20代が突撃インタビュー！ |publisher=伊藤陽平公式サイト |accessdate=2014-12-31}}&amp;lt;/ref&amp;gt;、子供が多いほど所得税が低くなる世帯所得課税制度を導入する&amp;lt;ref name=&amp;quot;seisaku&amp;quot;&amp;gt;{{Cite web |url=http://www.toru.net/policy.html |title=政策 |publisher=渡辺徹 Official Site |accessdate=2014-12-31}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 子育て主婦を軽視し、女性に特定の生き方を強制するような[[男女共同参画]]には反対&amp;lt;ref name=&amp;quot;seisaku&amp;quot;&amp;gt;{{Cite web |url=http://www.toru.net/policy.html |title=政策 |publisher=渡辺徹 Official Site |accessdate=2014-12-31}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web |date=2014-12-07 |url=https://twitter.com/watanabetoru1/status/541568347561664512 |title=2014年12月7日 21時22分の投稿 |publisher=twitter |accessdate=2014-12-31}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 三世代同居者への支援や、次世代と高齢者の双方が信頼できる社会保障の再構築をする&amp;lt;ref name=&amp;quot;seisaku&amp;quot;&amp;gt;{{Cite web |url=http://www.toru.net/policy.html |title=政策 |publisher=渡辺徹 Official Site |accessdate=2014-12-31}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* [[年金]]を積立方式に移行し、年金問題を解消する&amp;lt;ref name=&amp;quot;seisaku&amp;quot;&amp;gt;{{Cite web |url=http://www.toru.net/policy.html |title=政策 |publisher=渡辺徹 Official Site |accessdate=2014-12-31}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web |date=2012-12-27 |title=2012年12月27日のポスト |url=https://www.facebook.com/toruwatanabe.page/posts/385590278189298 |publisher=facebook 渡辺徹 |accessdate=2014-12-31}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
2012年に行なわれた第46回衆議院議員選挙では、パラパラ漫画風の斬新な候補者ポスターで話題を集め、記事が掲載されたサイトは110万PVを獲得した&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web |date=2014-07-27 |url=http://matome.naver.jp/odai/2135539978472438701 |title=【完結】日本維新の会 渡辺徹の選挙ポスターが斬新すぎる |publisher=Naverまとめ |accessdate=2014-12-31}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
小学5年から高校までラグビー部に所属していた&amp;lt;ref name=&amp;quot;profile&amp;quot;&amp;gt;{{Cite web |url=http://toru.net/profile.html |title=プロフィール |publisher=渡辺徹 Official Cite toru.net |accessdate=2014-12-31}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref name=&amp;quot;2ch&amp;quot;&amp;gt;{{Cite web |url=http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1354966514/ |title=【維新の会】 明治天皇の玄孫、渡辺徹氏「明治維新をもう一度」…東京５区 |accessdate=2014-12-30}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 血縁 ==&lt;br /&gt;
* 高祖父：[[明治天皇]]&lt;br /&gt;
* 高祖父：[[北白川宮能久親王]]&lt;br /&gt;
* 高祖父：[[三条実美]]&lt;br /&gt;
* 曽祖父：[[竹田宮恒久王]]&lt;br /&gt;
* 曽祖母：[[恒久王妃昌子内親王]]（明治天皇皇女）&lt;br /&gt;
* 祖父：[[竹田恒徳]]&lt;br /&gt;
* 叔父：[[竹田恆和]]&lt;br /&gt;
* 母：紀子女王&lt;br /&gt;
* 従兄弟：[[竹田恒泰]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
家族は妻と娘一人。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出典 ==&lt;br /&gt;
{{reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[旧皇族]]&lt;br /&gt;
* [[竹田宮]]&lt;br /&gt;
* [[武見敬三]]&lt;br /&gt;
* [[次世代の党]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* 渡辺徹 {{Official|http://toru.net/ }}&lt;br /&gt;
* [https://www.facebook.com/toruwatanabe.page 渡辺徹 facebookページ]&lt;br /&gt;
* [https://twitter.com/watanabetoru1 渡辺徹 Twitter] (@watanabetoru1)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{日本維新の会}}&lt;br /&gt;
{{次世代の党}}&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:わたなへ とおる}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の政治運動家]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の国政選挙の立候補経験者]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の保守思想家]]&lt;br /&gt;
[[Category:慶應義塾大学出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:東京都区部出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1978年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;br /&gt;
{{ウィキペディア削除}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Tamac777</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E6%94%BF%E6%B2%BB%E6%B4%BB%E5%8B%95%E5%AE%B6&amp;diff=395958</id>
		<title>政治活動家</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E6%94%BF%E6%B2%BB%E6%B4%BB%E5%8B%95%E5%AE%B6&amp;diff=395958"/>
				<updated>2021-12-28T13:40:43Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Tamac777: ページの作成:「'''政治活動家'''（せいじかつどうか）とは、政治問題に対して積極的に関わって働いている者の総称である。'''政治運動家'''...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''政治活動家'''（せいじかつどうか）とは、政治問題に対して積極的に関わって働いている者の総称である。'''政治運動家'''（せいじうんどうか）とも呼ばれる。単に、'''活動家'''、'''運動家'''、'''アクティビスト'''とも呼ばれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:せいしかつとうか}}&lt;br /&gt;
[[Category:政治活動家|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:選挙]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Tamac777</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E4%B8%AD%E6%9B%BD%E6%A0%B9%E5%BA%B7%E5%BC%98&amp;diff=395957</id>
		<title>中曽根康弘</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E4%B8%AD%E6%9B%BD%E6%A0%B9%E5%BA%B7%E5%BC%98&amp;diff=395957"/>
				<updated>2021-12-28T13:38:51Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Tamac777: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''中曾根 康弘'''（'''なかそね やすひろ'''、[[新字体]]では'''中曽根 康弘'''とも、[[1918年]]（[[大正]]7年）[[5月27日]] - [[2019年]]（[[令和]]元年）[[11月29日]]）は、[[日本]]の[[政治家]]。第71 - 73代[[内閣総理大臣]]（在任：[[1982年]][[11月27日]] - [[1987年]][[11月6日]]）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物 ==&lt;br /&gt;
[[衆議院議員]]連続20回当選（[[1947年]]～[[2003年]]）。[[位階]][[勲等]]は[[従六位]][[大勲位]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現職は[[財団法人]]「[[世界平和研究所]]」会長、[[拓殖大学]]第12代[[総長]]・[[理事]]長、[[名誉総長]]、[[東アジア共同体|東アジア共同体評議会]]会長。[[新憲法制定議員同盟]]会長。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
職歴は[[内務省 (日本)|内務省]]、[[大日本帝国海軍]]を経て、内務省に再勤、退官後、衆議院議員選挙に立候補。&lt;br /&gt;
以来、[[政策科学研究所 (派閥)|中曾根派]]を形成するなど自由民主党内で頭角を現し、[[科学技術庁]]長官をはじめとして[[運輸大臣]]、[[防衛大臣|防衛庁長官]]、[[経済産業大臣|通商産業大臣]]、[[行政管理庁]]長官などの[[閣僚]]経験を経て、内閣総理大臣となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2004年]][[7月19日]]に[[鈴木善幸]]が亡くなったことにより最年長の首相経験者であり、[[昭和]]の総理大臣の最後の生存者となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
身長は178cmであり、歴代の[[内閣総理大臣]]の中では第二位である（第一位は180cmの[[大隈重信]]）。&lt;br /&gt;
総理大臣就任時に発達障害者支援法を制定して施行されなかった為に就職氷河期を起こしたA級戦犯の主犯格です!!&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 略歴 ==&lt;br /&gt;
* 1918年（[[大正]]7年）5月27日 - [[群馬県]][[高崎市]]末広町に生まれる。&lt;br /&gt;
* [[1935年]]（[[昭和]]10年） - 旧制高崎中学（現・[[群馬県立高崎高等学校]]）4年修了。&lt;br /&gt;
* [[1938年]]（昭和13年） - 官立[[静岡高等学校 (旧制)|静岡高等学校]]（現・[[静岡大学]]）文科丙類卒業。&lt;br /&gt;
* [[1941年]]（昭和16年） - 東京帝国大学法学部政治学科を卒業後[[内務省 (日本)|内務省]]に入るが、[[短期現役士官|海軍短期現役制度]]により[[中尉|海軍主計中尉]]に[[任官]]。広島の[[呉鎮守府]]に配属され第二設営隊の主計長に任命される。[[終戦の日|終戦時]]は[[少佐|海軍主計少佐]]。[[戦後|終戦後]]、内務省に復帰。&lt;br /&gt;
* [[1946年]]（昭和21年） - 内務省を依願退職。&lt;br /&gt;
* [[1947年]]（昭和22年） - [[第23回衆議院議員総選挙]]で立候補、初当選。&lt;br /&gt;
* [[1953年]]（昭和28年） - [[ハーバード大学]]の夏期セミナーに留学。少壮教授だった[[ヘンリー・キッシンジャー|キッシンジャー]]が責任者であった。&lt;br /&gt;
* [[1954年]]（昭和29年）- 3月、日本で初めて「[[原子力]][[予算#国における予算|予算]]」を[[国会 (日本)|国会]]に提出し成立させる。[[正力松太郎]]にこの頃近づき、正力派結成の[[参謀]]格として走り回る。共に政界における[[原子力発電|原発]]推進の両軸となる。&lt;br /&gt;
* [[1959年]]（昭和34年） - [[第2次岸内閣改造内閣]]の[[科学技術庁長官]]として入閣。[[原子力委員会]]の委員長に就任。&lt;br /&gt;
* [[1966年]]（昭和41年） - [[春秋会|旧河野派]]が分裂し、[[政策科学研究所 (派閥)|中曾根派]]が結成される。&lt;br /&gt;
* [[1967年]]（昭和42年） - [[第2次佐藤内閣第1次改造内閣]]の[[運輸大臣]]に就任。 第12代[[拓殖大学]]総長に就任。（昭和46年まで。現・[[拓殖大学]]名誉総長）&lt;br /&gt;
* [[1970年]]（昭和45年） - [[第3次佐藤内閣]]で[[防衛庁長官]]となる。&lt;br /&gt;
* [[1971年]]（昭和46年） - [[第3次佐藤内閣改造内閣]]で[[自由民主党総務会#総務会長|自民党総務会長]]に就任。&lt;br /&gt;
* [[1972年]]（昭和47年） - [[第1次田中角榮内閣]]の[[通商産業大臣]]に就任（科学技術庁長官兼務）&lt;br /&gt;
* 1972年（昭和47年） - [[第2次田中角榮内閣]]で通産大臣専任となる。&lt;br /&gt;
* [[1974年]]（昭和49年） - [[三木内閣]]で幹事長に就任。&lt;br /&gt;
* [[1977年]]（昭和52年） - [[福田赳夫内閣改造内閣]]でまた総務会長となる。&lt;br /&gt;
* [[1978年]]（昭和53年） -[[自由民主党総裁選挙]]に初出馬する。&lt;br /&gt;
* [[1979年]]（昭和54年） - 総選挙の敗北を受けた「[[四十日抗争]]」時には[[大平正芳]]首相に対して退陣を要求する。&lt;br /&gt;
* [[1980年]]（昭和55年） - [[鈴木善幸|鈴木]]内閣の[[行政管理庁長官]]に就任。&lt;br /&gt;
* 1982年（昭和57年） - 第71代内閣総理大臣に就任。[[第1次中曽根内閣]]を発足。[[日本国有鉄道|国鉄]]、[[日本電信電話公社|電電公社]]、[[日本専売公社|専売公社]]の[[民営化]]を行う。[[外務大臣]]に[[安倍晋太郎]]を起用。&lt;br /&gt;
* [[1983年]]（昭和58年）- [[第2次中曽根内閣]]発足。[[内閣官房長官]]に[[藤波孝生]]、[[文部大臣]]に[[森喜朗]]を任命。&lt;br /&gt;
* [[1984年]]（昭和59年） - [[第2次中曽根内閣第1次改造内閣]]発足。[[内閣官房副長官]]に[[山崎拓]]を抜擢した。&lt;br /&gt;
* [[1985年]]（昭和60年） - [[第2次中曽根内閣第1次改造内閣]]発足。[[農林水産大臣]]に[[羽田孜]]を、[[自治大臣]]に[[小沢一郎]]を起用する。[[プラザ合意]]により、[[円高]]を容認。12月には内閣改造を行なう（[[第2次中曽根内閣第2次改造内閣]]）。&lt;br /&gt;
* [[1986年]]（昭和61年） - 衆参同日選で大勝。[[第3次中曽根内閣]]発足。[[大蔵大臣]]に[[宮澤喜一]]を、[[運輸大臣]]に[[橋本龍太郎]]を任命。&lt;br /&gt;
* 1987年（昭和62年） - [[売上税]]の導入失敗が原因で支持率が急降下するが、やがて人気を取り復した。[[竹下登]]を後継総裁に指名して退陣。&lt;br /&gt;
* 1989年（平成元年） - [[リクルート事件]]に関連して自民党から離党。&lt;br /&gt;
* [[1990年]]（平成2年） - 派閥を[[渡辺美智雄]]に譲る。&lt;br /&gt;
* [[1991年]]（平成3年） - 自民党に復党。&lt;br /&gt;
* 1996年（平成8年） - [[比例代表制|比例区]]の終身一位となる。&lt;br /&gt;
* 1997年（平成9年） - [[大勲位菊花大綬章]]を受章。&lt;br /&gt;
* 1999年（平成11年） - [[江藤隆美]]、[[中尾栄一]]、[[与謝野馨]]、[[村上正邦]]、[[佐藤静雄 (衆議院議員)|佐藤静雄]]らで構成する中曾根派と[[亀井静香]]率いる亀井グループが合併し[[志帥会|村上（江藤）・亀井派]]を結成。中曾根は最高顧問に就任。&lt;br /&gt;
* [[2001年]]（平成13年） - 森首相退陣後の総裁選に出馬した[[亀井静香]]に総裁選辞退を進言し、亀井はこれを受諾する。&lt;br /&gt;
* 2003年（平成15年） - [[小泉純一郎]]首相から[[定年]]制導入のために引退を要請され、当初は反対するも最終的には政界から引退。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== プロフィール ==&lt;br /&gt;
=== 出生から大学卒業・内務省入省まで ===&lt;br /&gt;
[[群馬県]][[高崎市]]に父・中曾根松五郎 母・ゆくの次男として生まれた。生家は[[関東]]有数の材木[[問屋]]「古久松」である。敷地は3[[ヘクタール]]（3万平方メートル）もあってそこに住居と工場があり、働いている[[職人]]が中曾根の学生時代には150人、住み込みの女中が20人ぐらいは常時いた豪商だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
地元の小学校へ進学後、[[群馬県立高崎高等学校|旧制高崎中学]]、[[静岡高等学校 (旧制)|旧制静岡高校]]を経て[[東京大学|東京帝国大学]][[法学部]][[政治学科]]へ進む。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同大学を卒業後、[[内務省 (日本)|内務省]]に入省。同期入省組に[[早川崇]]や[[小沢辰男]]、[[大村襄治]]らがいた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 海軍時代 ===&lt;br /&gt;
[[短期現役士官|短期現役制度]]に応募し、[[1941年]]（昭和16年）8月に[[大日本帝国海軍]]の[[海軍経理学校|経理学校]]にて初任教育を受ける。海軍主計[[中尉]]に任官、海軍主計科[[士官]]となって[[連合艦隊]]に配属されると、第一艦隊第六戦隊の旗艦である[[巡洋艦]][[青葉 (重巡洋艦)|青葉]]に乗艦し、[[高知県]]の[[土佐湾]]沖の[[太平洋]]上で猛訓練を受けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年11月20日に転勤命令が下り、[[広島県]][[呉市]]の司令部に緊急配属されると、第二設営隊の主計長に任命され、参謀長より、工員2000名に多少の陸戦隊をつけて、敵の[[飛行場]]を奪取し、すぐに[[零式艦上戦闘機|零戦]]を飛べるようにしろとの命令を受ける。この時の目的地と物資の量は「蘭印（[[インドネシア]]）三ヵ月分、比島（[[フィリピン]]）三ヵ月分」だった。それから出航する29日までは、昼間は編成に明け暮れ、夜は積み込みの指揮で、ほとんど寝る暇もなかったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
29日は予定通り、14隻の船団で出航。中曾根は「台東丸」に乗船。この船にはかなりの刑余者（[[前科]]のある者）がおり、大学を出て海軍で短期訓練を受けただけだった中曾根は一計を案じ、全員を[[甲板]]に集めた。この中から一番凄そうな親分肌の者を選んで班長にすると、後で自らの部屋である主計長室にその男を呼んだ。そして、やってきた古田と名乗る前科八犯の男と酒を酌み交わし、人心掌握に努めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1941年[[12月7日]]に[[太平洋戦争]]に突入すると、最初はフィリピンの[[ミンダナオ島]]の[[ダバオ]]に敵前上陸することとなる。上陸戦闘は獰猛な[[モロ]]族と闘い、[[アメリカ合衆国|アメリカ]]軍の[[ボーイング]][[B-17]][[爆撃機]]の猛爆撃を受けた。また明け方近くになると、決まってB-17がやってきたという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
次に[[ボルネオ島]]のバリクパパンに向かうのだが、途中の[[マカッサル海峡]]で14隻のうち、4隻が撃沈される。そしてようやくバリクパパンの湾に入って上陸しようとしたら、[[オランダ]]と[[イギリス]]の[[巡洋艦]]から、いきなり攻撃を受けてしまう。こちらには軽巡洋艦[[神通 (軽巡洋艦)|神通]]がついていたが、船団の中に取り込まれてしまって身動きが取れない状態だった。中曾根が乗船している前後左右の4隻は、あっという間に撃沈されてしまい、さらに接近してきた敵艦から副砲や[[機関銃]]で攻撃され、それが船尾に当たり[[火災]]が発生してしまう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
消火班長でもある中曾根は飛んでいって火消しを行うが、そこは阿鼻叫喚の地獄絵図になっており、手や足が吹っ飛んでいるもの、血だるまになり「助けてくれ」とうめくもの。そしてどこからか「古田班長がやられている」という声に誘われて行ってみると、古田が誰かに背負われていた。足は砲弾にやられて皮一枚でようやくつながっており、中曾根に「隊長、すまねえ」とだけいうと、すぐに息を引き取った。この戦いで戦死した仲間達の遺体は、バリクパパンの波が打ち寄せる海岸で、[[荼毘]]（[[火葬]]）に付した。中曾根はそのときの思いを[[俳句]]にして詠んでいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''友を焼く 鉄板を担ぐ 夏の浜'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''夏の海 敬礼の列の 足に来ぬ'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当時の経験を振り返り、中曾根はこう語った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
: 「彼ら、[[戦死]]した[[戦友]]をはじめ、いっしょにいた二千人は、いわば日本社会の前線でいちばん苦労している庶民でした。美辞麗句でなく、彼らの[[愛国心]]は混じり気のないほんものと、身をもって感じました。『私の体の中には国家がある』と書いたことがありますが、こうした戦争中の実体験があったからなのです。この庶民の愛国心がその後私に政治家の道を歩ませたのです」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中曽根はその後も主計将校として従軍し、[[1944年]][[10月]]の「[[捷号作戦|捷一号作戦]]」（いわゆる「[[レイテ沖海戦]]」）には[[戦艦]]「[[長門_(戦艦)|長門]]」乗組みの主計士官として参加し、戦闘記録の作成に当たっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
終戦時の階級は海軍主計少佐であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 政治家への転身 ===&lt;br /&gt;
==== 少壮議員時代 ====&lt;br /&gt;
戦後内務省に復帰し、 [[内務大臣 (日本)|内務]][[大臣官房]][[事務官]]、[[香川県]]警務課長、[[警視庁]][[警視]]・[[監察官]]を務める。その後退官し、[[1947年]][[衆議院]]議員選挙に当選。以後[[1955年]]の[[保守合同]]までの所属政党は、[[民主党 (日本 1947-1950)|民主党]]、[[国民民主党 (日本)|国民民主党]]、[[改進党]]、[[日本民主党]]。この間、自主憲法制定や再軍備を標榜する反[[吉田茂|吉田]]勢力として、多くの期間を野党議員として過ごしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
保守合同に際しては、長らく行動を共にした[[北村徳太郎]]が旧鳩山派である河野一派に合流したことから、[[春秋会|河野派]]に属した。[[岸信介]]改造内閣において、[[渡邊恒雄]]を介して[[大野伴睦]]の支持を受け、[[科学技術庁]]長官として初入閣。党内で頭角を現し、河野派分裂後は中曾根派を形成し一派を率いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1956年]]には「憲法改正の歌」を発表するなど、改憲派として活発に行動し、マスコミからは[[青年将校]]と呼ばれた。同年11月27日の日ソ共同宣言を批准した衆議院本会議において、自由民主党を代表して同宣言賛成討論を行なったが、内容はソ連に対する厳しい批判だったりしたため、社会党や共産党が抗議、その結果、約50分間の演説全文が衆議院議事録から削除される異例の出来事もあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
初当選した選挙で白塗りの[[自転車]]に[[日の丸]]を立てて運動をしたことはよく知られているが、若い頃から総理大臣を目指すことを公言し、憲法改正や首相公選論の主張など大胆な発言や[[パフォーマンス]]を好んだことや、同世代の日本人としては大柄な体躯や端正な風貌もあって、早くから存在感を示していた。なお、既に1965年には[[福井県]]の[[九頭竜ダム]]建設をめぐる[[落札]]偽計事件（[[九頭竜ダム#ダムと和泉村|九頭竜川ダム汚職事件]]）に名前が挙がるなど、疑惑とも無縁でなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 三角大福中 ====&lt;br /&gt;
[[Image:Arrival ceremony for Prime Minister Kakuei Tanaka of Japan.gif|thumb|220px|田中角栄（左）]]&lt;br /&gt;
[[第2次佐藤内閣第1次改造内閣]]で運輸大臣、[[第3次佐藤内閣]]で[[防衛庁長官]]を歴任。[[運輸大臣]]として入閣した際にはそれまで佐藤を「右翼片肺内閣。」と批判していたのにもかかわらず入閣したため[[風見鶏]]と揶揄され以後これが中曽根の代名詞になった。防衛庁長官時代には[[三島事件]]を批判する声明を防衛庁長官として出したが三島に近い一部保守系団体や[[民族派]]勢力[[右翼団体]]等から強く批判された。（中曽根は自著の中で「三島と親しいように思われていたが深い付き合いがあったわけではない」と釈明している）、[[1972年]]には、[[殖産住宅事件]]では[[株]]取得で[[証人喚問]]される。翌年[[脱税]]容疑で逮捕された[[殖産住宅相互]]の[[東郷民安]]社長は旧制静岡高校時代からの友人であったため、親友も見殺しにすると囁かれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうして要職を経験するなかで、いわゆる「[[三角大福|三角大福中]]」の一角として、ポスト佐藤の一人とみなされるようになっていった。佐藤後継を巡る1972年の総裁選に際しては、[[野田武夫]]ら派内の中堅、ベテラン議員や福田支持派から出馬要請を受けるが、日中問題で福田の姿勢に不満を抱いていた派内の[[河野洋平]]を始めとする若手議員が[[田中角栄]]支持に傾いていた事等から自らの出馬を取り止め、田中支持に回った。このことは田中が福田に勝利するにあたり決定的な役割を果たしたが、角栄の[[買収]]等と後に[[週刊誌]]に憶測を呼ぶ事にもなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[第1次田中角栄内閣]]の[[通商産業大臣]]兼[[科学技術庁長官]]となり[[第2次田中角栄内閣|第2次内閣]]では科学技術庁長官の任を離れ通産大臣に専任となる。[[三木内閣]]時代、[[自由民主党幹事長]]となり、[[福田赳夫内閣]]の総務会長を務めるなど党内の要職も務める。[[三木おろし]]の際には三木以外の派閥領袖としては事実上唯一の主流派となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1976年]]（昭和51年）、[[ロッキード事件]]への関与を疑われ、側近の[[佐藤孝行]]が逮捕されたが、自らの身には司直の手は及ばなかった。ここでも悪運の強さが幸いしたとされる。刑務所の塀には登るがそこから落ちないと揶揄された。同年の衆院選では事件との関係から落選すら囁かれたが、辛うじて最下位で当選した。1978年に「[[明治時代]]生まれのお年寄りがやるべき時代ではない」と世代交代を訴える形で総裁選挙に名乗りをあげるが落選し、[[大平内閣]]では反主流派に位置したが、[[ハプニング解散]]の際には派内の強硬論に耳を貸さず早くから本会議での造反に反対するなど三木・福田とは温度差があった。大平後継では本命の一人だったが、当時は田中角栄の信頼を勝ち得ておらず、総裁の座を逃した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
鈴木内閣では主流派となるとともに、行政管理庁長官として[[行政改革]]に精力を注ぎ鈴木首相の信頼を得る。中曽根自身は蔵相ポストを希望していたものの、よりによって派の後輩の[[渡辺美智雄]]にその座を攫われるという屈辱を味わう。ところが、図らずも鈴木内閣の下で行政改革にスポットライトが当たる結果となったため、行政管理庁長官として職務に励み、首相就任後分割民営化等の答申をする事になる[[土光敏夫]]の信頼も得る事になった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 総理大臣就任 ===&lt;br /&gt;
==== 長期政権 ====&lt;br /&gt;
田中派の支持も得た中曾根は党員による総裁予備選挙において圧倒的な得票を得て総裁の地位を獲得、1982年（昭和57年）に第72代[[内閣総理大臣]]に就任。行政改革の推進と「戦後政治の総決算」を掲げ[[1987年]]（昭和62年）まで一国の総理の座にあり小泉内閣に次ぐ歴代第4位の長期政権となる。従来の官僚頼みの調整型政治を打破し私的諮問機関を多数設け首相というより[[大統領]]型のトップダウンを標榜した政治姿勢は注目された。ただし、政権発足初期は、総裁派閥から出すのが常識だと思われていた内閣官房長官に田中派の[[後藤田正晴]]を起用し、党幹事長に同じく[[二階堂進]]を据え、その他田中派閣僚を7人も採用するなど、[[田中角栄]]の影響力の強さを批判され「田中曽根内閣」「直角内閣」などと揶揄された。一方で[[改憲]]こそ首相在任中は明言しなかったが、“戦後政治の総決算”を掲げ、[[教育基本法]]や“[[自虐史観|戦後歴史教育]]”の見直し、[[靖国神社]]公式参拝、[[防衛費1%枠]]撤廃等の保守色が強い姿勢により左派勢力から猛反発を買い、「右翼片肺」「[[軍国主義]]者」「総決算されるべきは戦後ではなく自民党」等といった激しい批判を浴びた。ただし教育改革については自身のの私的諮問機関である臨教審に日教組元委員長の[[槙枝元文]]&lt;br /&gt;
を入れた事が1988年に内示された所謂[[ゆとり教育]]に繋げられたという見方も存在している。[[石川忠雄]]、[[加藤寛]]、[[勝田吉太郎]]、[[小堀桂一郎]]等の所謂お気に入りの[[御用学者]]を諮問機関では重用した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1986年]]の[[三原山]]噴火では首相権限で巡視船や南極観測船を出動させて島民の救出に成功。野党や[[国土庁]]の官僚からは非難されたものの、当時のスタッフであった[[佐々淳行]]等は後年の[[阪神大震災]]での[[村山内閣]]の対応の遅れと比較してその決断力と実行力を高く評価している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また[[広島市]]の[[広島赤十字・原爆病院|原爆病院]]視察の際の「病は気から」発言や「[[ネグロイド|黒人]]は知的水準が低い」「日本に[[差別]]されている[[少数民族]]はいない」、その発言について中曾根事務所が出した謝罪文に関しての質問に、女性蔑視と取られるような「まあ女の子が書いた文章だから。」等の失言で物議を醸す事も多かった（これら一連の事象については[[知的水準発言]]を参照）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1983年の[[第37回衆議院議員総選挙]]、1986年の[[第38回衆議院議員総選挙]]では現職首相でありながらトップ当選できなかった（当時は[[中選挙区制]]）。これは歴代首相で中曾根だけ。トップ当選したのはいずれも[[福田赳夫]]元首相で、首相経験者同士が同じ選挙区（旧群馬3区）で対決したことになる。&amp;lt;br/&amp;gt;中選挙区時代の旧群馬3区は、福田のほかに同じく首相を務めた[[小渕恵三]]や社会党書記長などを務めた[[山口鶴男]]といった大物がそろった日本でも有数の激戦区でもあった（[[上州戦争]]を参照のこと）。なお、日本において現職首相が選挙で落選したことは過去に一度もない（首相経験者が落選した例は[[片山哲]]や[[石橋湛山]]、[[海部俊樹]]の例がある）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
任期後半には田中の影響を脱するとともに、[[バブル経済]]につながる好景気を演出し、支持率も概ね高水準を維持した。[[貿易摩擦]]問題も浮上したが、[[プラザ合意]]で[[円高]]路線が合意された後の内需拡大政策として民活（民間活力の意）と称し[[国有地]]の払い下げ等を行い、地価が高騰しそれに対する金融引締め政策を行わなかったためバブル経済を引き起こしたという批判も根強い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 外交 ====&lt;br /&gt;
===== 日米関係 =====&lt;br /&gt;
[[Image:Yasuhiro Nakasone in Andrews full.jpg|thumb|220px|訪米時にアンドリュース基地に到着した中曽根と妻の蔦子]]&lt;br /&gt;
[[Image:President Reagan and Prime Minister Yasuhiro Nakasone.jpg|thumb|220px|アメリカの[[ロナルド・レーガン]][[大統領]]と中曽根の別荘[[日の出山荘]]で歓談する中曾根]]&lt;br /&gt;
[[1982年]]11月当時、[[日米関係史|日米関係]]は最悪と呼べる状態だった&amp;lt;ref&amp;gt;一方で、「総理就任時、日米関係は最悪と呼べる状態だった」「自分（中曽根）が外交関係を改善した」という認識を強く持ち、公式発言でも度々重ねたことが、鈴木善幸を始めとする[[宏池会]]の逆鱗に触れ、（鈴木内閣と鈴木善幸本人への非難・皮肉とも受け取れた）[[二階堂擁立構想]]を生む原因となる。&amp;lt;/ref&amp;gt;。時代背景は、[[ソビエト連邦|ソ連]]が[[大陸間弾道ミサイル]]SS20を[[ヨーロッパ]]に配備して、それに対抗する形でアメリカは[[MGM-31 (ミサイル)# パーシング II|パーシングII]]を配備しようと計画しており、東西[[冷戦]]構造が一段と厳しさを増し、一触即発の事態にもなりかねない核の脅威の中で、西側の首脳達は厳しい外交の舵取りを行っていた。そんな中、アメリカの[[ロナルド・レーガン]]大統領は、[[アジア]]がまったく無防備であることを念頭において、日米共同宣言の中で「日米で価値観を一体にして防衛にあたる」とした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1981年5月、当時の首相である[[鈴木善幸]]は、初めて『[[シーレーン]]千海里防衛術』を公表するが、渡米の帰りの機中で「[[日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約|日米安保条約]]には軍事的協力は含まれない」と発言し、帰国後には「日米同盟に軍事的側面はない」と語って、共同声明に対する不満を表明してしまい、アメリカの世論を怒らせた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして[[参議院]]本会議では、[[伊東正義]]外務大臣と日米同盟の解釈をめぐって対立し、伊東正義外務大臣が辞任するという前代未聞の事態にまで発展してしまう。これに武器技術供与の問題が重なる事となる。[[大村襄治]]防衛庁長官が[[ワシントンD.C.|ワシントン]]で[[キャスパー・ワインバーガー|ワインバーガー]][[アメリカ合衆国国防長官|国防長官]]と会談した際に、アメリカ側から武器技術供与は同盟国に対しては「[[武器輸出三原則]]」の枠外にしてほしいと頼まれていたのに、鈴木首相はこれに対応しなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
おまけに伊東正義外務大臣の後任である[[園田直]]が、[[大韓民国|韓国]]との関係まで損なう事件まで起こしてしまう。事の経緯は、韓国が、防衛および安全保障に絡み、5年間で60億ドルの[[ドル]]の政府[[借款]]要請したことに対して、園田は経済協力の切り離しを要求して40億ドル以下に削減、その上「資金をもらう方が出す方に向かって、びた一文安くすることはまかりならんと言うのは筋違いだ」というような発言をしてしまい、韓国の反発を招く。中曾根は総理になる前から、最初にこれらの問題を解決してしまおうと密かに計画する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1983年1月の訪米にあたって、直前に韓国を訪ね、急ぎ[[日朝関係史|日韓関係]]の修復を図り、アメリカが御執心だった[[防衛費]]の増加と対米武器技術供与の問題は、中曾根の判断で反対する[[大蔵省]]主計局と[[内閣法制局]]を押し切って問題を決着させた。これらの成果を手土産に、中曾根は首相になって初めての訪米の途についたのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
訪米中に中曾根が語ったとされる「日本は'''不沈空母'''である」「日米は運命共同体」発言、さらには三海峡（[[千島海峡|千島]]・[[津軽海峡|津軽]]・[[対馬海峡|対馬]]）封鎖発言により、アメリカとの信頼関係を取り戻し、[[ロナルド・レーガン]]大統領との間に個人的な親密関係（「ロン・ヤス」関係）を築くことにも成功して日米安全保障体制を強化した&amp;lt;ref&amp;gt;これ以後、日本国内閣総理大臣から、“アメリカ大統領と、名前で呼び合う親密な関係”を築く事が流行した。後任・竹下登の「ロン・ノブ」、ブッシュと小泉純一郎の「ジョージ・ジュン」など&amp;lt;/ref&amp;gt;。しかし、これは、米国への隷従と取るむきもあり、また、“ヤスはロンの使い走り”(Messenger boy)と批判されることもある。また、日米の通商、経済摩擦が深刻化したため、アメリカの[[貿易赤字]]に対処するために日本国民に輸入品の購入（特にアメリカ製品を最低100ドル分 当時の為替レートで1万3千円相当）を呼びかけるなど、アメリカの要求には素直に同じたりもした。この時の広告が「輸入品を買って、文化的な生活を送ろう」だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
マイナス面として、自民党内の講演で「アメリカの知的水準は非常に低い」と発言してしまい、アメリカ下院に中曾根非難決議案が提出される一幕もあったが、この決議は首相の陳謝により後に取り下げられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===== 不沈空母発言の真相 =====&lt;br /&gt;
[[ワシントン・ポスト]]の外交記者[[ドン・オーバードーファー]]の質問に「日本の防衛のコンセプトの中には海峡やシーレーンの防衛問題もあるが、基本は日本列島の上空をカバーしてソ連のバックファイアー爆撃機の侵入を許さないことだと考えている。バックファイアーの性能は強力であり、もしこれが有事の際に日本列島や太平洋上で威力を発揮すれば日米の防衛協力体勢はかなりの打撃を受けることを想定せざるを得ない。したがって、万一有事の際は、日本列島を敵性外国航空機の侵入を許さないように周辺に高い壁を持った船のようにする」と答えたものを通訳が「unsinkable aircraft carrier」つまり「不沈空母」と意訳したのだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
後日オーバードーファーから、中曾根の[[秘書官]]に電話が入り、録音テープを調べなおしたが「不沈空母」なる言葉がなかったので、正確な内容をもういちど記載すると言ってきたが、中曾根は即座に訂正の必要はない、と答えさせた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===== ウィリアムズバーグ・サミット =====&lt;br /&gt;
[[Image:G-7 Summit 1983.jpg|thumb|220px|[[1983年]]、アメリカ[[バージニア州]][[ウィリアムズバーグ (バージニア州)|ウィリアムズバーグ]]での[[先進国首脳会議]]にて（右から3人目）]]&lt;br /&gt;
中曾根は、1983年5月に開かれたウィリアムズバーグ・サミットに出席している。議題の中心は、ソ連がヨーロッパで中距離核ミサイルSS20を展開したことに対し、アメリカがパーシングIIクルーズ・ミサイルを配備すべきか否か、であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが、前向きな姿勢なのは、アメリカのレーガン大統領とイギリスの[[マーガレット・サッチャー|サッチャー]]首相のみで、[[フランス]]の[[フランソワ・ミッテラン|ミッテラン]]大統領、[[西ドイツ]]の[[ヘルムート・コール|コール]]首相、[[カナダ]]の[[ピエール・トルドー|トルドー]]首相などは消極的な姿勢をとり、会議はいまにも決裂しそうな気配を見せていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そうした状況の中、中曾根は敢然と発言する。「日本は[[北大西洋条約機構|NATO]]の同盟国でもないし、[[平和憲法]]と[[非核三原則]]を掲げているから、従来の方針では、こういう時は沈黙すべきである。しかし、ここで西側の結束の強さを示してソ連を交渉の場に引きずり出すためにあえて賛成する。決裂して利益を得るのはソ連だけだ。大切なのは、われわれの団結の強さを示す事であり、ソ連がSS20を撤去しなければ、予定通り12月までにパーシングIIを展開して一歩も引かないという姿勢を示す事だ。私が日本に帰れば、日本は何時からNATOに加入したのか、[[集団的自衛権]]を認めることに豹変したのかと厳しく攻撃されるだろう。しかし、私は断言したい。いまや、安全保障は世界的規模かつ東西不可分である。日本は、従来、この種の討議には沈黙してきた。しかし、わたしはあえて平和のために政治的危機を賭して、日本の従来の枠から前進させたい。ミッテラン大統領も私の立場と真情を理解し同調して欲しい」これを聞いたみなは沈黙してしまったが、間髪入れずにレーガン大統領が阿吽の呼吸で「とにかく声明の案文を作ってみる」と提案して机上のベルを押すと、すぐさま[[ジョージ・シュルツ|シュルツ]][[ アメリカ合衆国国務長官|国務長官]]がレーガンの元に飛んできて、案文の作成を命じられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、政治声明は、ソ連との間で[[INF]]（中距離核戦力）削減交渉が合意に達しない場合は1983年末までに西ヨーロッパにパーシングIIを配備する、また、そのために、サミット構成国、[[欧州共同体|EC]]に不退転の決意があることが謳われ、経済宣告も当然採択され、[[インフレーション|インフレ]]なき成長の為の十項目からなる共同指針が示されたのだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===== クレムリンの機密文書 =====&lt;br /&gt;
ソ連が崩壊し、[[クレムリン]]の機密文書が出て来た際、ウィリアムズバーグ・サミット直後の1983年5月31日に開かれたソ連指導部の政治局秘密会議での速記録には、ショックの大きさが色濃く反映された記述があり、当時の[[アンドレイ・グロムイコ|グロムイコ]]外相は「領土問題などで、日本に対し多少融和的に出る必要がある」と主張しており、[[ユーリ・アンドロポフ|アンドロポフ]]書記長も「日本との関係で何らかに妥協を図らねばならない。たとえば、戦略的意味を持たない小さな島々の共同開発はどうか」などと発言した記録があった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このソ連政治局の対日政策の再検討発言は、ウィリアムズバーグ・サミットでの中曾根の発言が、ソ連に深刻な打撃を与えたことを物語っていると言えよう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===== 日中関係 =====&lt;br /&gt;
以前より総理大臣の[[靖国神社]]参拝は恒例であったのだが、中曾根内閣の際に[[靖国神社参拝問題]]が持ち上がり、また日米同盟と防衛力の強化につとめたので反中派であったかのような印象もある。この問題が対中関係として際立った印象を与えているのは、中曾根が首相として初めて8月15日に公式参拝をしたこと（8月15日に公式参拝をしたのは中曾根だけである。小泉純一郎は首相在任中の2006年8月15日に参拝しているが、公私の別を明らかにしていない）当時[[中国共産党]]指導部の[[胡耀邦]]総書記ら[[親日]]傾向を持つグループとその反対勢力との権力争いがあり、その中で靖国参拝が問題として浮上、中華人民共和国からの抗議が激しくなっただけであるという見方もある。自身の著書の中で中曾根は「親日派の立場が悪くなることを懸念し靖国参拝を中止した」としており、このことからも在任当時反中派であったとは言い難い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また中曾根内閣当時、[[中華人民共和国]]の[[鄧小平]]は、主敵は[[ソビエト連邦]]であるとし、日米同盟や日本の防衛力整備を歓迎するコメントすら出してもいた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[角福戦争|角福対立]]時代には一貫して[[日中国交正常化|日中国交回復]]支持の立場をとっていることから、中曾根の姿勢は反中的でも一方的な対中追従でもなく、中華人民共和国を親日化することが目的であったと言える。いわゆる「21世紀委員会」の設立、中華人民共和国からの[[留学生]]の多数受け入れと日本人青年の中国訪問事業もその一環だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 民営化推進 ====&lt;br /&gt;
中曾根内閣は戦後の自民党で最も[[新保守主義]]・[[新自由主義]]色が濃い内閣であった。[[日本専売公社]]、[[日本国有鉄道]]および[[日本電信電話公社]]の[[三公社五現業|三公社]]を[[民営化]]させる他、長年半官半民であった[[日本航空]]の完全民営化を推進させた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
次第に国民からの支持も安定し、[[1986年]]（昭和61年）の衆参同日選挙（[[死んだふり解散]]）では300議席をこえる圧勝となり、その功により総裁任期が1年延長された。また、経済政策ではアメリカの[[貿易赤字]]解消のため[[プラザ合意]]による円高ドル安政策をとり、これが結果的に日本を[[バブル経済]]に突入させたこともあり、批判の声も少なくない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 退任 ====&lt;br /&gt;
[[ファイル:Takeshita Noboru 1-1.jpg|thumb|150px|竹下登]]&lt;br /&gt;
同日選大勝後の中曽根にとって最悪の状態となった。[[藤尾正行]]文部大臣が中曽根の自虐史観転換を批判する発言を雑誌に行い罷免され、中曽根自身も「黒人は知的水準が低い。」「日本は[[単一民族]]。」「女の子が書いた事だから。」等の失言が問題化しさらに選挙中に「導入しない」と宣言していた売上税を導入しようとしたことから「公約違反」と追及されて[[支持率]]が一時的に急落。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1987年]]（昭和62年）4月の統一地方選を敗北し翌月に売上税は撤回を表明することになるが、選挙の敗北から18日後に行われた日米首脳会談でも準国賓待遇とは裏腹に下院本会議は貿易相手国に黒字減らしを強要する包括貿易法案を290対137の大差で可決した。&lt;br /&gt;
さらに、内需拡大と公定歩合の引き下げによる[[ドル]]支えを露骨に強要した。このため[[NBC]]は「中曽根首相は『特別なあいさつ』を受けた」と皮肉っている。しかし、夏を越すと支持率が復活し、同年11月に余力を持ったまま退任する。[[安竹宮|ニューリーダー]]と呼ばれた[[竹下登]]、[[安倍晋太郎]]、[[宮澤喜一|宮沢喜一]]のうちから事実上の後継者指名権を得て竹下を後継に指名（[[中曽根裁定]]）した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中曾根自身の回顧によれば、後継候補に必要な条件として、自身が断念した売上税（消費税）の導入について党内をまとめられる人物、当時容態が悪化していた[[昭和天皇]]の不慮に備え、「[[大喪の礼]]」を滞りなく行える人物、の2件があり、竹下がもっともふさわしいと判断したという。首相在任1806日は歴代6位（戦後4位）、中曾根内閣は3次4年11ヶ月に及ぶ20世紀最後の長期政権となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 「印象に残る存在」 ====&lt;br /&gt;
長期政権を務め（ちなみに彼と[[小泉純一郎]]を除く近年の首相はことごとく自由民主党総裁の任期を満了できずに退任している）、前述後述される様々な要因によって強い印象を与えたため、国民の間における知名度は極めて高く、また親しまれ、在職当時は[[アニメーション映画|アニメ映画]]『[[ゲゲゲの鬼太郎 激突!!異次元妖怪の大反乱]]』に、名前こそ出なかったものの顔がそっくりなキャラクター「首相」が登場したりなどした。ちなみにこの人物も防衛費GNP1%枠内での自衛隊維持を政策として実行していたことが、劇中での側近の台詞によって明かされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1990年代]]後期になってなお、中央の情勢に疎い田舎の住民から現役の総理大臣として健在であると誤解されている冗談があり（当時の[[バラエティ番組]]に出演し上京した田舎の青年が首相官邸を見て『あそこに中曽根総理がいるんですかね』と発言し、ツッコミを入れられる一幕があった）、知名度と印象度、存在感の高さがうかがえる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、陸上自衛隊の駐屯地へ視察（1泊し隊内生活している隊員と一晩を共にする）した際には、トイレットペーパーを自費で購入している話や事務仕事に使用する筆記具などを自腹で購入している話を聞き、それらを公費で購入するよう関係各署へ働きかけをし、自衛隊員の生活面を向上させた功績がある。そのため、当時の隊員が今でも若手にその話を聞かせるなど印象に残っている存在でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方でレーガン大統領との緊密さを「ロン・ヤス」関係として国民に強い印象を与えたが、そのコミットの実質は「岸・アイゼンハワー」の関係とは比較にならないとの評価もなされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 退任後 ===&lt;br /&gt;
[[1989年]]には[[リクルート事件]]が直撃。野党は予算審議と引き換えに中曾根の証人喚問を要求したが中曾根はこれを拒否し、竹下政権は竹下自身の不始末も手伝って瓦解した。その後、[[リクルート事件]]の責任を取って党を離れるものの復党し1994年の首班指名選挙では[[村山富市]]首班に反発し[[小沢一郎]]とともに[[海部俊樹]]を担ぐが失敗するも党からは貢献度を重視し不処分であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[鳩山由紀夫]]が旧民主党を創設した際には「政治は[[友愛]]だの何だのと綺麗ごとを言うが中身がなく薄っぺらい。ソフトクリームのようにすぐ解けてしまうだろう。」と酷評しこれが流行語候補になる等話題を集めた。自身は[[薩長連合]]になぞらえて[[保保連合]]を一貫として主張した。[[1996年]]（平成8年）には[[小選挙区比例代表並立制]]導入の際、[[小選挙区制|小選挙区]]での出馬を他の候補に譲る代わりに[[比例代表制|比例区]]での終身一位の保証を受ける。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1997年]]（平成9年）、[[叙勲]]。[[大勲位菊花大綬章]]受章。同年、[[第2次橋本内閣改造内閣]]で腹心の[[佐藤孝行]]の入閣を希望したが、結果佐藤は短期間で辞任に追い込まれ、橋本内閣も支持率急低下で大打撃を受けた。[[政策科学研究所|中曽根派]]が[[山崎拓]]率いる[[近未来政治研究会]]と分裂した後[[1999年]]、[[亀井静香]]、[[平沼赳夫]]率いる亀井派と合併し[[志帥会]]となり、最高顧問に就任。[[竹下登]]、[[宮澤喜一]]とともに本会議場の通称長老席と呼ばれる最後尾に陣取り三人が居眠りをしている写真が老害の象徴として週刊誌や夕刊紙に取り上げられる事もあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 政界引退後 ===&lt;br /&gt;
[[2003年]]自由民主党の比例区における73歳の定年制導入により、[[第43回衆議院議員選挙|2003年の総選挙]]では、自民党の比例区からの出馬が出来ず、立候補を断念し引退した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中曾根は[[中選挙区制]]から[[小選挙区制]]への移行に際し、比例北関東終身1位を約束されていた。しかし「特例をもうけていいのか」と全国の県連などから批判があがり（群馬県連でも世代交代を求める声があった）、[[小泉純一郎]]総裁は中曾根と[[宮澤喜一|宮沢喜一]]の両長老に引退を勧告した。一度、党執行部が約束したことを、小泉総裁が一方的に破棄して中曾根に引退勧告したことは、一部で「きわめて非礼なものである」との批判も呼び、中曾根は「政治的テロだ」と強く反発した（詳細は[[上州戦争]]を参照）。なお、中曾根は宮沢とともに、[[第42回衆議院議員総選挙]]では、特例により比例区定年制対象外となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現在は[[砂防会館]]内に個人事務所を設け各種政治活動を行う他、財団法人[[世界平和研究所]]の会長も務める。同研究所では中曽根康弘賞を創設し、世界の平和・安全保障に期す研究業績を表彰している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2005年]][[10月28日]]、党新憲法起草委員会が新憲法草案を発表した。中曾根が前文小委員長として前文をまとめたが、発表された草案では内容が変更されていた（中曽根原文はより大幅に簡略化された内容となる）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2007年]][[3月23日]]午後（[[ブルームバーグ]]）における[[日本外国特派員協会]]での記者会見で、[[慰安婦]]問題について質問され、「日本軍による慰安婦の[[強制連行|強制動員]]事件について、個人的に知っていることは何もない。新聞で読んだことがすべてだ」と語った。また、自身の回顧録で海軍将校だった時にボルネオ島で設営したと書かれている「[[慰安所]]」とは兵隊相手の慰安婦による[[売春]]が行われていたものではないかとの質問には「徴用した工員たちのための娯楽施設を設営した」、「慰安所は軍人らが[[囲碁|碁]]を打つなど、休憩所の目的で設置した」と説明した&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.bloomberg.com/apps/news?pid=90003011&amp;amp;sid=auVti5ZLiSxw&amp;amp;refer=jp_asia%3Cbr%20/%3E 旧海軍時代に慰安所つくった記憶ない]（[http://www.bloomberg.co.jp/ Bloomberg.co.jp]）&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.chosunonline.com/article/20070324000010 慰安婦:中曽根元首相、強制動員を否認]（Chosun Online 『[[朝鮮日報]]』）&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;自著『二十三歳で三千人の総指揮官』、関連書『終わりなき海軍』松浦敬紀著、『いま明かす戦後秘史に詳しい』[[鹿内信隆]]著)&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2008年]][[9月3日]]付の読売新聞朝刊に、9月1日に辞任会見を行った[[福田康夫]]に関する文章を寄稿。文中で「我々先輩の政治家から見ると、2世、3世は図太さがなく、根性が弱い。何となく根っこに不敵なものが欠けている感じがする」と述べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年[[12月7日]]には自宅で転倒し右肩を骨折して入院したが順調に快復し、[[2009年]][[3月7日]]に開かれた鳩山一郎没後50年の会合でも演説するなど活動を続けている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 大連立構想を仲介 ====&lt;br /&gt;
{{Main|大連立構想 (日本 2007)}}&lt;br /&gt;
自民党と民主党の大連立を裏で仲介していたと報道されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ライフワーク ===&lt;br /&gt;
「自主憲法制定」をライフワークとしており、防衛力増強や「[[国鉄労働組合|国労]]つぶし」など革命指向の労働運動への敵対に力を入れたことから、長く左派・中道派や「護憲派」などからは[[右派]]、[[改憲]]派の頭目として批判を受けてきた。しかし、小泉総裁との関係が悪化した事から、自民党は新憲法起草委員会で前文小委員長であった中曾根が作成した憲法前文の試案を使用せず、中曾根は身内であった自民党によって[[憲法改正論議]]の蚊帳の外へ追い出された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 政治姿勢 ==&lt;br /&gt;
=== 憲法改正 ===&lt;br /&gt;
* 前述のように[[改憲]]をライフワークとしている。現在は[[新憲法制定議員同盟]]会長を務めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 核武装 ===&lt;br /&gt;
*日米同盟が破棄された時に備えて日本は[[核武装]]の準備をするべきと主張している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 小泉内閣への評価 ===&lt;br /&gt;
* 小泉内閣の最大の功績として「[[アフガニスタン]]、[[イラク]]での国際貢献を目的とした[[自衛隊]]の海外派遣」を挙げる。&lt;br /&gt;
* 最大の失政として「憲政の常道に反し、[[参議院]]で否決された郵政民営化法案を成立させようと[[衆議院]]を解散したこと」を指摘。&lt;br /&gt;
* 「小泉内閣は、私がやったような政治の本道―たとえば財政とか行革とか、教育―ではなくて、道路と郵政をやっただけだ。どちらかと言えばはじっこのことだ。それを劇場政治として面白くやったんだな。俺に言わせれば印象派の政治だ（笑）。」と発言。（[[R25]]ロングインタビューVol.202）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 保守意識 ===&lt;br /&gt;
* [[保守本流]]が、吉田自由党系の[[池田派]][[佐藤派]]の系列を指すのが通常で、佐藤派保利系と合同した[[福田派]]まで含めることまではあっても、通常[[中曽根派]]は含まれない。[[三木派]]と並んで傍流扱いされることに反発していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 戦後政治の生き証人 ===&lt;br /&gt;
[[松村謙三]]から「緋縅の鎧を着けた若武者」と賞賛された新人議員時代や、いち早く一派を率いた時代から平成の世まで保守政界の一方の核にあった。保守合同以前は野党、自民党においても反主流時代が長く、保守本流の嫡流とも言える宮澤喜一とは別の意味で、国会や内閣、派閥取引の裏事情を知る生き証人として知られ、本人も長い政治生活を背景とした過去との比較などの発言を度々行う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
とりわけ、[[保守合同]]の立役者であり、自民党史上最高の軍師として鳴る三木武吉を比喩として使い、その時代の参謀型・調整型政治家を持ち上げる手段としていた。鈴木内閣時の金丸信に対しては、「三木武吉以来の人材だ!」とおだて上げ、[[加藤の乱]]鎮圧後の[[野中広務]]には、「三木武吉を超えましたなあ」と褒め上げている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 交友関係 ==&lt;br /&gt;
[[Image:Mulroney Thatcher and Gorbachev at Reagan's funeral.jpg|thumb|220px|[[ロナルド・レーガン]]の葬儀にて[[ミハイル・ゴルバチョフ]]、[[マーガレット・サッチャー]]、[[ブライアン・マルルーニー]]らと中曾根康弘]]&lt;br /&gt;
; [[ロナルド・レーガン]]&lt;br /&gt;
: レーガンとは互いに「ロン」「ヤス」と呼び合うほどの親密な仲を築き、自著の中でも「たぐい稀な人間的魅力」と評している。&lt;br /&gt;
: 1983年1月16日、中曾根がブッシュ副大統領の晩餐会に招待された席上での事、「今回の渡米に同行している次女の美恵子は、小学生だった11歳の時、[[インディアナ州]][[ミシガンシティ (インディアナ州)|ミシガンシティ]]のモルト・ウィンスキー氏のお宅にホームスティしたのです。高校時代には互いに1年間、交換留学させました。ウィンスキー家とは20年近い交流が続いてます。今回の渡米に際しても、一家をあげてわざわざワシントンまで駆けつけてくれて、一同抱き合って再会を喜び合ったばかりです。かつて11歳の娘の美恵子をアメリカに送り出すとき、家内と『いつか総理大臣なって渡米する時が来たら、その時は美恵子が通訳をやってくれるといいなあ』と夢見たものですが、その後20数年、政治家として家族とともに幾山河を越え風雪に耐えて、ここワシントンを訪れ、それが今、現実になって感無量です。国と国との関係も、ウィンスキー家と私の家とのように友情と信頼で築き上げたい」この話の途中で中曾根は感情がこみあげ言葉を詰まらせてしまう。これを聞いていたブッシュ副大統領、シュルツ国務長官、ワインバーガー国防長官、ブロック通商部代表、ボールドリッジ商務長官など、並んでいた閣僚がハンカチを取り出して目頭を押さえる一幕があった。翌朝シュルツ国務長官から前夜の話を聞いたレーガン夫妻も目に涙を浮かべたという。&lt;br /&gt;
: 1983年1月17日、ワシントンポスト紙の社主だったキャサリン・グラハム女史の朝食会に招かれ、その席上で「日本は不沈空母である」「日米は運命共同体である」と発言したと、ワシントン・ポストは大きく取り上げた。この会食の翌日にレーガンがホワイトハウスの私的な住居で朝食に招き、その時レーガンから「今後はお互いファーストネームで呼び合おう」と言われたという。&lt;br /&gt;
: [[キッシンジャー]]は「もし政治が可能性の芸術であるならば、レーガンは掛け値なしに一流の芸術家」と発言し、中曾根もこれに同意している。&lt;br /&gt;
; [[マーガレット・サッチャー]]&lt;br /&gt;
: 大英帝国伝統の血を引いた現代宰相で卓抜な能力を備え、強気ながらも一方で女性らしい非常にきめ細やかな繊細さを持っていると中曾根は評した&amp;lt;ref&amp;gt;サッチャーの愛国心はかなりのもので、トルコのダーダネルス海峡に架ける橋の工事を日本企業が請け負った際には、サミットの開会前に中曾根の元に来て、英国の勢力圏の仕事を日本が持っていくのはひどいと抗議している。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
; [[竹村健一]]&lt;br /&gt;
: 中曾根は竹村を畏友と評し、竹村とは中曾根がまだ、総理・総裁候補だった頃からの付き合い。その当時から「体の中に国家を持っている」政治家として、竹村は中曾根を敬愛し続けているという。「竹村会」という勉強会の一月の全国大会では、毎年中曾根が基調講演を行っている。&lt;br /&gt;
; [[渡邉恒雄]]&lt;br /&gt;
: [[読売新聞]]会長の[[渡邉恒雄]]とは盟友関係にあり、[[小泉純一郎]]の推し進めた[[郵政民営化]]や[[靖国神社]]参拝などには異議を唱えた。&lt;br /&gt;
; [[田中角栄]]&lt;br /&gt;
: 永遠の競争相手として認めており、代議士会では論戦に明け暮れた仲。同じ1918年5月生まれでもある。&lt;br /&gt;
; [[胡耀邦]]&lt;br /&gt;
: 『三国志演義』の登場人物のようで、英雄的要素を持ち、度量も視野も広かったと評し、兄弟のような付き合いをした仲だという。&lt;br /&gt;
: 1984年9月、「日中友好二十一世紀委員会」が発足。これは胡耀邦と中曾根が「これからの日中関係は、外交辞令ではなく、本音で話し合えるチャンネルを作っておく必要がある」という意図の元に作られたという。&lt;br /&gt;
; [[全斗煥]]&lt;br /&gt;
: 中曽根首相の就任から間髪を入れない訪韓は、教科書問題が沸騰した直後にという微妙な時期であったが、晩さん会での[[韓国語]]でのスピーチや全大統領のカラオケで韓国語の歌を披露するといったパフォーマンスも奏功してか、学生など少数の左翼過激派を除く韓国人一般に好意的に受け止められた。日韓関係はその後、紆余曲折を経ることとなり、全大統領も部下だった[[盧泰愚]]が大統領となるや政治力を奪われ、[[金泳三]]政権のもとで冷遇された。そうしたなかで中曽根氏が、全氏の来日の際には必ず付き添うなど、過去の盟友に対しての一貫した友情は植民地支配も経験した保守的な韓国人高齢者の間でも好意的に受け止められている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 宗教関連 ==&lt;br /&gt;
; [[キリスト教]]&lt;br /&gt;
: 中曽根はTV番組に出演した際、「[[軍隊]]に入った際にも[[聖書]]を持っていった」と述べている。&lt;br /&gt;
; [[禅]]&lt;br /&gt;
: 中曾根は自著において宗教観を語っており、どの宗教も心の底から信じられないとするが、座禅だけは好んで行っている。また雑誌の読書特集のインタビューで[[道元]]『[[正法眼蔵]]』を座右の書としていると語った。&lt;br /&gt;
; [[世界基督教統一神霊協会]]&lt;br /&gt;
: 世界基督教統一神霊協会（統一教会）・[[国際勝共連合]]との関係について以下の指摘がある。&lt;br /&gt;
: [[1992年]]3月、[[出入国管理及び難民認定法]]の規定で日本に入国できなかった統一教会の教祖、[[文鮮明]]が特例措置で14年ぶりに日本に入国した際、文鮮明と会談した。&lt;br /&gt;
: [[1992年]]9月、[http://www.chojin.com/history/30000.htm 統一教会発行「中和新聞」]によると、[[桜田淳子]]や[[山崎浩子]]が参加したことで注目を浴びた[[1992年]]の統一教会の[[合同結婚式]]に中曾根は元総理の名で祝辞を送ったとされている。&lt;br /&gt;
: [[1994年]]8月 勝共連合の幹部の誘いで文鮮明の側近である朴普煕（パク・ポーヒー）と会談。[[1991年]]の文鮮明と[[金日成]]の会談の報告を受ける。[[金丸信]]が（「[[東京佐川急便事件]]」で）失脚したので、[[朝鮮民主主義人民共和国|北朝鮮]]と日本を結ぶパイプ役をお願いしたとされる。&lt;br /&gt;
: 2006年3月21日、[[千葉県]]の[[幕張メッセ]]で開催された統一教会系列の「[[天宙平和連合]] (UPF)日本大会」にその活動趣旨に深い理解を示し、祝電を送ったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 渾名 ==&lt;br /&gt;
* 「政界の[[風見鶏]]」&lt;br /&gt;
* 「緋縅の鎧を着けた若武者」&lt;br /&gt;
* 「[[青年]][[将校]]」&lt;br /&gt;
* 「中曽根[[大勲位]]」&lt;br /&gt;
* 「ヤス」（ロン・ヤスとして、ロナルド・レーガンと並べて呼称される）&lt;br /&gt;
* 「日本の[[マーガレット・サッチャー|サッチャー]]」&lt;br /&gt;
* 「ヤストラダムス」&amp;lt;ref&amp;gt;[[報道2001]]において、中曾根が語る先見性を予言者[[ノストラダムス]]に見立てて名づけられた。&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 栄典 ==&lt;br /&gt;
[[位階]][[勲等]]は[[平成9年]]4月29日に[[大勲位菊花大綬章]]を授かっている。その他の[[栄典]]として従六位、[[フランス]][[レジオン・ドヌール勲章]]、ドイツ共和国[[功績勲章大十字章]]受章。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[大日本帝国海軍|海軍]]、[[警視庁]]時代の最終[[階級]]は[[少佐|海軍主計少佐]]、[[警視]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[称号]]は[[名誉博士]]（[[ルイ・パスツール大学]]と[[高麗大学]] また[[タマサート大学]]からは政治学）。その他、受けた[[表彰]]としては国会議員在職50年表彰などがある&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 家族・親族 ==&lt;br /&gt;
; 自家&lt;br /&gt;
* 妻 蔦子（元[[明治大学]][[教授]][[小林儀一郎]]三女）&lt;br /&gt;
* 長男 [[中曾根弘文|弘文]]（政治家・外務大臣（麻生内閣））&lt;br /&gt;
* 長女 美智子（元明治大学専務理事[[双川喜一]]の孫で弁護士[[双川喜文]]の長男・文吾に嫁する） - [[孫]]（長女・美智子と双川文吾の息子）の[[双川正文]]は中曾根の縁で[[フジテレビジョン|フジテレビ]]に入社し、現在は[[バラエティ番組|バラエティ]]制作センター勤務の[[サラリーマン]]である。&lt;br /&gt;
* 二女 [[中曾根美恵子|美恵子]]（元[[日本放送協会|NHKアナウンサー]]、元[[大阪商船]]取締役[[渥美育郎]]の孫で元[[鹿島建設]]（鹿島）名誉会長[[渥美健夫]]の長男直紀に嫁する） - [[1973年]]入局 同期アナに[[宮本隆治]]、[[大塚範一]]&amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
; 他家&lt;br /&gt;
* [[姪]] 光子（元[[東京大学]]教授[[平山信]]の孫である[[川上冽]]に嫁する）、八重子（元[[大昭和製紙]]（現・[[日本製紙]]）[[名誉会長]][[斉藤了英]]の三男[[斉藤知三郎|知三郎]]に嫁する）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 系譜 ===&lt;br /&gt;
; 中曾根家&lt;br /&gt;
&amp;lt;pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　三井高長━━━━博子&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　┏豊田章一郎&lt;br /&gt;
　　　　　　　　豊田喜一郎━━┫&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　┗和可子&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　┏斉藤滋与史　　┏斉藤公紀&lt;br /&gt;
　　　　　　　　斉藤知一郎━┫　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　┗斉藤了英━━━╋斉藤斗志二&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┗斉藤知三郎&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃　　　　　　　　　&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┏八重子　&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　(1)　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　┏中曾根吉太郎　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　┃　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　┗中曾根康弘━━━┫&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃　&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃　　　　　　　&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┗光子&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　川上寿一　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　┃　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　┣━━━━━━川上冽　&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　平山信━━━━千枝&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　(1)&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　┏中曾根吉太郎&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　┃　　　　　　　┏中曾根弘文&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　┃　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　中曾根松五郎━┫　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　┃　　　　　　　┃双川文吾&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　┃　　　　　　　┃　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　┗中曾根康弘　　┃　┣━恵吾・正文&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃　　　┃　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　┣━━━╋美智子&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　小林儀一郎━━━━蔦子　　　┃　　&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┗美恵子　&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　渥美育郎━━━━渥美健夫　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃　　┏渥美直紀&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┣━━┫&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃　　┗渥美雅也&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　┏伊都子&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　┃平泉渉&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　┃　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　鹿島守之助　　┣三枝子&lt;br /&gt;
　　　　　　鹿島精一　　┃　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　┃　　　┣━━━━┫石川六郎&lt;br /&gt;
　　　　　　　　┃　　　┃　　　　┃　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　┣━━卯女　　　　┣よし子&lt;br /&gt;
　　　　　　　　┃　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　┃　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
鹿島岩蔵━━━いと　　　　　　　　┗鹿島昭一&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　┏公子&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　梁瀬次郎━━━━┫&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　┗弘子&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　稲山嘉寛━━━━稲山孝英&lt;br /&gt;
&amp;lt;/pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 主な著作 ==&lt;br /&gt;
=== 著書 ===&lt;br /&gt;
* 『青年の理想』（[[一洋社]], [[1947年]]）&lt;br /&gt;
* 『日本の主張』（[[経済往来社]], [[1954年]]）&lt;br /&gt;
* 『南極』（[[弘文堂]], [[1963年]]）&lt;br /&gt;
* 『日本のフロンティア』（[[恒文社]], [[1966年]]）&lt;br /&gt;
* 『新しい保守の論理』（[[講談社]],[[ 1978年]]）&lt;br /&gt;
* 『心のふれあう都市-21世紀への提言-』（[[サンケイ出版]], [[1980年]]）&lt;br /&gt;
* 『政治と人生-中曽根康弘回顧録-』（講談社, [[1992年]]）&lt;br /&gt;
* 『天地有情-五十年の戦後政治を語る-』（[[文藝春秋]], [[1996年]]）&lt;br /&gt;
* 『二十一世紀日本の国家戦略』（[[PHP研究所]], [[2000年]]）&lt;br /&gt;
* 『自省録-歴史法廷の被告として-』（[[新潮社]],[[ 2004年]]）&lt;br /&gt;
* 『日本の総理学』（PHP研究所[PHP新書], 2004年 ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 共著 ===&lt;br /&gt;
* （[[竹村健一]]編）『内閣総理大臣中曽根康弘、防衛・憲法を語る-亡国の非武装中立論を撃つ-』（[[山手書房]], 1984年）&lt;br /&gt;
* （[[佐藤誠三郎]]・[[村上泰亮]]・[[西部邁]]）『共同研究「冷戦以後」』（文藝春秋, 1992年）&lt;br /&gt;
* （[[宮澤喜一|宮沢喜一]]）『対論改憲・護憲』（[[朝日新聞社]], 1997年/朝日文庫, 2000年「憲法大論争 改憲vs.護憲」に改題）&lt;br /&gt;
* （[[石原慎太郎]]）『永遠なれ、日本-元総理と都知事の語り合い-』（PHP研究所, 2001年/PHP文庫, 2003年）&lt;br /&gt;
* （[[竹村健一]]）『命の限り蝉しぐれ-日本政治に戦略的展開を-』([[徳間書店]],2003年)&lt;br /&gt;
* （[[木下義昭]]編）『戦後60年日本の針路を問う-世界日報30年の視点-』（[[世界日報 (日本) |世界日報社]], 2005年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
* 編者 - 週刊ブックス特別取材班『&amp;lt;small&amp;gt;新総理&amp;lt;/small&amp;gt; 中曾根康弘の研究』 1982年&lt;br /&gt;
* [[早川隆]] 『日本の上流社会と閨閥』 [[角川書店]] 1983年 149-152頁&lt;br /&gt;
* [[広瀬隆]] 『私物国家 &amp;lt;small&amp;gt;日本の黒幕の系図&amp;lt;/small&amp;gt;』 2000年 156、172、190、210、342頁&lt;br /&gt;
* [[神一行]] 『閨閥 &amp;lt;small&amp;gt;特権階級の盛衰の系譜&amp;lt;/small&amp;gt;』 角川書店 2002年 166-180頁、290-291頁&lt;br /&gt;
* [[中曽根康弘]] 『天地有情』&lt;br /&gt;
* [[本澤二郎]] 『平成の妖怪中曽根康弘の大野望』&lt;br /&gt;
* 『中曽根康弘悪の構図』&lt;br /&gt;
*&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[内閣総理大臣の一覧]]&lt;br /&gt;
* [[自由民主党幹事長]]&lt;br /&gt;
* [[自由民主党総裁]]&lt;br /&gt;
* [[第1次中曽根内閣]]&lt;br /&gt;
* [[第2次中曽根内閣]]&lt;br /&gt;
* [[第2次中曽根内閣第1次改造内閣]]&lt;br /&gt;
* [[第2次中曽根内閣第2次改造内閣]]&lt;br /&gt;
* [[第3次中曽根内閣]]&lt;br /&gt;
* [[名誉議員]]&lt;br /&gt;
* [[政策科学研究所 (派閥)|政策科学研究所]]&lt;br /&gt;
* [[プラザ合意]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&amp;lt;div style=&amp;quot;float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[新保守主義]]&lt;br /&gt;
* [[キャンプ・デービッド]]&lt;br /&gt;
* [[日の出山荘]]&lt;br /&gt;
* [[国鉄分割民営化]]&lt;br /&gt;
* [[単一民族国家]]&lt;br /&gt;
* [[三角大福]]&lt;br /&gt;
* [[上州戦争]]&lt;br /&gt;
* [[二階堂擁立構想]]&lt;br /&gt;
* [[死んだふり解散]]&lt;br /&gt;
* [[鹿島建設]]&lt;br /&gt;
* [[大昭和製紙]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&amp;lt;br style=&amp;quot;clear: left;&amp;quot; /&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[総理大臣官邸]]：旧官邸からの建て替えを中曽根内閣で閣議決定&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連人物 ==&lt;br /&gt;
* [[渡邉恒雄]]&lt;br /&gt;
* [[三宅久之]]&lt;br /&gt;
* [[長嶋茂雄]] - 一時期中曾根は長嶋所有の家に住んでいた&lt;br /&gt;
* [[福本豊]] - 中曾根内閣からの[[国民栄誉賞]]の授与を断った&lt;br /&gt;
* [[石原慎太郎]] - 回顧録では批判しているがその後は共著がある&lt;br /&gt;
* [[斉藤了英]]&lt;br /&gt;
* [[小泉純一郎]]&lt;br /&gt;
* [[江藤隆美]]&lt;br /&gt;
* [[中尾栄一]]&lt;br /&gt;
* [[佐々淳行]]&lt;br /&gt;
* [[与謝野馨]] - 元秘書&lt;br /&gt;
* [[村上正邦]]&lt;br /&gt;
* [[五島昇]] - 東京急行電鉄元会長・社長。生前親交を深めており、東急グループ内の1社を譲渡している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
&amp;lt;div class=&amp;quot;references-small&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;references/&amp;gt;&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.yatchan.com 中曽根康弘公式ウェブサイト]&lt;br /&gt;
* [http://www.iips.org/j-index.html 財団法人世界平和研究所]&lt;br /&gt;
* [http://www5f.biglobe.ne.jp/~kokumin-shinbun/H13/1303/13030415kosen.html 関連記事]&lt;br /&gt;
* [http://www.takushoku-u.ac.jp 拓殖大学]&lt;br /&gt;
* [http://ehistory.korea.kr/pop/movie_pop.jsp?srcgbn=KV&amp;amp;mediaid=10378&amp;amp;mediadtl=22398&amp;amp;gbn=DH&amp;amp;quality=W 韓国訪問（1983年）]&lt;br /&gt;
* [http://ehistory.korea.kr/pop/movie_pop.jsp?srcgbn=KV&amp;amp;mediaid=2068&amp;amp;mediadtl=8941&amp;amp;gbn=DT&amp;amp;quality=W 韓国訪問（1987年）]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{start box}}&lt;br /&gt;
{{s-off}}&lt;br /&gt;
{{succession box&lt;br /&gt;
| title = {{Flagicon|日本}} [[内閣総理大臣]]&lt;br /&gt;
| before = [[鈴木善幸]]&lt;br /&gt;
| years = 第71・72・73代：1982年 - 1987年&lt;br /&gt;
| after = [[竹下登]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{succession box&lt;br /&gt;
| title = {{Flagicon|日本}} [[行政管理庁長官]]&lt;br /&gt;
| before = [[宇野宗佑]]&lt;br /&gt;
| years = 第45代 : 1980年 - 1982年&lt;br /&gt;
| after = [[斎藤邦吉]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{succession box&lt;br /&gt;
| title = {{Flagicon|日本}} [[通商産業大臣]]&lt;br /&gt;
| before = [[田中角榮]]&lt;br /&gt;
| years = 第34・35代 : 1972年 - 1974年&lt;br /&gt;
| after = [[河本敏夫]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{succession box&lt;br /&gt;
| title = {{Flagicon|日本}} [[科学技術庁長官]]&lt;br /&gt;
| before = [[高碕達之助]]&amp;lt;br/&amp;gt;[[荒木萬壽夫]]&lt;br /&gt;
| years = 第7代 : 1959年 - 1960年&amp;lt;br/&amp;gt;第25代 : 1972年&lt;br /&gt;
| after = [[木内四郎]]&amp;lt;br/&amp;gt;[[前田佳都男]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{succession box&lt;br /&gt;
| title = {{Flagicon|日本}} [[防衛庁長官]]&lt;br /&gt;
| before = [[有田喜一]]&lt;br /&gt;
| years = 第25代 : 1970年 - 1971年&lt;br /&gt;
| after = [[増原恵吉]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{succession box&lt;br /&gt;
| title = {{Flagicon|日本}} [[運輸大臣]]&lt;br /&gt;
| before = [[大橋武夫 (政治家)|大橋武夫]]&lt;br /&gt;
| years = 第41代 : 1967年 - 1968年&lt;br /&gt;
| after = [[原田憲]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{s-ppo}}&lt;br /&gt;
{{succession box&lt;br /&gt;
| title = [[自由民主党総裁]]&lt;br /&gt;
| before = [[鈴木善幸]]&lt;br /&gt;
| years = 第11代 : 1982年 - 1987年&lt;br /&gt;
| after = [[竹下登]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{succession box&lt;br /&gt;
| title = [[自由民主党幹事長]]&lt;br /&gt;
| before = [[二階堂進]]&lt;br /&gt;
| years = 第15代 : 1974年 - 1976年&lt;br /&gt;
| after = [[内田常雄]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{succession box&lt;br /&gt;
| title = [[自由民主党総務会長]]&lt;br /&gt;
| before = [[鈴木善幸]]&amp;lt;br/&amp;gt;[[江崎真澄]]&lt;br /&gt;
| years = 第16代 : 1971年 - 1972年&amp;lt;br/&amp;gt;第21代 : 1977年 - 1978年&lt;br /&gt;
| after = [[鈴木善幸]]&amp;lt;br/&amp;gt;[[倉石忠雄]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{succession box&lt;br /&gt;
| title = [[新政同志会|新政同志会会長]]&lt;br /&gt;
| before = 集団指導体制より移行&lt;br /&gt;
| years = 初代：1968年 - 1978年&lt;br /&gt;
| after = 改称&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{succession box&lt;br /&gt;
| title = [[政策科学研究所|政策科学研究所会長]]&lt;br /&gt;
| before = 改称&lt;br /&gt;
| years = 初代：1978年 - 1990年&lt;br /&gt;
| after = [[渡辺美智雄]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{s-aca}}&lt;br /&gt;
{{succession box&lt;br /&gt;
| title = [[拓殖大学|拓殖大学総長]]&lt;br /&gt;
| before = [[安東義良]]&lt;br /&gt;
| years = 第12代 : 1967年 - 1971年&lt;br /&gt;
| after = [[豊田悌助]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{end box}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{日本国歴代内閣総理大臣&lt;br /&gt;
|当代=[[第1次中曽根内閣|71]]・[[第2次中曽根内閣|72]]・[[第3次中曽根内閣|73]]&lt;br /&gt;
|在任期間=1982年 - 1987年&lt;br /&gt;
|前代=70&lt;br /&gt;
|前首相名=鈴木善幸&lt;br /&gt;
|次代=74&lt;br /&gt;
|次首相名=竹下登}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{経済産業大臣}}&lt;br /&gt;
{{防衛大臣}}&lt;br /&gt;
{{国土交通大臣}}&lt;br /&gt;
{{文部科学大臣}}&lt;br /&gt;
{{自民幹事長}}&lt;br /&gt;
{{自民総務会長}}&lt;br /&gt;
{{冷戦}}&lt;br /&gt;
{{自由民主党 (日本)}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:なかそね やすひろ}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の内閣総理大臣]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の閣僚経験者]]&lt;br /&gt;
[[Category:衆議院議員]]&lt;br /&gt;
[[Category:自由民主党の国会議員]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の海軍軍人]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の内務官僚]]&lt;br /&gt;
[[Category:官僚出身の国会議員]]&lt;br /&gt;
[[Category:群馬県の政治家]]&lt;br /&gt;
[[Category:冷戦に関わった人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:学校法人の理事長]]&lt;br /&gt;
[[Category:1918年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:2019年没]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Tamac777</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=1935%E5%B9%B4&amp;diff=395956</id>
		<title>1935年</title>
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				<updated>2021-12-28T13:36:17Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Tamac777: /* 8月 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{yearbox|&lt;br /&gt;
 前世紀=19 |&lt;br /&gt;
 世紀=20 |&lt;br /&gt;
 次世紀=21 |&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 前10年紀2=1910 |&lt;br /&gt;
 前10年紀1=1920 |&lt;br /&gt;
 10年紀=1930 |&lt;br /&gt;
 次10年紀1=1940 |&lt;br /&gt;
 次10年紀2=1950 |&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 3年前=1932 |&lt;br /&gt;
 2年前=1933 |&lt;br /&gt;
 1年前=1934 |&lt;br /&gt;
 年=1935 |&lt;br /&gt;
 1年後=1936 |&lt;br /&gt;
 2年後=1937 |&lt;br /&gt;
 3年後=1938 |&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{YearInTopicBefore2003}}&lt;br /&gt;
{{year-definition|1935}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 他の紀年法 ==&lt;br /&gt;
* [[干支]]：[[乙亥]]&lt;br /&gt;
* [[日本]]（月日は一致）&lt;br /&gt;
** [[昭和]]10年&lt;br /&gt;
** [[皇紀]]2595年&lt;br /&gt;
* [[中国]]・[[満州]]（月日は一致）&lt;br /&gt;
** [[中華民国暦]]24年&lt;br /&gt;
** [[満州国]]・[[康徳]]2年&lt;br /&gt;
* [[朝鮮]]（月日は一致）&lt;br /&gt;
** [[檀君紀元|檀紀]]4268年&lt;br /&gt;
** [[主体暦|主体]]24年&lt;br /&gt;
* [[阮朝]]（[[ベトナム]]）&lt;br /&gt;
** [[保大 (阮朝)|保大]]9年11月26日 - 保大10年12月6日&lt;br /&gt;
* [[モンゴル人民共和国]]（月日は一致）&lt;br /&gt;
** [[共戴紀元|モンゴル人民共和国]]25年&lt;br /&gt;
* [[チベット]]&lt;br /&gt;
** 第16[[ラプチュン]][[木の豚の年]]&lt;br /&gt;
* [[仏滅紀元]]：2477年～2478年&lt;br /&gt;
* [[ヒジュラ暦|イスラム暦]]：1353年9月25日～1354年10月5日&lt;br /&gt;
*[[ユダヤ暦]]：5695年4月26日～5696年4月5日&lt;br /&gt;
* [[修正ユリウス日]](MJD)：27803～28167&lt;br /&gt;
* [[リリウス日]](LD)：128644～129008&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;font-size:smaller&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
※檀紀は、[[大韓民国]]で[[1948年]]に法的根拠を与えられたが、[[1962年]]からは公式な場では使用されていない。&amp;lt;br /&amp;gt;&lt;br /&gt;
※主体暦は、[[朝鮮民主主義人民共和国]]で[[1997年]]に制定された。&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== できごと == &lt;br /&gt;
*[[1月25日]] - [[宝塚大劇場]]焼失&lt;br /&gt;
* [[2月18日]] - [[貴族院]]で[[陸軍]][[中将]]・[[菊池武夫 (陸軍軍人)|菊池武夫]]が、[[美濃部達吉]]の[[天皇機関説]]を、反国体的と糾弾。&lt;br /&gt;
* [[2月28日]] - [[デュポン社]]の[[ウォーレス・カロザース]]が、ポリマー66（[[ナイロン]]）を開発。&lt;br /&gt;
* [[3月16日]] - [[アドルフ・ヒトラー]]が[[ヴェルサイユ条約]]を破棄し、[[ドイツ国 (1933年-1945年)|ナチス・ドイツ]]の再軍備を宣言。&lt;br /&gt;
* [[3月21日]] - [[ペルシア]]が[[国号]]を[[イラン]]に改称。 &lt;br /&gt;
* [[4月9日]] - 美濃部達吉が天皇機関説のため、[[不敬罪]]で[[告発]]される。「[[憲法概要]]」など著書5冊も、[[出版法]][[違反]]で[[発禁]]になる。&lt;br /&gt;
* [[5月6日]] - [[アメリカ合衆国]]で[[公共事業促進局]]が発足。&lt;br /&gt;
* [[5月14日]] - [[フィリピン]]が独立協定を批准。 &lt;br /&gt;
* [[5月19日]] - 初の[[アウトバーン]]路線、[[フランクフルト・アム・マイン|フランクフルト]]・[[ダルムシュタット]]間が開通。&lt;br /&gt;
* [[6月1日]] - [[NHKワールドラジオ日本]]の前身である「ラジオ東京」が[[短波]]による国際ラジオ放送を開始。&lt;br /&gt;
* [[6月20日]] - [[富士通]]の前身である富士通信機製造株式会社が設立される。&lt;br /&gt;
*[[7月14日]] - [[フランス人民戦線]]結成さる。&lt;br /&gt;
* [[8月1日]] - [[中国共産党]]が、[[内戦]]を停止し[[中華ソビエト共和国]]と共同で抗日民族統一戦線を結成するという内容の「八一宣言（抗日救国のために全国同胞に告ぐる書）」を発表。&lt;br /&gt;
* [[8月10日]] - [[国体明徴声明]]発表。&lt;br /&gt;
* [[8月12日]] - [[永田鉄山]]暗殺事件（[[相沢事件]]）。&lt;br /&gt;
* [[9月15日]] - [[ナチス]]が「[[ドイツの血とドイツの名誉との保護のための法律]]」を制定する。[[ユダヤ人]]への迫害が強化される。&lt;br /&gt;
* 9月 - [[和辻哲郎]]「[[風土 人間学的考察]]」。&lt;br /&gt;
* [[9月26日]] - [[第四艦隊事件]]が起こる。&lt;br /&gt;
* [[10月3日]] - [[イタリア]]が[[エチオピア]]への侵攻を開始（[[第二次エチオピア戦争]]）。&lt;br /&gt;
* 11月 - [[小林秀雄 (批評家)|小林秀雄]]「[[私小説論]]」。&lt;br /&gt;
* [[11月9日]] - [[アメリカ産業別労働組合会議]]設立 。&lt;br /&gt;
* 11月9日 - [[上海]]で日本人水兵が殺害される（[[中山事件]]）。&lt;br /&gt;
* [[11月26日]] - [[日本ペンクラブ]]が発足。初代[[会長]]は[[島崎藤村]]。&lt;br /&gt;
* [[12月7日]] - [[TDK]]（当時：東京電気化学工業）設立。&lt;br /&gt;
* [[12月24日]] - [[帝国議会|第68議会]]召集。&lt;br /&gt;
=== 日付不詳 ===&lt;br /&gt;
* [[クロード・レヴィ＝ストロース]]が、[[セレスタン・ブーグル]]によって、[[サンパウロ大学]][[教授]]に就任。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==芸術・文化・ファッション ==&lt;br /&gt;
* 1935年の映画&lt;br /&gt;
** [[虞美人草]]&lt;br /&gt;
* 1935年の文学&lt;br /&gt;
** [[芥川龍之介賞|芥川賞]]&lt;br /&gt;
*** 第1回（1935年上半期） - [[石川達三]] 『蒼氓』 &lt;br /&gt;
*** 第2回（1935年下半期） - 該当作品なし（[[二・二六事件]]の為審査中止） &lt;br /&gt;
** [[直木三十五賞|直木賞]]&lt;br /&gt;
*** 第1回（1935年上半期） - [[川口松太郎]] 『鶴八鶴次郎』『風流深川唄』『明治一代女』 &lt;br /&gt;
*** 第2回（1935年下半期） - [[鷲尾雨工]] 『吉野朝太平記』その他 &lt;br /&gt;
* [[1935年のスポーツ]]&lt;br /&gt;
** 中等学校野球&lt;br /&gt;
*** 全国選抜中等学校野球大会 - [[優勝]]：岐阜商業（岐阜）。[[準優勝]]：広陵中学（広島）。&lt;br /&gt;
*** 全国中等学校選手権大会 - 優勝：松山商業（愛媛）。準優勝：育英商業（兵庫）。&lt;br /&gt;
** サッカー&lt;br /&gt;
*** 全国中等学校蹴球選手権大会 - 優勝：県立神戸第一中学。準優勝：天王寺師範 。&lt;br /&gt;
** [[大相撲]] (幕内最高優勝) &lt;br /&gt;
*** [[春場所]] - [[玉錦三右エ門|玉錦三右衛門]]&lt;br /&gt;
*** [[夏場所]] - 玉錦三右衛門&lt;br /&gt;
** マラソン - この年は日本陸上競技界の当たり年で世界記録が3回も更新された。&lt;br /&gt;
*** 3月、[[鈴木房重]] - [[日本大学]]、2時間27分49秒&lt;br /&gt;
*** 4月、[[池中康雄]] - [[東洋大学]]、2時間26分44秒&lt;br /&gt;
*** 9月、[[孫基禎]] - [[養正商業高等学校]]（現在の韓国）、2時間26分42秒&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出生 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===1月===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[1月1日]] - [[角野栄子]]、[[児童文学者]]・[[ノンフィクション作家]]&lt;br /&gt;
* [[1月4日]] - [[フロイド・パターソン]]、元[[プロボクサー]]&lt;br /&gt;
* [[1月8日]] - [[エルヴィス・プレスリー]]、[[ロック_(音楽)|ロック]][[歌手]]（+ [[1977年]]）&lt;br /&gt;
* [[1月10日]] - [[浜村淳]]、タレント、映画評論家 &lt;br /&gt;
* [[1月13日]] - [[阿刀田高]]、[[小説家]] &lt;br /&gt;
* 1月13日 - [[加藤正二]]、[[天文学者]]&lt;br /&gt;
* [[1月15日]] - [[ロバート・シルヴァーバーグ]]、[[SF作家]]&lt;br /&gt;
* [[1月19日]] - [[柴田翔]]、[[独文学者]]・小説家&lt;br /&gt;
* [[1月20日]] - [[北原亞以子]]、小説家&lt;br /&gt;
* 1月20日 - [[公文俊平]]、[[社会学者の一覧|社会学者]]・[[経済学者]]&lt;br /&gt;
* 1月20日 - [[堀本律雄]]、元[[プロ野球選手]]&lt;br /&gt;
* [[1月25日]] - [[市川雄一]]、元[[衆議院議員]]・元[[公明党]][[書記長]] &lt;br /&gt;
* 1月25日 - [[ブルース・ラセット]]、[[政治学者]]&lt;br /&gt;
* [[1月30日]] - [[リチャード・ブローティガン]]、小説家・[[詩人]]（+ [[1984年]]） &lt;br /&gt;
* [[1月31日]] - [[大江健三郎]]、小説家&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===2月===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[2月12日]] - [[豊田泰光]]、元[[プロ野球選手]]&lt;br /&gt;
* [[2月22日]] - [[大藪春彦]]、小説家（+ [[1996年]]） &lt;br /&gt;
* [[2月23日]] - [[新野新]]、[[放送作家]]&lt;br /&gt;
* [[2月27日]] - [[ミレッラ・フレーニ]]、[[ソプラノ]][[歌手]]&lt;br /&gt;
* [[2月28日]] - [[押阪忍]]、元[[アナウンサー]]・キャスター&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===3月===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[3月4日]] - [[ベント・ラーセン]]、[[チェス]]プレーヤー&lt;br /&gt;
* [[3月17日]] - [[西脇和美]]、[[ヤクザ]]・[[西脇組]][[組長]]&lt;br /&gt;
* [[3月21日]] - [[吉田勝豊]]、元[[プロ野球選手]]&lt;br /&gt;
* [[3月27日]] - [[岸洋子]]、[[歌手]]（+ [[1992年]]）&lt;br /&gt;
* [[3月28日]] - [[新間寿]]、元[[新日本プロレス]]専務取締役営業本部長、新間事務所代表、元WWF（現・[[WWE]]）会長&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===4月===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[4月3日]] - [[芳村真理]]、[[司会者]]・森林活動家&lt;br /&gt;
* [[4月8日]] - [[梶本隆夫]]、元[[プロ野球選手]]（[[オリックス・バファローズ|阪急]]）・元[[プロ野球監督]]（阪急）（＋[[2006年]]）&lt;br /&gt;
* [[4月9日]] - [[清川元夢]]、[[声優]]&lt;br /&gt;
* [[4月16日]] - [[紀田順一郎]]、小説家・[[評論家]]&lt;br /&gt;
* [[4月17日]] - [[畑正憲]]、小説家・[[生物学者]]・[[ムツゴロウ王国]][[国王]]&lt;br /&gt;
* [[4月18日]] - [[蓬茨霊運]]、[[天文学者]]（+ [[1999年]]）&lt;br /&gt;
* [[4月19日]] - [[久世光彦]]、[[演出家]]・[[小説家]]・[[実業家]]・テレビ[[プロデューサー]]（+ [[2006年]]）&lt;br /&gt;
* [[4月20日]] - [[中江真司]]、声優、[[ナレーター]] （+ [[2007年]]）&lt;br /&gt;
* [[4月23日]] - [[園山俊二]]、[[漫画家]]（+ [[1993年]]）&lt;br /&gt;
* [[4月24日]] - [[田中久寿男]]、元プロ野球選手（+ [[2001年]]）&lt;br /&gt;
* [[4月29日]] - [[仰木彬]]、元プロ野球選手（[[西武ライオンズ|西鉄]]）・元プロ野球監督（[[大阪近鉄バファローズ|近鉄]]・オリックス）（+ [[2005年]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===5月===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[5月2日]] - [[ルイス・スアレス]]、元[[サッカー選手]] &lt;br /&gt;
* [[5月10日]] - [[円谷皐]]、3代目[[円谷プロ]][[社長]]・[[演出家]]（+ [[1995年]]）&lt;br /&gt;
* [[5月12日]] - [[川津祐介]]、[[俳優]]&lt;br /&gt;
* 5月12日 - [[フェリペ・アルー]]、元[[メジャーリーガー]]&lt;br /&gt;
* [[5月15日]] - [[美輪明宏]]、歌手・[[俳優]]&lt;br /&gt;
* [[5月29日]] - [[岡田眞澄]]、[[俳優]]・[[タレント]]（+ [[2006年]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===6月===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[6月1日]] - [[ノーマン・フォスター]]、[[建築家]]&lt;br /&gt;
* [[6月5日]] - [[古川雅章]]、ヤクザ・[[古川組]]組長&lt;br /&gt;
* [[6月8日]] - [[池田孝一郎]]、元[[東京放送|TBS]][[アナウンサー]]&lt;br /&gt;
* [[6月10日]] - [[ジェームス三木]]、[[脚本家]]&lt;br /&gt;
* 6月10日 - [[志賀貢]]、[[医師]]・小説家&lt;br /&gt;
* 6月10日 - [[小玉明利]]、元[[プロ野球選手]]&lt;br /&gt;
* [[6月21日]] - [[フランソワーズ・サガン]]、小説家（+ [[2004年]]）&lt;br /&gt;
* [[6月23日]] - [[筑紫哲也]]、[[ジャーナリスト]]・[[ニュースキャスター]]、[[自由の森大学]][[学長]]&lt;br /&gt;
* [[6月29日]] - [[野村克也]]、元プロ野球選手（[[福岡ソフトバンクホークス|南海]]・[[千葉ロッテマリーンズ|ロッテ]]・西武）、プロ野球監督（南海・[[東京ヤクルトスワローズ|ヤクルト]]・[[阪神タイガース|阪神]]・'''現[[東北楽天ゴールデンイーグルス|楽天]]'''）&lt;br /&gt;
* [[6月30日]] - [[秋本祐作]]、元プロ野球選手&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===7月===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[7月3日]] - [[皆川睦雄]]、元[[プロ野球選手]]（南海）（+ 2005年）&lt;br /&gt;
* [[7月6日]] - [[ダライ・ラマ14世]]、[[宗教家]]・[[チベット仏教]]最高指導者・[[チベット亡命政府]]元首 &lt;br /&gt;
* [[7月13日]] - [[堺屋太一]]、元[[通産省]][[官僚]]・小説家・元[[経済企画庁]]長官 &lt;br /&gt;
* [[7月17日]] - [[矢追純一]]、元[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]ディレクター・プロデューサー・[[イオンド大学]]教授&lt;br /&gt;
* [[7月18日]] - [[宅和本司]]、元プロ野球選手&lt;br /&gt;
* [[7月20日]] - [[西尾幹二]]、評論家・独文学者 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===8月===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[8月1日]] - [[田中信夫]]、[[声優]]&lt;br /&gt;
* [[8月2日]] - [[片山虎之助]]、元[[自由民主党|自民党]][[参議院議員]]&lt;br /&gt;
* 8月2日 - [[高橋悦史]]、俳優・声優（+ [[1996年]]）&lt;br /&gt;
* 8月2日 - [[英五郎]]、ヤクザ・[[英組]]組長&lt;br /&gt;
* [[8月9日]] - [[吉行和子]]、[[俳優|女優]] &lt;br /&gt;
* [[8月13日]] - [[關淳一]]、17代目[[大阪市]][[市長]]&lt;br /&gt;
* [[8月19日]] - [[八名信夫]]、俳優・元[[プロ野球選手]]&lt;br /&gt;
* [[8月24日]] - [[羽田孜]]、第80代[[内閣総理大臣]]（+ [[2017年]]）&lt;br /&gt;
* [[8月25日]] - [[田宮二郎]]、俳優（+ [[1978年]]）&lt;br /&gt;
* [[8月31日]] - [[フランク・ロビンソン]]、元[[メジャーリーガー]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===9月===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[9月1日]] - [[小澤征爾]]、[[指揮者]]&lt;br /&gt;
* [[9月9日]] - [[兼田敏]]、[[作曲家]]（+ [[2002年]]）&lt;br /&gt;
* [[9月11日]] - [[アルヴォ・ペルト]]、作曲家&lt;br /&gt;
* [[9月14日]] - [[赤塚不二夫]]、漫画家&lt;br /&gt;
* [[9月17日]] - [[杉浦忠]]、元プロ野球選手（南海）・元プロ野球監督（南海・ダイエー）（+ [[2001年]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===10月===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[10月2日]] - [[小原乃梨子]]、声優&lt;br /&gt;
* 10月2日 - [[オマール・シボリ]]、サッカー選手&lt;br /&gt;
* [[10月5日]] - [[堀内庄]]、元[[プロ野球選手]]&lt;br /&gt;
* [[10月6日]] - [[土屋正孝]]、元プロ野球選手&lt;br /&gt;
* [[10月10日]] - [[倉橋由美子]]、小説家（+ [[2005年]]）&lt;br /&gt;
* [[10月12日]] - [[ルチアーノ・パヴァロッティ]]、[[テノール]]歌手(＋[[2007年]])&lt;br /&gt;
* [[10月15日]] - [[蜷川幸雄]]、演出家・[[映画監督]]（＋2016年。）&lt;br /&gt;
* [[10月29日]] - [[高畑勲]]、[[アニメ映画]]監督&lt;br /&gt;
* [[10月30日]] - [[マイケル・ウィナー]]、映画監督&lt;br /&gt;
* [[10月31日]] - [[浜木綿子]]、女優&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===11月===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[11月1日]] - [[エドワード・サイード]]、文学研究者・[[文芸批評家]]・[[思想家]]（+ [[2003年]]）&lt;br /&gt;
* [[11月3日]] - [[森徹]]、元[[プロ野球選手]]&lt;br /&gt;
* [[11月4日]] - [[木村東道]]、[[書家]]&lt;br /&gt;
* [[11月8日]] - [[アラン・ドロン]]、俳優&lt;br /&gt;
* [[11月9日]] - [[ボブ・ギブソン]]、元[[メジャーリーガー]]&lt;br /&gt;
* [[11月15日]] - [[肝付兼太]]、声優  &lt;br /&gt;
* [[11月28日]] - [[常陸宮正仁]]、[[日本]]の[[皇族]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===12月===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[12月1日]] - [[ウディ・アレン]]、映画監督・俳優・[[コメディアン]]&lt;br /&gt;
* [[12月5日]] - [[土橋正幸]]、元[[プロ野球選手]]（[[北海道日本ハムファイターズ|東映]]）・元プロ野球監督（日拓・ヤクルト・日本ハム）&lt;br /&gt;
* [[12月10日]] - [[寺山修司]]、[[劇作家]]・詩人（+ [[1983年]]）&lt;br /&gt;
* [[12月20日]] - [[関口房朗]]、起業家、[[競走馬]]馬主&lt;br /&gt;
* [[12月30日]] - [[サンディー・コーファックス]]、元メジャーリーガー&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 誕生日不明 - [[田川建三]]、[[聖書学者]]・作家&lt;br /&gt;
* 誕生日不明 - [[K・J・ホルスティ]]、政治学者&lt;br /&gt;
* 誕生日不明 - [[和田茂穂]]、[[千葉経済大学]]教授&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 死去 ==&lt;br /&gt;
* [[1月13日]] - [[ハインリヒ・シェンカー]]、[[音楽学者]]（* [[1868年]]）&lt;br /&gt;
* [[2月1日]] - [[中村鴈治郎 (初代)]]、[[歌舞伎|歌舞伎役者]]（* [[1860年]]）&lt;br /&gt;
* [[2月3日]] - [[ヒューゴー・ユンカース]]、[[ユンカース]]社創設者（* [[1859年]]） &lt;br /&gt;
* [[2月12日]] - [[オーギュスト・エスコフィエ]]、[[シェフ]]・[[フランス料理]]の祖（* [[1846年]]）&lt;br /&gt;
* [[2月28日]] - [[坪内逍遥]]、小説家・評論家・[[翻訳家]]・劇作家（* [[1859年]]）&lt;br /&gt;
* [[3月4日]] - [[久邇邦久]]、日本の[[華族]]・[[大日本帝国陸軍|陸軍]][[軍人]]（* [[1902年]]）&lt;br /&gt;
* [[3月8日]] - [[忠犬ハチ公]]、忠犬として知られる[[秋田犬]]（* [[1923年]]）&lt;br /&gt;
* [[3月20日]] - [[速水御舟]]、[[日本画家]]（* [[1894年]]）&lt;br /&gt;
* [[3月26日]] - [[与謝野鉄幹]]、[[歌人]]（* [[1873年]]）&lt;br /&gt;
* [[5月15日]] - [[カジミール・マレーヴィチ]]、[[画家]]（* [[1878年]]）&lt;br /&gt;
* [[5月17日]] - [[ポール・デュカス]]、[[作曲家]]（* [[1865年]]） &lt;br /&gt;
* [[5月19日]] - [[トーマス・エドワード・ロレンス]]、「アラビアのロレンス」の異名で知られる[[イギリス|英国]][[軍人]]・[[考古学者]]（* [[1888年]]）&lt;br /&gt;
* [[5月21日]] - [[ジェーン・アダムズ]]、[[ソーシャルワーカー|ソーシャルワーク]]の先駆者（* [[1860年]]）&lt;br /&gt;
* [[5月29日]] - [[ヨセフ・スク (作曲家)|ヨゼフ・スーク]]、作曲家（* [[1874年]]）&lt;br /&gt;
* [[6月24日]] - [[カルロス・ガルデル]]、[[タンゴ]][[歌手]]・[[俳優]]（* [[1890年]]）&lt;br /&gt;
* [[7月3日]] - [[アンドレ・シトロエン]]、[[実業家]]・[[シトロエン]]社創業者（* [[1878年]]）&lt;br /&gt;
* [[7月11日]] - [[アルフレッド・ドレフュス]]、[[ドレフュス事件]]で知られる軍人（* [[1859年]]）&lt;br /&gt;
* [[7月17日]] - [[聶耳]]、作曲家（* [[1912年]]）&lt;br /&gt;
* [[8月12日]] - [[永田鉄山]]、陸軍軍人・陸軍省軍務局長（* [[1884年]]）&lt;br /&gt;
* [[9月14日]] - [[富井政章]]、[[法学者]]（* [[1858年]]）&lt;br /&gt;
* [[10月23日]] - [[ダッチ・シュルツ]]、[[ギャング]]（* [[1902年]]）&lt;br /&gt;
* [[10月24日]] - [[アンリ・ピレンヌ]]、[[歴史家]]（* [[1862年]]）&lt;br /&gt;
* [[10月26日]] - [[關一]]、7代目[[大阪市]]市長・[[關淳一]]現大阪市長の祖父（* [[1873年]]）&lt;br /&gt;
* [[10月29日]] - [[浜尾四郎]]、[[推理作家]]（* [[1896年]]）&lt;br /&gt;
* [[11月21日]] - [[アグネス・ポッケルス]]、[[化学者]]（* [[1862年]]）&lt;br /&gt;
* [[12月24日]] - [[アルバン・ベルク]]、作曲家（* [[1885年]]）&lt;br /&gt;
* [[12月25日]] - [[フランソワ・グリニャール]]、[[化学者]]（* [[1871年]]）&lt;br /&gt;
* [[12月31日]] - [[寺田寅彦]]、[[物理学者]]（* [[1878年]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ノーベル賞 ==&lt;br /&gt;
* [[ノーベル物理学賞|物理学賞]] - [[ジェームス・チャドウィック]]&lt;br /&gt;
* [[ノーベル化学賞|化学賞]] - [[フレデリック・ジョリオ＝キュリー]]、[[イレーヌ・ジョリオ＝キュリー]] &lt;br /&gt;
* [[ノーベル生理学・医学賞|生理学・医学賞]] - [[ハンス・シュペーマン]]&lt;br /&gt;
* [[ノーベル文学賞|文学賞]] - 該当者なし&lt;br /&gt;
* [[ノーベル平和賞|平和賞]] - [[カール・フォン・オシエツキー]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:1935年|*]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Tamac777</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E7%BE%BD%E7%94%B0%E5%AD%9C&amp;diff=395955</id>
		<title>羽田孜</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E7%BE%BD%E7%94%B0%E5%AD%9C&amp;diff=395955"/>
				<updated>2021-12-28T13:35:31Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Tamac777: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:羽田孜　1.jpg|thumb||300px|羽田孜]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{日本の内閣総理大臣|[[羽田内閣|80]]&lt;br /&gt;
|羽田 孜&amp;lt;br /&amp;gt;（はた つとむ）&amp;lt;br /&amp;gt;&lt;br /&gt;
|[[1935年]][[8月24日]]&lt;br /&gt;
|[[東京都]][[大田区]]&amp;lt;br /&amp;gt;（出身地：[[長野県]][[上田市]]）&lt;br /&gt;
|[[成城大学]]&lt;br /&gt;
|経済学士&lt;br /&gt;
|[[外務大臣 (日本)|外務大臣]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[国務大臣]]（[[副総理]]）&amp;lt;br /&amp;gt;[[新生党|新生党党首]]&lt;br /&gt;
|2世&amp;lt;br /&amp;gt;父・[[羽田武嗣郎]]（衆議院議員）&lt;br /&gt;
|[[1994年]][[4月28日]]|[[1994年]][[6月30日]]&lt;br /&gt;
|衆院[[長野県第3区|長野3区]]&lt;br /&gt;
|衆14回&lt;br /&gt;
|[[新生党]]|}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''羽田 孜'''（はた つとむ、[[1935年]][[8月24日]] - [[2017年]][[8月28日]]）は、[[日本]]の[[政治家]]。[[衆議院議員]]（14期）。[[民主党 (日本 1998-)|民主党]]最高顧問。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[日本の内閣総理大臣|内閣総理大臣]]（[[羽田内閣|第80代]]）。（在任期間：[[1994年]][[4月28日]] - [[6月30日]]）。[[農林水産大臣]]（[[第2次中曽根内閣第2次改造内閣|第9代]]、[[竹下内閣改造内閣|12代]]）、[[大蔵大臣]]（[[宮澤内閣|第88代]]）、[[副総理]]（細川内閣）、[[外務大臣 (日本)|外務大臣]]（[[細川内閣|第120代]]）、[[新生党]]党首、[[新進党]]副党首、[[太陽党]]党首、[[民政党]]代表、民主党幹事長、同党特別代表などを歴任。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[自由民主党 (日本)|自民党]]出身で、[[細川護煕]]・[[羽田孜]]政権に参加後、[[鳩山由紀夫]]政権までの間、自民党との[[連立政権]]（自社さ・自自公等）に参加することなく、一貫して[[選挙]]による[[政権交代]]を目指した[[国会議員]]の一人である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
=== 生い立ち ===&lt;br /&gt;
[[東京都]][[大田区]][[蒲田]]にて[[羽田武嗣郎]]、とし子夫妻の長男として生まれる。父武嗣郎は[[朝日新聞]]記者を経て衆議院議員となった人物であり、母とし子は、[[志賀高原]]を命名した[[長野電鉄]]の創設者神津藤平の娘である。名付け親は、武嗣郎の[[東北帝国大学]]時代の恩師に当たる[[阿部次郎]]で、「孜孜（しし）として働く」から取られた。[[1942年]]に第二延山小学校に入学するが、戦争が激しくなったため、[[1944年]]3月に父の郷里である[[長野県]]に疎開。[[1946年]]、父、武嗣郎が、[[公職追放]]。[[1951年]]、上田第二中学校に入学。この頃から、議論好き、世話好きの片鱗を見せ始める。[[長野県上田高等学校]]を受験するが、不合格となり、東京の[[成城学園高等学校]]に入学。[[1954年]]に[[成城大学]][[経済学部]]に入学する。大学3年生の時に、[[ハンガリー動乱]]で亡命してきた学生をかくまう。&lt;br /&gt;
[[1958年]]、成城大学を卒業。父と同じくジャーナリズムに憧れ、朝日新聞、[[日本経済新聞]]などを受験したが、失敗。父のコネで、[[小田急バス]]の試験を受け入社した。小田急バスでは、[[吉祥寺]]営業所を経て、観光課に配属される。観光課では企画を担当し、春夏秋の観光シーズン以外に顧客を掘り起こすため、武嗣郎の友人である[[野田宇太郎]]の協力を得て、「文学散歩」「史跡散歩」などに力を入れた。その他に学生、老人、会社などの慰安旅行や[[幼稚園]]の遠足や[[学校]]の[[修学旅行]]、更には[[皇族]]の旅行を企画し、時には車掌も勤めた。[[1965年]]に綏子夫人と結婚。羽田は父親の後継者となって、政界入りする気持ちは無かったが、[[1963年]]に武嗣郎が[[脳出血]]で倒れたため、後援会を中心に政界入りを打診され、[[1968年]]10月に小田急バスを退職する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 政界入り ===&lt;br /&gt;
[[Image:羽田孜　2.jpg|thumb||300px|羽田孜]]&lt;br /&gt;
[[1969年]]12月、[[第32回衆議院議員総選挙]]に旧長野2区から[[自由民主党]]公認で立候補し、7万3325票を獲得し、トップ当選となる。自由民主党では、[[田中派]]に所属した。羽田は、[[郵政省|郵政]][[政務次官]]を経て、[[農林省|農林]]政務次官となり、[[農林族]]としてそのキャリアを歩むこととなる。衆議院農林水産委員長、自民党林政調査会長、総合農政調査会長などを歴任した。農林族としての羽田は、それまでのいわゆる「ベトコン議員」に代表される毎年米価を引き上げて、農村に一方的に利益を傾斜配分するものではなく、国内産業としての農業の位置づけや、国際経済における農業貿易問題を思考するもので、[[加藤紘一]]などとともに、「総合農政族」と呼ばれた。[[1984年]]には、自民党を代表し牛肉とオレンジをめぐる日米農産物交渉解決に取り組んだ。翌[[1985年]]12月、牛肉オレンジ交渉の実績が認められて、[[第2次中曽根内閣第2次改造内閣]]で[[農林水産大臣]]として初入閣する。ちなみにこの時[[自治大臣]]として[[小沢一郎]]も初入閣している。農水相としては「タブーへの挑戦」を掲げ、日米間で対立が大きくなってきたコメの自由化問題に対応する。羽田は、外国米に対して価格の高い日本米に国際競争力をつけるため、農産物価格の引き下げを断行しようとした。しかし、[[1986年]]の衆参同日選挙後、成立した第三次中曽根内閣で農水相は羽田から安倍派の[[加藤六月]]に交代し、農協の反対にもあい、米価は据え置かれることとなった。しかし、農水相を降りた羽田は、翌[[1987年]]、生産米に関しては、生産者価格を引き下げるという政府・自民党合意を取り付け、米価の引き下げを断行するに至る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 田中派から竹下派へ ===&lt;br /&gt;
羽田は[[田中派]]の中堅議員として、次第に実力を蓄えていくが、一方で派内の世代交代を意識するようになっていった。[[1985年]]2月、[[竹下登]]による田中派の派中派・[[創政会]]に参加する。田中は[[2月27日]]脳梗塞で倒れるが、最後に政治家として公の場で発言したのは、羽田のパーティーにおいてであった。竹下派結成に際しては、[[竹下派七奉行]]の一人に数えられ、[[金丸信]]から「平時の羽田、乱世の小沢、大乱世の[[梶山静六|梶山]]」と称される。[[1987年]]11月、[[中曽根康弘]]首相に指名される形で念願の[[竹下内閣]]が成立する。[[1988年]][[12月27日]]、竹下改造内閣で農水相として再入閣。しかし、竹下内閣は[[リクルート事件]]、[[消費税]]導入による世論の逆風を受け、[[1989年]]に退陣した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 政治改革 ===&lt;br /&gt;
[[海部俊樹]]内閣が成立すると、羽田は党[[幹事長]]となった小沢一郎に、党選挙制度調査会長就任を求められ、これを受けた。自民党内に設置された[[政治改革]]推進本部の本部長となった[[伊東正義]]、本部長代理の[[後藤田正晴]]とともに政治改革推進派の中核となる。羽田は、政治と金の問題と、国際政治に日本が対応するために政治改革を必要と考え、選挙制度改革を中心にした政治改革を主張し、金丸信から「熱病にうかされている」とまで言われる。また、党内議論の中で[[石破茂]]などの改革派若手とひざ詰めで議論し、若手の信頼を得た。羽田は、[[小選挙区比例代表並立制]]の導入を主張するが、[[加藤紘一]]、[[山崎拓]]、[[小泉純一郎]]（いわゆる「[[YKK (政治同盟)|YKK]]」）らは、竹下派支配に反対し[[海部内閣]]倒閣を目論み、選挙制度改革を中心とする政治改革に反対して、[[1991年]]9月に政治改革関連法案は、廃案となった。政治改革が頓挫する中で若手議員は敗北感を覚えるが、羽田は、そんな中にあって若手を叱咤し、政治改革は伏流として残ることになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 自民党離党、細川連立内閣 ===&lt;br /&gt;
1991年11月に成立した[[宮澤喜一|宮沢喜一]]内閣で[[大蔵大臣]]として入閣。[[1992年]]、金丸の[[佐川急便事件]]に端を発した竹下派分裂に際しては、派閥会長ポストをめぐり、会長代行の小沢一郎と竹下の最側近である[[小渕恵三]]の間で派を二分する争いが起こる。羽田は、竹下から中立の立場を求められるが、小沢の側に立ち、人の悪口を言わないことで知られる竹下をして「孜がこんなに無定見とは知らなかった」と言わしめる。羽田は、小沢、[[奥田敬和]]、[[渡部恒三]]らとともに[[改革フォーラム21]]（羽田派）を結成し代表に就任。党内第5派閥に転落した羽田派は内閣改造で冷遇され、政治改革実現を旗頭に、集団離党するのではとの観測が流れる。こうした中、[[1993年]]4月に病気辞任した[[渡辺美智雄]]の後任として、外相就任を宮沢に打診される。これは羽田を閣内に封じ込めるために[[後藤田正晴]]副総理が考えた”[[天元の一石]]”であった。しかし、羽田は、野にあって自由な行動を取ることを選択、外相就任を断った。&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
同年6月、宮沢内閣は政治改革関連法案成立を断念したため、羽田派は、野党の提出した宮沢内閣不信任案に賛成投票をした。&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
[[6月23日]]離党し、[[新生党]]を結成。党首に就任。代表幹事となった小沢による二重権力支配という批判に対しては、自分が表紙で小沢が黒子と反論ともつかぬ主張をした。ともあれ、羽田は新生党党首として全国を遊説し、新党ブームに乗って新生党は55議席を獲得する。これに先立つ、6月24日に既に、新生党、[[日本社会党|社会党]]、[[公明党]]、[[民社党]]、[[社会民主連合]]の5党首が非自民・非共産連立政権を目指すことに合意し、羽田は連立政権の首班候補として最有力視されていたが、[[日本新党]]代表の[[細川護煕]]を連立政権首班とすることに合意する。羽田は[[細川内閣]]の副総理兼外相となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 改新騒動 ===&lt;br /&gt;
細川政権は政治改革、コメの部分的自由化を実現し、新生党は連立与党の中核としてこれを支えたが、細川首相は金銭スキャンダルなどを理由に1994年4月8日電撃的に辞意を表明。後継首相について小沢は、自民党の[[渡辺美智雄]]に多数の同調者を引き連れて合流すれば首相に擁立すると持ちかけ、渡辺も一時は離党を表明するが、同調者が少数にとどまり撤回。結局、連立与党は後継首相に羽田を推すことで合意し、4月25日国会で羽田が首相に指名された。ところがその直後、連立与党のうち新生党、日本新党、民社党などが衆議院で統一会派「[[改新]]」を結成すると発表。改新は総勢130議席で、与党第1党であった社会党の74議席を大きく上回るもので、社会党の連立与党内での地位低下を図った動きであった。首相指名後の統一会派発表という事態に社会党の[[村山富市]]委員長は信義に反すると強く反発し、4月26日、社会党は連立政権を離脱すると発表。羽田は懸命に社会党の連立復帰を試みたが功を奏さず、4月28日に[[羽田内閣]]は少数与党内閣として発足した。元来、小沢は羽田が細川の後継首相となることには、平成6年度[[予算]]成立後の政局を見据え反対ないし消極的であり、渡辺美智雄との提携を企図していたこともあって、羽田と小沢の関係にひびが入り始める。ただ小沢が、細川の後継首相に羽田を擁立するのを躊躇したのは、乱世ゆえに「平時の羽田」のキャリアが傷つくのを避けるためだったという見方もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 羽田内閣 ===&lt;br /&gt;
{{Main|羽田内閣}}&lt;br /&gt;
羽田は「改革と協調」を掲げ、平成6年度予算の成立に全力を挙げた。[[永野茂門]]法相が「[[南京大虐殺]]はでっち上げだと思う。」と発言すると組閣早々に罷免した。[[公共料金]]値上げの年内凍結や、[[首相官邸]]直通の[[ファクシミリ|FAX]]設置などを打ち出していった。しかし、予算案は成立したが、少数与党状態の解消をねらって行われた連立与党と社会党との間の政策協議は決裂し、自民党は内閣不信任案を衆議院に提出した。内閣不信任案の成立が不可避と判断した羽田は、解散総選挙に打って出る構えも見せたが、政治空白と従来の[[中選挙区制]]による総選挙実施を招くということで、結局、[[6月25日]]に内閣総辞職を選択し、羽田内閣は在任期間64日、戦後2番目の短命政権に終わった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1994年5月12日の衆議院本会議では「1969年月佐藤・ニクソン会談において有事の際に沖縄への核持ち込みを日本が事実上認めるという秘密協定に署名」に関する[[村山富市]]の質問に対し、内閣総理大臣として「密約の事実はない」と否定する答弁をした&amp;lt;ref&amp;gt;[http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/129/0001/12905120001018a.html 衆議院本会議1994年5月12日議事録]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 新進党、太陽党を経て、民主党へ ===&lt;br /&gt;
[[6月30日]]村山自社さ連立内閣が発足し、野党に転落する。小沢の主導によって、旧連立の新生党、民社党、日本新党などは相次いで解党し、1994年12月10日に[[新進党]]が結党。羽田は党首選挙に立候補するが、小沢の支持を得た[[海部俊樹]]に敗れ、小沢らの打診で副党首となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1995年]]12月にも党首選挙に立候補し、小沢と激突する。羽田支持グループは、党内非主流派ともいうべき興志会を結成し、小沢執行部と対立を深めていく。[[1996年]]、新進党が[[第41回衆議院議員総選挙]]に敗北すると、小沢執行部に対する更なる不満を強め、新進党を離党し[[太陽党]]を結成、党首となる。&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
[[1997年]]12月に新進党分党すると、[[1998年]]1月に新進党の存続政党である小沢自由党不参加の保守系諸派を糾合し、[[民政党]]を結成し、代表となる。民政党は[[民主党 (日本 1996-1998)|旧民主党]]、[[新党友愛]]、[[民主改革連合]]による統一院内会派「[[民主友愛太陽国民連合]]」（民友連）へ参加。さらに4月27日には民政党合流による民主党が結成され、初代幹事長に就任。その後、特別代表、最高顧問を歴任する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2004年]]5月、国民年金への加入が義務付けられた1986年4月から首相在任期間を含む1995年7月までの9年間余り未加入であったことを自ら発表し、党最高顧問を辞したがその後再び最高顧問に就任。現在に至る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2009年]]8月、[[脳梗塞]]後遺症等の体調不安が囁かれる中、8月30日に行われる[[第45回衆議院議員総選挙|衆院選]]への立候補を最後に政界を引退する考えを表明した。衆院選について、「大きく考えれば、最後の選挙になるだろうというのが常識的なところだ」「後継者は党や後援会と相談して決めたい」と述べ、また長男の[[羽田雄一郎]]について周辺に「世襲は認めない」と伝え、後継として擁立しない考えを示した&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web&lt;br /&gt;
|date=2009-8-3&lt;br /&gt;
|url=http://www.yomiuri.co.jp/election/shugiin2009/news1/20090803-OYT1T00794.htm?from=y10&lt;br /&gt;
|title=羽田元首相、今回の衆院選最後に政界引退へ&lt;br /&gt;
|accessdate=8月8日&lt;br /&gt;
|accessyear=2009年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web&lt;br /&gt;
|date=2009-8-3&lt;br /&gt;
|url=http://www.jiji.com/jc/zc?k=200908/2009080300786&lt;br /&gt;
|title=羽田元首相、今回限りを示唆＝「最後の選挙」&lt;br /&gt;
|accessdate=8月8日&lt;br /&gt;
|accessyear=2009年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物 ==&lt;br /&gt;
*身長172cm、体重75kg、血液型O。&lt;br /&gt;
*首相在任中、答弁が長い事を[[参議院]][[議院運営委員会]]から注意された。[[田中真紀子]]からは「多弁にして空疎」と評された。&lt;br /&gt;
*語尾に必ずといっていいほど「'''～というふうに'''」というフレーズを使用する（[[羽田語]]と揶揄された）。ほかに、「アレする」「真正面から」「率直にいって」などのフレーズも多用。&lt;br /&gt;
*特徴的な半袖ジャケット『'''[[省エネスーツ]]'''』の推進者。[[省エネルック]]の普及に大きく貢献した。&lt;br /&gt;
*首相退陣後の近年は、[[毒蝮三太夫]]、[[服部幸應]]と並ぶ[[人民服]]風の[[立襟|マオカラースーツ]]の愛用者になっている。&lt;br /&gt;
*「[[水|H2O]]」（無味無臭であることから）と呼ばれたこともあった{{要出典}}。&lt;br /&gt;
*政権発足直後、[[TBSテレビ|TBS]]の[[ブロードキャスター|テレビ番組]]において、羽田の先祖は秦の始皇帝にたどり着くという報道がなされたことがある&amp;lt;ref&amp;gt;羽田家は[[秦氏]]の末裔であり、秦氏は[[始皇帝]]の末裔と自称しているためであるが、明確な根拠が得られているわけではない。&amp;lt;/ref&amp;gt;。2007年12月6日からの民主党の訪中の際には、[[新華社通信]]から「自称[[徐福]]の子孫」と報道された&amp;lt;ref&amp;gt;[http://news.xinhuanet.com/video/2007-11/05/content_7014668.htm {{lang|zh|日本前首相自称徐福后人 热衷中日友好}}]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*[[参議院議員]]の[[羽田雄一郎]]は長男。&lt;br /&gt;
*羽田は小選挙区制導入後は[[長野県第3区]]選出代議士だが、自身は[[東京都第6区]]有権者である。歴代の東京6区選出代議士は[[岩国哲人]]～[[石井紘基]]～[[小宮山洋子]]～自民党の[[越智隆雄]]〜小宮山。岩国は羽田側近、石井・小宮山は成城学園高校の後輩で親密。石井が殺害された後の補選で、当時参院にいた小宮山を担ぎ出し選対本部長をつとめたのは羽田である。&lt;br /&gt;
*愛称は「孜チャン」「ハタッチ」。&lt;br /&gt;
*初入閣の際、閣僚名簿を発表する[[後藤田正晴]][[内閣官房長官]]に名前を「はだしゅう」と誤読された。&lt;br /&gt;
*[[1994年]][[11月8日]]、[[森田一義アワー_笑っていいとも!|笑っていいとも!]]の[[テレフォンショッキング]]に[[小池百合子]]からの紹介で出演したことがある。ちなみに翌日ゲストに指名したのは[[山口敏夫]]。&lt;br /&gt;
*[[三枝成彰]]と親密で俳優・歌手の[[小坂一也]]とも親交があった。&lt;br /&gt;
*同郷のプロボクサーで世界王座挑戦2度の実績有す[[西澤ヨシノリ]]の後援会会長を務める。&lt;br /&gt;
*小田急バス社員時代、冬季にバスのフロントガラスに雪が積もっていると「人間ワイパー」の様に羽田がガラスに張り付き、脚立も無しで凍り付いた雪を取り除いていたという{{要出典}}。&lt;br /&gt;
*[[バレーボール]]好きで、全日本チームの試合会場に観戦することも多く、地元・[[長野県バレーボール協会]]会長を2007年まで16年間務めた。&lt;br /&gt;
*2007年7月シンガポールに設立されたマザーズ・キッス・ファウンデーションの名誉総裁を務める。&lt;br /&gt;
*[[パチンコチェーンストア協会]]政治分野アドバイザー&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.pcsa.jp/member.htm パチンコチェーンストア協会理事・会員リスト]&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
*[[北京オリンピックを支援する議員の会]]で顧問を務めている。&lt;br /&gt;
*新興宗教[[崇教真光]]の46周年秋季大祭（2005年）に出席し、来賓として祝辞を述べている&amp;lt;ref&amp;gt;『崇教真光』誌平成17年12月号」&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*妻の兄弟に画家の[[出岡実]]がいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 略歴 ==&lt;br /&gt;
*1935年&lt;br /&gt;
**8月24日　出生（父・武嗣郎、母・とし子）。&lt;br /&gt;
*1969年&lt;br /&gt;
**12月　第32回衆議院議員総選挙に旧長野2区から自由民主党公認で立候補し、初当選。&lt;br /&gt;
*1992年&lt;br /&gt;
**6月23日　離党。新生党を結成し、党首に就任。&lt;br /&gt;
**8月9日　細川内閣で副総理兼外相に就任。&lt;br /&gt;
*1994年&lt;br /&gt;
**4月25日　内閣総理大臣に指名される。直後に改新騒動。&lt;br /&gt;
**4月28日　羽田内閣が成立。社会党の連立離脱により少数与党内閣として発足。&lt;br /&gt;
**6月25日　自由民主党による内閣不信任案の提出を受け、内閣総辞職。&lt;br /&gt;
**12月10日　新進党結成に参加。副党首に就任。&lt;br /&gt;
*1995年&lt;br /&gt;
**12月27日　第2代新進党党首選挙で小沢一郎に敗れる。&lt;br /&gt;
*1996年&lt;br /&gt;
**新進党を離党。太陽党を結成し党首となる。&lt;br /&gt;
*1998年&lt;br /&gt;
**1月　民政党を結成し、代表となる。&lt;br /&gt;
**4月28日　民主党に合流し、初代幹事長に就任。以後、特別代表、最高顧問を歴任&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[民主党国会議員一覧]]&lt;br /&gt;
*[[民主党の閣僚経験者一覧]]&lt;br /&gt;
*[[竹下派七奉行]]&lt;br /&gt;
*[[ネオ・ニューリーダー]]&lt;br /&gt;
*[[羽田内閣]]&lt;br /&gt;
*[[赤松良子]]&lt;br /&gt;
*[[省エネルック]]&lt;br /&gt;
*[[民主党娯楽産業健全育成研究会]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{start box}}&lt;br /&gt;
{{s-off}}&lt;br /&gt;
{{succession box &lt;br /&gt;
| title  = {{Flagicon|JPN}} [[内閣総理大臣]]&lt;br /&gt;
| before = [[細川護煕]]&lt;br /&gt;
| years  = 第80代：1994年&lt;br /&gt;
| after  = [[村山富市]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{succession box &lt;br /&gt;
| title  = {{Flagicon|JPN}} [[国務大臣]]（[[副総理]]）&lt;br /&gt;
| before = [[後藤田正晴]]&lt;br /&gt;
| years  = 1993年 - 1994年&lt;br /&gt;
| after  = [[河野洋平]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{succession box &lt;br /&gt;
| title  = {{Flagicon|JPN}} [[外務大臣 (日本)|外務大臣]]&lt;br /&gt;
| before = [[武藤嘉文]]&lt;br /&gt;
| years  = 第120代 : 1993年 - 1994年&lt;br /&gt;
| after  = [[柿沢弘治]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{succession box &lt;br /&gt;
| title  = {{Flagicon|JPN}} [[大蔵大臣]]&lt;br /&gt;
| before = [[海部俊樹]]（兼任）&lt;br /&gt;
| years  =  第96代：1991年 - 1992年&lt;br /&gt;
| after  = [[林義郎]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{succession box &lt;br /&gt;
| title  = {{Flagicon|JPN}} [[農林水産大臣]]&lt;br /&gt;
| before = [[佐藤守良]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[佐藤隆 (政治家)|佐藤隆]]&lt;br /&gt;
| years  = 第9代：1985年 - 1986年&amp;lt;br /&amp;gt;第12代 : 1988年 - 1989年&lt;br /&gt;
| after  = [[加藤六月]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[堀之内久男]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{s-ppo}}&lt;br /&gt;
{{succession box &lt;br /&gt;
| title  = [[民主党執行部|民主党特別代表]]&lt;br /&gt;
| before = 新設&lt;br /&gt;
| years  = 2000年 - 2002年&lt;br /&gt;
| after  = 最終&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{succession box &lt;br /&gt;
| title  = [[民主党執行部|民主党幹事長]]&lt;br /&gt;
| before = 結成&lt;br /&gt;
| years  = 初代：1998年 - 2000年&lt;br /&gt;
| after  = [[菅直人]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{succession box &lt;br /&gt;
| title  = [[民政党#民政党_(日本_1998)|民政党代表]]&lt;br /&gt;
| before = 結成&lt;br /&gt;
| years  = 初代：1998年&lt;br /&gt;
| after  = 解散&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{succession box &lt;br /&gt;
| title  = [[太陽党|太陽党党首]]&lt;br /&gt;
| before = 結成&lt;br /&gt;
| years  = 初代：1996年 - 1998年&lt;br /&gt;
| after  = 解散&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{succession box &lt;br /&gt;
| title  = [[新生党|新生党党首]]&lt;br /&gt;
| before = 結成&lt;br /&gt;
| years  = 初代 : 1993年 - 1994年&lt;br /&gt;
| after  = 解散&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{succession box &lt;br /&gt;
| title  = [[改革フォーラム21|改革フォーラム21代表]]&lt;br /&gt;
| before = 結成&lt;br /&gt;
| years  = 初代 : 1992年 - 1993年&lt;br /&gt;
| after  = 最終&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{end box}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{日本国歴代内閣総理大臣&lt;br /&gt;
|当代=[[羽田内閣|80]]&lt;br /&gt;
|在任期間=1994年&lt;br /&gt;
|前代=79&lt;br /&gt;
|前首相名=細川護熙&lt;br /&gt;
|次代=81&lt;br /&gt;
|次首相名=村山富市}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:羽田氏]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の内閣総理大臣]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の閣僚経験者]]&lt;br /&gt;
[[Category:衆議院議員]]&lt;br /&gt;
[[Category:民主党の国会議員]]&lt;br /&gt;
[[Category:自由民主党の国会議員]]&lt;br /&gt;
[[Category:長野県の政治家]]&lt;br /&gt;
[[Category:東京都の政治家]]&lt;br /&gt;
[[Category:東京都区部出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1935年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:2017年没]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Tamac777</name></author>	</entry>

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		<title>カテゴリ:聖学院大学出身の人物</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;Tamac777: ページの作成:「聖学院大学の卒業生に関するカテゴリ。 {{CategoryTOC}}  しゆつしん Category:日本の大学出身の人...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[聖学院大学]]の卒業生に関するカテゴリ。&lt;br /&gt;
{{CategoryTOC}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:聖学院大学の人物|しゆつしん]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の大学出身の人物|せいかくいん]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Tamac777</name></author>	</entry>

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		<title>マネジメント研究科</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E3%83%9E%E3%83%8D%E3%82%B8%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88%E7%A0%94%E7%A9%B6%E7%A7%91&amp;diff=395779"/>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;Tamac777: ページの作成:「'''マネジメント研究科'''（マネジメントけんきゅうか）とは、経営学の研究を目的とした大学院研究科。  == 概要 == 民間の...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''マネジメント研究科'''（マネジメントけんきゅうか）とは、[[経営学]]の研究を目的とした大学院研究科。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
民間の企業・団体、また[[行政機関]]や[[非営利団体]]（[[NPO]]）など多様な形態、目的、分野の組織運営に関する実践的な技法確立を研究する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[ビジネススクール]]として[[北九州市立大学]]大学院、[[跡見学園女子大学]]大学院、[[名古屋商科大学]]大学院、[[玉川大学]]大学院、[[京都産業大学]]大学院、[[岡山理科大学]]大学院に設置されている他、分野名をつけた様々な[[マネジメント]]研究科がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[マネジメント学部]]&lt;br /&gt;
* [[経営管理論]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
[http://k2bs.kitakyu-u.ac.jp/ 北九州市立大学大学院マネジメント研究科]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:まねじめんとけんきゅうか}}&lt;br /&gt;
[[Category:研究科]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の経営大学院]]&lt;br /&gt;
[[Category:経営学教育]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Tamac777</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E5%90%8D%E5%8F%A4%E5%B1%8B%E5%95%86%E7%A7%91%E5%A4%A7%E5%AD%A6&amp;diff=395778</id>
		<title>名古屋商科大学</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E5%90%8D%E5%8F%A4%E5%B1%8B%E5%95%86%E7%A7%91%E5%A4%A7%E5%AD%A6&amp;diff=395778"/>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;Tamac777: ページの作成:「名古屋商科大学（なごやしょうかだいがく、英語: Nagoya University of Commerce &amp;amp; Business、公用語表記: 名古屋商科大学）は、日本 愛...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;名古屋商科大学（なごやしょうかだいがく、英語: Nagoya University of Commerce &amp;amp; Business、公用語表記: 名古屋商科大学）は、日本 愛知県日進市米野木町三ヶ峯に本部を置く日本の私立大学である。1953年に設置された。大学の略称は名商大（めいしょうだい）、商大（しょうだい）、NUCB。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{univ-stub}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:なこやしようかたいかく}}&lt;br /&gt;
[[Category:名古屋商科大学|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の私立大学]]&lt;br /&gt;
[[Category:愛知県の大学]]&lt;br /&gt;
[[Category:学校記事]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Tamac777</name></author>	</entry>

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		<title>大学院</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;Tamac777: ページの作成:「'''大学院'''（だいがくいん）とは、高等教育（'''学士課程'''）にて優秀な'''成績評価'''を取得した者を対象として、上級...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''大学院'''（だいがくいん）とは、[[高等教育]]（'''学士課程'''）にて優秀な'''[[成績評価]]'''を取得した者を対象として、上級学位（[[修士]]、[[専門職学位]]、[[博士]]）を付与する[[機関]]である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{学校}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Normdaten}}&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:たいかくいん}}&lt;br /&gt;
[[Category:大学院|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:高等教育機関]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Tamac777</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=1989%E5%B9%B4&amp;diff=395776</id>
		<title>1989年</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;Tamac777: /* 12月 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{ウィキペディア}}&lt;br /&gt;
{{yearbox|&lt;br /&gt;
 前世紀=19 |&lt;br /&gt;
 世紀=20 |&lt;br /&gt;
 次世紀=21 |&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 前10年紀2=1960 |&lt;br /&gt;
 前10年紀1=1970 |&lt;br /&gt;
 10年紀=1980 |&lt;br /&gt;
 次10年紀1=1990 |&lt;br /&gt;
 次10年紀2=2000 |&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 3年前=1986 |&lt;br /&gt;
 2年前=1987 |&lt;br /&gt;
 1年前=1988 |&lt;br /&gt;
 年=1989 |&lt;br /&gt;
 1年後=1990 |&lt;br /&gt;
 2年後=1991 |&lt;br /&gt;
 3年後=1992 |&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{YearInTopicBefore2003}}&lt;br /&gt;
'''1989年'''（せんきゅうひゃくはちじゅうきゅうねん）は、[[日曜日から始まる平年]]である。[[和暦]]では[[1月7日]]までが[[昭和]]64年、翌日以降は[[平成]]元年である。&lt;br /&gt;
[[Image:1989年の横浜.jpg|350px|thumb|当時の[[横浜]]]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
欧米では、この年以降を[[現代 (時代区分)|現代]]とし、時代区分上の画期とすることがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==他の紀年法==&lt;br /&gt;
*干支：[[己巳]]（つちのとみ）&lt;br /&gt;
*日本（月日は一致）&lt;br /&gt;
**[[昭和]]64年（～[[1月7日]]）&lt;br /&gt;
**[[平成]]元年（平成1年とも、[[1月8日]]～）&lt;br /&gt;
**[[皇紀]]：2649年&lt;br /&gt;
*[[中華民国]]（月日は一致）&lt;br /&gt;
**[[中華民国暦]]：78年&lt;br /&gt;
* [[大韓民国]]&lt;br /&gt;
** [[檀君紀元|檀紀]]4322年&lt;br /&gt;
* [[朝鮮民主主義人民共和国]]&lt;br /&gt;
** [[主体暦|主体]]78年&lt;br /&gt;
* [[仏滅紀元]]：2531年～2532年&lt;br /&gt;
* [[ヒジュラ暦|イスラム暦]]：1409年5月23日～1410年6月2日&lt;br /&gt;
*[[ユダヤ暦]]：5749年4月24日～5750年4月3日&lt;br /&gt;
* Unix Time：599616000～631151999&lt;br /&gt;
* [[修正ユリウス日]](MJD)：47527～47891&lt;br /&gt;
* [[リリウス日]](LD)：148368～148732&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==出来事==&lt;br /&gt;
[[Image:美空ひばり1.jpg|300px|thumb|[[美空ひばり]]人生最後のコンサート]]&lt;br /&gt;
*[[1月1日]] - [[Mr.Children]]結成。&lt;br /&gt;
*[[1月7日]] - [[昭和天皇]]が[[崩御]]し、[[皇太子]][[明仁|明仁親王]]が[[即位]]。[[小渕恵三]][[官房長官]]（当時。後の[[内閣総理大臣]]）が記者会見を行い新[[元号]]『[[平成]]』を発表。[[昭和]]最後の日となり、昭和64年は、[[1926年|昭和元年]]（[[12月25日]]～[[12月31日|31日]]）と並び僅か7日間のみであった。&lt;br /&gt;
*[[1月8日]] - 元号が「平成」に改元される。&lt;br /&gt;
*[[1月9日]] - 昭和天皇崩御の影響で、本来前日から[[国技館]]で開催される予定だった[[大相撲]][[本場所|初場所]]が1日遅れでこの日初日。本場所が15日制となって以降、初日が日曜以外となったのは初。&lt;br /&gt;
*[[2月2日]]&lt;br /&gt;
** ソ連、アフガニスタンから撤退開始。&lt;br /&gt;
** [[兵庫県]][[津名港]]高速艇事故。&lt;br /&gt;
*[[2月7日]] - [[美空ひばり]]人生最後のコンサートが[[北九州市]][[小倉北区]]の[[九州厚生年金会館]]で行われる。 &lt;br /&gt;
*[[2月9日]] - [[鉄腕アトム]]・[[ブラック・ジャック]]などで知られる国民的[[漫画家]]・[[手塚治虫]]が死去。&lt;br /&gt;
*[[2月13日]]&lt;br /&gt;
** [[大阪市]]の[[北区 (大阪市)|旧・北区]]と[[大淀区]]が合区して現在の[[北区 (大阪市)|新・北区]]が誕生、[[東区 (大阪市)|東区]]と[[南区 (大阪市)|南区]]が合区して現在の[[中央区 (大阪市)|中央区]]になる。&lt;br /&gt;
** [[リクルート事件]]で[[リクルート]]創業者・元会長の[[江副浩正]]が逮捕される。&lt;br /&gt;
*[[2月15日]] - [[ソビエト連邦|ソ連]]軍の[[アフガニスタン]]撤退が完了。&lt;br /&gt;
*[[2月24日]] - [[昭和天皇]][[大喪の礼]]。法律により当日は休日となった。&lt;br /&gt;
*[[2月26日]] - [[オフコース]]解散。&lt;br /&gt;
*[[2月28日]] - [[FM TOWNS]] 発表。&lt;br /&gt;
*[[3月16日]] - [[中国]][[四川省]]バス転落事故。&lt;br /&gt;
*[[3月17日]] - [[福岡市]][[シーサイドももち]]で『[[アジア太平洋博覧会]]』（よかトピア）開催（～[[9月3日]]）。開幕と同時に[[福岡タワー]]公開開始。&lt;br /&gt;
*[[3月25日]] - [[みなとみらい21]]地区で[[横浜博覧会]]（YES'89）開催。（～[[10月1日]]）&lt;br /&gt;
*[[3月29日]] - [[女子高生コンクリート詰め殺人事件]]発覚。16歳～18歳の少年の犯行に衝撃。&lt;br /&gt;
[[画像:Junko_Furuta_03.jpg|thumb|right|300px|[[女子高生コンクリート詰め殺人事件]]]]&lt;br /&gt;
*[[4月1日]]&lt;br /&gt;
** [[消費税]]施行。税率は 3%。&lt;br /&gt;
** [[仙台市]]が日本で11番目の[[政令指定都市]]に昇格。&lt;br /&gt;
** [[横浜市]]、[[京都市]]、[[大阪市]]など全国で最初に市制施行された31都市（市制当時[[赤間関市]]だった[[下関市]]も含む）が市制100周年。&lt;br /&gt;
*[[4月4日]] - [[日本放送協会|NHK]]の[[池田芳蔵]]会長、国会問題発言の責任取り辞任。[[島桂次]]副会長が会長昇格。&lt;br /&gt;
*[[4月11日]] - [[川崎市]][[高津区]]の竹やぶで1億円の札束発見（竹やぶ騒動）。&lt;br /&gt;
*[[4月13日]] - [[東海旅客鉄道]]の[[飯田線]][[北殿駅]]で[[鉄道事故#飯田線北殿駅列車正面衝突事故|列車衝突事故]]発生。&lt;br /&gt;
*[[4月21日]] - [[任天堂]]より[[ゲームボーイ]]発売。&lt;br /&gt;
[[Image:ゲームボーイ1.jpg|300px|thumb|[[ゲームボーイ]]]]&lt;br /&gt;
*[[4月27日]] - [[松下電器産業|松下電器]]創業者で“経営の神様”と呼ばれた[[松下幸之助]]が死去。&lt;br /&gt;
*[[5月1日]] - [[アメリカ合衆国]][[フロリダ州]][[オーランド]]にある[[ウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート]]内に新しい[[テーマパーク]]、[[ディズニー・MGM・スタジオ]]がオープン。&lt;br /&gt;
*[[5月23日]] - [[ミッキーマウス]]の登場する第一作映画『[[蒸気船ウィリー]]』の日本国内における[[著作権の保護期間]]満了。（W.ディズニーの個人著作だとする異説もあり、その場合は現行法規上[[2009年]]に満了となる）&lt;br /&gt;
*[[6月1日]] - [[岡山市]]市制100周年。&lt;br /&gt;
*[[6月2日]]&lt;br /&gt;
** [[竹下登]]内閣が総辞職。&lt;br /&gt;
** 横浜市開港130周年。&lt;br /&gt;
*[[6月3日]] - [[宇野宗佑]]内閣発足。&lt;br /&gt;
*[[6月4日]] - [[六四天安門事件|天安門事件]]&lt;br /&gt;
[[Image:天安門事件1.jpg|300px|thumb|[[六四天安門事件|天安門事件]]]]&lt;br /&gt;
*[[6月18日]] - [[ミャンマー]]の[[軍事政権]]が同国の英語国号をBurmaからMyanmarに改称。&lt;br /&gt;
*[[6月24日]] - [[昭和時代|昭和]]を代表する[[歌手]]・[[美空ひばり]]が死去。その後2014年に豪邸公開された。ブランチ。しゅういち。お任せ以外で放送された&lt;br /&gt;
*[[6月]]　　 - [[ポーランド]]で、自由選挙実施。非労働党政党「[[連帯]]」が上院過半数を占める。[[東欧革命]]のさきがけ。&lt;br /&gt;
[[画像:Kazuhisa_Yoneda_and_Michiyo_Okabe_04.jpg|thumb|right|300px|[[明石美人短大生・岡部三千代さん全裸殺人事件|岡部三千代さん]]全裸殺人事件（兵庫県明石市）]]&lt;br /&gt;
*[[7月1日]] - [[甲府市]]、[[岐阜市]]市制100周年。&lt;br /&gt;
*[[7月9日]] - [[東海旅客鉄道|JR東海]][[東海道本線]][[金山駅 (愛知県)|金山駅]]開業。[[名古屋鉄道|名鉄]]金山橋駅が移転、金山駅に改称。JR・名鉄・[[名古屋市営地下鉄]]を一体化し、「金山総合駅」となる。&lt;br /&gt;
*[[7月11日]] - 歌手の[[中森明菜]]（2日後が24歳誕生日）が、当時交際関係にあった歌手の[[近藤真彦]]の自宅で腕を切り自殺未遂。&lt;br /&gt;
*[[7月12日]] - [[東京ディズニーランド]]に映画『[[スター・ウォーズ]]』をモチーフにした新アトラクション『[[スター・ツアーズ]]』がオープン。[[ジョージ・ルーカス]]が来日した。[[秋田市]]市制100周年。&lt;br /&gt;
*[[7月13日]] - 群発地震が発生していた[[伊東市]]沖、約3kmで手石海丘が海底[[噴火]]。&lt;br /&gt;
*[[7月15日]] - [[名古屋市]]で[[世界デザイン博覧会]]開幕、会期は[[11月26日]]まで。&lt;br /&gt;
*[[7月16日]] - [[ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団]]の前音楽監督[[ヘルベルト・フォン・カラヤン]]が死去。&lt;br /&gt;
*[[7月19日]] - [[ユナイテッド航空232便不時着事故]]。&lt;br /&gt;
*[[7月23日]]&lt;br /&gt;
** [[第15回参議院議員通常選挙]]。[[自民党]]歴史的大敗により宇野宗佑首相辞意表明。&lt;br /&gt;
** [[明石美人短大生・岡部三千代さん全裸殺人事件|明石短大生（岡部三千代さん）全裸殺人事件]]。&lt;br /&gt;
*[[8月7日]] - わいせつ容疑で逮捕された[[宮﨑勤]]、[[東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件]]を自供。&lt;br /&gt;
*[[8月10日]] - 第1次[[海部俊樹|海部]]内閣発足。&lt;br /&gt;
*[[8月19日]] - [[ハンガリー]]で[[汎ヨーロッパ・ピクニック]]が開催、[[オーストリア]]への亡命者が出る。&lt;br /&gt;
*[[8月24日]] - 超高層マンション・[[スカイシティ]]24階（地上63m）で[[火災]]が発生。（日本における有数の超高層火災）&lt;br /&gt;
*[[9月19日]] - [[UTA航空772便爆破事件]]。&lt;br /&gt;
*[[9月27日]] - [[横浜ベイブリッジ]]開通。&lt;br /&gt;
*[[9月28日]] - [[東京放送|TBS]]の人気[[音楽番組]]『[[ザ・ベストテン]]』が放送終了。（[[1978年]][[1月19日]]～・放送回数603回）&lt;br /&gt;
*[[10月1日]] - [[名古屋市]]、[[鳥取市]]、[[徳島市]]市制100周年。&lt;br /&gt;
*[[10月5日]] - [[近畿日本鉄道]]の[[佐伯勇]]名誉会長（[[大阪近鉄バファローズ|近鉄球団]]オーナー）死去。&lt;br /&gt;
*[[10月6日]] - [[読売ジャイアンツ|巨人]]、[[横浜スタジアム]]での[[横浜ベイスターズ|大洋]]戦に勝ち2年ぶり[[セントラル・リーグ|セ・リーグ]]の優勝決める。&lt;br /&gt;
*[[10月8日]] - 三陸沖に遠ざかった台風が寒気を呼び込み[[飛騨山脈|北アルプス]]・[[立山]]連峰で中高年登山者8人が吹雪のため疲労凍死。おりしも中高年登山ブームの幕開けの時期に当たり、ブームに酔いしれていた中高年登山愛好者を震え上がらせた。&lt;br /&gt;
*[[10月14日]] - 近鉄が[[オリックス・バファローズ|オリックス]]、[[西武ライオンズ|西武]]との三つ巴制し9年ぶり[[パシフィック・リーグ|パ・リーグ]]の優勝決める。&lt;br /&gt;
*[[10月23日]] - ハンガリーが[[社会主義]]を改め、ハンガリー共和国に。&lt;br /&gt;
*[[10月29日]] -[[日本選手権シリーズ|日本シリーズ]]、 [[読売ジャイアンツ|巨人]]、8年ぶり日本一。近鉄相手に3連敗から4連勝の大逆転。 &lt;br /&gt;
*[[11月]] - [[カップ麺]]の生産量が[[袋麺]]を上回る。&lt;br /&gt;
*[[11月4日]]  - [[オウム真理教]]による[[坂本堤弁護士一家殺害事件]]発生。&lt;br /&gt;
*[[11月9日]]  - [[ドイツ民主共和国|東ドイツ]]が[[ベルリンの壁]]の通行を自由化。[[11月11日]]、[[ベルリンの壁崩壊]]。&lt;br /&gt;
[[Image:ベルリンの壁崩壊.jpg|300px|thumb|[[ベルリンの壁崩壊]]]]&lt;br /&gt;
*[[11月22日]] - [[日本労働組合総連合会]]（連合）発足。&lt;br /&gt;
*[[11月24日]] - [[チェコスロバキア]]の[[ビロード革命]]。共産党政権が崩壊。&lt;br /&gt;
*[[12月3日]]  - 米ソ首脳による[[マルタ]]会談。&lt;br /&gt;
*[[12月15日]] - [[松山市]]市制100周年。&lt;br /&gt;
*[[12月20日]] - 米軍[[パナマ]]侵攻。&lt;br /&gt;
*[[12月22日]] - [[ルーマニア]]の[[ニコラエ・チャウシェスク]]政権崩壊。&lt;br /&gt;
*[[12月25日]] - 東京ディズニーランドに7,777万7,777人目のゲストが来園&lt;br /&gt;
*[[12月29日]] - [[東証]]の[[日経平均株価]]が[[大納会]]で史上最高値の38,915円87銭を記録。これを最後に1990年の[[大発会]]から株価は下落へ転じ、[[バブル景気]]は崩壊へ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==芸術・文化・ファッション==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===1989年のテレビ===&lt;br /&gt;
*[[NHK大河ドラマ]]『[[春日局 (NHK大河ドラマ)|春日局]]』&lt;br /&gt;
*[[1月7日]]～[[1月8日|8日]] - [[昭和天皇]][[崩御]]に伴い、政府は各局に「'''歌舞音曲'''」の自粛を要請。各局追悼特番を放送するほか、7日朝から9日未明までの間、民放は[[コマーシャル|CM]]無しで環境映像が延々と流れるという変則編成となった。各局には通常番組がすべて中止になったことなどから、苦情や問い合わせの電話が殺到。その間、[[NHK教育テレビジョン|NHK教育テレビ]]はほぼ通常通りの番組編成を続けた。&lt;br /&gt;
*[[2月24日]] - [[大喪の礼]]に伴い、関連特番を放送するほか、民放各局はCMを自粛（[[公共広告機構]]CMに差し替え）。&lt;br /&gt;
*[[4月2日]] - [[テレビ朝日]]『[[サンデープロジェクト]]』が放送開始。&lt;br /&gt;
*[[6月24日]] - [[演歌]][[歌手]]・[[美空ひばり]]死去に伴い、各局は追悼特番を編成。&lt;br /&gt;
*[[7月3日]] - テレビ朝日『[[ビートたけしのTVタックル]]』（開始時のタイトルは『どーする!?TVタックル』）が放送開始。&lt;br /&gt;
*[[7月22日]]～[[7月23日|23日]] - [[フジテレビジョン|フジテレビ]]開局30周年記念特別番組『[[FNSスーパースペシャル1億人のテレビ夢列島|FNSスーパースペシャル 1億人のテレビ夢列島'89]]』放送。以降『[[27時間テレビ]]』として毎年同時期に放送されている。&lt;br /&gt;
*8月 - 各局の[[ワイドショー]]は、[[東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件]]関連の話題一色に。&lt;br /&gt;
*[[9月28日]] - [[東京放送|TBS]]『[[ザ・ベストテン]]』が放送終了。&lt;br /&gt;
*[[10月1日]] - [[日本テレビ放送網|日本テレビ]]『[[THE・サンデー]]』（開始時のタイトルは『[[中村敦夫]]のザ・サンデー』）が放送開始。&lt;br /&gt;
*[[10月2日]] - TBS『[[筑紫哲也 NEWS23]]』が放送開始。&lt;br /&gt;
*[[10月3日]] - 日本テレビ『[[ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!]]』が放送開始。&lt;br /&gt;
*[[10月18日]] - フジテレビ『[[邦ちゃんのやまだかつてないテレビ]]』が放送開始。&lt;br /&gt;
*10月～12月 - フジテレビ系ドラマ『[[愛しあってるかい!]]』を放送。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===1989年のコマーシャル===&lt;br /&gt;
{|border=&amp;quot;1&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|キャッチフレーズなど||商品名など||メーカーなど||出演者||音楽&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|♪24時間たたかえますか||リゲイン||[[三共]]||[[時任三郎]]||[[日下好明]]・[[近藤達郎]]・時任三郎（牛若丸三郎太）（歌）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|私はドライではありません||モルツ||[[サントリー]]||[[郷ひろみ]]、[[山本浩二]]他||－&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|♪まいて まいて～ 手巻き寿司ぃ||ミツカン酢||[[ミツカン|中埜酢店]]||[[とんねるず]]||とんねるず（歌）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|ピーマン入れんといてやー||焼ビーフン||[[ケンミン食品]]||子供2人（イラスト）||－&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|僕はいつもハローダイヤル||ハローダイヤル||[[日本電信電話|NTT]]||[[中井貴一]]・[[小島なおみ]]||[[高橋良一]]・中井貴一（歌）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|やまだかつてないうまさ||ファイブ・ミニ||[[大塚製薬]]||[[山田邦子]]||[[芳野藤丸]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|♪デューダー デューダー||DODA||[[学生援護会]]||[[大地康雄]]・[[イッセー尾形]]||オリジナル＆[[草競馬 (歌)|草競馬]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|♪そーれ そーれ 鉄骨飲料||鉄骨飲料||サントリー||[[鷲尾いさ子]]と鉄骨娘||[[東京バナナボーイズ]]・鷲尾いさ子と鉄骨娘（歌）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===1989年のアニメ===&lt;br /&gt;
* [[1月14日]] - 『[[おぼっちゃまくん]]』放映開始。&lt;br /&gt;
* [[1月15日]] - 『[[ピーターパンの冒険]]』放映開始。&lt;br /&gt;
* [[2月4日]] - 『[[まんがはじめて面白塾]]』放映開始。&lt;br /&gt;
* [[3月11日]] - 『[[獣神ライガー]]』放映開始。&lt;br /&gt;
* [[3月14日]] - 『[[トランスフォーマーV]]』放映開始。&lt;br /&gt;
* [[4月2日]] - 『[[ミラクルジャイアンツ童夢くん]]』放映開始。&lt;br /&gt;
* [[4月3日]] - 『[[アイドル伝説えり子]]』、『[[小さなアヒルの大きな愛の物語 あひるのクワック]]』、『[[チップとデールの大作戦]]』放映開始。&lt;br /&gt;
* [[4月6日]] - 『[[天空戦記シュラト]]』放映開始。&lt;br /&gt;
* [[4月7日]] - 『[[魔動王グランゾート]]』、『[[青いブリンク]]』放映開始。&lt;br /&gt;
* [[4月9日]] - 『[[新ビックリマン]]』放映開始。&lt;br /&gt;
* [[4月10日]] - 『[[ビリ犬なんでも商会]]』放映開始。&lt;br /&gt;
* [[4月15日]] - 『[[悪魔くん]]』、『[[らんま1/2]]』放映開始。&lt;br /&gt;
* [[4月18日]] - 『[[GO!レスラー軍団]]』放映開始。&lt;br /&gt;
* [[4月26日]] - 『[[ドラゴンボールZ]]』放映開始。&lt;br /&gt;
* [[7月21日]] - 『[[昆虫物語 みなしごハッチ]]』放映開始。&lt;br /&gt;
* [[10月2日]] - 『[[パラソルヘンべえ]]』、『[[桃太郎伝説 (アニメ)|桃太郎伝説]]』、『[[ジャングルブック・少年モーグリ]]』放映開始。&lt;br /&gt;
* [[10月3日]] - 『[[ダッシュ!四駆郎]]』放映開始。第一次[[ミニ四駆]]ブームの火付け役となった。&lt;br /&gt;
* [[10月4日]] - 『[[バックスバニーのぶっちぎりステージ]]』放映開始。&lt;br /&gt;
* [[10月5日]] - 『[[レスラー軍団(銀河編)聖戦士ロビンJr.]]』放映開始。&lt;br /&gt;
* [[10月9日]] - 『[[魔法使いサリー]]』放映開始。&lt;br /&gt;
* [[10月11日]] - 『[[機動警察パトレイバー]]』放映開始。&lt;br /&gt;
* [[10月12日]] - 『[[ジャングル大帝]]』放映開始。&lt;br /&gt;
* [[10月14日]] - 『[[シートン動物記 (アニメ)|シートン動物記]]』放映開始。&lt;br /&gt;
* [[10月15日]] - 『[[シティーハンター3]]』放映開始。&lt;br /&gt;
* [[10月16日]] - 『[[がきデカ]]』、『[[YAWARA!]]』放映開始。&lt;br /&gt;
* [[10月17日]] - 『[[かりあげクン]]』、『[[笑ゥせぇるすまん]]』放映開始。&lt;br /&gt;
* [[10月18日]] - 『[[小松左京アニメ劇場]]』、『[[まじかるハット]]』放映開始。&lt;br /&gt;
* [[10月19日]] - 『[[たいむとらぶるトンデケマン!]]』、『[[らんま1/2 熱闘編]]』放映開始。&lt;br /&gt;
* [[11月2日]] - 『[[チンプイ]]』放映開始。&lt;br /&gt;
* [[12月2日]] - 『[[ドラゴンクエスト (アニメ)|ドラゴンクエスト]]』放映開始。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===[[1989年の音楽]]===&lt;br /&gt;
*[[プリンセス・プリンセス]]「[[Diamonds]]」「[[世界でいちばん熱い夏]]」&lt;br /&gt;
*[[光GENJI]]「[[太陽がいっぱい (光GENJI)|太陽がいっぱい]]」「地球をさがして」&lt;br /&gt;
*[[工藤静香]]「[[恋一夜]]」「[[黄砂に吹かれて]]」「[[嵐の素顔]]」&lt;br /&gt;
*[[長渕剛]]「[[とんぼ (長渕剛)|とんぼ]]」「[[激愛]]」&lt;br /&gt;
*[[男闘呼組]]「[[TIME ZONE]]」「CROSS TO YOU」&lt;br /&gt;
*[[Wink]]「[[愛が止まらない]]」「[[淋しい熱帯魚]]」「涙をみせないで」&lt;br /&gt;
*[[森高千里]]「[[17才 (楽曲)|17才]]」&lt;br /&gt;
*[[爆風スランプ]]「Runner」「リゾ・ラバ」&lt;br /&gt;
*[[TM NETWORK]]「[[GET WILD '89]]」「[[COME ON EVERYBODY]]」「[[JUST ONE VICTORY (たったひとつの勝利)]]」「[[DIVE INTO YOUR BODY]]」&lt;br /&gt;
*[[竹内まりや]]「シングル・アゲイン」&lt;br /&gt;
*[[ケー・ウンスク]]「夢おんな」「酔いどれて」&lt;br /&gt;
*[[バービーボーイズ]]「目を閉じておいでよ」　&lt;br /&gt;
*[[宮沢りえ]]「DREAM RUSH」&lt;br /&gt;
*[[徳永英明]]「最後の言い訳」「恋人」&lt;br /&gt;
*[[小泉今日子]]「学園天国」「Fade Out」&lt;br /&gt;
*[[斉藤由貴]]「夢の中へ」&lt;br /&gt;
*[[中山美穂]]「ROSECOLOR」「Virgin eyes」&lt;br /&gt;
*[[浜田麻里]]「Return to Myself」&lt;br /&gt;
*[[サザンオールスターズ]]「[[さよならベイビー]]」&lt;br /&gt;
*[[田原俊彦]]「ごめんよ涙」「愛しすぎて」&lt;br /&gt;
*[[中村あゆみ]]「ともだち」&lt;br /&gt;
*[[南野陽子]]「涙はどこへいったの」&lt;br /&gt;
*[[COMPLEX]]「[[BE MY BABY]]」&lt;br /&gt;
*[[少年隊]]「まいったネ、今夜」&lt;br /&gt;
*[[坂本冬美]]「男の情話」&lt;br /&gt;
*[[ZIGGY]]「GLORIA」&lt;br /&gt;
*[[久保田利伸]]「Dance If You Want It」「Indigo Waltz」&lt;br /&gt;
*[[SHOW-YA]]「[[限界LOVERS]]」&lt;br /&gt;
*[[渡辺美里]]「ムーンライト・ダンス」「虹をみたかい」&lt;br /&gt;
*[[浅香唯]]「TRUE LOVE」「NEVERLAND」「恋のロックンロールサーカス」&lt;br /&gt;
*[[米米CLUB]]「[[FUNK FUJIYAMA]]」&lt;br /&gt;
*[[ザ・タイマーズ]]「デイ・ドリーム・ビリーバー」&lt;br /&gt;
*[[ユニコーン (バンド)|ユニコーン]]「大迷惑」&lt;br /&gt;
*[[永井真理子]]「[[ミラクル・ガール]]」&lt;br /&gt;
*[[レベッカ (バンド)|レベッカ]]「One More Kiss」&lt;br /&gt;
*[[薬師丸ひろ子]]「語りつぐ愛に」&lt;br /&gt;
*[[小田和正]]「[[Little Tokyo]]」&lt;br /&gt;
*[[玉置浩二]]「キ・ツ・イ」「I'm Dandy」&lt;br /&gt;
*[[中島みゆき]]「あした」&lt;br /&gt;
*[[矢沢永吉]]「SOMEBODY'S NIGHT」&lt;br /&gt;
*[[中森明菜]]「[[LIAR]]」&lt;br /&gt;
*[[チェッカーズ]]「Room」「Cherie」&lt;br /&gt;
*[[氷室京介]]「SUMMER GAME」「MISTY」&lt;br /&gt;
*[[松任谷由実]]「[[ANNIVERSARY～無限にCALLING YOU]]」&lt;br /&gt;
*[[石川さゆり]]「風の盆恋歌」&lt;br /&gt;
*[[HOUND DOG]]「大地の子供たち」&lt;br /&gt;
*[[和田アキ子]]「だってしょうがないじゃない」&lt;br /&gt;
*[[井上陽水]]「リバーサイドホテル」&lt;br /&gt;
*[[時任三郎|牛若丸三郎太]]「勇気のしるし～リゲインのテーマ～」&lt;br /&gt;
*[[美空ひばり]]「[[川の流れのように]]」&lt;br /&gt;
*[[カオマ]]「[[ランバダ]]」 - 世界中にランバダブームが起こる&lt;br /&gt;
*[[聖飢魔II]] 「白い奇蹟」で[[NHK紅白歌合戦]]出場&lt;br /&gt;
*[[X JAPAN|X]]がアルバム『[[BLUE BLOOD]]』（「[[紅 (X)|紅]]」、「[[ENDLESS RAIN]]」等収録）でメジャーデビュー&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===[[1989年の映画]]===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====邦画====&lt;br /&gt;
*[[ゴジラVSビオランテ]]&lt;br /&gt;
*[[4月22日]] - [[あぶない刑事]]シリーズの第3作『もっとも[[あぶない刑事]]』劇場公開。&lt;br /&gt;
*[[7月29日]] - 『[[魔女の宅急便 (スタジオジブリ作品)|魔女の宅急便]]』（[[宮崎駿]]監督）が劇場公開。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====洋画====&lt;br /&gt;
*[[007 消されたライセンス]]［英］&lt;br /&gt;
*BACK TO THE FUTURE  PART II [[バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===1989年のゲーム===&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--100万本以上売上のものを掲載--&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[2月25日]] - [[ファミリーコンピュータ|ファミコンソフト]]『[[ファミコンジャンプ 英雄列伝]]』発売。&lt;br /&gt;
* [[4月21日]] - [[任天堂]]が携帯[[ゲーム]]機「[[ゲームボーイ]]」を発売。同時発売ソフト『[[スーパーマリオランド]]』『役満』がヒット。&lt;br /&gt;
* [[6月14日]] - ゲームボーイソフト『[[テトリス]]』発売。テトリスブームとなる。&lt;br /&gt;
* [[8月27日]] - [[ファミリーコンピュータ|ファミコンソフト]]『[[MOTHER]]』発売。&lt;br /&gt;
* [[11月22日]] - [[日本電気ホームエレクトロニクス]]がゲーム機『[[PCエンジンシャトル]]』を発売。&lt;br /&gt;
* [[12月15日]] - ゲームボーイソフト『[[魔界塔士Sa・Ga]]』発売。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===1989年の文学===&lt;br /&gt;
* [[芥川龍之介賞|芥川賞]]&lt;br /&gt;
** 第101回（1989年上半期） - 該当作品なし &lt;br /&gt;
** 第102回（1989年下半期） - 大岡玲 『表層生活』、瀧澤美恵子 『ネコババのいる町で』 &lt;br /&gt;
* [[直木三十五賞|直木賞]]&lt;br /&gt;
** 第101回（1989年上半期） - [[ねじめ正一]]『高円寺純情商店街』、笹倉明『遠い国からの殺人者』 &lt;br /&gt;
** 第102回（1989年下半期） - 星川清司『小伝抄』、[[原りょう|原尞]]『私が殺した少女』 &lt;br /&gt;
* [[ベストセラー]]&lt;br /&gt;
** [[吉本ばなな]]『TUGUMI』&lt;br /&gt;
** [[井上靖]]『孔子』&lt;br /&gt;
** [[村上春樹]]『[[ノルウェイの森]]』&lt;br /&gt;
** [[盛田昭夫]]・[[石原慎太郎]]『「NO」と言える日本』&lt;br /&gt;
** [[藤村由加]]『人麻呂の暗号』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===1989年のスポーツ===&lt;br /&gt;
* [[プロ野球]]&lt;br /&gt;
** [[セントラル・リーグ|セ・リーグ]]優勝　[[読売ジャイアンツ]]&lt;br /&gt;
** [[パシフィック・リーグ|パ・リーグ]]優勝　[[大阪近鉄バファローズ|近鉄バファローズ]]&lt;br /&gt;
** [[日本選手権シリーズ|日本シリーズ]]優勝　読売ジャイアンツ（4勝3敗）&lt;br /&gt;
* [[高校野球]]&lt;br /&gt;
** [[選抜高等学校野球大会|春]]優勝　東邦（[[愛知県]]）&lt;br /&gt;
** [[全国高等学校野球選手権大会|夏]]優勝　帝京（[[東京都]]）&lt;br /&gt;
* [[大相撲]]（幕内最高優勝）&lt;br /&gt;
** 初場所　[[北勝海信芳]]&lt;br /&gt;
** 春場所　[[千代の富士貢]]&lt;br /&gt;
** 夏場所　北勝海信芳&lt;br /&gt;
** 名古屋　千代の富士貢&lt;br /&gt;
** 秋場所　千代の富士貢&lt;br /&gt;
** 九州場所　[[KONISHIKI|小錦八十吉]]&lt;br /&gt;
* [[モータースポーツ]]&lt;br /&gt;
** [[F3000|全日本F3000]]　[[小河等]]&lt;br /&gt;
** [[富士グランドチャンピオンレース|全日本GC]]　ジェフ・リース&lt;br /&gt;
** [[全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権]]　[[高橋国光]]&lt;br /&gt;
** [[全日本ツーリングカー選手権]]　[[長谷見昌弘]]&lt;br /&gt;
* [[プロレス]]&lt;br /&gt;
** [[世界最強タッグ決定リーグ戦]]優勝[[スタン・ハンセン]]＆[[天龍源一郎]]（龍艦砲）組&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===1989年の流行語===&lt;br /&gt;
*[[新語・流行語大賞]] &lt;br /&gt;
** 新語部門 - 金賞:[[セクシャル・ハラスメント]]、銀賞:「[[Hanako]]」（女性誌）、銅賞:「[[DODA]]/デューダ（する）」（転職、情報誌）、表現賞:「まじめ×ゆかい」（[[川崎製鉄]]（現：[[JFEスチール]]））、「濡れ落葉」（夫婦関係）&lt;br /&gt;
** 流行語部門 - 金賞:[[オバタリアン]]（漫画家[[堀田かつひこ]]、政治家[[土井たか子]]）、銀賞:ケジメ、銅賞:24時間タタカエマスカ（三共　現:[[第一三共ヘルスケア]]リゲインCM、俳優[[時任三郎]]）、大衆賞:「イカ天」（[[東京放送|TBS]]番組）、「こんなん出ましたけど～」（占い師[[泉アツノ]]）&lt;br /&gt;
** 特別部門賞 - 特別賞:「壁開放」、特別賞:平成、語録賞:「NOと言える日本」（[[石原慎太郎]]/[[盛田昭夫]]著）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===1989年のファッション===&lt;br /&gt;
*イタリアン・ファッションがブーム。サラリーマンのビジネス[[背広|スーツ]]にも[[ソフトスーツ]]が浸透 &lt;br /&gt;
*「[[渋カジ]]」が定着&lt;br /&gt;
*[[ラルフローレン]]が人気を集める。&lt;br /&gt;
*[[宝島社]]より「[[CUTiE]]」創刊。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 天候・天災・観測等 ==&lt;br /&gt;
*[[7月16日]] - [[阿蘇山]]が噴火。&lt;br /&gt;
*記録的な暖冬（観測史上1位）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 誕生 ==&lt;br /&gt;
=== 1月 ===&lt;br /&gt;
*[[1月1日]] - [[江成正元]]、[[俳優]]&lt;br /&gt;
*[[1月3日]] - [[梅田彩佳]]、[[AKB48]]&lt;br /&gt;
*[[1月5日]] - [[府金重哉]]、俳優&lt;br /&gt;
*[[1月6日]] - [[辻本賢人]]、[[プロ野球]][[選手]]&lt;br /&gt;
*1月6日 - [[亀田大毅]]、[[プロボクサー]]&lt;br /&gt;
*[[1月7日]] - [[菅崎茜]]、[[歌手]]&lt;br /&gt;
*1月7日 - [[中島由香利]]、音楽&amp;amp;ダンスユニット・[[hy4_4yh]]メンバー&lt;br /&gt;
*[[1月8日]] - [[佐山愛]]、[[AV女優]]&lt;br /&gt;
*[[1月9日]] - [[池見典子]]、アイドル&lt;br /&gt;
*[[1月10日]] - [[内藤理沙]]、[[アイドル]]&lt;br /&gt;
*1月10日 - [[石黒英雄]]、俳優&lt;br /&gt;
*[[1月11日]] - [[モニーク・ローズ]]、モデル&lt;br /&gt;
*[[1月12日]] - [[三井保奈美]]、[[俳優|女優]]&lt;br /&gt;
*1月12日 - [[渡辺菜穂]]、女子アマレスラー&lt;br /&gt;
*[[1月13日]] - [[松本幸大]]、[[M.A.D.]]&lt;br /&gt;
*1月13日 - [[林未紀]]、アイドル&lt;br /&gt;
*[[1月14日]] - [[山田真央]]、タレント&lt;br /&gt;
*[[1月21日]] - [[西田奈津美]]、[[タレント]]&lt;br /&gt;
*[[1月24日]] - [[寺門仁美]]、女優&lt;br /&gt;
*1月24日 - [[土井健大]]、プロ野球選手&lt;br /&gt;
*1月24日 - [[中西優香]]、AKB48&lt;br /&gt;
*[[1月25日]] - [[竹内友哉]]、俳優&lt;br /&gt;
*1月25日 - [[多部未華子]]、女優&lt;br /&gt;
*1月25日 - [[渡辺舞]]、ファッションモデル&lt;br /&gt;
*[[1月26日]] - [[エミリー・ヒューズ]]、[[フィギュアスケート]]選手&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 2月 ===&lt;br /&gt;
*[[2月3日]] - [[延江大輔]]、[[プロ野球選手]]&lt;br /&gt;
*[[2月10日]] - [[福田秀平]]、プロ野球選手&lt;br /&gt;
*2月10日 - [[森安真弓]]、タレント&lt;br /&gt;
*[[2月12日]] - [[内田莉紗]]、タレント&lt;br /&gt;
*[[2月14日]] - [[新垣はるか]]、[[AV女優]]&lt;br /&gt;
*[[2月15日]] - [[葵 (タレント)|葵]]、タレント&lt;br /&gt;
*2月15日 - [[西脇綾香]]、[[Perfume]]&lt;br /&gt;
*[[2月18日]] - [[妹川華]]、タレント&lt;br /&gt;
*[[2月22日]] - [[鎌池和馬]]、ライトノベル作家&lt;br /&gt;
*[[2月24日]] - [[千代将太]]、俳優&lt;br /&gt;
*[[2月27日]] - [[小塚崇彦]]、フィギュアスケート選手&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 3月 ===&lt;br /&gt;
*[[3月2日]] - [[熊木翔]]、タレント&lt;br /&gt;
*3月2日 - [[福留佑子]]、タレント&lt;br /&gt;
*[[3月4日]] - [[鍋野幸大]]、[[ジャニーズJr.#関西Jr.|関西ジャニーズJr.]]&lt;br /&gt;
*[[3月5日]] - [[ライスシャワー]]、[[競走馬]]（+[[1995年]]）&lt;br /&gt;
*[[3月7日]] - [[SATOMI']]、歌手&lt;br /&gt;
*[[3月8日]] - [[斉藤麻衣 (美少女クラブ)|斉藤麻衣]]、[[美少女クラブ31]]&lt;br /&gt;
*3月10日 - [[冨田真央]]、[[Tops]]&lt;br /&gt;
*[[3月16日]] - [[工藤晴香]]、声優&lt;br /&gt;
*3月16日 - [[セオ・ウォルコット]]、[[サッカー]]選手&lt;br /&gt;
*[[3月17日]] - [[香川真司]]、Jリーガー&lt;br /&gt;
*[[3月21日]] - [[橋本彩]]、[[グラビアアイドル]]&lt;br /&gt;
*3月21日 - [[佐藤健 (俳優)|佐藤健]]、俳優&lt;br /&gt;
*3月21日 - [[長谷川りりな]]、グラビアアイドル&lt;br /&gt;
*[[3月22日]] - [[坂越由実子]]、音楽&amp;amp;ダンスユニット・hy4_4yhメンバー&lt;br /&gt;
*[[3月23日]] - [[山田弘喜]]、プロ野球選手&lt;br /&gt;
*3月23日 - [[西田麻衣]]、グラビアアイドル&lt;br /&gt;
*[[3月24日]] - [[小泉瑠美]]、グラビアアイドル&lt;br /&gt;
*3月24日 - [[井岡一翔]]、ボクサー&lt;br /&gt;
*[[3月26日]] - [[希月あおい]]、女子[[プロレスラー]]&lt;br /&gt;
*[[3月29日]] - [[吉田有希 (アイドル)|吉田有希]]、女優&lt;br /&gt;
*[[3月29日]] - [[菅野篤海]]、D-SHINE&lt;br /&gt;
*[[3月30日]] - [[岡田彩菜]]、アイドル・歌手&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 4月 ===&lt;br /&gt;
*[[4月1日]] - [[杉本有美]]、[[ファッションモデル]]&lt;br /&gt;
*4月1日 - [[宇浦冴香]]、歌手&lt;br /&gt;
*[[4月2日]] - [[増島綾子]]、女優&lt;br /&gt;
*[[4月3日]] - [[MEILIN]]、歌手&lt;br /&gt;
*[[4月6日]] - [[中島安里紗]]、女子プロレスラー&lt;br /&gt;
*[[4月8日]] - [[高橋瞳]]、歌手&lt;br /&gt;
*[[4月11日]] - [[相沢のどか]]、グラビアアイドル&lt;br /&gt;
*[[4月14日]] - [[Candy (歌手)|Candy]]、歌手&lt;br /&gt;
*[[4月21日]] - [[寺田有希]]、[[HOP CLUB]]&lt;br /&gt;
*[[4月23日]] - [[岩井七世]]、[[モデル (職業)|モデル]]&lt;br /&gt;
*[[4月26日]] - [[水崎綾女]]、グラビアアイドル&lt;br /&gt;
*[[4月28日]] - [[佐野和真]]、俳優&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 5月 ===&lt;br /&gt;
*[[5月1日]] - [[山田侑磨]]、俳優&lt;br /&gt;
*[[5月2日]] - [[いろは (アイドル)|いろは]]、グラビアアイドル&lt;br /&gt;
*[[5月8日]] - [[Yui]]、[[RSP (音楽グループ)|RSP]]&lt;br /&gt;
*[[5月15日]] - [[南明奈]]、ファッションモデル&lt;br /&gt;
*[[5月19日]] - [[志水雄太]]、[[AV男優]]&lt;br /&gt;
*[[5月23日]] - [[渡辺夏菜]]、女優&lt;br /&gt;
*[[5月24日]] - [[井山裕太]]、[[囲碁]][[棋士]]&lt;br /&gt;
*[[5月25日]] - [[室龍太]]、[[B.A.D.BOYS]]&lt;br /&gt;
*[[5月28日]] - [[林明日香]]、歌手&lt;br /&gt;
*[[5月30日]] - [[石川由依]]、女優&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 6月 ===&lt;br /&gt;
*[[6月2日]] - [[フレディー・アドゥー]]、サッカー選手&lt;br /&gt;
*6月2日 - [[浅田美穂]]、タレント&lt;br /&gt;
*[[6月10日]] - [[若葉竜也]]、俳優&lt;br /&gt;
*6月10日 - [[北田真沙子]]、[[サンフラワー (ロコドル)|サンフラワー]]&lt;br /&gt;
*[[6月14日]] - [[溝端淳平]]、俳優&lt;br /&gt;
*[[6月15日]] - [[松本光平]]、元ジャニーズJr.&lt;br /&gt;
*6月15日 - [[戸井田アンナ]]、芸能人女子フットサル選手（FANTASISTA）&lt;br /&gt;
*6月15日 - [[大江朝美]]、AKB48&lt;br /&gt;
*[[6月16日]] - [[通山愛里]]、女優&lt;br /&gt;
*[[6月20日]] - [[滝口ミラ]]、[[HOP CLUB]]&lt;br /&gt;
*[[6月21日]] - [[江里夏]]、声優&lt;br /&gt;
*[[6月25日]] - [[武久裕介]]、[[ジャニーズJr.#関西Jr.|関西ジャニーズJr.]]&lt;br /&gt;
*[[6月29日]] - [[矢口聖来]]、グラビアアイドル&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 7月 ===&lt;br /&gt;
*[[7月6日]] - [[高下彩]]、女優&lt;br /&gt;
*[[7月10日]] - [[虎南有香]]、ファッションモデル&lt;br /&gt;
*7月10日 - [[林丹丹]]、タレント&lt;br /&gt;
*[[7月11日]] - [[田中直乃]]、タレント&lt;br /&gt;
*[[7月13日]] - [[道重さゆみ]]、[[モーニング娘。]]&lt;br /&gt;
*[[7月20日]] - [[後藤泰観]]、[[Tops]]&lt;br /&gt;
*[[7月22日]] - [[山元竜一]]、俳優&lt;br /&gt;
*[[7月23日]] - [[ダニエル・ラドクリフ]]、俳優&lt;br /&gt;
*[[7月27日]] - [[太田渉子]]、スキー選手&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 8月 ===&lt;br /&gt;
*[[8月1日]] - [[黒川智花]]、女優&lt;br /&gt;
*[[8月9日]] - [[小野健斗]]、俳優&lt;br /&gt;
*[[8月12日]] - [[森田竜次]]、性犯罪者&lt;br /&gt;
*[[8月15日]] - [[岡田将生]]、俳優&lt;br /&gt;
*[[8月16日]] - [[永岡真実]]、ファッションモデル&lt;br /&gt;
*[[8月17日]] - [[松本玲奈]]、タレント&lt;br /&gt;
*[[8月18日]] - [[奈津子]]、女優&lt;br /&gt;
*8月18日 - [[亜希子]]、女優&lt;br /&gt;
*[[8月20日]] - [[山本佑美]]、ファッションモデル&lt;br /&gt;
*[[8月26日]] - [[宇野なおみ]]、女優&lt;br /&gt;
*8月26日 - [[古川英利子]]、タレント、モデル&lt;br /&gt;
*[[8月30日]] - [[垣内彩未]]、女優&lt;br /&gt;
*8月30日 - [[かりん (タレント)|かりん]]、芸能人女子フットサル選手（FANTASISTA）&lt;br /&gt;
*[[8月31日]] - [[桐山照史]]、[[B.A.D.BOYS]]&lt;br /&gt;
*8月31日 - [[塩谷司]]、元ジャニーズJr.&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 9月 ===&lt;br /&gt;
*[[9月1日]] - [[佐野貢士]]、[[ジャニーズJr.#名古屋Jr.|名古屋ジャニーズJr.]]&lt;br /&gt;
*[[9月2日]] - [[アレシャンドレ・パト]]、サッカー選手([[SCインテルナシオナル]]([[ブラジル]])所属)&lt;br /&gt;
*[[9月8日]] - [[毛利友哉]]、俳優&lt;br /&gt;
*[[9月11日]] - [[熊本野映]]、俳優&lt;br /&gt;
*9月11日 - [[倉持明日香]]、AKB48&lt;br /&gt;
*[[9月13日]] - [[岡本奈月]]、タレント&lt;br /&gt;
*9月13日 - [[桐村萌絵]]、タレント&lt;br /&gt;
*[[9月18日]] - [[はねゆり]]、ファッションモデル&lt;br /&gt;
*[[9月27日]] - [[丹羽未来帆]]、ファッションモデル&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 10月 ===&lt;br /&gt;
*[[10月1日]] - [[鈴木彩]]、芸能人女子フットサル選手（FANTASISTA）&lt;br /&gt;
*[[10月2日]] - [[落合真純]]、芸能人女子フットサル選手（[[表参道BEAUTY]]）&lt;br /&gt;
*[[10月3日]] - [[近藤あゆみ]]、タレント&lt;br /&gt;
*10月3日 - [[水野彰吾]]、名古屋ジャニーズJr.&lt;br /&gt;
*[[10月5日]] - [[高田謙]]、名古屋ジャニーズJr.&lt;br /&gt;
*10月5日 - [[希美まゆ]]、AV女優&lt;br /&gt;
*[[10月11日]] - [[ミシェル・ウィー]]、[[ゴルファー]]&lt;br /&gt;
*[[10月13日]] - [[神岡実羅乃]]、音楽&amp;amp;ダンスユニット・hy4_4yhメンバー&lt;br /&gt;
*10月13日 - [[飯塚由衣]]、ファッションモデル&lt;br /&gt;
*[[10月18日]] - [[仲里依紗]]、ファッションモデル&lt;br /&gt;
*[[10月19日]] - [[栩原楽人]]、俳優&lt;br /&gt;
*[[10月20日]] - [[伊原茉莉花]]、女優&lt;br /&gt;
*[[10月25日]] - [[高田将司]]、タレント（[[ジャパンアクションエンタープライズ]]）&lt;br /&gt;
*[[10月29日]] - [[山本康裕 (サッカー選手)|山本康裕]]、[[ジュビロ磐田]]ユースのサッカー選手&lt;br /&gt;
*10月29日 - [[佐伯美香 (AKB48)|佐伯美香]]、AKB48&lt;br /&gt;
*[[10月30日]] - [[斎藤朱莉]]、アイドル&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 11月 ===&lt;br /&gt;
*[[11月1日]] - [[諸塚香奈実]]、アイドル&lt;br /&gt;
*[[11月8日]] - [[小林涼子]]、女優・ファッションモデル&lt;br /&gt;
*[[11月11日]] - [[田中れいな]]、モーニング娘。&lt;br /&gt;
*[[11月14日]] - [[山本亮太]]、[[M.A.D.]]&lt;br /&gt;
*[[11月15日]] - [[上脇結友]]、女優&lt;br /&gt;
*[[11月17日]] - [[秦みずほ]]、グラビアアイドル&lt;br /&gt;
*11月17日 - [[江口雅隆]]、サッカー選手&lt;br /&gt;
*[[11月22日]] - [[中田大智]]、アイドル&lt;br /&gt;
*[[11月23日]] - [[奥田朱理]]、女子プロレスラー&lt;br /&gt;
*[[11月28日]] - [[安田英主]]、[[ピアニスト]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 12月 ===&lt;br /&gt;
*[[12月5日]] - [[吉田理沙子]]、ファッションモデル&lt;br /&gt;
*[[12月19日]] - [[MIKE]]、アイドル&lt;br /&gt;
*[[12月21日]] - [[渡辺有菜]]、女優&lt;br /&gt;
*[[12月22日]] - [[中嶋悠耶]]、関西ジャニーズJr.&lt;br /&gt;
*12月22日 - [[金子智美]]、AKB48&lt;br /&gt;
*[[12月24日]] - [[麻倉憂]]、AV女優&lt;br /&gt;
*[[12月25日]] - [[丸山葵]]、芸能人女子フットサル選手（FANTASISTA）&lt;br /&gt;
*[[12月26日]] - [[秋山奈々]]、女優・ファッションモデル&lt;br /&gt;
*12月26日 - [[金成幸子]]、女子プロレスラー&lt;br /&gt;
*12月26日 - [[坂本恵梨]]、殺人犯&lt;br /&gt;
*[[12月28日]] - [[平沢いずみ]]、モデル&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 月日不明 ===&lt;br /&gt;
*[[塙翔平]]、俳優&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 死去 ==&lt;br /&gt;
=== 1月～3月 ===&lt;br /&gt;
* [[1月4日]] - [[古田順子]]、[[女子高生コンクリート詰め殺人事件]]の被害者&lt;br /&gt;
* [[1月7日]] - [[昭和天皇]]、第124代[[天皇]]（* [[1901年]]）&lt;br /&gt;
* [[1月19日]] - [[橋本登美三郎]]、[[政治家]]（* 1901年）&lt;br /&gt;
* [[1月23日]] - [[高橋良明]]、[[俳優]]（* [[1972年]]）&lt;br /&gt;
* 1月23日 - [[サルバドール・ダリ]]、[[画家]]（* [[1904年]]）&lt;br /&gt;
* [[1月28日]] - [[山階芳麿]]、日本の[[皇族]]・[[華族]]・[[鳥類|鳥類学者]]（* [[1900年]]）&lt;br /&gt;
* [[1月31日]] - [[芥川也寸志]]、[[作曲家]]（* [[1925年]]）&lt;br /&gt;
* [[2月9日]] - [[手塚治虫]]、[[漫画家]]（* [[1928年]]）&lt;br /&gt;
* [[2月12日]] - [[トーマス・ベルンハルト]]、[[小説家]]（* [[1931年]]）&lt;br /&gt;
* [[2月13日]] - [[ジョルジュ・シムノン]]、[[推理作家]]（* [[1903年]]）&lt;br /&gt;
* [[2月23日]]？ - [[山田昇]]、[[登山家]]（* [[1950年]]）&lt;br /&gt;
* [[2月27日]] - [[コンラート・ローレンツ]]、[[動物学|動物学者]]（* [[1903年]]）&lt;br /&gt;
* [[3月3日]] - [[大坂志郎]]、俳優（* [[1920年]]）&lt;br /&gt;
* [[3月4日]] - [[南廣]]、俳優（* [[1928年]]）&lt;br /&gt;
* [[3月14日]] - [[ツィタ (オーストリア皇后)|ツィタ]]、[[オーストリア・ハンガリー帝国]]皇帝[[カール1世 (オーストリア皇帝)|カール1世]]の皇后（* [[1892年]]）&lt;br /&gt;
* [[3月20日]] - [[五島昇]]、[[実業家]]・[[東京急行電鉄|東急]]社長・会長（* [[1916年]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 4月～6月 ===&lt;br /&gt;
* [[4月10日]] - [[色川武大]]（阿佐田哲也）、[[小説家]]（* [[1929年]]）&lt;br /&gt;
* [[4月12日]] - [[シュガー・レイ・ロビンソン]]、[[プロボクサー]]（* [[1921年]]）&lt;br /&gt;
* [[4月15日]] - [[胡耀邦]]、元[[中国共産党]]総書記（* [[1915年]]）&lt;br /&gt;
* [[4月16日]] - [[石川馨]]、[[化学工学|化学工学者]]（* [[1915年]]）&lt;br /&gt;
* [[4月22日]] - [[エミリオ・セグレ]]、[[物理学者]]（* [[1905年]]）&lt;br /&gt;
* [[4月27日]] - [[松下幸之助]]、実業家・[[松下電器産業|松下電器]]創業者（* [[1894年]]）&lt;br /&gt;
* [[4月30日]] - [[李方子]]、元[[大韓帝国]]皇太子[[李垠]]妃（* [[1901年]]）&lt;br /&gt;
* 4月30日 - [[セルジオ・レオーネ]]、[[映画監督]]（* [[1929年]]）&lt;br /&gt;
* 4月30日 - [[殿山泰司]]、[[俳優]]（* [[1915年]]）&lt;br /&gt;
* [[5月2日]] - [[春日一幸]]、政治家（* [[1910年]]）&lt;br /&gt;
* [[5月15日]] - [[つかせのりこ]]、[[声優]]（* [[1946年]]）&lt;br /&gt;
* [[5月19日]] - [[阿部昭]]、[[小説家]]（* [[1934年]]）&lt;br /&gt;
* [[5月22日]] - [[相沢忠洋]]、[[岩宿遺跡]]発見者（* [[1926年]]）&lt;br /&gt;
* [[5月26日]] - [[鷹司和子]]、昭和天皇第三皇女（* [[1929年]]）&lt;br /&gt;
* [[6月2日]] - [[渡辺岳夫]]、作曲家（* [[1933年]]）&lt;br /&gt;
* [[6月4日]] - [[ルーホッラー・ホメイニー]]、[[イラン]]最高指導者（* [[1900年]]?）&lt;br /&gt;
* [[6月22日]] - [[アンリ・ソゲ]]、作曲家（* [[1901年]]）&lt;br /&gt;
* [[6月24日]] - [[美空ひばり]]、[[歌手]]（* [[1937年]]）&lt;br /&gt;
* [[6月27日]] - [[アルフレッド・エイヤー]]、[[哲学者]]（* [[1910年]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 7月～9月 ===&lt;br /&gt;
* [[7月2日]] - [[アンドレイ・グロムイコ]]、元[[ソビエト連邦|ソ連]]外相・[[最高会議幹部会議長]]（* [[1909年]]）&lt;br /&gt;
* [[7月11日]] - [[ローレンス・オリヴィエ]]、[[俳優]]（* [[1907年]]）&lt;br /&gt;
* [[7月15日]] - [[鈴木貞一]]、[[軍人]]・[[A級戦犯]]（* [[1888年]]）&lt;br /&gt;
* [[7月16日]] - [[ヘルベルト・フォン・カラヤン]]、[[指揮者]]（*[[1908年]]）&lt;br /&gt;
* [[7月19日]] - [[伊藤真乗]]、[[真如苑]]開祖 （*[[1906年]]）&lt;br /&gt;
* [[7月23日]] - [[岡部三千代]]、[[明石美人短大生・岡部三千代さん全裸殺人事件|明石女子短大生ヌード殺人事件]]の被害者（* [[1970年]]）&lt;br /&gt;
* [[8月1日]] - [[ジョン・オグドン]]、[[ピアニスト]]（* [[1937年]]）&lt;br /&gt;
* [[8月12日]] - [[ウィリアム・ショックレー]]、物理学者（* [[1910年]]）&lt;br /&gt;
* [[8月14日]] - [[ロバート・B・アンダーソン]]、元[[アメリカ合衆国財務長官]]（* [[1910年]]）&lt;br /&gt;
* [[8月16日]] - [[岩上二郎]]、元[[茨城県]][[知事]]・[[参議院議員]]（* [[1913年]]）&lt;br /&gt;
* [[8月18日]] - [[古関裕而]]、作曲家（* [[1909年]]）&lt;br /&gt;
* [[9月5日]] - [[入江徳郎]]、[[ジャーナリスト]]・[[ニュースキャスター]]（* [[1913年]]）&lt;br /&gt;
* [[9月14日]] - [[ペレス・プラード]]、バンドリーダー、指揮者、[[ピアニスト]]（* [[1916年]]）&lt;br /&gt;
* [[9月22日]] - [[アーヴィング・バーリン]]、作曲家（* [[1888年]]）&lt;br /&gt;
* [[9月28日]] - [[フェルディナンド・マルコス]]、[[フィリピン]][[大統領]]（* [[1917年]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 10月～12月 ===&lt;br /&gt;
* [[10月4日]] - [[セクレタリアト]]、競走馬（* [[1970年]]）&lt;br /&gt;
* [[10月6日]] - [[安倍源基]]、元[[内務大臣]]（* [[1894年]]）&lt;br /&gt;
* [[10月12日]] - [[カーメン・キャバレロ]]、[[ピアニスト]]（* [[1913年]]）&lt;br /&gt;
* [[10月26日]] - [[浦辺粂子]]、[[女優]]（* [[1902年]]）&lt;br /&gt;
* [[11月4日]] - [[隆慶一郎]]、[[脚本家]]、[[小説家]]（* [[1923年]]）&lt;br /&gt;
* [[11月5日]] - [[ヴラディーミル・ホロヴィッツ]]、ピアニスト（* [[1903年]]）&lt;br /&gt;
* [[11月6日]] - [[松田優作]]、俳優（* [[1949年]]）&lt;br /&gt;
* [[11月10日]] - [[池田久克]]、元[[防衛施設庁]]長官（* [[1934年]]）&lt;br /&gt;
* 11月10日 - [[村尾重雄]]、元[[民社党]][[参議院議員]]（*[[1901年]]）&lt;br /&gt;
* 11月10日 - [[アルマン・ベラール]]、元駐日フランス大使（* [[1904年]]）&lt;br /&gt;
* [[11月13日]] - [[フランツ・ヨーゼフ2世]]、[[リヒテンシュタイン家|リヒテンシュタイン大公]]（* [[1906年]]）&lt;br /&gt;
* [[11月19日]] - [[森茂喜]]、[[森喜朗]]第86、87代[[内閣総理大臣]]の父（* [[1910年]]）&lt;br /&gt;
* 11月19日 - 石橋シナ、[[石橋政嗣]]元[[日本社会党|社会党]]委員長の母（* [[1896年]]）&lt;br /&gt;
* [[11月23日]] - [[志賀真理子]]、[[アイドル]]声優（* [[1969年]]）&lt;br /&gt;
* [[12月6日]] - [[岩間鶴夫]]、[[映画監督]]（* [[1913年]]）&lt;br /&gt;
* 12月6日 - [[ジョン・ペイン]]、アメリカの俳優（* [[1912年]]）&lt;br /&gt;
* [[12月9日]] - [[開高健]]、作家（* [[1930年]]）&lt;br /&gt;
* [[12月11日]] - [[森川公也]]、俳優、声優（* [[1932年]]）&lt;br /&gt;
* [[12月12日]] - [[田河水泡]]、[[漫画家]]（* [[1899年]]）&lt;br /&gt;
* [[12月14日]] - [[アンドレイ・サハロフ]]、[[物理学者]]・[[人権]]運動家（* [[1921年]]）&lt;br /&gt;
* 12月14日 - [[勝間田清一]]、元[[日本社会党委員長]]（* [[1908年]]）&lt;br /&gt;
* [[12月22日]] - [[サミュエル・ベケット]]、脚本家、小説家、[[詩人]]（* [[1906年]]）&lt;br /&gt;
* [[12月25日]] - [[ニコラエ・チャウシェスク]]、元[[ルーマニア]]大統領（* [[1918年]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ノーベル賞 ==&lt;br /&gt;
* [[ノーベル平和賞|平和賞]] - [[ダライ・ラマ14世]]&lt;br /&gt;
* [[ノーベル生理学・医学賞|生理学・医学賞]] - [[ミハエル・ビショップ]]、[[ハロルド・ヴァーマス ]]&lt;br /&gt;
* [[ノーベル物理学賞|物理学賞]] - [[ノーマン・ラムゼー]]、[[ハンス・デーメルト]]、[[ヴォルフガング・パウル]]&lt;br /&gt;
* [[ノーベル化学賞|化学賞]] - [[シドニー・アルトマン]]、[[トーマス・チェック]]&lt;br /&gt;
* [[ノーベル文学賞|文学賞]] - [[カミーロ・ホセ・セラ]]&lt;br /&gt;
* [[アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン銀行賞|経済学賞]] - [[トリグヴェ・ホーヴェルモ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====フィクションの出来事====&lt;br /&gt;
誘拐事件など発生する。（64)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:1989年|*]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Tamac777</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E5%9D%82%E6%9C%AC%E6%81%B5%E6%A2%A8&amp;diff=395775</id>
		<title>坂本恵梨</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E5%9D%82%E6%9C%AC%E6%81%B5%E6%A2%A8&amp;diff=395775"/>
				<updated>2021-12-18T00:15:27Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Tamac777: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:坂本恵梨1.png|600px|thumb|坂本　恵梨]]&lt;br /&gt;
[[Image:坂本恵梨2.png|600px|thumb|坂本　恵梨]]&lt;br /&gt;
[[Image:坂本恵梨3.png|600px|thumb|坂本　恵梨]]&lt;br /&gt;
'''坂本 恵梨'''（さかもと えり、[[1989年]][[12月26日]] - ）とは、[[岡山県]]のひき殺し[[契約社員]]。「RABBIT JOHNSON」というバンドのメンバー。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 老人を轢き逃げし死亡させた坂本恵梨さん「免許をとった坂本さんはとりあえず爆走！運転ちょっと上手くなった気がした」と轢き殺した数日後にツイート ==&lt;br /&gt;
[[岡山市]]中区平井で2013年[[4月30日]]夜に発生した死亡ひき逃げ事件で、岡山中央署は[[5月4日]]、自動車運転過失致死と道交法違反(ひき逃げ)で同市北区駅元町、契約社員坂本恵梨(23)を逮捕した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
4月30日午後9時45分ごろ、同市中区平井の県道で、自転車ごと倒れていた同所、岡五郎さん(65)を乗用車でひいて死亡させ、そのまま逃げた。岡さんは頭頂部を粉砕骨折し、脳挫滅で死亡した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同署は、現場付近に複数ある店舗の防犯カメラの映像を分析した上、事故と同時刻の検問で目撃情報を集め、坂本を割り出した。車底部にはこすったような跡があり、毛髪が付着していたという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
坂本は「事故を起こしたのは間違いないが、踏んだのは自転車だけと思っていた」と供述。事故当時、知人男性が同乗していたことも分かり、任意で事情を聴いている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== RABBIT JOHNSON ==&lt;br /&gt;
[https://twitter.com/Sakamotosandayo坂本恵梨/RABBIT JOHNSON]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
岡山でRABBIT JOHNSONってバンドやってます！5/1やっと復活！よろしくお願いしますよ！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
岡山 ・ http://ip.tosp.co.jp/i.asp?i=rabbitjohn3 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
↓　↓　↓　↓　↓　↓　↓&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
RABBITJOHNSON.からのお知らせです。&amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
諸事情により、予定していたDancing Shoes Tourを全公演キャンセルさせていただく事になりました。関係者の皆様、楽しみにしてくれていた皆様には迷惑をかけてしまい本当に申し訳ありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また諸事情につきましてはちゃんとした結果、結論が出てからきちんと説明の場を設けます。ご報告が遅くなってしまい本当に申し訳ありませんでした。現時点で確信を持って話せることはこれだけです。もう少しだけ待ってください。よろしくお願いします。&amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
RABBITJOHNSON. Vo,Gt 松本 健太郎&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
http://ip.tosp.co.jp/i.asp?i=rabbitjohn3&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:さかもと　えり}}&lt;br /&gt;
[[Category:バカ]]&lt;br /&gt;
[[Category:2013年の日本の事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:岡山県の歴史]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の殺人犯]]&lt;br /&gt;
[[Category:人殺し]]&lt;br /&gt;
[[Category:1989年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Tamac777</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E4%BB%8A%E4%BA%95%E9%9B%85%E4%B9%8B&amp;diff=395774</id>
		<title>今井雅之</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E4%BB%8A%E4%BA%95%E9%9B%85%E4%B9%8B&amp;diff=395774"/>
				<updated>2021-12-18T00:12:19Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Tamac777: /* 外部リンク */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{ActorActress&lt;br /&gt;
| 芸名 = 今井 雅之&lt;br /&gt;
| ふりがな = いまい まさゆき&lt;br /&gt;
| 画像ファイル =&lt;br /&gt;
| 画像サイズ =&lt;br /&gt;
| 画像コメント =&lt;br /&gt;
| 本名 = 同じ&lt;br /&gt;
| 別名 =&lt;br /&gt;
| 出生地 = [[兵庫県]][[城崎郡]][[日高町_(兵庫県)|日高町]]&lt;br /&gt;
| 死没地 =&lt;br /&gt;
| 国籍 = {{JPN}}&lt;br /&gt;
| 民族 =&lt;br /&gt;
| 血液型 = [[ABO式血液型|O型]]&lt;br /&gt;
| 生年 = 1961&lt;br /&gt;
| 生月 = 4&lt;br /&gt;
| 生日 = 21&lt;br /&gt;
| 没年 = 2015&lt;br /&gt;
| 没月 = 5&lt;br /&gt;
| 没日 = 28&lt;br /&gt;
| 職業 =&lt;br /&gt;
| ジャンル = [[俳優]]・[[演出家]]&lt;br /&gt;
| 活動期間 = [[1986年]] -&lt;br /&gt;
| 活動内容 =&lt;br /&gt;
| 配偶者 =&lt;br /&gt;
| 家族 =&lt;br /&gt;
| 事務所 = [[オスカープロモーション]]&lt;br /&gt;
| 公式サイト = [http://catalog.oscarpro.co.jp/PcSearch/talent_detail/Talent/talent_search_result_list/140/ オフィシャルプロフィール]&lt;br /&gt;
| 主な作品 = '''演劇'''&amp;lt;br /&amp;gt;『[[THE WINDS OF GOD]]』&amp;lt;hr /&amp;gt;'''映画'''&amp;lt;br /&amp;gt;『[[静かな生活]]』／『THE WINDS OF GOD』&amp;lt;hr /&amp;gt;'''テレビドラマ'''&amp;lt;br /&amp;gt;『[[お金がない!]]』／『[[味いちもんめ]]』&lt;br /&gt;
| アカデミー賞 =&lt;br /&gt;
| AFI賞 =&lt;br /&gt;
| 英国アカデミー賞 =&lt;br /&gt;
| セザール賞 =&lt;br /&gt;
| エミー賞 =&lt;br /&gt;
| ジェミニ賞 =&lt;br /&gt;
| ゴールデングローブ賞 =&lt;br /&gt;
| ゴールデンラズベリー賞 =&lt;br /&gt;
| ゴヤ賞 =&lt;br /&gt;
| グラミー賞 =&lt;br /&gt;
| ブルーリボン賞 =&lt;br /&gt;
| ローレンス・オリヴィエ賞 =&lt;br /&gt;
| 全米映画俳優組合賞 =&lt;br /&gt;
| トニー賞 =&lt;br /&gt;
| 日本アカデミー賞 = '''優秀助演男優賞受賞'''&amp;lt;br /&amp;gt;[[1996年]] 『静かな生活』&lt;br /&gt;
| その他の賞 = '''[[キネマ旬報賞]] 新人男優賞''' [[1995年]]&amp;lt;br /&amp;gt;『THE WINDS OF GOD』／『静かな生活』&lt;br /&gt;
| 備考 =&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
'''今井 雅之'''（いまい まさゆき、[[1961年]][[4月21日]] - [[2015年]][[5月28日]]）は、[[日本]]の[[俳優]]・[[演出家]]である。[[兵庫県]][[城崎郡]][[日高町_(兵庫県)|日高町]]出身。身長178cm。[[空手道]]弐段、[[柔道]]初段。[[オスカープロモーション]]所属。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
代表作は原作も手がけた演劇・映画『[[THE WINDS OF GOD]]』、出身地で撮影し、初監督した『SUPPINぶるうす ザ・ムービー』など。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==来歴・人物==&lt;br /&gt;
幼いころから[[映画]]（[[洋画]]）・[[テレビドラマ]]が好きだった。特に[[千葉真一]]の熱狂的なファンで&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web |author = 今井雅之 |authorlink = 今井雅之 |date = 2010-10-24 |url = http://ameblo.jp/i-masayuki/entry-10686169761.html |title = 大先輩 |work = 今井雅之の押忍！ |publisher = アメーバブログ &amp;lt;!--|archiveurl = http://liveweb.archive.org/http://ameblo.jp/i-masayuki/entry-10686169761.html |archivedate = 2012-9-28--&amp;gt; |accessdate = 2012-3-3 }}&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web |author = 今井雅之 |date = 2011-6-28 |url = http://ameblo.jp/i-masayuki/entry-10937286125.html |title = 千葉先輩!!! |work = 今井雅之の押忍！ |publisher = アメーバブログ &amp;lt;!--|archiveurl = http://liveweb.archive.org/http://ameblo.jp/i-masayuki/entry-10937286125.html |archivedate = 2012-9-28--&amp;gt; |accessdate = 2012-3-3 }}&amp;lt;/ref&amp;gt;、テレビドラマ『[[キイハンター]]』に影響され、友達と『キイハンター』ごっこで遊ぶときには千葉に扮していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[兵庫県立豊岡高等学校]]卒業後、俳優になろうと志すが、自衛官の父に俳優になりたいのであれば自活するよういわれ、[[1980年]]4月[[陸上自衛隊]]に[[一般曹候補学生]]で入隊。同年12月[[滋賀県]][[今津町 (滋賀県)|今津町]]の[[第3師団 (陸上自衛隊)|第3師団]][[第3戦車大隊]]（[[今津駐屯地]]）に配属。上官に[[俳優]]になりたいため辞めたい旨を告げ、「自衛隊は俳優養成所ではないぞ」と叱られる。[[1981年]]9月、[[陸士長]]で自己都合退職。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1986年]]3月[[法政大学]][[文学部]]英文学科卒業。[[1986年]][[奈良橋陽子]]演出『MONKEY』にて[[演劇]]デビュー。映画『[[静かな生活]]』のストーカー役で[[1996年]][[日本アカデミー賞]]優秀助演男優賞受賞。当初奈良橋の主宰する[[UPS]]に所属していたが、『THE WINDS OF GOD』の[[ニューヨーク]]オフ･ブロードウェイ公演が頓挫したことに端を発する事務所とのトラブルから独立。[[エル・カンパニー]]を立ち上げる。[[1998年]]幾多のトラブルに見舞われながらも、オフ・オフ・ブロードウェイで公演、成功を収める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2005年]][[3月9日]]の『[[愛のエプロン]] 男祭り大会』で中エプにランキングされるなど、料理が得意。売れない時代に、「ラ・ボエム」の1号店（原宿店）に7年間勤める。自衛官時代の癖で大声で客の注文を復唱し店長の顰蹙を買い調理に回される{{要出典|date=2011年1月}}。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このほか[[岩波書店]]から『若いぼくらにできること-体験的教育論』（1997年、ISBN 4005002870）など複数の著作があり、[[日本文化チャンネル桜]]賛同人になったり、[[神社本庁]]や[[日本会議]]、靖国会館などでの講演会で[[特攻隊]]を「[[武士道]]精神に溢れる」と語るなど、[[保守派]]・[[右派]]文化人としての側面も見せるともに、『THE WINDS OF GOD』公演の最後には涙ながらに「'''NO MORE WAR!'''」と叫ぶなど、[[反戦]]への意志も強い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==出演==&lt;br /&gt;
=== 演劇 ===&lt;br /&gt;
*[[THE WINDS OF GOD]]（今井雅之脚本・演出・主演） - 平成3年度[[芸術祭 (文化庁)|文化庁芸術祭賞]]（原作・脚本・演技）受賞&lt;br /&gt;
*:[[1988年]]に初演から数十回にわたり再演をしており、海外（ニューヨーク、ロンドン、ハワイ）での公演も高い評価を得ている。[[2005年]]は今井雅之主演の舞台、[[DonDokoDon]]の[[山口智充]]と[[V6 (グループ)|V6]]の[[森田剛]]出演によるテレビドラマ、ハリウッドで全編英語脚本・日本人キャスト・スタッフによる映画制作がされている。&lt;br /&gt;
*:この演劇は一時封印していたが、[[アメリカ同時多発テロ事件]]を『神風アタック』と表現した米メディアに憤りを感じ、再演を決意したという。[[2009年]][[せんがわ劇場アンサンブル]]公演はこれまで演じていた兄貴役を[[重松隆志]]が演じ、今井雅之が演出をするオール新キャスト版が上演された。金太役は舞台「[[世界の中心で、愛をさけぶ]]」出演の[[古屋暢一]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===映画===&lt;br /&gt;
*[[彼女が水着に着替えたら]]&lt;br /&gt;
*[[ポップコーンLOVE]]&lt;br /&gt;
*[[静かな生活]]&lt;br /&gt;
*[[T・R・Y]]&lt;br /&gt;
*[[226 (映画)|226]]（1989年） - 中島莞爾 役&lt;br /&gt;
*[[八つ墓村 (1996年の映画)|八つ墓村]]&lt;br /&gt;
*[[右向け左!自衛隊へ行こう]]&lt;br /&gt;
*[[THE WINDS OF GOD]]&lt;br /&gt;
*[[Summer Nude]]&lt;br /&gt;
*[[起業士_天馬]]&lt;br /&gt;
*[[しあわせカモン]]（2009年） - 主人公[[松本哲也 (シンガーソングライター)|松本哲也]]の父•哲夫 役&lt;br /&gt;
*[[ストロベリーナイト (映画)|ストロベリーナイト]]（2013年） - 宮崎真一郎 役&lt;br /&gt;
*[[極道の妻(つま)たち Neo]]（2013年6月8日公開）- 加藤修 役&lt;br /&gt;
ほか多数&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== テレビドラマ ===&lt;br /&gt;
;[[NHK総合テレビジョン|NHK総合]]&lt;br /&gt;
*[[ドラマ人間模様]]「婚約」（1987年1月）&lt;br /&gt;
*[[ノンちゃんの夢]]（1988年4月-10月）&lt;br /&gt;
*[[ええにょぼ]]（1993年4月-10月）&lt;br /&gt;
*[[花の乱]]（1994年4月-12月） [[細川政元]]役&lt;br /&gt;
*[[ハチロー〜母の詩、父の詩〜]]（2005年1月-3月）アイン役&lt;br /&gt;
*[[ザ・ライバル「少年サンデー・少年マガジン物語」]]（2009年5月5日）&lt;br /&gt;
* 北九州放送局・開局80周年記念[[福岡発地域ドラマ]]「[[熱血!オヤジバトル|オヤジバトル!]]」（2012年2月） - 鉄工所社長 役&lt;br /&gt;
*[[プレミアムドラマ]]「かすていら」（2013年7月-8月、[[NHK BSプレミアム]]） - 岡崎一郎 役&lt;br /&gt;
*[[鼠、江戸を疾る#テレビドラマ|鼠、江戸を疾る]]（2014年） - 谷本亘兵衛 役&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]系&lt;br /&gt;
*[[勝手にしやがれヘイ!ブラザー]] 第14話（1990年1月26日）強盗犯（アニキ）役&lt;br /&gt;
*[[火曜サスペンス劇場]]&lt;br /&gt;
**「[[隠し続けた女]]」（1995年）黒田役&lt;br /&gt;
**「[[小京都ミステリー]]」（1998年）長坂翔役&lt;br /&gt;
*[[もう呼ぶな、海!]]（1999年2月、[[札幌テレビ放送|札幌テレビ]]）&lt;br /&gt;
*[[リミット もしも、わが子が…]]（2000年、[[讀賣テレビ放送|読売テレビ]]）&lt;br /&gt;
*[[極限推理コロシアム]]（2004年、読売テレビ）&lt;br /&gt;
*[[87%]]（2005年1月-3月）川上役&lt;br /&gt;
*[[ニセ医者と呼ばれて 〜沖縄・最後の医介輔〜]]（2010年12月、読売テレビ）&lt;br /&gt;
*[[お助け屋☆陣八]]（2013年、読売テレビ） - 荒巻隆治 役&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;[[TBSテレビ|TBS]]系&lt;br /&gt;
*[[俺たちルーキーコップ]]（1992年4月-7月）森川役&lt;br /&gt;
*[[月曜ドラマスペシャル]]&lt;br /&gt;
**「[[演歌・唱太郎の人情事件日誌]]1」（1996年9月2日） - 木田洋一 役&lt;br /&gt;
**「[[浅見光彦シリーズ]]8」（1997年3月10日） - 松山刑事 役&lt;br /&gt;
**「[[早乙女千春の添乗報告書]]6」（1998年4月6日） - 大竹英司 役&lt;br /&gt;
*[[HOTEL]] シリーズ5 第11話「11.ホテルマンの復讐」（1998年） ゲスト&lt;br /&gt;
*[[月曜ミステリー劇場]]&lt;br /&gt;
**[[探偵・喜多嶋翔子の調査報告書]] （2002年7月29日）- 西田拓三 役&lt;br /&gt;
**[[おばさん会長・紫の犯罪清掃日記 ゴミは殺しを知っているシリーズ|おばさん会長・紫の犯罪清掃日記 ゴミは殺しを知っている]]（2003年）&lt;br /&gt;
**[[やとわれ女将・菊千代の事件簿]]2（2005年2月）&lt;br /&gt;
*[[いのちの島]]（2009年11月23日） 長谷川治役&lt;br /&gt;
*[[日曜劇場]]・[[JIN-仁-|JIN-仁- 完結編]]（2011年4月-6月） 提供ナレーション&lt;br /&gt;
*[[月曜ゴールデン]]&lt;br /&gt;
**[[ヤメ判 新堂謙介 殺しの事件簿]]2（2012年1月）- 大八木徹 役&lt;br /&gt;
**[[警視庁心理捜査官・明日香]]2（2012年2月）- 梶原庸介 役&lt;br /&gt;
**[[ホームドクター・神村愛]]（2012年4月 - ）- 三村和志 役&lt;br /&gt;
**[[おふくろ先生の診療日記#第6作（2013年）|おふくろ先生の診療日記]]（2013年11月）- 芹沢雄策 役&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;[[フジテレビジョン|フジテレビ]]系&lt;br /&gt;
*[[戦艦大和 (テレビドラマ)|戦艦大和]]（1990年8月10日）&lt;br /&gt;
*[[世にも奇妙な物語]]&lt;br /&gt;
**『石田部長代理の災難』（1991年）&lt;br /&gt;
**『常識酒場』『トラブル・カフェ』（1992年）&lt;br /&gt;
**『心の声が聞こえる』（1994年）&lt;br /&gt;
** 春の特別編『怪我』（1996年）&lt;br /&gt;
**『扉の先』（1997年）&lt;br /&gt;
*[[NIGHT HEAD]]（1992年12月）&lt;br /&gt;
*[[お金がない!]]（1994年7月-9月）&lt;br /&gt;
*[[沙粧妙子・最後の事件]]（1995年7月-9月）&lt;br /&gt;
*[[ギフト (テレビドラマ)|ギフト]]（1997年4月-6月）&lt;br /&gt;
*[[お見合い結婚]]（2000年1月-3月）&lt;br /&gt;
*[[自由死刑#テレビドラマ|あしたの、喜多善男〜世界一不運な男の、奇跡の11日間〜]]（2008年1月-3月、[[関西テレビ放送|関西テレビ]]）&lt;br /&gt;
*[[泣かないと決めた日]]（2010年3月）中村恭一郎役&lt;br /&gt;
*[[WONDA×AKB48 ショートストーリー「フォーチュンクッキー」]] （2013年7月7日） - 井口課長 役&lt;br /&gt;
*[[金曜エンタテイメント]]&lt;br /&gt;
**「[[ナースな探偵]]」（1997年 - 1998年） - 成沢刑事 役&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;[[テレビ朝日]]系&lt;br /&gt;
*[[味いちもんめ]]II 京都編（1996年1月-3月） - 横山剛 役&lt;br /&gt;
**'97新春ドラマスペシャル 味いちもんめ（1997年1月）&lt;br /&gt;
**'2011新春ドラマスペシャル 味いちもんめ（2011年1月）&lt;br /&gt;
**'2013ドラマスペシャル 味いちもんめ（2013年5月）&lt;br /&gt;
*[[愛は正義]]（2001年1月-3月）&lt;br /&gt;
*[[バラ色の聖戦#テレビドラマ|バラ色の聖戦]]（2011年）花房銀次役&lt;br /&gt;
*[[土曜ワイド劇場]]&lt;br /&gt;
**「[[同居人カップルの殺人推理旅行]]」（1995年）新城巧 役&lt;br /&gt;
**「[[法医学教室の事件ファイル]]」（1996年）門野茂昭 役&lt;br /&gt;
**「[[“繭の密室”連続殺人事件]]」（1998年）日比野功一 役&lt;br /&gt;
**「[[キソウの女]]」（2006年、[[ABCテレビ|朝日放送]]）鵜飼直己 役&lt;br /&gt;
**「[[西村京太郎トラベルミステリー|西村京太郎トラベルミステリー54]]・伊豆の海に消えた女」（2010年）小山警部 役&lt;br /&gt;
**「[[はみだし弁護士・巽志郎]]」（2012年、朝日放送）小笠原正平 役&lt;br /&gt;
*[[砂の器#2011年版|松本清張ドラマスペシャル 砂の器]] 第一夜（2011年9月10日、テレビ朝日） - 強盗殺人犯 山田 役&lt;br /&gt;
*[[刑事魂]]（2012年3月31日） - 蒲田光輝 役&lt;br /&gt;
*[[ダブルス～二人の刑事]]（2013年6月6日、13日） -&lt;br /&gt;
*[[オリンピックの身代金 (奥田英朗)#テレビドラマ|オリンピックの身代金]]（2013年11月30日・12月1日、テレビ朝日） - 警備員 役&lt;br /&gt;
*[[宮本武蔵 (2014年のテレビドラマ)|宮本武蔵]]（2014年3月15日・16日、テレビ朝日） - 岩間角兵衛 役&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;[[テレビ東京]]系&lt;br /&gt;
*人情馬鹿物語「深川の鈴」（1998年1月）&lt;br /&gt;
*[[経済ドキュメンタリードラマ ルビコンの決断]]（2010年8月）[[中野勝義]] 役&lt;br /&gt;
*[[水曜ミステリー9]]&lt;br /&gt;
**「[[ハマの子宝先生 24時殺意の産声]]」（2006年）&lt;br /&gt;
**「[[捜査検事・近松茂道]]」（2011年）秦野警部 役&lt;br /&gt;
**「[[刑事の証明]]」（2012年）浜口正吾 役&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== テレビCM ===&lt;br /&gt;
* [[協和発酵キリン|協和発酵]]「焼酎 大五郎」&lt;br /&gt;
* [[小林製薬]]「トイレその後に」（2006年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== バラエティ ===&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- 単発のゲスト出演は不要。レギュラー番組のみ記述をお願いします。「Wikipedia:ウィキプロジェクト 芸能人」参照 --&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[中居くん温泉]]（[[1997年]]、読売テレビ） - メイン司会の[[中居正広]]とテレビ朝日のテレビドラマ「味いちもんめ」以来の久々の共演。中居の演技を絶賛し、「味 - 」撮影時に中居とつかみ合いのシーンの終了後、撮影終了しているにもかかわらず、すぐに手を離すことができずしばらくにらみ合ってしまい、[[アシスタントディレクター|AD]]が仲裁に入った等の話で盛り上がっていた。撮影現場の雰囲気はとてもよく、「パート157までいってほしい」と「味いちもんめ」を絶賛している[http://ameblo.jp/i-masayuki/entry-10728536766.html ]。&lt;br /&gt;
* [[英語でしゃべらナイト]]（NHK） - 自慢の英語で、映画『[[ターミナル (映画)|ターミナル]]』公開時に来日していた[[トム・ハンクス]]にインタビューをした。その際、「あなたの英語は素晴らしい」と褒められる。その後、スタジオにも出演。&lt;br /&gt;
* [[ニッポン・ダンディ]]（[[東京メトロポリタンテレビジョン|TOKYO MX]]） - 木曜ダンディ&lt;br /&gt;
* [[バラいろダンディ]]（TOKYO MX） - 木曜ダンディ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
*[[2004年]][[3月27日]]の『[[たかじんのそこまで言って委員会]] 春の芸能界スペシャル』（読売テレビ）において、「芸能人にプライバシーはあるか」というテーマが出された。この時、[[サンズエンタテインメント]]社長の[[野田義治]]がマネージメント戦略において、「自分たちは[[女衒]]、タレントは吉原の[[遊女]]」とあくまで遊女を芸人として例えた発言に、今井は激怒した。これに[[浜田幸一]]が「目上の人に向かってそんな口を利くんじゃない」と言うと、今井が「先生に言われたくないですよ。しょっちゅうブチギレてんじゃないですか?キレてる芸で飯食ってるじゃないですか。」と反論。浜田は立腹し途中退席する一幕があった。野田社長や他のゲストである[[ガッツ石松]]が浜田を追っていくと、今井も「行って来ますよ、もうー」と席を立つ。しかしガッツ石松に「今来ちゃだめ。来ない方が良い。」と止められるが、それを押し切って退場する。後日、浜田は『[[行列のできる法律相談所]]』（[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]）で[[島田紳助]]に「また、キレたそうやな」と聞かれ「すまなかった」と謝罪した。なお今井は以前にも、浜田と『イラクへの自衛隊派遣』の是非（今井はイラク派遣には反対・浜田は賛成）について、あるテレビ番組の中で激論を交わし、浜田を激怒させている。&lt;br /&gt;
*大学受験時、入学した法政大学の他、[[青山学院大学]][[文学部]]にも合格したが、当時読売ジャイアンツの[[江川卓 (野球)|江川卓]]のファンだったこともあり、江川の出身校でもある法政大学を選択したが、入学して男子学生のあまりの多さに、当時の今井に華やかなキャンパスライフに映った青学を蹴って入学したことを後悔したこともあったという。&amp;lt;ref&amp;gt;http://journal.ocn.ne.jp/people/vol35/people04.html&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
*[[2013年]][[7月18日]]放送の[[東京メトロポリタンテレビジョン|TOKYO MX]]の番組[[ニッポン・ダンディ]]にて、「[[広島]]や[[沖縄]]のように、平和教育を行っている地域が成人式の騒ぎや''広島の殺人事件''など問題が多い。」と具体的な論拠を示さず発言した。''広島の殺人事件''とは[[2013年]][[7月14日]][[広島県]][[呉市]]の遺体遺棄事件のことである。&lt;br /&gt;
*大学生の時、自分の限界を知るために、様々な挑戦を行った。なお、テントや寝袋を持たず、全て野宿である。&lt;br /&gt;
** 東京～大阪間のマラソン&lt;br /&gt;
***1982年の12月に東京～大阪間のマラソンを行った。冬もかかわらず、野宿をした。一週間で完走することを目標にしていたが10日かかった。長時間、連日走っていたため、途中で足を痛めてしまったが、自衛隊時代の上司に「もし足が壊れたらどうやって治すか。走れば治る！」と言っていたのを思い出し、止まらず走ってみると、走っている最中だけではあるが本当に痛みが収まったという。&lt;br /&gt;
** 奥多摩でサバイバル&lt;br /&gt;
***東京～大阪間のマラソンの約半年後、奥多摩の山で塩とナイフだけで、一週間の野宿を行った。梅雨の時期ということもあり、食料が全くなかったため、木の根、蜘蛛、蟻、カエルを食べた。それだけでは当然空腹を満たすことは出来ず、あまりの空腹のため何度も腹痛が起こり、痛みに耐えられなくなり気絶した。ハイキングコースを歩いていた時、弁当が捨ててあったのを拾って食べた。その弁当のご飯はネバネバしていてカビも生えていたが、感動するほど美味しく、特に海老の天ぷらの尻尾は「この世にこんなうまいものがあるのか。」と思った。このサバイバルで、まともな物を毎日食べられるありがたさを身を持って知った。ちなみに、入山前に70kgあった体重は下山後58kgまで落ちたが、すぐに元の体重に戻った。&lt;br /&gt;
** 真冬の北海道縦断&lt;br /&gt;
***それから3年後、自分の寒さに対する限界を知るために、2月の北海道で稚内～函館を徒歩で横断することに挑戦した。4～5日不眠不休で歩き、吹雪に襲われることも多かった。途中で意識を失って行き倒れになったところを警察に助けられた。その後、何度も意識を失い幻覚を見ながらも函館に辿りつけた。最終的に10日かかった。&lt;br /&gt;
** 真夏の本州縦断マラソン&lt;br /&gt;
***その年の8月、青森～北九州（関門トンネルを抜けるまで）の本州縦断マラソンに挑戦した。この年は記録的な猛暑だったが、北海道の時のように、倒れても凍死することはないため気持ちは楽だったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[日本の男優一覧]]&lt;br /&gt;
*[[兵庫県出身の人物一覧]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://ameblo.jp/i-masayuki/ 今井雅之オフィシャルブログ『今井雅之の「押忍!」』]&lt;br /&gt;
* [http://beamie.jp/t/masayuki_imai.html 今井雅之の所属会社の公式コミュニティサイトオフィシャルプロフィール]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{オスカープロモーション}}&lt;br /&gt;
{{キネマ旬報ベスト・テン新人男優賞}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:いまい まさゆき}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の俳優]]&lt;br /&gt;
[[Category:オスカープロモーション]]&lt;br /&gt;
[[Category:自衛隊出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:陸上自衛官]]&lt;br /&gt;
[[Category:法政大学出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:兵庫県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1961年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:2015年没]]&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Tamac777</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=F%E3%83%A9%E3%83%B3&amp;diff=395773</id>
		<title>Fラン</title>
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				<updated>2021-12-18T00:11:30Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Tamac777: /* 奨学金が支える｢Fランク大学｣の葛藤と不安。1300万円のハンデを負って通う価値はあるか? */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:Fラン1.jpg|350px|thumb|Fランク大学]]&lt;br /&gt;
'''Fラン'''(えふらん)とは、Fランク大学の略称。一般には、[[偏差値]]が[[日東駒専]]より下の大学を指すことが多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
学費を払う意味はあるのか?高卒で働いたほうが有意義と言われる大学である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 由来 ==&lt;br /&gt;
[[Image:Fラン2.jpg|350px|thumb|Fランク大学]]&lt;br /&gt;
[[河合塾]]が「'''Fランク大学'''」（不合格者数が極めて少ない、または皆無なため、[[学力偏差値|偏差値]]を付けることが不可能な大学・学部）という分類をつくったことが始まりである。一部のインターネットの掲示板等でFランクは[[下流大学]]（上からアルファベット順にランク付けした場合のEの下）を指す[[代名詞]]として誤用されるなど、言葉そのものが独り歩きを続けている。そして、決して河合塾による用語ではないが、インターネット上のスラングでFランク大学は「Fラン」や「F大」などといわれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
河合塾が一般に公開している偏差値表では、BFランク（Fランク）とされる偏差値35未満の大学名の記載は行っていない。ネット上で「Fランク」と名指しされている大学が、必ずしもBFランク（偏差値35未満）でないことも多い。なお、偏差値が36以上だからといって「Fランク」じゃないと言える訳ではない。推薦入試を多く取り入れてるFランク大学は、全入大学なのに40弱の偏差値が出る事もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==概要==&lt;br /&gt;
[[日本]]国内の多くの[[大学]]は、入学前に学力検査を行っている（[[入学試験]]）。これは、本来は大学での学問活動を行うに充分な学力があるかどうかを確認するためのものであったが、その後志願者から定員を超えた人数分だけ辞退させるためのものに変質していった。そしてその結果、[[河合塾]]などの大手[[予備校]]などが[[受験産業]]として発展して行くこととなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方、今日でも志願者の一部に辞退してもらう必要のない大学もあり、そのような大学においては、この本来の学力検査の思想に則って純粋に学力検査の目的で入学試験を実施している。しかし、そのような大学の存在は、当然ながら予備校などの受験産業にとっては有害無益なものである(もし、学力検査で不合格にされる恐れが全く無くなってしまえば、予備校などを利用する者がいなくなってしまい、結果として経営破綻につながってしまうからである)。このため、そのような大学を特に一般の大学と区別するために河合塾によって創設されたカテゴリが'''Fランク大学'''または'''BFランク大学'''と呼ばれるカテゴリである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==特徴==&lt;br /&gt;
===入学試験===&lt;br /&gt;
[[Image:Fラン3.jpg|350px|thumb|Fランク大学]]&lt;br /&gt;
[[Image:Fラン4.jpg|600px|thumb|Fランク大学]]&lt;br /&gt;
入学試験は基本的に、大学での学業に堪えられる基礎学力があるかどうかを審査するためのものとして機能している。このため、以下のような特徴がある。&lt;br /&gt;
;英語&lt;br /&gt;
:日本語のみの講義を行うため、基本的に白紙でも不合格とはしない。大学においても、英語教育は実施されてはいるが、[[中学校]]や[[高等学校]]と違って[[学習指導要領]]が定められているわけではないので、大学での英語の授業についていけるかどうかを審査する必要もない。かくして、Fランク大学での入学試験の英語の成績は、'''どのような英語の授業を行えばよいかを見るための資料として機能する'''こととなる。&lt;br /&gt;
;数学&lt;br /&gt;
:[[文科系]]なら、数学など不要なので、基本的に白紙でも不合格とはならない。それ以前に、文科系なら数学を選択する奇特な受験生など殆どいないから、試験さえ実施されないことも珍しくない。&lt;br /&gt;
:一方[[理科系]]でも、面倒な計算は[[コンピューター|電子計算機]]に任せればよいので、やはり白紙でも不合格とはならない。&lt;br /&gt;
;国語&lt;br /&gt;
:そもそも、[[日本]]では既に[[義務教育]]で基本となる会話力や文章表現力は学んでいるはずであり、大学でもそれほど高度な国語力は求められていない。従って、名前さえ正しく書けさえすれば、解答欄が空白となっていても、不合格となる恐れはない。&lt;br /&gt;
;公民&lt;br /&gt;
:みんな現代社会の中で生きているので、現代のことはよく知っているはずであり、当然ながら最低限守るべきルールもわかっているはずである。従って、試験中に騒がず静かにしたまま過ごすことができれば合格となる。&lt;br /&gt;
;地理&lt;br /&gt;
:明確に試験という形で実施されていることは少ないが、実際は暗黙のうちに実施され採点されているのが実情である。そもそも大学の講義を受けるには大学へ来る必要がある。大学の所在地を理解し、各種交通機関を利用して通学する地理能力がなければ大学を卒業することは出来ないのである。すなわち、地理の試験は試験会場となる大学へ来れた時点で満点を貰えるようになっている。なお、折角大学まで来れても帰りに迷子になってしまった場合は減点されてしまうので注意が必要である。'''Fランク大学の入学試験は、家に着くまでが入学試験です'''。&lt;br /&gt;
;化学&lt;br /&gt;
:物質の性質を理解し、正しく活用出来ているかをこれまた暗黙のうちに採点していることが多い。特に鉛筆の性質についての理解を確かめる場合が多く、答案用紙に何か鉛筆を用いて書かれていれば合格点を貰えるようになっている。さらに訂正箇所を線描ではなく消しゴムを利用して消してあればさらに追加点が得られる。&lt;br /&gt;
;調査書もしくは高認成績証明書&lt;br /&gt;
:高校から発行される調査書、もしくは文部科学省から発行される高認成績証明書については、[[誰も気にしない|特に気にしない]]。調査書を数値化する、それ以前に調査書を開封する作業で既にコストがかかること、及び大学での学業に堪えられないような生徒であれば卒業させることさえあり得ないと考えられることが理由として挙げられる。&lt;br /&gt;
;受験会場&lt;br /&gt;
:やたらと全国各地に試験会場を設けているところがある。これは、遠くの試験会場まで出かけるのが面倒な人や頭が悪いけど都会に出たい人のことを考えて実施している。&lt;br /&gt;
;合格発表&lt;br /&gt;
:とりあえず、大学の講義についていける事が確認出来れば合格となるため、不合格者数は非常に少ない。このため、合格者ではなく不合格者の受験番号を掲示する大学が多い。それでも該当者がいないことも珍しくなく、その場合には受験を辞退した者の受験番号や実際に該当者のいない架空の受験番号を不合格者として掲示する場合もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===講義===&lt;br /&gt;
講義の特徴は、試験の結果をもとにして決められる。&lt;br /&gt;
;英語&lt;br /&gt;
:一般に大学においては、第一年次及び第二年次で外国語の講義を行うこととされているが、入学試験のところで述べた通り、指導要綱が細かく定められているのではないため、よりフレキシブルに対応できる。例えば、あるFランク大学では、以下のような講義が行われたという。&lt;br /&gt;
:*[[アルファベット]]の書き方&lt;br /&gt;
:*日常での簡単な挨拶&lt;br /&gt;
:*This is～で始まる簡単な構文&lt;br /&gt;
:念のために書いておくが、この内容は大学の講義の内容であり、決して[[中学校]]一年の英語の授業のメニューではない。&lt;br /&gt;
;第二外国語&lt;br /&gt;
:イッヒ リーベ ディッヒ が理解できればA&lt;br /&gt;
:イッヒ フンバルト モレル ゲ リーベン が理解できればA+&lt;br /&gt;
;一般共用&lt;br /&gt;
:一般教養は、大学の第一年次及び第二年次に強要することとされている、「大学の共用空間の使い方講座」のようなものである。これについては実はあまり非Fランク大学との差は見られないようである。&lt;br /&gt;
;専門科目&lt;br /&gt;
:専門科目については、[[研究者]]になるというならともかく、そのような志のある者を対象とはしていないので、[[中学生]]でも理解できるような平易な講義とするようにつとめている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===学内の様子===&lt;br /&gt;
[[Image:Fラン5.jpg|300px|thumb|Fラン]]&lt;br /&gt;
特に荒れていることはなく、共通して学生に覇気がなく目に力がない。授業中は私語どころか[[携帯電話]]の通話で大声を上げる者もいるが、大半は静かにメールをしているか携帯ゲームをしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、学内にはなぜか、学問をする気のなさそうな[[DQN]]が見られるが、恐らく近所の[[珍走団]]が学生からカツアゲするために紛れ込んで来たんだろうから、近づかなければよい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==卒業後の進路==&lt;br /&gt;
Fランク大学の進路でもっとも多いのは[[ブラック企業]]への就職であり、次いで[[フリーター]]、製造の派遣社員ですらかなり優秀な部類である。故に、派遣社員も大学の実績として掲載する所が普通に存在している。もっと酷ければ、アルバイト就職さえ実績として扱い、「学歴なんて関係ない」と自虐する学生を取り上げて宣伝する大学が本当に存在する。同じFランでも、文学部より資格の取れる薬学部等のような学部に行けばよかったと嘆く卒業生も多いが、根本的に今の職についているのは学部のせいではなくFランク大学のせいだということには気づいていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 多額ローン、就職先はブラック…Fランク大学卒業生の厳しい現実…なぜ入学者減らない？ ==&lt;br /&gt;
[[Image:Ｆラン6.png|350px|thumb|Fラン]]&lt;br /&gt;
[[Image:Ｆラン7.png|350px|thumb|Fラン]]&lt;br /&gt;
少子化が進む日本で、「大学全入時代」となって久しい。いわゆる「Fランク大学」といわれる大学の中には定員割れのところも多いため、願書を書いて面接を受けるなど型通りの試験を受ければ、晴れて大学生だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Fランク大学をめぐっては、「[[工学部]]の授業で[[因数分解]]を教える」「就職先がブラック企業だらけ」などの“伝説”が多くの人に知られているが、それでもなぜ、高卒で就職するでもなく、専門学校で特定の技術を身につけるのでもなく、Fランク大学に進学する人が後を絶たないのか？ そう訝がる声も多い。&lt;br /&gt;
　 &lt;br /&gt;
ところが、Fランク大学に入学する学生の多くが、大卒の学歴にこだわっているわけではなく、その背景には高校教師の怠慢があるという実態がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あるFランク高校生の親は、口々にこう言うのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「先生は就職を勧めず、Fランク大学になら入れると言うんです」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
実は高卒の就職率は95.8％（2013年春卒業者）と、大卒の93.9％（同）より高い。しかし、ブルーカラー系職種が多く、3年で半分が辞めるといわれるくらい離職率が高い。これが「七五三現象（大卒7割、高卒5割、中卒3割が入社3年時点で会社に残る）」といわれる所以である。高校教師からしてみれば、卒業生にすぐ会社を辞められれば、間を取り持った自分の面目は丸つぶれだし、高校の信用力も落ちる。すると自分も上から責められるから大層困る。すぐ辞めたOB、OGがちょくちょく相談に来るのも面倒だ。さらに、あらためて就職先の候補を開拓するのもしんどい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そこで、Fランク高校の教師によく見受けられる行動が、「Fランク大学への入学を勧めること」だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Fランク大学卒業生の母Aさん（40代後半）が語る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「昔の先生は、必死で地元企業を回って生徒を売り込んでくれたものだけど、今の先生はそんな面倒臭いことはしない。取りあえずFランク大学にぶち込んで、“問題先送り”にしてしまう人ばかりなんです」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Aさん家庭は、夫婦で工場に勤務しているが、あまり裕福とはいえない。だから子どもを無理して大学に進学させるのを躊躇したそうだ。Aさんの息子とて、進学希望だったワケではない。地元の北関東の企業に就職し、親や親戚、仲間に囲まれた平穏な暮らしをするのが夢だった。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「ところが先生は、『大丈夫、[[奨学金]]がありますから。今の大学生は奨学金を受けるのが常識です』の一点張り。それで、つい息子を大学に入れちゃいました」（同）殺し文句は「今の大学生の半数が奨学金ユーザー。何も心配いらない」だったという。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
確かに、私立大学新入生の家計負担調査によると、奨学金を希望する人は全体で66.2％に及ぶ。Aさんも、昔の「日本育英会」のような学費補助があったり、返済に窮したら先延ばししてくれるような手厚い奨学金を、ついイメージしてしまったが、実際は大きく異なっていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「実際は単なる『学生ローン』。金利は1.6％程度と並の住宅ローン以上で、少しでも返済が滞れば、奨学金機構がすぐに裁判所に支払督促の訴訟を起こすんです。すぐさま一括返済せよって……」（同）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
20代のみそらで数百万円の金を一括返済するのは難しく、裁判を起こされると大抵の場合は残元金に10％程度の延滞金を乗せることで決着するのだという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「ほとんど[[街金]]です。実際に奨学金を貸し出す機構は、取り立てのプロである[[債権回収会社]]と契約していて、返済が遅れようものなら債権回収会社の人が自宅や職場に押しかけてくると聞きます」（同） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もちろん、大学卒業後きちんと就職し、返済能力があれば問題ない。だが、例えばAさんの息子は大学卒業後の「IT企業」というふれこみのブラック企業に入ってしまい、わずか8カ月で退職。現在は、[[ゲームセンター]]のアルバイト店員をやっているが、「借金200万～300万円を14年かけて返済する計画ですが、月収15万そこらのあの子に返せるわけがない。どうすればよいのか……」と困惑する様子を見せる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、借金数百万円を抱えた[[フリーター]]は結婚も難しい。Aさんの息子も「彼女も同じ大学の同級生でやっぱり奨学金の借金が300万円。仮に2人が結婚したら、借金600万円夫婦の誕生」（Aさん）という状態だという。この状況を見かねたAさんは、借金返済のため工場勤務の帰りにスーパーのレジ打ちのパートのかけもちを始めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「結局、何も考えず、Fランク大学なんて進学したのが運の尽き。高3の時に必死で就活させるか、コックやIT関係の技術者など“手に職系”の専門学校に行かせるかしておけばよかった」 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Fランク大学への進学を考えている子どもを抱える親御さんは、こうした現実を直視し、改めて卒業後の進路について考え直したほうがよい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 算数レベルの問題で「問題の漢字がわかりません」 ==&lt;br /&gt;
[[Image:Ｆラン8.jpg|350px|thumb|Fラン]]&lt;br /&gt;
[[九九]]が言えない、[[アルファベット]]が書けないなど驚くべき低学力に、奇行の数々は、高校だけに止まらない。彼らの一部は卒業後、大学に進学。試験の点数が0点に近くとも、入学できてしまうと言われる「ボーダーフリー大学＝Ｆランク大学」がド底辺学生を誕生させてしまっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「こんなの大学じゃない。外国人留学生よりも日本語が理解できない日本人学生が多すぎて、講義になりませんよ」と、現役の私立大学講師は嘆く。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大学崩壊が叫ばれて久しいが、「最高学府」で起きている驚愕のカオスぶりを紹介しよう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 英語は辞書の使い方から。漢字が読めず、算数の問題が理解できない！ ===&lt;br /&gt;
底辺大学ともなれば、「少数・分数の計算」「ローマ字で自分の名前が書けない」という学力で入学してくる学生も珍しくないという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「“勉強を好きになってもらうことを目的～”と[[シラバス]]（学習計画）に書かれた必修科目があるくらいですから。例えば、英語はアルファベットの読み書き、英和辞書の使い方から教えないといけないんです」と嘆くのは、私立大学准教授のNさん。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そのため、学生のレベルを上げる補習を設ける大学も多いが、補習内容は衝撃的だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「教材は小学生用の[[算数ドリル]]を使用しています。ある学生が簡単な算数の計算に苦戦しているので、聞くと“問題文の漢字が読めません”って。もう算数を教えるレベルじゃないんですよね。あるイギリス人教授は『黒板に漢字を書かないよう気を遣っている』って言っていました」（Ｎ氏）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、経済学部で教壇に立つ大学講師のＳさんが『[[マルクス主義]]について』課題を与えたところ、珍レポートが続出した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「多くの学生が[[フィリピン]]の昔の大統領（※正：マルコス）について書いてきました。おそらく疑いもせず、丸写ししたんでしょうね。ネットの[[コピペ]]でもいいから、検索ワードぐらい正確に打ってほしかった。あと、サッカー元日本代表の田中“マルクス”闘莉王について書く学生もいましたね。僕の課題の出し方が悪いんですかね……」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
確かに、マルクス主義はド底辺大学生には難問すぎたのかもしれない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 専門学校の方がよっぽど有意義 ==&lt;br /&gt;
[[文科省調査]]によれば、専門学校の就職率は74.7％（2010年度）。この就職難のなかでも100％近い就職率を誇る「スーパー専門学校」も存在する。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
例えば、神戸市にある[[神戸総合医療専門学校]]の求人倍率（学生数に対する求人の割合）は、実に24.27倍（2010年度）というから驚異的だ。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同校は[[1974年]]に、[[医療法人]]が母体となって創設され、医療分野に特化した高い専門性が強み。[[理学療法士]]、[[診察放射線技師]]、[[言語聴覚士]]などの[[国家試験]]に高い合格率を誇る。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「資格を取れば、医療機関からの引く手はあまた。とくにリハビリ系の作業療法士や理学療法士は、求人倍率が30倍以上になることもあります」と学校関係者。それだけに入学した後の勉強もハードだ。豊富な臨床実習を含むカリキュラムが週5～6日、みっちりと組まれる。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「国語、数学、英語、小論文などが課される入試の倍率は毎年2倍程度。近年では入学者の3割は社会人。やり直して資格を取ろうという動きが増えている」（前出・学校関係者） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
学費は診療放射線技師で330万円（3年間）、理学療法士・作業療法士は480万円（3年間）かかるが、将来のことを思えば決して高くはないということだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 増殖したFランク大学がもたらしたもの ==&lt;br /&gt;
[[Image:Ｆラン9.jpg|350px|thumb|Fラン]]&lt;br /&gt;
大卒がエリートだった昔に比べ、大学数は半世紀で3倍に増え、進学率も50%を超える。しかし、伝統や実績のない大学の学生たちは職にあぶれたり、劣悪な労働環境の企業に就職したりするなど、“ノンエリート”としての職業人生を送らざるをえないケースもある。大学では今、就職支援はもちろん、学生の基礎学力向上や就職後のケアが重要な課題になっている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
因数分解、2次方程式、グラフ、図形…。大学１年の授業で、就職試験に出る一般常識問題集に取り組む大学がある。数学、国語、理科、社会、英語は、いずれも中学卒業程度の内容だ。「基本的な学習に思えるかもしれませんが、1年のスタート時に基礎学力の見直しを図ることで、専門教育に生き、就職試験にも有効。一定ラインの得点を得ていたら就職試験で門前払いされずに済み、就職活動を少しでも有利に進めることができる」。[[神戸国際大学]]経済学部の[[居神浩]]教授（社会政策）は話す。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
居神教授は『日本労働研究雑誌』（平成22年）に論文「ノンエリート大学生に伝えるべきこと」を発表。「大学の増加で高等教育は大衆化し、学生の質は多様化した」とする。こうしたことから、学生の就職戦線にもちょっとした異変が起きているという。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
厳しい就職戦線の中、伝統や実績がない大学の学生は、安易に内定を得られるが劣悪な労働環境の“[[ブラック企業]]”に就職してしまう場合があるという。ある卒業生は、商品を売るために社員数人で高齢者を取り囲んで高額ローンを組ませる会社に就職し、数年で退社。何回かの転職の末、しっかりとした会社に就職した。悪徳商法まがいの会社はその後、破産したという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
文部科学省の学校基本調査によると、昭和30年度に7.9%だった大学進学率は平成21年、5割を超えた。背景には、1990年代以降の規制緩和で、大学や学部の新増設が進んだことがある。昭和37年度に260校だった大学が、平成2年度は507校、23年度には780校と、50年間で3倍に増えた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高校からの推薦入試、書類や面接だけで合否を判定する[[AO入試]]など、いわゆる“無試験”で入学できるシステムも拡大。受験の選抜機能が失われ、平均以下のレベルにある学生を分厚い層として取り込む形で、進学率は上昇を続けているという。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
神戸国際大では[[2012年]]2月、2、3年生を対象に、就職後の労働問題を学ぶ講座を開催。求人票や雇用契約書などの確認の仕方、[[パワハラ]]を受けた際の対応、不利益を被ったときの団体交渉、異議申し立てなどをロールプレーイング形式で学んだ。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
居神教授は「仕事のスキルが身に付かず使い捨てにされるブラック企業に、根性論でしがみついていては若者の未来が望めない。大学が大衆化した昨今、大学の知名度にかかわらず、全ての学生たちが“ノンエリート”としての職業を選択してしまう可能性がある」と指摘。そのうえで、「大学は、学生の基礎学力アップなどの就職支援はもとより、就職後の職業人生まで把握しケアすることが必要だ」と話している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 一浪して城西大学とかいうガチF欄大学入った結果 ==&lt;br /&gt;
[[Image:Ｆラン10.jpg|350px|thumb|Fラン]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
就活で完全に詰んだわ &lt;br /&gt;
説明会予約しようとしても空きは全くないし &lt;br /&gt;
面接にかろうじて進んだ所には一浪で &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
城西大学の理由は？（笑）と言われる始末 &lt;br /&gt;
努力エピソード全く使えない &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
どうすればいいですかねえ &lt;br /&gt;
&amp;lt;/pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
&amp;lt;pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
エントリー80したのに全然ダメwwwwwwワロスwwww &lt;br /&gt;
&amp;lt;/pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
滑り止めですって言えやアホンダラ  &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
滑り止めにしても低すぎるwwww &lt;br /&gt;
これでも一応青学めざしてたんだがなwww &lt;br /&gt;
&amp;lt;/pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大手は諦めろ&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
中小なりブラックでがんばれ  &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
&amp;lt;pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
どうしても大手入りたかったんですがねえ &lt;br /&gt;
やっぱ和民いくしかないんか &lt;br /&gt;
&amp;lt;/pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
一浪した理由とか聞かれたら詰むわ &lt;br /&gt;
入れるところに入りました。しかねぇよ &lt;br /&gt;
&amp;lt;/pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一浪して[[城西大学]]に入った理由で詰む&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
努力しない奴と思われるからな &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
コミュニケーション能力はそこらのやつよりある自信あるのに &lt;br /&gt;
城西大学でもちょっとは評価してくれよwwww &lt;br /&gt;
&amp;lt;/pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一浪でＦランの理由も答えられないんじゃ、コミュニケーション能力なんて無いな &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
浪人中は勉強それなりに勉強したが城西大学しか &lt;br /&gt;
入れませんでした でもうだめだな &lt;br /&gt;
&amp;lt;/pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[ニッコマ]]受けなかったの？ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
受けたけど問題があわなくて全落ちw &lt;br /&gt;
&amp;lt;/pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
学歴で劣ってるなら資格とれよ&amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
城西の理由聞かれたら素直に勉強しないで怠けてたって言え&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
でもこのままじゃだめだと気付いて資格の勉強始めました、 とかさ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一浪城西のくずなのに資格とか持ってないの？&amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
そんなんじゃ、浪人の間の努力も在学中の努力もどこも評価できるとこないよね&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
そんな人間企業が欲しいかよ  &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
コミュニケーション能力が今は一番大切って言われてたから &lt;br /&gt;
ずっとバイトとサークルやってたw先にいえよ &lt;br /&gt;
&amp;lt;/pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まあF欄入った時点で人生終了と考えたほうがいいぞ&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
マジで就活で詰むからな&amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
一生自分は城西大学（笑）出身ですって言い続ける運命の俺は…&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 聖隷クリストファー大生がコンビニ強盗、逮捕「友人から借りた金返すため」 ==&lt;br /&gt;
[[静岡県警]][[浜松中央署]]は[[2012年]][[7月5日]]、コンビニで現金を奪ったとして、強盗の疑いで、[[浜松市]]中区高丘北、[[聖隷クリストファー大学]]3年の山本考志(20)を逮捕した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
逮捕容疑は7月5日午前0時25分ごろ、自宅近くのコンビニで女性店員(42)にナイフを突き付け「金をよこせ」と脅し、約9万円を奪った疑い。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同署によると、事件直前、パトロール中の署員がコンビニの駐車場でナンバーを隠したミニバイクを発見。外で張り込みを始めてすぐに、山本が店から出てきた。署員が職務質問すると「今、強盗をしました」と容疑を認めた。山本は「友人から借りた金を返すためにやった」と供述している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 講義は中学レベル、入試は「同意」で合格。文科省がダメ出しした仰天大学 ==&lt;br /&gt;
「[[数学]]の授業は[[四捨五入]]から」「受験生と大学の『同意』で合格」「新入生が一人もいない」――。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
新設の大学や学部でこんな事例が相次ぎ、[[文部科学省]]が改善指導に乗り出した。若者の減少とキャンパスの新増設で「大学全入」とも言われる時代。とりわけ知名度の低い地方大学で、教育の質の低下が懸念されている。文科省は2015年2月19日、講義内容や運営方法などに不備があるとして、改善を求める大学253校を公表した。新設された大学や学部を昨年度から調べており、対象となった502校の約半数に問題が。多くは学生の定員割れや、教職員の高齢化などだったが、大学としての適格性が問われるのも少なくなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[千葉科学大]]([[千葉県]][[銚子市]])は、一部の講義でレベルの低さが問題視された。たとえば「英語1」の講義。同大の[[シラバス]](講義計画)によると、冒頭から「ｂｅ動詞」「過去形」「進行形」と、中学校レベルの内容が並ぶ。「基礎数学」の講義でも、割合(百分率)や小数、四捨五入とは何か、から教え始める。[[つくば国際大]]([[茨城県]][[土浦市]])でも、「化学」の講義が元素や周期表の説明から始まったり、「生物学」では光合成やメンデルの遺伝法則を一から学ばせたり。こうした実態について文科省の調査は「大学教育水準とは見受けられない」と指摘しており、改善を求めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方、入試を巡って、受け入れ数や選考基準が不明確だったりするケースも調査で明らかになった。[[太成学院大]]([[大阪府]][[堺市]])では、書類と面接で合否を決める「アグリーメント入試」を実施しており、選考基準について「学生と大学が同意に達したら入学を許可する」と説明してきた。しかし、文科省の調査は「同意以外の判断基準が明示されておらず、どのように合否を決定しているか不明」として、見直しを求めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[北翔大]]([[北海道]][[江別市]])では、大学院の募集要項に「可能な限り受け入れる」との表現があり、適切な選抜が行われていない印象を与えると指摘された。同大総務部によると、試験には論文と面接があり、「適正に競争原理に基づいて選抜している」とのこと。ただ、受験者には社会人が多く、合格しても入学を辞退する人が多いため、できるだけ志願者を集めたかった、と説明している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ほかにも、「併設校からの内部推薦など募集要項に記載されていない入試区分が存在」([[大阪府]][[守口市]]の[[大阪国際大]])、「留年生が多数生じており、また、在籍学生の学年ごとの評定平均が下の学年ほど低くなっている」([[兵庫県]][[宝塚市]]の[[宝塚医療大]])、「開設以来、学生が1人も入学していない」([[千葉県]][[我孫子市]]の[[川村学園女子大]]・大学院人文科学研究科教育学専攻)などの例が指摘されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 大学授業中に「お下劣」悪ふざけ。投稿写真に「酷過ぎる」の声(2016年10月) ==&lt;br /&gt;
私立の[[広島修道大学]]([[広島市]])の男子学生らが授業中に悪ふざけしている様子の画像などを[[ツイッター]]に次々に投稿し、「酷過ぎるのでは」と疑問や批判の声が出ている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[パソコン]]が並ぶ教室で、靴を脱いで一方の机に頭を乗せ、もう一方の机に足を乗せて仰向けになっている。腰は浮いているので、お腹に力を入れて体を支えているようだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これは、男子学生が[[2016年]][[7月4日]]に[[ツイッター]]に投稿した画像だ。仰向けになっているのがこの学生かは不明だが、経営論のレポートを書いているところらしい。周囲には、パソコンに向かう十数人ほどの学生の姿があった。ツイートでは、「ねむ」と書き込んでおり、レポート執筆に飽きて悪ふざけをしていたらしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この画像は、[[2ちゃんねる]]でもこの日のうちにスレッドに転載され、話題になった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、別の男子学生は[[6月15日]]、「授業中、魚釣り始まった」とツイートし、その動画をアップしていたことが分かった。カバンの上に頭を乗せて仰向けになったところに、釣り糸に見立てたイヤホンを何度も垂らし、口を開けて食らいつくところを撮ったものだ。悪ふざけする2人のどちらかがツイート主かなど詳細ははっきりしていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後も、広島修道大の男子学生とみられる授業中の悪ふざけツイートが続き、[[9月27日]]には、現代経済入門の授業で[[コンドーム]]をかぶせたお茶のペットボトルを口にくわえようとする姿の画像が投稿された。さらに、授業中に携帯電話で話したり、教員を揶揄したりする過去の画像や動画も見つかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これらの[[ツイッター]]では、アカウントに名前を出すなどしており、[[広島修道大]]生と分かるような内容だった。中には、大学名や学部名も明かしていたケースもあった。ネット上で話題になったためか、ツイートは10月4日夕現在でほとんどが削除されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[広島修道大学]]の総合企画課では4日、取材に対し、机に頭や足を乗せていた画像の投稿については事実関係を認めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「この男子学生については、学部長と学生センター長が本人を呼び出し、事実を確認したうえで、不適切な行為だとして厳重注意しました。周りの学生の迷惑にもなりますし、こうしたことをやってはいけないということです。本人も反省しており、謝罪しています」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ほかの学生らのツイートについては、「事実関係を確認しています」と話す。過去に悪ふざけの書き込み例があったかについては、「あまり聞いたことはありません」という。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
授業での出欠確認を厳しくしても小学校のような学級崩壊が起きているのではないかとの声も出ているが、「一部を捉えてそのような見方もありますが、まじめにやっている学生は大勢います。一部の行為には、その都度注意しています」と反論する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただ、「モラルの低下はあると思っています」と言っており、[[SNS]]の使い方も含めて学生指導を今後徹底させたいと言っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 著作「Ｆランク化する大学」==  &lt;br /&gt;
著者は、大学から大学院、博士課程を経て、そのまま大学教員になるというコースを辿った人ではなく、[[商社]]マンとして15年以上働き、その後、独立を意識して[[博士号]]を取得するために[[大学院]]へ通い、大学の非常勤講師として5年間を過ごしておられます（現在は起業のため、大学教員は辞めてしまったそうです）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そんな著者からみた「Fランク大学」の実態が、この本には書かれています。いや、酷い酷いとは聞いていたけれど、こんなことになっているとは。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
残念ながら今まで紹介してきたように、[[日本]]の現在の[[首相]]の名前を知らなかったり、[[ヨーロッパ]]を1つの国の名前だと思っていたりする大学生が、存在することは事実だ。このような類例には、枚挙にいとまがない。学生を茶化したいわけではないが、英語ではbe動詞と一般動詞の違いがいまだに理解できていない者は、かなりいる。「三単現のS」といってもピンとこない者も相当いる。関係代名詞が出てくると、途端に英文が読めなくなってしまう者は、私が教えた大学では多数派だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[日本語]]の文章を書かせれば、書き言葉と話し言葉の区別がまったくついていない者が、ほとんどである。おそらく[[メール]]や[[スマホ]]の影響もあると思う。期末試験の論述では「ゆえに」「つまり」「したがって」という接続詞をまったく使わずに、すべての文章を「なので」「なので」「なので」とつないでいく。まるで小学生の作文を読んでいるようだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一般常識では、[[バブル経済]]の崩壊という言葉が通じない。「[[1990年代]]初めにバブルが崩壊して日本の経済は傾きだした」と説明すると「[[日本史]]はよく分からない」という。また、[[ベンチャー企業]]の話をすると、「ベンチャー」という名称の企業があると思っている者もいる。このような笑い話にもならない話は、たくさんある。一部の大学生の学力は、世間一般の人々が思っている以上に危機的な状況にあるかもしれない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これを読むと、大学で、中学校レベルの「授業」をやらなければならないのも致し方ないようです。もっとも、著者は、そんな「Fランク大学」の問題点ばかりを挙げ、学生たちのレベルの低さを嘲笑しているわけではないのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「どうせFランク大学なんだから」と、手抜き講義をしたり、学生をまともに指導しない教員たちに対しても、容赦はしていません。お金のために、とにかく学生を集めることばかり考えている大学の経営陣にも言及しています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
すさまじい教員になると、[[図書館]]にある[[DVD]]を学生に見せて、その感想を書かせて、それで講義が終わる。ときに教員による解説らしきものが入るが、基本的に映像を見てそれで終わりという内容である。最初、この話を学生から聞いたとき、私は冗談だと思った。ちょうどこの講義の時間帯は、私は自分の講義の合間の休憩時間だったので、教室までその模様を見に行った。あからさまに教室の中に入るわけにはいけないので、廊下から中の様子をうかがうと、有名なビジネス系ドキュメント番組のテーマソングが聞こえてきた。この番組自体をとやかくいうつもりはない。良い番組だったと思うが、ここは大学である。一般視聴者向けのテレビ番組を見せて、少し話をして、大学の講義と呼ぶなど、言語道断だといいたい。これが大学における経営学講義の、実態の1つである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そんな講義だったら、僕にだってできるのではなかろうか……&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
でも、こういう手抜き講義に、「単位がとりやすいから」と多くの履修者がいることも少なくないのです。そして、大学教員、とくに非常勤講師は「生活のため」に多くの講義を抱え、まともに準備の時間をとれなくなっている、という現実もあります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
前章で非常勤講師の薄給には触れた。ベテランの教員といえども、1つの講義で支給される月給は3万円程度である。週に10コマ（1コマの講義は90分）の講義をやって、ようやく30万円。年齢が40代、50代ともなれば配偶者や子供もいるだろう。生活費は相当な額となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私の知っている範囲では、週に18コマもの講義を担当している非常勤講師がいた。給料は月に50万円強。前述の通り、非常勤講師にはボーナスがないので、週に18コマもの講義をこなしている教員の年収は、おそらく650万円程度であろう。これは高く聞こえるかもしれないが、正社員である専任教員のうちの准教授の年収よりも低い。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかも、ひとつの大学ではなくて、さまざまな大学で、たくさんのコマの講義をしていることが多いので、移動時間も含めると、平日はほとんど講義をして寝るだけ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
準備は土日にやるとしても、講義のコマ数が多いほど、本来準備に使うべき時間は長くなるはずです。これでまともな講義なんてできるわけがない、少なくとも、「Fランク大学」に合わせて、わかりやすく内容を噛み砕くなんてことは難しい。結局、学生たちは「講義はわからないし、まともに扱ってもらえない」ので、やる気をなくしていってしまうのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まさに悪循環。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
著者は、「Fランク大学」にも優秀な学生はいるが、彼らは環境に不満を持ち、大学からドロップアウトしてしまったり、他の大学を再受験したりすることが多いと指摘しているのです。 　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただし、著者は講義でもさまざまな工夫をして、学生のやる気を引き出そうとしています。名前だけを書けばいい「出席カード」ではなくて、講義に対するメモを提出させる。そこまでは、けっこうよくありそうなのですが、著者はそこで、学生たちのメモに書かれている感想や提言に対して、次の講義でフィードバックをきちんと行なっているのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それだけでも、かなり反応が違ってきたことが紹介されていて、「ああ、こういう方法があるのか」と僕は感心してしまいました。教える側も「Fランク大学だから」と小馬鹿にするのではなくて、歩み寄るというか、伝わるように工夫すれば、けっこう、「デキる学生」もいるのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、「ゼミ選びの大切さ」についても、繰り返し述べておられます。どんな大学でも、ゼミ選びで「大学生活を充実させる」ことは可能なのだ、と。これを読むかぎりでは、かなり厳しく指導されているようなのですが、そのハードルを乗り越えれば、実力がつくように考え抜かれているのです。月給18万円で、ここまで責任を持ってやっている非常勤講師がいるというのは、感動的ですらありました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Fランク大学の話を聞くたびに、日本人は大学に行きすぎなんじゃないか、と僕は思っていたんですよ。ところが、2012年の日本の大学進学率52％というのは、OECD（経済協力開発機構）の平均値58％よりも低いのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[アイスランド]]や[[ポーランド]]、[[ニュージーランド]]の大学進学率は80％前後で、[[韓国]]69％、[[イギリス]]67％、[[フィンランド]]は66％なのだとか。進学率が高ければいい、というわけでもないのでしょうが、少なくとも「日本人は、世界各国と比べて大学に行きすぎ」なわけじゃないんですね。そうなると、海外にも「Fランク大学」的なところはあるはずなのですが、そこでは、どんな教育が行なわれているのだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
イメージや宣伝文句に振り回されずに大学やゼミを選ぶコツなど、これから大学を受験する人、あるいは、子どもが大学受験をする親、そして、いま、大学で教えている（あるいは、教えようとしている）人にも、読んでみていただきたい新書です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 奨学金が支える｢Fランク大学｣の葛藤と不安。1300万円のハンデを負って通う価値はあるか? ==&lt;br /&gt;
[[安倍晋三]][[首相]]は[[2016年]][[3月29日]]、ついに給付型奨学金の導入を発表した。これまで、日本においては民間や大学によるものを除けば、純粋な給付型の奨学金は存在せず、長らく批判を受けてきた。[[文部科学省]]も検討チームを立ち上げて本腰を入れており、給付型の実現に向けて本格的に前進していくだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
誰しもが経済的負担を感じることなく、自分の望むままに教育を受けられることは理想だ。しかし、もし高等教育を公費で賄うことを目指すなら、学費を売り上げとして計上している大学が、学生にどのような教育サービスをおこなっているのかを、改めて検討する必要があるだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、「大学」と一口にいっても様々な形がある。教育現場の実態については、必ずしもよい話ばかりが聞こえてくるわけではない。今回、取材に協力してもらったのは、[[埼玉県]][[上尾市]]にある[[聖学院大学]]。政治経済学部の柴田武男教授は、次のように話す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「日本の大学経営が、奨学金という名の借金で支えられていることは、まぎれもない真実。[[パチンコ]]ホールに[[サラ金]]の[[ATM]]が設置されて批判を浴びましたが、今の大学はこの状況と重なる部分がある。大学に進学したかったら奨学金を借りてこい、というのですから。何とも気が重いことです」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
柴田教授は、埼玉奨学金問題ネットワークの代表を務めており、これまでも奨学金問題に積極的に取り組んできた。大学とパチンコホール、奨学金とATMがパラレルで語られているというのは、一体どういうことなのだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
不合格者が少なすぎるため、合格率50%となるボーダーが、どの偏差値帯においても存在しないことを、「BF(ボーダーフリー)」という。これに該当する大学は、いわゆる「Fランク」大学と呼ばれており、聖学院大学もこのランクに属する。聖学院大学では、入試方法もユニークだ。[[AO入試]]の中には、講義を受けたあとに学生がノートを清書し、それを元に面接をする方式など、多様な形がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
学費は、4年間で450万円。これに生活費が加わることで、学生は卒業までに約800万円程度を負担することになる。一般的な文系の私立大学なら、この程度の費用がかかることは普通だ。聖学院大学では、「面倒見のいい大学」であることを、大学の強みとしてプッシュしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「&amp;quot;面倒見がいい&amp;quot;ことをウリにすると、面倒を見てあげないといけない学生ばっかり来てしまうんじゃないかという懸念もあり、実際その通りになっている面もある。正直なところ、本当は大学に来てる場合じゃなくて、働いた方がいいかもしれない、という子がいることは否定できない」(柴田教授)。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
講義の出席率は、7割弱だという。[[文部科学省]]からの目も厳しく、最近は出席を取ることは当たり前で、講義に誰も来ないといった状況は起きていないようだ。しかし、学業以外のことに関心が向いている学生も少なくない。どのようなことに関心が向いているかというと、それは飲食など、サービス産業の[[アルバイト]]。もはや大学教育のライバルといっても過言ではない存在だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「仕事があって、人間関係があって、面白いわけですよ。しかも、深夜だと賃金が25％割増になる。夜間のバイトの方がペイもいいし、使う方も『人手が足りないから、ぜひ来てくれ』となる。そんな学生は、4～5時までバイトを一生懸命やって、授業に出ていても寝ていることも多い。朝9時から元気に授業を受けるのは、厳しいのでしょう」（同）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
目先のバイトを優先して講義に出ず、結局留年してしまうケースもあるという。奨学金を借りて大学に来ても、その時間をアルバイトに振り向け、年間の学費80万円を無駄にしていては本末転倒だが……。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「もちろん、アルバイトをしないと生活が難しい場合もあるし、それをこなした上で一生懸命勉強して、成果を出している人もいますよ。ただ、バイトを全力でやって月に20万稼げるとなると、就職活動から逃げてしまう人も……。『苦労して就職活動して、大学を卒業しなくても同じじゃないか。バイトでいいじゃないか』って、浅薄な判断になっている」（同）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
22歳の時点では、どのような形で働いても、それなりの金額を稼ぐことはできる。しかし、短くない人生。定年といわれる年齢まで、継続して稼ぐことは簡単ではない。聖学院大学における、正規社員としての就職率は7割程度で、2割強はいわゆる非正規雇用としてのフリーターだ。このランクの大学だと、どこも似たような数字になる傾向が強いという。学生が在学中から、自分の将来や先々の見通しをイメージすることもまた、簡単ではないようだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうした現実をみる中で、柴田教授は、学生が奨学金で借金をすることに、唯一希望を感じる点があったと語る。それは、人生に計画性を持たせるきっかけになる、ということだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「借金というのは辛くて、もちろんないほうがよいに決まっている。しかし、学生にただ漠然と『進路を考えなさい』と言っても無理。借金問題で考えるきっかけが出てきた時に、ぐっと捕まえて意識させないと考えてくれない」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そこで聖学院大学では、高校生向けに「進学にまつわるお金の話」を作成し、高校や学内で無料配布している。このパンフレット、ただ単に奨学金の制度を説明し、大学入学を促すものとは違う。同冊子では「そもそも、なぜ大学に進学するのか」から問い直して、進学の是非について家族で話し合うことを提言している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
具体的な内容はどうなっているのか。大学に進学すれば、4年間で約500万円の学費がかかること。高校を卒業して働けば、年間約200万円、4年間で800万円稼げること。大学卒業の22歳の時点で、実に1300万円の差が生じることになること。こうした現実を、具体的な数字を出して伝えている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、多くの企業が、「求める人材 大卒以上」としており、大卒資格がないと求人の応募もできないということを指摘しつつも、「大卒学歴の有利さを発揮できるのはどんな大学生活を送ったのかという本人の努力も大切なことです。大卒であれば、誰でも安定して高賃金の職につけるわけではありません」と明言している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
奨学金の貸与事業を行う、日本学生支援機構の遠藤勝裕理事長も、「最近の学生やその親御さんは、大学を出さえすれば、社会人としても幸せになれる、という形に発想が逆転しているのではないか」と指摘していたが、この文面を見る限り、同じような懸念を大学としても持っているということだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「もちろん、大学教育を金銭的な面だけでとらえるのは間違い。しかし、お金の問題として考えることは、分かりやすく具体的であることがメリット」と柴田教授は言う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
学資金や進学にまつわる費用について考えることは、単に家計の問題だけでなく、受験生が自分の志望理由をはっきりさせる過程にもつながる。結果として、教育選択のミスマッチを防ぐことにもなるだろう。聖学院大学は、成功例を作り、他の大学でも取り入れることのできる、ロールモデルになることを目指している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「学生と一緒に奨学金の返済計画を立てたり、われわれも指導できればと思っている。入学した学生に対して、きちんと見通しを与えなければ、教育機関として責任を果たしたとはいえない。他の大学ではこうした指導について手をつけられないところがほとんどではないでしょうか」（同）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、この冊子は、進学を検討している家庭及び学生と、進路指導の高校教員を対象にしているのはもちろんだが、それだけではない。大学から給与を受け取っている、大学教員に対するメッセージでもあるという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「4年間で450万円、初年次納付金で130万円。進学するご家庭は、大変な思いで学費を納めています。それを理解すれば、いいかげんな講義はできません。教員にも、というより教員にこそ読んでほしいものなのです。『あなたは、4年間450万円に見合った講義をしているのですか?われわれは、それだけの講義を提供しているのですか？』という問いかけです」（同）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
親の経済的格差によって教育の機会に差が出ることは不条理だ。教育費は公費で負担して、無償とするべきという考え方があることも十分理解できる。可能なら、やはり誰もが負担なく教育を受けられることが理想だろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただ、現段階では、「大学進学」という選択肢にこれだけの金銭的負担がかかることが現実。大学をビジネスという観点からみてみると、大学教員という高賃金が必要とされる人材を使った人件費比率の高いモデルであり、これを簡単に減らすことはできない。どのようなレベルの大学でも、学費の下限に大きな差はつかないといえる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
目先の経営を考えれば、地方の小規模大学は、とにかく学生を一人でも多く集める必要があるだろう。ましてや、偏差値として「BF（ボーダーフリー）」に位置していれば、なおさらだ。それでも、450万円という金額、4年間という時間を投資して見合った成果を得られるのかを、学生にも、教師にも、考えて欲しいという。進学について一歩立ち止まって考える機会をうながす情報発信をあえてしていることは、貴重な事例ともいえる。奨学金を受け取る「Fランク」大学の葛藤が、滲み出ていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''教育に熱心な教員ばかりではない現実'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――奨学金問題の記事に対する読者からの反応を見ても、大学に対する目が厳しさを増している印象があります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現状では、大学の教育が社会の期待に応えられていないと言われても、直ちに否定することはできない。奨学金の問題など、学生の教育のことについて熱心に考えているのは、自分の周りでも片手で数えられるくらいかな、と思いますし。[[日本学生支援機構]]の遠藤理事長が言う、「奨学金の貸与にふさわしい教育サービスを提供すること」の必要性をもっとも実感しているのが、われわれFランクの大学です。「少人数で、面倒見がいい」ことを大学としても掲げているけど、こんなことは経営の大前提なんですよね。僕たちの世代は、3分の1しか大学に行かなかったんですよ。ある程度頭がよくて、勉強が好きで、という人だけが、勝手に勉強して大学にいっていた。でも今はそうじゃない。手取り足取り、どうして、今、これを勉強しなくちゃいけないのか。それをしっかり教えられる大学じゃないと生き残れない。そういう頭の切り替えが大切です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――学生に対して、具体的にどのような教育が重要と考えている？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
若者は、学ぶ意義に気づくと、伸びます。それを引き出すために、どのようにして刺激を与えるかが重要。ただ、それぞれの学生のスイッチが、どこにあるのかを見極めることは難しい。どこを突っつくべきなのかは一見して分からないから、とにかく突っつくシステムを、我々は用意したい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――職業に直結するというわけではなく、方法として少し抽象的な印象を受けますが。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
文科省からも全く同じことを言われていますよ。教育プロジェクトに予算つけて欲しいなら、数字で可視化できる形にしてくれと。つまり、効果を計れる物差しをきちんと用意してから、提案して欲しいということですね。税金を投入する側からすれば、カネを出す価値を説明してみろって、大学に言いたくなる気持ちも、十分理解できる。ただ、教育に対して目に見える効果と言われても、なかなか難しい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――教育が職業に直結していないというのは、どこの大学も似たような状況でしょうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いや、その点については、開き直っている大学もありますよ。「大学には就職のために来てるんだ」と、完全に割り切っていて、それが学生に対するアピールになっている。例えば、千葉商科大学とかそうですよね。正直言って、これは説得力あるんですよ。その証拠に、うちよりはるかに学生を集めている。これも教育に対する1つの考え方だと思います。でも、資格さえあれば、本当に世の中を渡っていけるかという疑問もありますけどね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――その疑問とは？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
企業の人事の方とよく話すので、会社が就職活動をする学生に対して何を求めているかを聞く機会があります。それは何かというと、社会人基礎力。つまりはコミュニケーション能力ですよ。では、その具体的中身は何かというと、人の話を聞いて理解する力です。これは当たり前のスキルのように思えて、結構ハードルが高い。何を会社が要求していて、自分がどうしたらいいのか。自発的に自分で何をしたらいいのかを考えて、率先して行動するということでしょう。それを資格対策で教えられるんでしょうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――日本で仕事をすると、入社して配属が決まらないとどういう仕事をするかも分からないこともある。まずは人間性が重視される傾向はありますね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そうです。日本の雇用が特殊なのはご存知かもしれませんが、職務を限定することなく雇用契約を結びますから、配置転換と転勤が自由にできます。日本の企業でうまくいく人材とは、会社の求めた様々な職種に、自由円滑に対応できる人ということになるでしょう。これが日本の組織の中では、一番大切なわけですよ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――そのスキルを身につける方法は？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
専門的な勉強のツールを通して、社会の仕組みを考える力を養うことが重要だと思います。対象は何でもいい。政治経済でも、人間福祉でも、シェークスピアでも。僕だったら専門は金融市場論だけど、今だったら例えばマイナス金利の意味を考えてみるとか。人の言ったことを聞いて理解するということが本質で、個別の学問はあくまで通り道に過ぎない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――学問を通してコミュニケーション能力を高める、という方法は迂遠な印象もあります。学生に効果は出ているのでしょうか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
正直なところ、そう簡単ではないでしょうね……。私だって大学や学生の現状がどうなっているのかは、嫌というほど分かっている。でも、理念は現実とずれているからこそ、理念なわけです。本当は「大学で学ぶことに価値がある、考えること自体に価値がある」と言いたい。でもそれが通じるかは現実としては厳しいかもしれません。企業だって採用の時は大学の成績を見ているわけだし、「しっかり大学で勉強をして、いい会社に正社員で入って、給料をきちんともらいなさい」って……。どうしてもそういう言い方で、4年間の学業の意味づけって説明せざるを得ない。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
――そこでしか結びつかないとすると、やはり「大学教育の貧困」を批判されてしまいそうですが。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それは否定できません。ただ、教育はもちろん大切なのですが、学校教育がすべての問題を解決できる万能のツールではない、という面もあると思います。お金は大切ですが、お金だけで人は幸せにならないのと同じ。家庭も然り、友人も然り、いろいろとよってたかって人生ではないですか。人生とは複雑でいい加減なものです。そのいい加減さをどう認めるのか。それが現代社会の課題だと思うんですよね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――そうした、社会の余白、膨らみが大切だと。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そう。教育、さらに学校制度は何のためにあるのかと問われれば、それは、急速に変化する世の中から切り離して、子ども達を立ち止まらせるためだと思います。偏差値社会は、序列社会です。人を押しのけて、這い上がろうという意識に満ちています。それがいきすぎて、「自分は本当に勝ち残れるのか」という気持ちが蔓延する、不安社会となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
色々と言われていることは分かっているけれど、私はBF(ボーダーフリー)の大学こそ、日本の希望だと思っているんですよ。決して絶望して居直っているのではありません。私たちだからこそ、教えられることがあると思うのです。それは、「人の物差しで生きるな」ということ。いわゆる高偏差値の大学の学生では、社会の物差しから自由になれないし、なろうともしません。私たちは、Fランクですから、社会の尺度からは比較的自由。それは、この生きにくい社会での優位性だと、我々は考えてます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
人の尺度で生きるのはやめて、自分の価値観を信じる。大学の教員として、それを支える側に立ちたい。私たちの大学の学生は、のんびりしすぎて心配な面もありますが、優しさに満ちています。その優しさこそ、今の日本社会にとって何よりも大切だと、私は信じているのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== Fランク大学生は「給付型奨学金」をもらえない? ==&lt;br /&gt;
[[給付型奨学金]]というものが話題になっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今の大学生は多くが「貸与型奨学金」という名の学生ローンを抱えている。大学卒業時点で500万円もの借金を抱えている学生がザラにいる。社会人スタートが借金500万円。そんな状態は、教育の機会均等を憲法で保障する日本では、異常なことである。これを是正しようというのが返さなくてもいい「給付型奨学金」である。この給付型奨学金については、こんな意見も浮かび上がる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「Fランク大学に入る学生に返さなくても良い奨学金をやっても無駄だ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Fランクを「不合格者が少なすぎる」「偏差値が低い」などと、生やさしい表現は止めよう。受ければ誰でも入れる大学だ。日本には781校（国立：86 公立：92 私立：603）の大学があるが、そのうちFランクは、河合塾のボーダーラインによるとざっと言って、日本の大学の60％である。ところで、文部科学省の給付型奨学金制度検討チームの制度設計について、その概要を見るとFランク大学生でも給付型奨学金がもらえるというのは誤解であることが分かる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:（対象学校種）大学、短期大学、高等専門学校、専門学校&lt;br /&gt;
:（家計基準）住民税非課税世帯&lt;br /&gt;
:（学力・資質基準）全体を高校等からの学校推薦とし、成績基準の目安等をガイドラインで示しつつ、各学校が定める基準に基づき推薦&lt;br /&gt;
:（以下のいずれかの要件を満たす者から推薦）&lt;br /&gt;
:①十分に満足できる高い学習成績を収めている者&lt;br /&gt;
:②教科以外の学校活動等で大変優れた成果を収め、教科の学習で概ね満足できる学習成績を収めている者&lt;br /&gt;
:※進学の意欲・目的等に関するレポート等を評価&lt;br /&gt;
:※高校生活全体の中で課題克服の経験などにも着目&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これでは、Fランク学力の大学生は給付型奨学金はもらえないと言うことだ。これでは上位大学の学生とFランク学生の将来に渡る格差は縮まらないのではないかとの疑問も浮かんでくる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さてここで考える方向を変えて、若者たちがFランクでも何でも、とにかく大学に進もうとするのはなぜだか考えてみよう。多くの企業が、「求人は大卒以上」としていて、大卒資格がないと応募もできないからか、大学を出さえすれば、社会人としても幸せになれる、と勘違いしているからか?そうではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この理由は、ただのつまらない同調圧力からだと思われる。見栄と言っても良い。みんなと同じでないと嫌だという気持ちだ。ならば、Fランク大学生には給付型奨学金は渡らないという制度で何らの問題はないだろう。問題があるのはFランク大学の方である。利子付きの奨学金であろうが、何だろうが、それらを、学生を通して収入として受け取っているのが大学側だからである。悪い言い方をすれば学生はカネづるなのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「カネさえ貰えれば、入学もできるし、卒業もできる。ウチの大学はそれで良いのだ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ということに他ならない。文科省から補助金（税金）も出ている。こういう大学が多すぎるのではないか。もちろん「そうではない」と反論する大学関係者は多いだろう。「それをしなければ、大学がつぶれてしまいます」という大学もあるだろう。実際つぶれる大学もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[法科大学院]]だってそうだった。ただ儲けようと設立した大学院は次々と立ち行かなくなって撤退した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==Fランク大学と思われているがそうでない大学==&lt;br /&gt;
*[[芸術]]系大学 - 実技は[[ペーパーテスト]]ってレベルじゃねーぞ! なので、難易度が測定不能。実際、芸術系大学のみを対象とした予備校もある。音楽専攻の場合は幼少期からのレッスンが必要だったりもするから普通に考えて経済力のある家庭であることが多く、レッスンを受ける以前に良質な教育を受けているのは当たり前でFラン学生とはかけ離れた学力を持っているのはあたりまえである。&lt;br /&gt;
*[[体育]]系大学 - これも体育実技が素人にはペーパーテストってレベルじゃねーぞ! [[勿論]]、体育系大学のみを対象とした予備校さえある。が、アスリートらの推薦入学も多いらしい。&lt;br /&gt;
*[[東淀川大学]] - 入学試験を行わないため、Fランク大学の定義に反する(代わりに、抽選で入学者を決定する)。&lt;br /&gt;
*[[バカ田大学]] - 意外にも競争率は非常に高く、従ってFランク大学の定義に反している。但し、バカ田大学を対象としている予備校は存在しない。&lt;br /&gt;
*[[放送大学]] - 入学試験がないため、Fランク大学の定義に反する。&lt;br /&gt;
*[[首都大学東京]] - 「システムデザイン学部」などとFランク大学が付けそうな学部を持つが、立派な難関大学である。&lt;br /&gt;
*[[東京工業大学]] - 大学名からFランク臭がするが超がついてもいいくらいな難関大学。東北人に東工大と略すると[[東北工業大学]]と勘違いされるからタチが悪い。似たような名前の大学に[[東京工科大学]]があるが勿論関係はない。&lt;br /&gt;
*[[イオンド大学]] &lt;br /&gt;
*[[暴君ハバネロ大学]]&lt;br /&gt;
*[[東京理科大学]]－偏差値や就職や大学院への進学の実績を考えると､やはり立派な難関大学である。しかしながら、学内の陰湿な雰囲気やいじめの横行や愛校心の無さや[[仮面浪人]]が非常に多いなど、学内の雰囲気はFランク大学と非常に良く似ている。中国地方で理科大と略すると[[岡山理科大学]]と勘違いされるからタチが悪い。&lt;br /&gt;
*[[国際教養大学]]－「国際」と「教養」というFランク大学の定番の名前を有しつつも「負」×「負」によって「正」になった大学。実際、[[一橋大学]]や[[京都大学]]のボーダーを超える超がつくほど難関大学。ただし実質[[センター試験]]のみで2次試験がなく、他の国公立大学とは違う独自日程で試験を実施しているためセンター試験のボーダーをねつｚ・・・無理やり底上げしている感がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== Fランク大学の一覧 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[八戸工業大学]]&lt;br /&gt;
* [[八戸大学]]&lt;br /&gt;
* [[秋田経済法科大学]]&lt;br /&gt;
* [[日本橋学館大学]]&lt;br /&gt;
* [[日本文化大学]]&lt;br /&gt;
* [[金沢学院大学]]&lt;br /&gt;
* [[愛知学泉大学]]&lt;br /&gt;
* [[目白大学]]&lt;br /&gt;
* [[拓殖大学]]&lt;br /&gt;
* [[江戸川大学]]&lt;br /&gt;
* [[明星大学]]&lt;br /&gt;
* [[城西大学]]&lt;br /&gt;
* [[東海学園大学]]&lt;br /&gt;
* [[城西国際大学]]&lt;br /&gt;
* [[豊橋創造大学]]&lt;br /&gt;
* [[大東文化大学]]&lt;br /&gt;
* [[東海大学]]&lt;br /&gt;
* [[亜細亜大学]]&lt;br /&gt;
* [[帝京大学]]&lt;br /&gt;
* [[国士舘大学]]&lt;br /&gt;
* [[関東学院大学]]&lt;br /&gt;
* [[帝京平成大学]]&lt;br /&gt;
* [[湘南工科大学]]&lt;br /&gt;
* [[日本工業大学]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&amp;lt;div style=&amp;quot;float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[名古屋経済大学]]&lt;br /&gt;
* [[鈴鹿国際大学]]&lt;br /&gt;
* [[大阪明浄大学]]&lt;br /&gt;
* [[南大阪大学]]&lt;br /&gt;
* [[呉大学]]&lt;br /&gt;
* [[福山平成大学]]&lt;br /&gt;
* [[九州国際大学]]&lt;br /&gt;
* [[名桜大学]]&lt;br /&gt;
* [[北海学園北見大学]]&lt;br /&gt;
* [[東日本国際大学]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&amp;lt;div style=&amp;quot;float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[高岡法科大学]]&lt;br /&gt;
* [[岐阜経済大学]]&lt;br /&gt;
* [[愛知産業大学]]&lt;br /&gt;
* [[神戸国際大学]]&lt;br /&gt;
* [[岡山商科大学]]&lt;br /&gt;
* [[長崎総合科学大学]]&lt;br /&gt;
* [[ルーテル学院大学]]&lt;br /&gt;
* [[神戸松蔭女子大学]]&lt;br /&gt;
* [[九州共立大学]]&lt;br /&gt;
* [[桐蔭横浜大学]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&amp;lt;div style=&amp;quot;float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[大阪電気通信大学]]&lt;br /&gt;
* [[聖徳大学]]&lt;br /&gt;
* [[福山大学]]&lt;br /&gt;
* [[九州東海大学]]&lt;br /&gt;
* [[石巻専修大学]]&lt;br /&gt;
* [[つくば国際大学]]&lt;br /&gt;
* [[作新学院大学]]&lt;br /&gt;
* [[上武大学]]&lt;br /&gt;
* [[札幌国際大学]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&amp;lt;div style=&amp;quot;float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[北海道浅井学園大学]]&lt;br /&gt;
* [[杉野女子大学]]&lt;br /&gt;
* [[鶴見大学]]&lt;br /&gt;
* [[新潟青陵大学]]&lt;br /&gt;
* [[山口東京理科大学]]&lt;br /&gt;
* [[徳島文理大学]]&lt;br /&gt;
* [[岐阜女子大学]]&lt;br /&gt;
* [[光華女子大学]]&lt;br /&gt;
* [[大阪電気通信大学]]&lt;br /&gt;
* [[帝塚山学院大学]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&amp;lt;div style=&amp;quot;float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[梅花女子大学]]&lt;br /&gt;
* [[甲子園大学]]&lt;br /&gt;
* [[神戸海星女子学院大学]]&lt;br /&gt;
* [[広島国際学院大学]]&lt;br /&gt;
* [[姫路獨協大学]]&lt;br /&gt;
* [[吉備国際大学]]&lt;br /&gt;
* [[梅光女学院大学]]&lt;br /&gt;
* [[岡女学院大学]]&lt;br /&gt;
* [[道都大学]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&amp;lt;div style=&amp;quot;float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[西日本工業大学]]&lt;br /&gt;
* [[第一工業大学]]&lt;br /&gt;
* [[朝日大学]]&lt;br /&gt;
* [[中京学院大学]]&lt;br /&gt;
* [[奈良産業大学]]&lt;br /&gt;
* [[広島安芸女子大学]]&lt;br /&gt;
* [[徳山大学]]&lt;br /&gt;
* [[宮崎産業経営大学]]&lt;br /&gt;
* [[駒沢女子北海道東海大学]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&amp;lt;div style=&amp;quot;float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[東和大学]]&lt;br /&gt;
* [[北海道文教大学]]&lt;br /&gt;
* [[青森大学]]&lt;br /&gt;
* [[弘前学院大学]]&lt;br /&gt;
* [[仙台白百合女子大学]]&lt;br /&gt;
* [[宮城学院女子大学]]&lt;br /&gt;
* [[郡山女子大学]]&lt;br /&gt;
* [[東京家政学院筑波大学]]&lt;br /&gt;
* [[聖学院大学]]&lt;br /&gt;
* [[敬愛大学]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&amp;lt;div style=&amp;quot;float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[淑徳大学]]&lt;br /&gt;
* [[和洋女子大学]]&lt;br /&gt;
* [[相模女子大学]]&lt;br /&gt;
* [[新潟国際情報大学]]&lt;br /&gt;
* [[金城大学]]&lt;br /&gt;
* [[岐阜聖徳学園大学]]&lt;br /&gt;
* [[中部学院大学]]&lt;br /&gt;
* [[静岡産業大学]]&lt;br /&gt;
* [[東海学園大学]]&lt;br /&gt;
* [[平安女学院大学]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&amp;lt;div style=&amp;quot;float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[大阪樟蔭女子大学]]&lt;br /&gt;
* [[大手前大学]]&lt;br /&gt;
* [[東北女子大学]]&lt;br /&gt;
* [[東北生活文化大学]]&lt;br /&gt;
* [[共愛学園前橋国際大学]]&lt;br /&gt;
* [[十文字学園女子大学]]&lt;br /&gt;
* [[松蔭女子大学]]&lt;br /&gt;
* [[金沢学院大学]]&lt;br /&gt;
* [[東海女子大学]]&lt;br /&gt;
* [[大谷女子大学]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&amp;lt;div style=&amp;quot;float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[相愛大学]]&lt;br /&gt;
* [[四国大学]]&lt;br /&gt;
* [[美作女子大学]]&lt;br /&gt;
* [[九州ルーテル学院大学]]&lt;br /&gt;
* [[尚絅大学]]&lt;br /&gt;
* [[プール学院大学]]&lt;br /&gt;
* [[東北文化学園大学]]&lt;br /&gt;
* [[九州共立大学]]&lt;br /&gt;
* [[高松大学]]&lt;br /&gt;
* [[四国学院大学]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&amp;lt;div style=&amp;quot;float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[苫小牧駒沢大学]]&lt;br /&gt;
* [[桜花学園大学]]&lt;br /&gt;
* [[くらしき作陽大学]]&lt;br /&gt;
* [[いわき明星大学]]&lt;br /&gt;
* [[奥羽大学]]&lt;br /&gt;
* [[千葉商科大学]]&lt;br /&gt;
* [[横浜商科大学]]&lt;br /&gt;
* [[東洋学園大学]]&lt;br /&gt;
* [[敬和学園大学]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&amp;lt;div style=&amp;quot;float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[新潟産業大学]]&lt;br /&gt;
* [[富士常葉大学]]&lt;br /&gt;
* [[愛知みずほ大学]]&lt;br /&gt;
* [[常磐会学園大学]]&lt;br /&gt;
* [[京都創成大学]]&lt;br /&gt;
* [[英知大学]]&lt;br /&gt;
* [[神戸山手大学]]&lt;br /&gt;
* [[福岡国際大学]]&lt;br /&gt;
* [[鹿児島国際大学]]&lt;br /&gt;
* [[鹿児島純心女子大学]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&amp;lt;div style=&amp;quot;float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[稚内北星学園大学]]&lt;br /&gt;
* [[東京純心女子大学]]&lt;br /&gt;
* [[名古屋文理大学]]&lt;br /&gt;
* [[鈴鹿国際大学]]&lt;br /&gt;
* [[大阪国際女子大学]]&lt;br /&gt;
* [[大阪明浄大学]]&lt;br /&gt;
* [[沖縄大学]]&lt;br /&gt;
* [[名桜大学]]&lt;br /&gt;
* [[愛知文教大学]]&lt;br /&gt;
* [[就実女子大学]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&amp;lt;div style=&amp;quot;float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[志学館大学]]&lt;br /&gt;
* [[高野山大学]]&lt;br /&gt;
* [[宮崎国際大学]]&lt;br /&gt;
* [[園田学園女子大学]]&lt;br /&gt;
* [[山陽学園大学]]&lt;br /&gt;
* [[上野学園大学]]&lt;br /&gt;
* [[流通科学大学]]&lt;br /&gt;
* [[大阪学院大学]]&lt;br /&gt;
* [[札幌大学]]&lt;br /&gt;
* [[長崎ウエスレヤン大学]]&lt;br /&gt;
* [[西九州大学]]&lt;br /&gt;
* [[近畿大学産業理工学部]]&lt;br /&gt;
* [[九州産業大学]]&lt;br /&gt;
* [[日本文理大学]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&amp;lt;br style=&amp;quot;clear: left;&amp;quot; /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連項目==&lt;br /&gt;
*[[日本橋学館大学]]&lt;br /&gt;
*[[学歴差別]]&lt;br /&gt;
*[[無頼伝_涯#人間学園|人間学園]] - Fランク大学より教育レベルは高い。&lt;br /&gt;
*[[専門学校]] - Fランク大学と似て異なるもの。&lt;br /&gt;
*[[河合塾|学校法人河合塾]] - 「Fランク大学」及び「BFランク大学」の商標権保持者。&lt;br /&gt;
*[[入学試験]]&lt;br /&gt;
*[[進学]]&lt;br /&gt;
*[[ディプロマミル]] - 「学位工場」の意。金さえ払えば紙くず同然の学位を発行してくれる企業の事。&lt;br /&gt;
*[[すべてがFになる]]&lt;br /&gt;
*[[底辺校]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:えふらん}}&lt;br /&gt;
[[Category:格差社会]]&lt;br /&gt;
[[Category:人生]]&lt;br /&gt;
[[Category:学校]]&lt;br /&gt;
[[Category:大学]]&lt;br /&gt;
[[Category:差別]]&lt;br /&gt;
[[Category:教育問題]]&lt;br /&gt;
[[Category:Fランク大学]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Tamac777</name></author>	</entry>

	<entry>
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		<title>12月17日</title>
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				<updated>2021-12-07T01:50:53Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Tamac777: /* 誕生日 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''12月17日'''（じゅうにがつじゅうななにち、じゅうにがつじゅうしちにち）は[[グレゴリオ暦]]で年始から351日目（[[閏年]]では352日目）にあたり、年末まであと14日ある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== できごと ==&lt;br /&gt;
* [[1777年]] - [[フランス]]が[[アメリカ合衆国]]の初[[国家の承認|承認国]]となる。&lt;br /&gt;
* [[1819年]] - [[シモン・ボリバル]]が[[コロンビア共和国]]の初代[[大統領]]に就任。&lt;br /&gt;
* [[1843年]] - [[チャールズ・ディケンズ]]作『[[クリスマス・キャロル]]』が出版。&lt;br /&gt;
* [[1892年]] - バレエ『[[くるみ割り人形]]』初演。&lt;br /&gt;
* [[1902年]] - [[教科書疑獄事件]]で200名以上が摘発される。&lt;br /&gt;
* [[1903年]] - [[ライト兄弟]]が人類初の動力飛行に成功。&lt;br /&gt;
* [[1920年]] - [[南洋諸島]]が[[日本]]の[[委任統治|委任統治領]]となる。&lt;br /&gt;
* [[1935年]] - [[マクドネル・ダグラス|ダグラス]][[DC-3]]型機が初飛行。&lt;br /&gt;
* [[1939年]] - [[ウルグアイ]]から国外退去を通告された[[ドイツ]]の[[ポケット戦艦]]『[[アドミラル・グラーフ・シュペー (装甲艦)|アドミラル・グラーフ・シュペー]]』が[[モンテビデオ]]港外で自沈。&lt;br /&gt;
* [[1944年]] - [[バルジの戦い]]で[[マルメディ虐殺事件]]起きる。&lt;br /&gt;
* [[1945年]] - [[ホンジュラス]]が[[国際連合]]に加盟。&lt;br /&gt;
* [[1945年]] - [[衆議院議員選挙]]法改正公布。[[婦人参政権]]・[[大選挙区制]]などを規定。&lt;br /&gt;
* [[1950年]] - [[横浜市|横浜]]・[[保土ヶ谷公園]]に[[日本]]初の[[サッカー]]場が完成。&lt;br /&gt;
* [[1957年]] - [[上野動物園]]内に[[日本]]初の[[モノレール]]（[[東京都交通局上野懸垂線]]）が開業。&lt;br /&gt;
* [[1961年]] - [[インド]]軍によって[[ポルトガル]]領[[ゴア州|ゴア]]が占領される。&lt;br /&gt;
* [[1967年]] - [[オーストラリア]]の[[ハロルド・ホルト]]首相が行方不明になる。&lt;br /&gt;
* 1967年 - [[呉市交通局]]の[[呉市電]]廃止。&lt;br /&gt;
* [[1983年]] - [[ロンドン]]の[[百貨店]][[ハロッズ]]で[[アイルランド共和軍|IRA]]による爆弾[[テロ]]、5名が死亡。&lt;br /&gt;
* [[1987年]] -  [[カプコン]]より[[ロックマンシリーズ]]第1作発売。&lt;br /&gt;
* 1987年 - [[千葉県東方沖地震]]、死者2名。&lt;br /&gt;
* [[1989年]] - アメリカの[[テレビアニメ]]、[[ザ・シンプソンズ]]放送開始。&lt;br /&gt;
* [[1994年]] - [[ナスカの地上絵]]、[[古都京都の文化財]]が[[世界遺産]]に登録される。&amp;lt;!-- 「古都京都の文化財」については12月15日にも同じ記述あり。要確認 --&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[1996年]] - [[ペルー日本大使公邸人質事件]]発生。&lt;br /&gt;
1997年、各ワイドショーでポケモン事件が放送された&lt;br /&gt;
* [[1998年]] - 米・[[イギリス|英]]両国共同で[[イラク]]に対し[[イラク武装解除問題#砂漠の狐作戦|砂漠の狐作戦]]開始。&lt;br /&gt;
* [[2000年]] - [[京福電気鉄道越前本線列車衝突事故]]（[[松岡町]]）。なお同社は、翌年[[6月24日]]にも事故を引き起こす。&lt;br /&gt;
2011年、ソニーアジアからPSV発売された&lt;br /&gt;
2013年、各ワイドショーで浜崎あゆみの話題放送した&lt;br /&gt;
2014年。スマイレージの新しい名前がアンジュルムに決定した。元秋葉原のせいでエブリ以外放送されなかった&lt;br /&gt;
2015年。カイト容疑者が暗殺出る事明らかになった。ワイドショーはオシナとディクシーだらけだった。澤穂希が会見したせいでみんなの報道で暗殺教室放送されなかった。もしも18時から会見していればやっていたはず&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 誕生日 ==&lt;br /&gt;
* [[1239年]]（[[延応]]元年[[11月21日 (旧暦)|11月21日]]） - [[藤原頼嗣]]、[[鎌倉幕府]]第5代[[征夷大将軍|将軍]]、最後の[[摂家将軍]]（+ [[1256年]]）&lt;br /&gt;
* [[1267年]]（[[文永]]4年[[12月1日 (旧暦)|12月1日]]）- [[後宇多天皇]]、第91代[[天皇]]（+ [[1324年]]）&lt;br /&gt;
* [[1630年]]（[[寛永]]7年[[11月14日 (旧暦)|11月14日]]） - [[貝原益軒]]、[[博物学|本草学者]]・[[儒学者]]（+ [[1714年]]）&lt;br /&gt;
* [[1770年]] - [[ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン|ルートヴィヒ・ファン・ベートーヴェン]]、[[作曲家]]（+ [[1827年]]）&lt;br /&gt;
* [[1777年]] - [[フランソワ・マリウス・グラネ]]、[[画家]]（+ [[1849年]]）&lt;br /&gt;
* [[1778年]] - [[ハンフリー・デービー]]、[[化学者]]（+ [[1829年]]）&lt;br /&gt;
* [[1842年]] - [[ニルス・ホシュベリ]]、[[画家]]（+ [[1934年]]）&lt;br /&gt;
* [[1876年]] - [[島木赤彦]]、[[歌人]]（+ [[1926年]]）&lt;br /&gt;
* [[1881年]] - [[田邊宗英]]、実業家（+ [[1957年]]）&lt;br /&gt;
* [[1884年]] - [[アリソン・アトリー]]、[[童話]]作家（+ [[1976年]]）&lt;br /&gt;
* [[1900年]] - [[勅使河原蒼風]]、いけばな草月流初代家元（+ [[1979年]]）&lt;br /&gt;
* [[1905年]] - [[シモ・ヘイヘ]]、[[軍人]]、狙撃手（+ [[2002年]]）&lt;br /&gt;
* [[1915年]] - [[アンドレ・クラヴォ]] ([[:en:André Claveau]])、歌手（+ [[2007年]]）&lt;br /&gt;
* [[1918年]] - [[宮崎剛 (野球)|宮崎剛]]、[[プロ野球選手]]&lt;br /&gt;
* [[1922年]] - [[小鶴誠]]、プロ野球選手（+ [[2003年]]）&lt;br /&gt;
* [[1927年]] - [[米川泰夫]]、プロ野球選手&lt;br /&gt;
* [[1930年]] - [[諸井誠]]、作曲家&lt;br /&gt;
* 1930年 - [[アーミン・ミューラー＝スタール]]、[[俳優]]&lt;br /&gt;
* [[1934年]] - [[ケント・ハドリ]]、プロ野球選手（+ [[2005年]]）&lt;br /&gt;
* [[1936年]] - [[ホルヘ・ベルゴリオ]] ([[:en:Jorge Bergoglio]])、枢機卿&lt;br /&gt;
* [[1937年]] - [[ジャイメ・レルネル]]、都市計画家&lt;br /&gt;
* 1937年 - [[麻生実男]]、プロ野球選手（+ [[1991年]]）&lt;br /&gt;
* 1937年 - [[アート・ネヴィル]]、米国のR&amp;amp;Bミュージシャン&lt;br /&gt;
* [[1938年]] - [[ピーター・スネル]]、陸上選手&lt;br /&gt;
* [[1940年]] - [[山田耕嗣]]、放送評論家（+ [[2008年]]）&lt;br /&gt;
* [[1941年]] - [[藤山陽子]]、女優&lt;br /&gt;
* [[1944年]] - [[ベネ・フェレンツ]]、[[サッカー選手]]（+ [[2006年]]）&lt;br /&gt;
* [[1945年]] - [[ジャクリーン・ウィルソン]] ([[:en:Jacqueline Wilson]])、児童文学作家&lt;br /&gt;
* [[1946年]] - [[有藤道世]]、[[プロ野球選手]]・監督&lt;br /&gt;
* 1946年 - [[ユージン・レヴィ]]、俳優&lt;br /&gt;
* [[1947年]] - [[ウェス・ステューディ]] ([[:en:Wes Studi]])、俳優&lt;br /&gt;
* [[1948年]] - [[西川知雄]]、[[弁護士]]&lt;br /&gt;
* 1948年 - [[ダリル・ウェイ]]、[[ヴァイオリニスト]]&lt;br /&gt;
* [[1949年]] - [[ポール・ロジャース]]、[[ロック (音楽)|ロック]][[歌手]]&lt;br /&gt;
* 1949年 - [[ソティリス・カヤファス]]、サッカー選手&lt;br /&gt;
* [[1951年]] - [[コリーン・オコーナー]]、[[フィギュアスケート]]選手&lt;br /&gt;
* 1951年 - [[タチアナ・カザンキナ]]、陸上競技選手&lt;br /&gt;
* [[1953年]] - [[ビル・プルマン]]、映画俳優&lt;br /&gt;
* [[1956年]] - [[ピーター・ファレリー]] ([[:en:Peter Farrelly]])、映画監督&lt;br /&gt;
* [[1957年]] - [[夏目雅子]]、[[女優]]（+ [[1985年]]）&lt;br /&gt;
* [[1958年]] - [[假屋崎省吾]]、[[華道家]]、[[タレント]]&lt;br /&gt;
* 1958年 - [[マイク・ミルズ]] ([[:en:Mike Mills]])、ベーシスト ([[R.E.M.]])&lt;br /&gt;
* [[1959年]] - [[青山道雄]]、プロ野球選手&lt;br /&gt;
* 1959年 - [[マーベル・ウイン]]、プロ野球選手&lt;br /&gt;
* [[1960年]] - [[TARAKO]]、[[声優]]・[[シンガーソングライター]]&lt;br /&gt;
* 1960年 - [[モレノ・アルゼンティン]]、自転車競技選手&lt;br /&gt;
* [[1962年]] - [[橘高淳]]、プロ野球選手・プロ野球審判&lt;br /&gt;
* 1962年 - [[ロッコ・ミーディエート]]、ゴルファー&lt;br /&gt;
* 1962年 - [[ガリーナ・マルチュギナ]]、陸上競技選手&lt;br /&gt;
* 1962年 - [[リチャード・ ジュエル]] ([[:en:Richard Jewell]])、[[アトランタオリンピック記念公園]]爆弾事件容疑者（+ [[2007年]])&lt;br /&gt;
* 1962年 - [[上祐史浩]]、宗教家&lt;br /&gt;
* [[1964年]] - [[須藤真澄]]、[[漫画家]]&lt;br /&gt;
* [[1965年]] - [[池山隆寛]]、プロ野球選手・コーチ&lt;br /&gt;
* 1965年 - [[芹沢直美 (アイドル)|芹沢直美]]、[[アイドル]]&lt;br /&gt;
* [[1966年]] - [[有森裕子]]、元[[マラソン]]選手&lt;br /&gt;
* 1966年 - [[脇浜紀子]]、[[讀賣テレビ放送|読売テレビ]][[アナウンサー]]　&lt;br /&gt;
* 1966年 - [[本村健太郎]]、[[弁護士]]・俳優&lt;br /&gt;
* 1966年 - [[ワレリー・リューキン]]、体操選手&lt;br /&gt;
* [[1967年]] - [[松田慎司]]、プロ野球選手&lt;br /&gt;
* 1967年 - [[ジジ・ダゴスティーノ]] ([[:en:Gigi D'Agostino]])、DJ&lt;br /&gt;
* 1967年 - [[馬渡松子]]、シンガーソングライター&lt;br /&gt;
* [[1968年]] - [[斎藤充弘]]、プロ野球選手&lt;br /&gt;
* 1968年 - [[ポール・トレーシー]] ([[:en:Paul Tracy]])、レーサー&lt;br /&gt;
* [[1969年]] - [[村井克行]]、[[俳優]]&lt;br /&gt;
* 1969年 - [[ルディ・ペンバートン]]、プロ野球選手&lt;br /&gt;
* 1969年 - [[チャック・リデル]]、総合格闘家&lt;br /&gt;
* [[1970年]] - [[西村知美]]、女優・タレント・[[歌手]]&lt;br /&gt;
* [[1971年]] - [[牧瀬里穂]]、女優 &lt;br /&gt;
* 1971年 - [[アントワン・リゴドー]]、バスケットボール選手　&lt;br /&gt;
* [[1972年]] - [[佐々木恭子]]、[[フジテレビジョン|フジテレビ]][[アナウンサー]]&lt;br /&gt;
* 1972年 - [[ローリー・ホールデン]]、女優&lt;br /&gt;
* 1972年 - [[ジョン・アブラハム]] ([[:en:John Abraham (actor)]])、俳優&lt;br /&gt;
* [[1973年]] - [[ポーラ・ラドクリフ]]、マラソン選手&lt;br /&gt;
* [[1974年]] - [[ジョヴァンニ・リビシ]]、俳優&lt;br /&gt;
* 1974年 - [[サラ・ポールソン]]（[[:en:Sarah Paulson]])、女優&lt;br /&gt;
* [[1975年]] - [[福地寿樹]]、プロ野球選手&lt;br /&gt;
* 1975年 - [[スサンティカ・ジャヤシンゲ]]、短距離走選手&lt;br /&gt;
* 1975年 - [[ミラ・ジョヴォヴィッチ]]、女優&lt;br /&gt;
* 1975年 - [[青木麻由子]]、女優、声優&lt;br /&gt;
* 1975年 - [[ニコラス・ディンスモア]]、プロレスラー&lt;br /&gt;
* 1975年 - [[ニコライ・モロゾフ]]、フィギュアスケートコーチ&lt;br /&gt;
* 1975年 - [[ブリー・シャープ]] ([[:en:Bree Sharp]])、シンガーソングライター&lt;br /&gt;
* [[1976年]] - [[伊藤剛 (野球)|伊藤剛]]、プロ野球選手&lt;br /&gt;
* 1976年 - [[パトリック・ミュラー]]、サッカー選手&lt;br /&gt;
* 1976年 - [[エゲルハージ・ジャネット]]、ポルノ女優&lt;br /&gt;
* 1976年 - [[ニル・ダヴィドヴィッチ]] ([[:en:Nir Davidovich]])、サッカー選手&lt;br /&gt;
* 1976年 - [[タケオ・スパイクス]] ([[:en:Takeo Spikes]])、アメリカンフットボール選手&lt;br /&gt;
* [[1977年]] - [[アルノー・クレマン]]、テニス選手&lt;br /&gt;
* 1977年 - [[塩川岳人]]、サッカー選手&lt;br /&gt;
* [[1978年]] - [[マニー・パッキャオ]]、[[プロボクサー]]&lt;br /&gt;
* 1978年 - [[チェイス・アトリー]]、メジャーリーガー&lt;br /&gt;
* 1978年 - [[アレックス・シントロン]]、メジャーリーガー&lt;br /&gt;
* 1978年 - [[リテーシュ・デーシュムク]] ([[:en:Ritesh Deshmukh]])、俳優&lt;br /&gt;
* 1978年 - [[寺島よしき]]、英語講師&lt;br /&gt;
* [[1979年]] - [[KEN]]、[[DA PUMP]]&lt;br /&gt;
* 1979年 - [[ライアン・キー]] ([[:en:Ryan Key]])、ミュージシャン（[[イエローカード (バンド)|イエローカード]]）&lt;br /&gt;
* 1979年 - [[ジェイミー・フォックスワース]]（[[:en:Jaimee Foxworth]])、ミュージシャン&lt;br /&gt;
* 1979年 - [[ドミトリー・パラマルチュク]]、[[フィギュアスケート]]選手&lt;br /&gt;
* 1979年 - [[川村エミコ]]、お笑いタレント（[[たんぽぽ (お笑いコンビ)|たんぽぽ]]）&lt;br /&gt;
* [[1981年]] - [[大瀧彩乃]]、[[アイドル]]&lt;br /&gt;
* 1981年 - [[川久保拓司]]、俳優&lt;br /&gt;
* 1981年 - [[竹下玲奈]]、[[ファッションモデル]]・タレント&lt;br /&gt;
* [[1982年]] - [[番ことみ]]、[[グラビアアイドル]]・タレント&lt;br /&gt;
* 1982年 - 水野良樹、[[ミュージシャン]]（[[いきものがかり]]）&lt;br /&gt;
* 1982年 - [[狩野恵輔]]、[[プロ野球選手]]&lt;br /&gt;
* 1982年 - [[成瀬真尋]]、グラビアアイドル・タレント&lt;br /&gt;
* 1982年 - [[ジョシュ・バーフィールド]]、メジャーリーガー&lt;br /&gt;
* 1982年 - [[クレイグ・キールバーガー]] ([[:en:Craig Kielburger]])、活動家&lt;br /&gt;
* 1982年 - [[ライアン・モーツ]] ([[:en:Ryan Moats]])、アメリカンフットボール選手&lt;br /&gt;
* 1982年 - [[ステファン・ラズミー]]、プロ[[バスケットボール選手]]&lt;br /&gt;
* [[1983年]] - [[工藤あさぎ]]、ファッションモデル・アイドル&lt;br /&gt;
* 1983年 - [[坂田直貴]]、俳優&lt;br /&gt;
* 1983年 - [[斎藤広祐|kors k]]（斎藤広祐）、[[ディスクジョッキー|DJ]]・作曲家&lt;br /&gt;
* [[1984年]] - [[白河理子]]、タレント・[[コラムニスト]]&lt;br /&gt;
* [[1984年]] - [[福田明日香]]、[[アイドル]]&lt;br /&gt;
* [[1985年]] - [[緒方龍一]]、歌手（[[w-inds.]]）&lt;br /&gt;
* [[1988年]] - [[陳善有]]、[[ショートトラックスピードスケート]]選手&lt;br /&gt;
* 1988年 - [[高梨臨]]、タレント・女優・アイドル&lt;br /&gt;
* 1988年 - [[グレテ・グリュンベルク]]、フィギュアスケート選手&lt;br /&gt;
* 1988年 - [[アメリー・ラコステ]]、フィギュアスケート選手&lt;br /&gt;
* [[1989年]] - [[岩嶋雅奈未]]、[[SI☆NA]]&lt;br /&gt;
* [[2007年]] - [[ジェームズ (セヴァーン子爵)|ジェームズ]]、イギリス王族&lt;br /&gt;
* 生年不詳 - [[秋元千賀子]]、声優&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 忌日 ==&lt;br /&gt;
* [[942年]] - [[ギヨーム1世 (ノルマンディー公)|ギヨーム1世]]、[[ノルマンディー公]]&lt;br /&gt;
* [[952年]] - [[ユーグ黒公]]、[[ブルゴーニュ公]]&lt;br /&gt;
* [[1187年]] - [[グレゴリウス8世 (ローマ教皇)|グレゴリウス8世]]、第173代[[ローマ教皇]]（* [[1100年]]頃）&lt;br /&gt;
* [[1219年]]もしくは[[1120年]] - [[コノン・ド・ベテュヌ]]、[[十字軍]]参加者・[[詩人]]（* [[1150年]]頃）&lt;br /&gt;
* [[1273年]] - [[ジャラール・ウッディーン・ルーミー]]、詩人（* [[1207年]]）&lt;br /&gt;
* [[1325年]]（[[正中 (日本)|正中]]2年[[11月12日 (旧暦)|11月12日]]）- [[島津忠宗]]、[[鎌倉時代]]の[[武将]]・[[島津氏]]第4代当主（* [[1251年]]）&lt;br /&gt;
* [[1596年]]（[[慶長]]元年[[10月28日 (旧暦)|10月28日]]）- [[酒井忠次]]、（* [[1527年]]）- [[戦国時代 (日本)|戦国時代]]、[[安土桃山時代]]の[[武将]]（1596年12月17日&lt;br /&gt;
* [[1655年]]（[[明暦]]元年[[11月20日 (旧暦)|11月20日]]）- [[宇喜多秀家]]、[[安土桃山時代]]の[[大名]]・[[岡山城|岡山城主]]（* [[1573年]]）&lt;br /&gt;
* [[1763年]] - [[フリードリヒ・クリスティアン (ザクセン選帝侯)|フリードリヒ・クリスティアン]]、[[ザクセン公国|ザクセン]][[選帝侯]]（* [[1722年]]）&lt;br /&gt;
* [[1830年]] - [[シモン・ボリバル]]、[[大コロンビア]]大統領（* [[1783年]]）&lt;br /&gt;
* [[1833年]] - [[カスパー・ハウザー]]、素性不明の[[捨て子]]として知られる人物（* [[1812年]]）&lt;br /&gt;
* [[1837年]]（[[天保]]8年11月20日）- [[藤原林七]]、[[石工]]（* [[1765年]]）&lt;br /&gt;
* [[1847年]] - [[マリア・ルイーザ (パルマ女公)|マリア・ルイーザ]]、[[フランス]]皇帝[[ナポレオン・ボナパルト|ナポレオン1世]]の皇后・[[パルマ公国]]女公（* [[1791年]]）&lt;br /&gt;
* [[1849年]]（[[嘉永]]2年[[11月3日 (旧暦)|11月3日]]）- [[松本幸四郎 (6代目)]]、[[歌舞伎]]役者（* [[1811年]]）&lt;br /&gt;
* [[1860年]] - [[デジレ・クラリー]]、[[スウェーデン君主一覧|スウェーデン王]][[カール14世ヨハン (スウェーデン王)|カール14世ヨハン]]の王妃（* [[1777年]]）&lt;br /&gt;
* [[1867年]]（[[慶応]]3年[[11月22日 (旧暦)|11月22日]]）- [[阿部正方]]、第9代[[備後福山藩|備後福山藩主]]（* [[1848年]]）&lt;br /&gt;
* [[1870年]] - [[サヴェリオ・メルカダンテ]]、[[作曲家]]（* [[1795年]]）&lt;br /&gt;
* [[1881年]] - [[ルイス・ヘンリー・モーガン]]、[[文化人類学|文化人類学者]]（* [[1818年]]）&lt;br /&gt;
* [[1895年]] - [[イリニ・ヤーノシュ]]、[[発明家]]、[[化学者]]（* [[1817年]]） &lt;br /&gt;
* [[1897年]] - [[アルフォンス・ドーデ]]、[[小説家]]（* [[1840年]]）&lt;br /&gt;
* [[1907年]] - [[ウィリアム・トムソン]]（ケルヴィン卿）、[[物理学者]]（* [[1824年]]）&lt;br /&gt;
* [[1909年]] - [[レオポルド2世 (ベルギー王)|レオポルド2世]]、[[ベルギーの国王|ベルギー王]]（* [[1835年]]）&lt;br /&gt;
* [[1917年]] - [[フランク・ゴッチ]]、[[プロレスラー]]（* [[1878年]]）&lt;br /&gt;
* [[1930年]] - [[ピーター・ウォーロック]]、[[作曲家]]・[[音楽評論家]]（* [[1894年]]）&lt;br /&gt;
* [[1933年]] - [[ポール・リッシェ]]、[[解剖学者]]・[[生理学者]]・[[彫刻家]]（* [[1849年]]）&lt;br /&gt;
* [[1938年]] - [[小川芋銭]]、[[日本画|日本画家]]（* [[1868年]]）&lt;br /&gt;
* [[1944年]] - [[一木喜徳郎]]、[[法学者]]・[[政治家]]・[[教育者]]（* [[1867年]]）&lt;br /&gt;
* [[1947年]] - [[ヨハンス・ブレンステッド]]、[[化学者]]（* [[1879年]]）&lt;br /&gt;
* [[1957年]] - [[ドロシー・L・セイヤーズ]]、[[推理小説家]]（* [[1893年]]）&lt;br /&gt;
* [[1960年]] - [[水谷長三郎]]、[[政治家]]（* [[1897年]]）&lt;br /&gt;
* [[1964年]] - [[ビクター・フランツ・ヘス]]、物理学者（* [[1883年]]）&lt;br /&gt;
* [[1967年]] - [[山梨勝之進]]、[[軍人]]（* [[1877年]]）&lt;br /&gt;
* 1967年 - [[南波杢三郎]]、[[検察官]]（* [[1883年]]）&lt;br /&gt;
* [[1973年]] - [[チャールズ・アボット]]、[[天文学者]]（* [[1872年]]）&lt;br /&gt;
* [[1975年]] - [[ハウンド・ドッグ・テイラー]]、[[ブルース]]・[[ギタリスト]]、[[歌手]]（* [[1915年]]）&lt;br /&gt;
* [[1980年]] - [[吉阪隆正]]、[[建築家]]（* [[1917年]]）&lt;br /&gt;
* [[1983年]] - [[前田義徳]]、第10代[[日本放送協会]]会長・[[ジャーナリスト]]（* [[1906年]]）&lt;br /&gt;
* 1983年 - [[橋川文三]]、[[政治学者]]・[[評論家]]（* [[1922年]]）&lt;br /&gt;
* [[1991年]] - [[相田みつを]]、[[詩人]]・[[書家]]（* [[1924年]]）&lt;br /&gt;
* [[1992年]] - [[ダナ・アンドリュース]]、[[俳優]]（* [[1909年]]）&lt;br /&gt;
* 1992年 - [[山川惣治]]、[[絵物語]][[作家]]、[[漫画原作者]]（* [[1908年]]）&lt;br /&gt;
* [[1995年]] - [[安井琢磨]]、[[経済学者]]（* [[1909年]]）&lt;br /&gt;
* [[1996年]] - [[鴨武彦]]、[[国際政治学者]]（* [[1942年]]）&lt;br /&gt;
* [[1999年]] - [[グローヴァー・ワシントン・ジュニア]]、[[スムーズジャズ]]の[[サックス]]奏者（* [[1943年]]）&lt;br /&gt;
* [[2001年]] - [[南博]]、[[心理学者]]（* [[1914年]]）&lt;br /&gt;
* [[2002年]] - [[磯田憲一]]、[[プロ野球選手]]（* [[1924年]]）&lt;br /&gt;
* [[2003年]] - [[富士錦猛光]]、[[大相撲]][[力士]]（* [[1937年]]）&lt;br /&gt;
* [[2004年]] - [[塚田京子]]、[[ソプラノ]][[歌手]]（* [[1949年]]）&lt;br /&gt;
* [[2005年]] - [[ジャック・アンダーソン]]、[[コラムニスト]]（* [[1922年]]）&lt;br /&gt;
* [[2006年]] - [[岸田今日子]]、女優（* [[1930年]]）&lt;br /&gt;
* [[2008年]] - [[武士桑風]]、[[書道|書家]]（* [[1913年]]）&lt;br /&gt;
* 2008年 - [[上田哲]]、[[日本社会党]][[衆議院|衆議院議員]]・[[ジャーナリスト]]（* [[1928年]]）&lt;br /&gt;
* 2008年 - [[ジャスティン・レヴェンス]]、[[総合格闘家]]（* [[1980年]]）&lt;br /&gt;
* [[2009年]] - [[ジェニファー・ジョーンズ]]、女優（* [[1919年]]）&lt;br /&gt;
* 2009年 - [[涌井紀夫]]、日本の[[最高裁判所]][[判事]]（* [[1942年]]）&lt;br /&gt;
* 2009年 - [[ダン・オバノン]]、[[脚本家]]・[[映画監督]]（* [[1946年]]）&lt;br /&gt;
* 2009年 - [[アルベルト・ラフォルス・カサマダ]]、[[画家]]・[[詩人]]（* [[1923年]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 記念日・年中行事 ==&lt;br /&gt;
* [[飛行機]]の日&lt;br /&gt;
*: [[1903年]]、アメリカ・[[ノースカロライナ州]]のキティホークで、ウィルバーとオーヴィルの[[ライト兄弟]]が動力飛行機の初飛行に成功した。この日には4回飛行し、1回目の飛行時間は12秒、4回目は59秒で飛行距離は256mだった。&lt;br /&gt;
* [[春日若宮おん祭]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== フィクションのできごと ==&lt;br /&gt;
*[[1964年]] - 浪速大学医学部の[[里見脩二]]助教授が辞表を書く（小説『[[白い巨塔]]』）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 誕生日 ===&lt;br /&gt;
* [[1946年]] - [[景浦安武]]、漫画『[[あぶさん]]』の主人公&lt;br /&gt;
* [[1981年]] - 景浦景虎、漫画『あぶさん』に登場するキャラクター、安武の息子&lt;br /&gt;
* [[1978年]] - 泉野明、『[[機動警察パトレイバー]]』に登場するキャラクター&lt;br /&gt;
* 聖暦786年 - パセラ・アヴィシス、小説『[[くじびき勇者さま]]』に登場するキャラクター&lt;br /&gt;
* 生年不明 - 観月、[[読者参加企画]]『[[Baby Princess]]』に登場するキャラクター&lt;br /&gt;
* 生年不明 - 富士宮珠美、[[読者参加企画]]『[[おひめさまナビゲーション]]』に登場するキャラクター&lt;br /&gt;
* 生年不明 - マン、『[[ウルトラ忍法帖]]』シリーズに登場するキャラクター&lt;br /&gt;
* 生年不明 - 嵩月奏、ライトノベル作品、『[[アスラクライン]]』に登場するキャラクター&lt;br /&gt;
* 生年不明 - ハルマキ、ゲーム『[[どうぶつの森]]』に登場するキャラクター&lt;br /&gt;
* 生年不明 - マムシ、『[[銀魂]]』に登場するキャラクター&lt;br /&gt;
* 生年不明 - 南あや、漫画『[[生徒会のヲタのしみ。]]』に登場するキャラクター&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
{{commonscat|17 December}}&lt;br /&gt;
{{新暦365日|12|16|12|18|[[11月17日]]|[[1月17日]]|[[12月17日 (旧暦)|12月17日]]|1210|12|17}}&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Tamac777</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E4%B8%8A%E7%A5%90%E5%8F%B2%E6%B5%A9&amp;diff=395432</id>
		<title>上祐史浩</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E4%B8%8A%E7%A5%90%E5%8F%B2%E6%B5%A9&amp;diff=395432"/>
				<updated>2021-12-07T01:48:48Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Tamac777: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''[[:wiki:ja:上祐史浩|上祐史浩]]'''（読み：じょうゆうふみひろ、[[1962年]][[12月17日]] - ）は、元[[:wiki:ja:宗教法人|宗教法人]][[オウム真理教]]信徒。現在では解散したオウム真理教の信徒であった者で構成する[[:wiki:ja:ひかりの輪|ひかりの輪]]の代表を務める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[:wiki:ja:早稲田大学|早稲田大学]]理工学部在学中から[[:wiki:ja:議論|議論]]好きで知られ&amp;quot;[[:wiki:ja:ああいえば上祐|ああいえば上祐]]&amp;quot;と揶揄されるほどの反論・主張は有名。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
執着心と支配欲は[[麻原彰晃]]以上。二人の子の親。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:オウム真理教|しようゆうふみひろ]]&lt;br /&gt;
[[Category:早稲田大学出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:福岡県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1962年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Tamac777</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E5%AD%A6%E6%AD%B4&amp;diff=395431</id>
		<title>学歴</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E5%AD%A6%E6%AD%B4&amp;diff=395431"/>
				<updated>2021-12-07T01:45:41Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Tamac777: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''学歴'''（がくれき）とはある[[人]]が学んできた経歴の事である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以下では特に断り書きがない限り、[[日本]]での事例について述べる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 用法 ==&lt;br /&gt;
[[日本]]において[[日常生活]]で「学歴」という語を用いる時はその人の卒業・修了・退学した学校の経歴である'''学校歴'''（がっこうれき）の事を表わす事も多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その人が学んだ学校のうち、最上位の学校の経歴を'''最終学歴'''（さいしゅうがくれき）といい、一般的に「学歴」と言うと「最終学歴」のことを指すことが多い。最終学歴は「[[大学]]の卒業」、「[[高等学校]]の[[卒業]]」などのように学校の種類と[[卒業]]・[[修了]]・[[中退]]・[[退学]]などの別を用いて表す事が多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本では学歴が[[中学校]]卒業の場合を'''中卒'''（ちゅうそつ）、高等学校卒業の場合を'''[[高卒]]'''（こうそつ）、[[高等専門学校]]卒業の場合を'''高専卒'''（こうせんそつ）、[[専修学校]][[専門課程]]卒業の場合を'''専門卒'''（せんもんそつ）、[[短期大学]]卒業の場合を'''短大卒'''（たんだいそつ）、大学[[学部]]卒業の場合を'''大卒'''（だいそつ）もしくは'''学卒'''（がくそつ）、[[大学院]]修了の場合を'''院卒'''（いんそつ）もしくは'''院了'''（いんりょう）と略して呼ぶ。ただし'''学卒'''には学校卒業の意味もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
国語辞典などを参照しても、これらの用語自体には最終学歴という意味があるとはされていないが、日常会話などでは、最終学歴のことという前提で使用されることがある。たとえば、大学を卒業していない人物について「彼は高卒だから、出世できなかった」などと表現される場合がある。またどの様な教育機関を「学歴」の内に含むかについては論者によって微妙な違いが存在し、公式に明確な線引きは行われていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近年、誤った使用法として「入学難易度の高い有名大学」の卒業者や在学者のことを、「高学歴」者と呼称する事が多い。&lt;br /&gt;
特にバラエティー番組の回答者などに、東大・京大・早慶出身者などがいると、「高学歴回答者」などと紹介される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== オウム幹部の学歴 ==&lt;br /&gt;
* [[青山吉伸]]：[[大阪府立高津高校]] → [[京都大学]]法学部 → 21歳で[[司法試験]]合格(京大在学中) &lt;br /&gt;
* [[井上嘉浩]]：[[洛南高校]] → [[日本文化大学]]法学部中退 &lt;br /&gt;
* [[村井秀夫]]：[[大阪府立千里高校]] → [[大阪大学]]理学部物理学科 → 大阪大学大学院&lt;br /&gt;
* [[林郁夫]]：[[慶應高校]] → [[慶應義塾大学]]医学部&lt;br /&gt;
* [[富永昌宏]]：[[灘高校]]([[大学への数学]]選手権3年連続全国1位) → [[東京大学]]医学部&lt;br /&gt;
* [[早川紀代秀]]：[[大阪府立三国丘高校]] → [[神戸大学]]農学部 → [[大阪府立大学]]大学院&lt;br /&gt;
* [[中川智正]]：岡山県立[[岡山朝日高校]] → [[京都府立医科大学]]&lt;br /&gt;
* [[遠藤誠一]]：北海道立[[札幌北高校]] → [[帯広畜産大学]]畜産学部獣医学科 → [[京都大学]]大学院&lt;br /&gt;
* [[土谷正実]]：東京都立[[狛江高校]] → [[筑波大学]]農林学類 → 筑波大学大学院&lt;br /&gt;
* [[豊田亨]]：[[白陵高校]] → [[東京大学]]理学部 → 東京大学大学院&lt;br /&gt;
* [[廣瀬健一]]：[[早稲田大学高等学院]] → [[早稲田大学]]理工学部応用物理学科&lt;br /&gt;
* [[端本悟]]：[[早稲田大学]]法学部中退&lt;br /&gt;
* [[村岡達子]]：[[上智大学]]&lt;br /&gt;
* [[渡部和実]]：[[東京工業大学]]&lt;br /&gt;
* [[荒木浩]]：[[京都大学]]文学部&lt;br /&gt;
* [[森正文]]：[[大阪市立大学]]医学部&lt;br /&gt;
* [[上祐史浩]]：[[早稲田大学高等学院]] → [[早稲田大学]]理工学部電子通信学科 → 早稲田大学大学院修士課程&lt;br /&gt;
* 尊師:[[熊本県立盲学校高等部]]卒&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 学歴社会 ==&lt;br /&gt;
=== 概説 ===&lt;br /&gt;
学歴社会とは学歴によってどの程度の人生（[[就職]]、[[結婚]]など）を送ることができるかの見通しが分かる社会。ダニエル・ヤンミン、チャン・マイミンはこのシステムを'''[[パイプラインシステム]]'''と呼んだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
工業製品の大量生産、大量消費と、経済成長を前提とした社会においては学歴社会が有効に機能する。より良い学歴を保持する者がより良い待遇（職業や賃金などで恵まれた環境）を受ける可能性が高い。つまり、高学歴を得る事が社会的成功の確率を格段に高めるため、その後の人生を決定付けるいわば'''パスポート'''の役割を果たす。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
学生にとっては以下の利点があった。&lt;br /&gt;
*希望する職に就くためにはどのくらいの学校に行けば良いかがわかりやすい（例えば、大手企業のホワイトカラーになるためには大学、中小企業の製造現場だったら工業高校など）&lt;br /&gt;
*分不相応な夢をあきらめられる（例えば、[[医者]]になりたいと思っても、[[医科大学]]に入るだけの学力がなければ無理だからあきらめられる）&lt;br /&gt;
*システムには高校・大学受験という分岐点があるため、頑張って分岐点で上位の学校に行くことにより、階層上昇の機会を与えていた（頑張って親よりも良い学校を出れば、親以上の階層になることができた。親の職業等の環境と子供の学力に相関はあるが、ここで重要なのは階層上昇の「機会がある」ということ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 社会構造変化によるシステムの機能不全 ===&lt;br /&gt;
だが、社会が[[オールドエコノミー]]から[[ニューエコノミー]]に変わると、社会が必要とする労働者の構造が変化し、このパイプライン・システムが機能不全を起こす。&lt;br /&gt;
*物作り主体のオールドエコノミー　→　情報やサービスを売るニューエコノミーへの転換&lt;br /&gt;
**大量の熟練労働者が必要な構造　→　一部の創造的な仕事をする人（高収入）と、多数の単純労働者（低収入）という構造へ&lt;br /&gt;
この構造変化に対し学校は追い付けていない。高い能力を求められる労働力が減る一方で、それに対応して学歴の高い卒業生が減るわけではないから結果として学歴がインフレ状態になる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
学歴がインフレ状態になり、高学歴でも将来が保証されなくなるため、努力をして高学歴となってもその努力が報われず、努力が保障されない社会となる。また、「努力をしても良い結果が出るとは限らない」状態になるが、だからといって努力をしないで良いかというとそういうわけではなく、「努力をしない（低学歴）とさらにダメな状態」となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「[[学歴難民]]」という言葉に表徴されるように、先進国においては学歴の[[インフレーション|インフレ]]化が進み、高学歴を獲得しても社会的待遇が以前ほどは保障されなくなっている。特に採用の分野では、プログラミング技術など実用的能力を持つ者を即戦力として評価する企業が増えつつある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 歴史 ===&lt;br /&gt;
近代以前の社会においては、人々の社会的地位や職業はその身分・家柄・財産によって定められ、世襲や血縁、地縁などを加味して人材の選抜・配置が行われた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
産業革命と市民社会が進展したイギリスにおいて、[[1853年]]に[[イギリス東インド会社|東インド会社]]によってインド高等文官の任用が会社理事による推薦から公開競争試験に移行し、[[1870年]]にはイギリス本国高等文官にも同様の試験が導入され、試験による人材の選抜・登用が官僚のみならず各種専門職などでも行われるようになった。このような人事制度は、人々の能力・業績を公平かつ客観的に図る方法として評価され、身分制社会から社会を解放して社会問題を解決する手段として各国に普及した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本でも[[明治]]以後こうした試験による選抜が行われてきた。それでも明治初期は、農民層は学問を必要なものと感じておらず、商人層は[[識字|読み書き算盤]]さえ出来ればよいとする考え方が支配的であった。農民や商人が学問に目覚めた場合、書物を読み、独学の傍ら同好の士と文通し、師を求めるといった学校によらない学習手段が一般的だった。[[人類学]]者の[[鳥居龍蔵]]と[[植物学]]者の[[牧野富太郎]]もそういう方法によって研究者を志し、ついには[[東京大学|東京帝国大学]]を研究の場にすることができたが、すでに大学は学歴が幅を利かせる時代となっていて、学歴を持たない彼らは差別的な扱いに苦しむこととなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
明治30年代に入ると[[官僚制|官僚的な組織]]を持った企業が増加し、高学歴者が必要とされるようになってきた。それでも大半の企業は年少者を教育して手代、番頭へと昇進させる伝統的な人事制度をとっていて、財閥企業ですら[[富士銀行#戦前 - 安田銀行|安田銀行]]は14歳前後の年少者を採用して教育する学歴無用の採用を自慢していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「学歴社会」の存在が意識されたのは[[1960年代]]である。[[1970年]]に行われた[[OECD]]の教育調査団による報告の中で、日本の教育においては「生物的出生」とともに「社会的出生」が存在し、人々の階級決定が節目ごとの入学決定によって行われているとの指摘を受けたことを機に「学歴社会」に関する論争が高まった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 学歴社会形成の要因 ===&lt;br /&gt;
学歴社会は様々な要因によって形成される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[開発途上国|発展途上国]]の場合、[[先進国]]並みの経済水準や防衛力を獲得するため、その国の中で指導者的役割が担える人材を必要する。この際、目的達成に効率的な社会の仕組みとして意図的・無意図的に学歴社会が形成される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
先進国の場合、特に科学技術力の向上を目的として特定大学に重点的に予算を配分したり（例：日本の[[21世紀COEプログラム|COE計画]]）、次世代の知的エリート集団の養成機関を拡充・創立する（例：日本の[[大学院重点化]]やフランスの[[グランゼコール]]）といった政策で学歴社会の傾向を促進する事がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 日本における要因 ====&lt;br /&gt;
1991年4月の[[中央教育審議会]]答申では学歴重視の要因について以下のとおり述べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
有能な人材を大量に欲していた明治初期において、学校は人材登用機関としての役割を果たしていた。「良い学校を出れば、出自（[[士農工商]]）にかかわらず良い将来が約束」され、学校は「自由と希望を与えてくれる場」であり、「社会的地位上昇のための手段」であったといえる。こうして、「学歴主義」が国民に根付いていった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、（特に[[戦後|第二次世界大戦後]]における）社会制度の変更により、多くの者が進学するようになった（[[義務教育]]課程に至ってはほぼ100%）。学歴への期待は衰えることなく残っているが、その意味するところは「自由と希望」から「この学校を出ていれば、このくらいの能力がありますよというレッテル」へと変化していった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 学歴社会の実例 ===&lt;br /&gt;
官僚や法曹といった社会的に大きな影響力を持つ[[エリート]]職種については構成員の殆どがその国々で高い評価を得ている特定の教育機関の出身者で占められている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
例えば、[[フランス]]では行政府の人員はほとんどが[[グランゼコール]]の出身者である。また、[[アメリカ合衆国|アメリカ]]でも[[スタンフォード]]や[[アイビーリーグ]]の各大学に代表されるような名門大学の出身者は社会的地位が高い事が多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== ヨーロッパ ====&lt;br /&gt;
エリートは上流階級によって再生産される事が多いため、学歴社会というよりも[[階級社会]]だという指摘がある。たとえば大学受験では貴族出身の子弟が優遇される場合がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
イギリスでは[[オックスフォード大学]]と[[ケンブリッジ大学]]（いわゆる[[オックスブリッジ]]）など中世に創立された[[アンシャン・ユニヴァシティー]]の6校は名門校と見なされ敷居が高い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[フランス共和国]]では、大学とは別の[[グラン・ゼコール]]（グランド・ゼコール）という[[エリート]]養成校を卒業した者は、企業に入ってすぐに管理職になるといった事例がある（ただし、グラン・ゼコールは一般的な他国の大学とは異なり、実学重視であり、一種のエリート専門学校である）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 日本 ====&lt;br /&gt;
難関大学を卒業していれば、その学部に関わらず、あらゆる分野のエリートになる可能性が高くなる。&lt;br /&gt;
大企業の殆どは総務や人事、法務などの文系の部門は学部不問となっており、理工系学生も応募可能である（逆に言えば、大学での専門教育に期待していないということだろう）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
他にも、教員養成を主とした（ゼロ免課程でない）教育学部から一般企業に入社する者もいる。しかし、医学や看護学などの専門系はその分野に限定される。また各大学の評価には地域により差があり、関東圏で評価されている大学が関西では知名度が低く過小評価されることがある。また大学の評価は入学偏差値以外にもOBの活躍具合、就職での優遇、企業内での昇進率、生徒の進路の多様性、国立大学か私立大学かなど様々な要素を考えて決まるので入試偏差値で大学を選んだり、単に国立大学というだけで大学の優劣を決定する人間が多いのは偏差値ばかりを重視する偏った見方として話題にされる大学に在籍する学生からのネットの書き込みへの批判が相次いでいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
学歴によって限定される職種があるのは事実でも、それが人生の決定的要因になっているかどうかは一概には断言出来ない。例えば、大卒者と高卒者以下との生涯年収の差が世界的に見ても小さく、賃金面で見ると学歴は必ずしも決定的要因とは言えない。先進国でこうした学歴差による賃金格差が少ないのは日本くらいという見方もある。ただし賃金格差が少ないのは経営層と労働者層の賃金格差が他国に比べて相対的に少ないためである。ただし一流企業や公的機関などには学歴による派閥(いわゆる学閥)もみられ、[[東京大学]]・[[慶應義塾大学]]・[[早稲田大学]]といった高学歴とされる大学の出身者が新入社員の大部分を占め、昇進なども有利といわれている(実際、官僚を一番輩出しているのは東大、一流企業の社長を一番輩出しているのは慶應である)。また有名大学出身者は安定志向が強く、アカデミックな職業に就く者も多いので、賃金以外の価値観で依然として有力大学出身者が高い地位を独占しているのは事実であり、子供をどうしても高学歴にしたいと小さい頃から塾や予備校に通わせることで学歴はあっても人間として未熟な大人が育つことへの懸念も挙がってきている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
経済のニューエコノミーへの転換や[[失われた10年|平成不況]]に伴い、企業が新規採用者に[[OJT]]によって職業訓練を行う余力が無くなると企業に代わって都道府県や国（[[独立行政法人]][[雇用・能力開発機構]]による[[雇用保険事業]]）が[[在職者訓練]]として職業訓練を実施する場合がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、従業員供給側の大学に職業訓練の要望が強まった結果、東大・早慶などを卒業しても一流企業に入れない者が一定数出てきている。企業の大部分が大学にアカデミックとしてではなく、就職予備校としての役割を要求する一方、上位の大学はそれに媚びる必要が無くアカデミックとしての立場を崩さないため、学生の中にはその違いに戸惑い対応できない者も存在することが要因といえる。もちろんこれらの大学卒であっても中小企業を志望する者も少なからず存在している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== アメリカ ====&lt;br /&gt;
アメリカはもっぱら最終学歴が重視される社会である。とくに学歴間の賃金格差が激しく、多くの州で高等学校在学者の多い年齢までが義務教育であるために「大卒」が中産階級の切符であるようなものである。コミュニティ・カレッジ（短大に近い二年制大学）卒業程度では一般的に地位が高いとされる職業には就くことができない。この意味ではアメリカは日本より学歴（すなわち学位）社会だといわれることもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方で、アメリカの大学は認定機関から教育の質が保障されている。そのため卒業した大学の知名度が低くても[[アイビーリーグ]]に代表される一流校の大学院課程に進学する者が少なくない。また学士課程のみを置く少人数の名門教養大学である[[リベラルアーツ・カレッジ]]も数多く存在し、それらはアイビーリーグのリベラルアーツ・カレッジと互角の価値を持っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして実力主義社会であり、専門性に基づく経歴が重視されるため、新卒で大企業に入るには大学で良い成績を修めるか、独自の研究成果を上げていなければならない（実績があり・即戦力たり得る場合はこの限りではない）。[[大学院]]の課程を修了し[[修士]]や[[博士]]の学位を取る者が多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
具体的には弁護士になるためには[[ロースクール]]を修了しなければならず、また企業の幹部は[[経営学修士]]号を持つことがほぼ通例である。一部の競争率の高い[[ファーム]]や[[企業]]では学位のみならず学校歴を重視し、[[ハーバード]]などの[[アイビーリーグ]]の大学院修了者が多数を占めていることも多い。また、新卒者の場合は履歴書に専攻・成績表などの学業実績を記載・添付することも一般的である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、一旦社会人になってから大学・大学院に戻る者も多く（軍人が除隊後に入学し卒業する例さえある）、学歴を取得した時期自体で直接差別を受けることは少ない。その意味ではアメリカ社会は学歴社会といっても、敗者が復活しやすい側面を有している。このため、日本のように学部偏重型・偏差値志向型・固定型の学歴社会ではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 大韓民国 ====&lt;br /&gt;
韓国はかつては極端な学歴社会であり、[[ソウル大学校|ソウル大学]]出身というだけで企業に入れば「役員候補」とみなされたが、現在は多少その風潮は緩和された。とはいえ極めて強固な学歴社会であることに変わりはない。また、日本の専門学校と短期大学を合わせた形の[[専門大学]]も存在するが、社会的には4年制大学卒が良しとされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
韓国ではソウルに財閥が集中していることや、国の政策で新設大学をソウル以外の地域にのみ設立することを許可していたためソウルにある[[ソウル大学校|ソウル大学]]、[[高麗大学校|高麗大学]]、[[延世大学校|延世大学]]、[[西江大学校|西江大学]]、[[梨花女子大学校|梨花女子大学]]、[[成均館大学校|成均館大学]]、[[漢陽大学校|漢陽大学]]などと、理系に限れば[[韓国科学技術院|韓国科学技術院 (KAIST) ]]、[[浦項工科大学校]]が難関とされ、ソウル大学・高麗大学・延世大学の英語の頭文字を取った[[SKY]]という言葉もある。近年はアメリカの有名大学・大学院に留学することが一般的になっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ソウルにある上記の大学の次に[[全北大学校]]や[[全南大学校]]等の地方の有力大学、そして新設の四年制大学と専門大学という序列が見られる。近年では大学編入が盛んになっており、地方の有力大学→ソウルの難関大学、新設の4年制大学または専門大学→地方の有力大学といった具合に学生が移動する現象が見られる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 学歴信仰 ==&lt;br /&gt;
学歴を過度に信頼・重視する立場を学歴信仰と呼ぶ事がある。特に「何を学んだか」ではなく、「どの教育機関の出身者か」という帰属意識ないしそれに付随する付加価値の偏重、[[資格]]の実効性に対する過剰な信頼は学歴信仰が認められる国々共通の特徴である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
学歴信仰は、[[日本]]や[[大韓民国|韓国]]、[[中華人民共和国|中国]]、[[中華民国|台湾]]、[[インド]]といったアジアの国々や工業化が進みつつある[[アフリカ]]大陸における国々に多く見られるという主張がある。無論、これらの心情は学歴と言うものが存在する全ての社会に存在するが、上記の国々はそれらがより極端な形で現れるというものである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
学歴信仰の対象となる教育機関は各国の教育レベルによって異なる傾向がある。日本や韓国など高等教育の歴史が長く、自国の教育機関を卒業した人が社会的に高い地位に就いている事が多い国々ではそれらの人々の出身校が評価されやすい。殊に韓国ではテレビの[[ワイドショー]]に出るコメンテーターにまで“大学教授”の肩書きを持つ人物を求められ、これが経歴詐称に繋がる弊害を生んでいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方、[[タイ王国|タイ]]などのように、自国の教育機関が十分に発達していない国々では、国外（主に欧米の著名大学）の教育機関を重視する傾向がある。但し、近年では[[チュラーロンコーン大学]]といった著名校がブランド化しつつあり、自国の教育機関を重視する傾向が強まりつつある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 学歴に関する評価 ==&lt;br /&gt;
=== 学歴社会肯定論 ===&lt;br /&gt;
学歴社会肯定論としては次のようなものがある。&lt;br /&gt;
;学歴社会は機会の平等を与えている点で身分制度より優れている&lt;br /&gt;
:学歴社会は、学歴は自身の努力と能力で入手できるため、[[世襲|世襲社会]]など、実力ではなく、身分によって社会的評価が決まる社会より遙かに機会の平等が与えられている。&lt;br /&gt;
:学歴による社会的評価の決定は全ての人に公平、平等に作用している限り、[[社会階層]]や出自といった努力や選択によって変えられない要因によって個人評価が左右される事がなく、各人の[[自由意志]]が個人評価に反映される。&lt;br /&gt;
:学歴は「個人の努力によって取得可能な[[成果主義|社会的メリット]]の証明」であるという点に健全性を認めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 学歴社会否定論 ===&lt;br /&gt;
学歴社会否定論には次のようなものがある。&lt;br /&gt;
;機会の平等が保障されていないのではないかとの疑念&lt;br /&gt;
:学歴社会を健全なものであると言うためには万人にとって就学機会や就学条件が平等であるという前提条件が必要であるが、実社会においては社会的・経済的な条件によって、就業機会等が不平等になる事がある。&lt;br /&gt;
:そのため、学歴社会の健全性を保障するためには各個人間の初期状態の格差を出来るだけ緩和するような政策・環境（例：充実した奨学金制度、再入学や社会人教育といった就学形態が許されているなど）が必要不可欠となるが、充実した奨学金制度などがあっても、子どもに教育にまつわる投資するお金（家庭教師をつける、塾に行かせる教育費など）の点で差がつくために、健全な学歴社会というのは幻想に過ぎないのではないかと指摘するものである。&lt;br /&gt;
;学歴によって人格を非難する傾向が生まれる&lt;br /&gt;
:学歴社会が強くなると、そこに学歴信仰が生まれるようになり、学歴のあるなしによって人の能力や人格を見る傾向がある。[[偏差値|学力偏差値]]が世間的に知名度が高く、官僚を多く輩出したり、大企業に多く入る大学が優秀な大学とされるため、スポーツ等の功績などで評価のある大学も偏差値が低めである事を理由に低く評価する人や企業も出てしまう。&lt;br /&gt;
:また、大学に行っていない者などについて、ごく一部の極端な事例をことさらに挙げて、犯罪者が多い、世間常識がないという主張がされることがあり、（[[2ちゃんねる]]の[[学歴板]]など）学歴がないことを理由に人格まで否定する傾向が出てくる。&lt;br /&gt;
:大学で遊び惚けたにもかかわらず、大手企業に就職したりする。また、専門学校や高等学校等でまじめに勉学に取り組んだにもかかわらず、「大卒」の条件で門前払いをうけたりする。&lt;br /&gt;
;学歴がかならずしも仕事に直結していない&lt;br /&gt;
:[[ソニー]]創業者の[[盛田昭夫]]は『学歴無用論』のなかで、学歴によってえられた知識がかならずしも仕事に直結しているわけではなく、学歴を重視することが真の実力重視をさまたげていると主張した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 社会における学歴の評価 ===&lt;br /&gt;
学歴が個人における社会的評価の判断基準として決定的である社会ではその良し悪しによって人間関係のような就業以外の多くの生活領域に影響を及ぼす。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このような理由から、[[学歴詐称]]が行われることがあり、近年では著名人や選挙立候補者などによる学歴詐称が話題となっている。学歴詐称行為は昔から存在していた。また、学歴詐称を解雇事由として認める判例（大阪地裁s50.10.31など）も出ている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 学歴の判断 ==&lt;br /&gt;
学歴の高低を「どれほどの期間、どれほど高度な[[教育施設]]で学んだか」という基準で判断すると、[[大学院]]の[[博士課程]]（博士後期課程）を修了して博士の学位を有している者（[[課程博士]]）、その中でも、複数の博士課程を修了して、博士号を多く有している者が最も高学歴であるといえる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただし、高学歴かどうかを判断する基準は、国や個人によって相違がある。例えば、日本の[[官吏]]はアメリカなど大学院を重視する国から見ると、[[修士]]や[[博士]]の学位を有する者が少ないという点で低学歴とみなされる事があるが、日本においては、大学入学試験の難易度のみで学歴の高低が決定される傾向があり、大学入学試験の偏差値が上位に来ている大学の出身者が高学歴と認識されている&amp;lt;ref&amp;gt;裏返せば、社会は大学入試合格時点における学力に焦点を当てており、大学で何を学んだかについては興味がないということである。同じ大学であっても、どこの学部を卒業しているかが関心の対象になる場合もあるが、その多くは大学で何を学んできたかに関心があるわけではなく、同じ大学であっても学部ごとの入試難易度が異なり、難易度の高い学部を出ているかどうかに関心があるケースと思われる。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、各大学の評価は大学の所在地、OBの社会での活躍、企業の中でのイメージ、知名度などによって若干の変動を受ける。特に西日本と東日本での学歴の評価の違いは顕著である。また、大学院卒者は就職初年度から高収入を得るため、企業は大学院卒者を採用しづらい。さらに大学院に行くことにより専門分野が絞られ就職先の候補は少なくなる。これらのことが大学院卒者の少なさの大きな原因になっているという意見もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大学院を修了した人の最終学歴は出身大学ではなく出身大学院であることから、在籍していた大学とは違う大学の大学院に進学し学歴を更新しようとする動きがみられる。これを[[学歴ロンダリング]]と称するものもいるが，社会的な評価は定まっていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本では学界など特定の分野を除いて大学院修了を特に重視するという事は少ないため、大学を卒業したかどうか（[[学士]]号の有無）が学歴の基準になる事が多い。能力があっても、大卒でないと門前払いされてしまう。ただし、大学への進学者数及び進学率が高くなっているため、単に大学を卒業しているかどうかではなく、「出身大学」によって学歴の高低を判断する事が多い。また、「出身学部・学科」「浪人・留年年数」「入学方法」なども大卒のランク付けに利用される事がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 高等教育と学歴観 ==&lt;br /&gt;
経済成長と共に教育が大衆化して子供の教育にかける家庭の力が強くなり、また[[教育基本法]]により法的には開放された教育が行われている現代では大学や大学院へ進学できる者は多くなった。しかしその反面、学習意欲に欠ける者でも、入学・卒業認定基準の甘い学校を選ぶことで、大学卒業や大学院修了という高学歴を得ることもできてしまう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
学習意欲はあっても社会的な自覚が無かったり、惰性で進学しただけの高学歴者層ができることとなった。大学内での苛めもみられるようになり、入学しても、不登校や中退する生徒も少なくない。これが1990年代から話題になった、高学歴の[[フリーター]]・[[ニート]]の発生の一因にもなっているという指摘もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、日本の大学で特に[[文科系]]専攻学科は「入学は難しく、卒業は易しい」ところが多く、大学での教育内容や評価の妥当性、ひいては卒業生の能力を保証するという学歴の社会的機能にも疑問が呈されている。大学のレジャーランド化に歯止めがかからないので、学歴と学習歴は一致しない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
偏差値の高い大学の生徒は入学までに高額の教育費をかけている場合も多い。私立の進学高校へ通った上学習塾や予備校にも通える生徒と、それが叶わぬ家庭の生徒では進学先に差が出やすい。また、10代に受験勉強にのみ専念することが大切なことであるとして同じく進学する者とのみ一緒に育った生徒はそうでない生徒に対する理解に欠けていたり受験勉強以外のことを学んでいないという偏った点もあり、問題があるともされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昨今は大学進学のできる学力や経済力があっても、大学に進まないで働く、専門学校へ行く者もあるなど多様化が進んでいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
官庁や大手企業の中には留学制度を設けている所もあり、社会人となってから（特に海外の）大学院の修士号を得させる場合がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大学などの高等教育機関では[[生涯学習|生涯教育]]の理念に基づく社会人学生の増加や、経営上の要請などから編入学の機会を増加させている。また、[[大学院重点化]]の対象となっている大学院では定員総数が学内進学希望者（内部進学者）数より大幅に勝っていることが多い。このことから、結果として大学院は内部進学者よりも外部進学者の数が多い「傾向」がある。また、[[大学院大学]]では学部を持たないため、100%の学生が外部進学者となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 大手有名企業の2012年大学別採用人数 ==&lt;br /&gt;
=== メーカー ===&lt;br /&gt;
* [[キリンビール]]&lt;br /&gt;
:①[[早稲田|早稲田大学]]9 ②[[慶應|慶應大学]]6 ③[[東京|東京大学]]5 ④[[関西|関西大学]]4 ⑤[[京都|京都大学]],[[立命館|立命館大学]]3 ⑦[[神戸|神戸大学]]2 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[アサヒビール]]&lt;br /&gt;
:①早稲田,[[青学]]4 ③慶應3 ④東京,[[首都大|首都大学]],[[明治|明治大学]],[[理科大|東京理科大学]],[[神奈川|神奈川大学]]2 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[サントリー]]&lt;br /&gt;
:①早稲田,慶應14 ③京都,[[東北|東北大学]],[[一橋|一橋大学]]7 ⑥東京,[[同志社|同志社大学]]6 ⑧[[大阪|大阪大学]],明治5 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[明治乳業]]&lt;br /&gt;
:①早稲田14 ②[[日本|日本大学]]10 ③明治9 ④慶應8 ⑤[[法政|法政大学]]7 ⑥[[立教|立教大学]],[[関学|関西学院]]5 ⑧東京4 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[森永乳業]]&lt;br /&gt;
:①早稲田9 ②明治,関学5 ④慶應,阪府,関西4 ⑦名古屋3 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[味の素]]&lt;br /&gt;
:①早稲田,慶應6 ③東北,青学5 ⑤東京,京都,筑波4 ⑧東工大,関学2 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[JT]]&lt;br /&gt;
:①早稲田12 ②東北10 ③京都7 ④慶應,同志社6 ⑥立命館5 ⑦東京,大阪,一橋4 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[東レ]]&lt;br /&gt;
:①京都17 ②東京11 ③東工大,早稲田10 ⑤東北9 ⑥名古屋8 ⑦北海道,神戸,慶應6 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[旭化成]]&lt;br /&gt;
:①早稲田26 ②東京25 ③京都20 ④東北,慶應13 ⑥東工大11 ⑦日本10 ⑧明治9 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[王子製紙]]&lt;br /&gt;
:①早稲田6 ②立教3 ③東京2 ④京都,東北,北海道,千葉,神戸,岡山,慶應1 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[富士フィルム]]&lt;br /&gt;
:①早稲田19 ②東工大18 ③東京,京都12 ⑤東北11 ⑥慶應9 ⑦名古屋8 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[三菱化学]]&lt;br /&gt;
:①京都,東工大,慶應6 ④東京5 ⑤一橋,広島,早稲田4 ⑧東北,筑波3 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[住友化学]]&lt;br /&gt;
:①京都18 ②東京17 ③東北9 ④東工大,早稲田7 ⑥北海道5 ⑦神戸,上智4 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[花王]]&lt;br /&gt;
:①東京,京都13 ③慶應11 ④早稲田8 ⑤北海道,東工大,千葉7 ⑧東北6 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[資生堂]]&lt;br /&gt;
:①慶應15 ②早稲田9 ③京都,東工大,同志社,立命館,日本3 ⑧東京,名古屋2&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[アステラス製薬]]&lt;br /&gt;
:①東京12 ②理科大7 ③京都,東北,慶應,明治5 ⑦早稲田,千葉,関西3 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[武田薬品]]&lt;br /&gt;
:①早稲田10 ②京都8 ③東京7 ④慶應5 ⑤青学,摂南4 ⑦明治,中央,同志社3 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[旭硝子]]&lt;br /&gt;
:①東京16 ②早稲田15 ③東工大11 ④慶應9 ⑤東北,名古屋8 ⑦京都6 ⑧神戸4 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[TOTO]]&lt;br /&gt;
:①早稲田8 ②慶應,立命館,関西,芝浦4 ⑥名古屋,理科大,同志社3&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[ブリヂストン]]&lt;br /&gt;
:①早稲田16 ②慶應11 ③東工大8 ④東京7 ⑤理科大6 ⑥北海道,東北4 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[JX日鉱日石]]&lt;br /&gt;
:①東京7 ②慶應6 ③早稲田5 ④東工大4 ⑤京都,一橋,筑波,理科大2 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[出光興産]]&lt;br /&gt;
:①早稲田8 ②慶應6 ③東京5 ④京都,北海道,筑波,神戸,千葉3 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[新日鉄]]&lt;br /&gt;
:①東京,東工大15 ③京都14 ④早稲田11 ⑤名古屋10 ⑥慶應9 ⑦東北7 ⑧北海道6 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[JFE]]&lt;br /&gt;
:①東北22 ②東京21 ③早稲田20 ④岡山16 ⑤慶應15 ⑥京都,北海道9 ⑧東工大8&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[住友金属]]&lt;br /&gt;
:①京都10 ②東京,東北,北海道,早稲田6 ⑥名古屋,慶應,同志社5 ⑨一橋3 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[三菱マテリアル]]&lt;br /&gt;
:①早稲田12 ②東北,東工大5 ④筑波4 ⑤東京,京都,北海道,名古屋3 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[富士通]]&lt;br /&gt;
:①早稲田69 ②慶應65 ③東京28 ④東工大20 ⑤名古屋,北海道18 ⑦立命館16 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[日立製作所]]&lt;br /&gt;
:①東京56 ②早稲田55 ③慶應47 ④上智30 ⑤立命館26 ⑥東北,東工大22 ⑧北海道19 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[東芝]]&lt;br /&gt;
:①東京34 ②早稲田33 ③東工大31 ④東北27 ⑤慶應21 ⑥京都13 ⑦北海道12 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[三菱電機]]&lt;br /&gt;
:①早稲田67 ②慶應36 ③立命館35 ④名古屋31 ⑤京都,同志社30 ⑦神戸27 ⑧東京26&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[日本電気]]&lt;br /&gt;
:①早稲田25 ②慶應18 ③立命館17 ④理科大15 ⑤筑波,明治14 ⑦東工大13 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[パナソニック]]&lt;br /&gt;
:①京都35 ②早稲田23 ③同志社22 ④立命館19 ⑤慶應17 ⑥東北16 ⑦東工大14 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[ソニー]]&lt;br /&gt;
:①慶應49 ②早稲田31 ③東京23 ④東工大16 ⑤京都,東北,電通大6 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[シャープ]]&lt;br /&gt;
:①神戸13 ②京都12 ③東京10 ④早稲田,立命館8 ⑥阪府7 ⑦東工大,同志社6 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[日本IBM]]&lt;br /&gt;
:①早稲田27 ②慶應26 ③東京21 ④東工大8 ⑤京都6 ⑥中央,立教,理科大5 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[京セラ]]&lt;br /&gt;
:①立命館16 ②早稲田13 ③同志社7 ④神戸,広島6 ⑥阪府,慶應5 ⑦大阪,明治,京女4 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[ニコン]]&lt;br /&gt;
:①東京10 ②早稲田7 ③東工大,慶應6 ⑤東北,千葉5 ⑦京都4 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[オリンパス]]&lt;br /&gt;
:①早稲田7 ②東工大6 ③東京,千葉,慶應,理科大,同志社,立命館3 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[キヤノン]]&lt;br /&gt;
:①慶應27 ②早稲田20 ③東工大18 ④東京16 ⑤東北15 ⑥明治,理科大14 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[リコー]]&lt;br /&gt;
:①慶應14 ②早稲田13 ③首都大11 ④東工大9 ⑤理科大7⑥筑波,千葉,電通大6 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[富士ゼロツクス]]&lt;br /&gt;
:①慶應17 ②早稲田12 ③東工大9 ④立命館8 ⑤上智,明治,理科大7 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[ダイキン]]&lt;br /&gt;
:①神戸16 ②京都,同志社13 ④早稲田11 ⑤東京7 ⑥阪府,立命館5&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[三菱重工]]&lt;br /&gt;
:①早稲田,京都21 ③東工大17 ④東京16 ⑤名古屋,東北14 ⑦神戸11 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[IHI]]&lt;br /&gt;
:①早稲田,慶應15 ③東北12 ④東工大11 ⑤東京8 ⑥京都,名古屋6&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 自動車メーカー ===&lt;br /&gt;
* [[トヨタ自動車]]&lt;br /&gt;
:①[[東工大]]34 ②名古屋32 ③慶應30 ④京都25 ⑤東京24 ⑥東北19 ⑦早稲田18 ⑨北海道16 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[日産自動車]]&lt;br /&gt;
:①早稲田19 ②慶應12 ③京都,東工大9 ⑤東京,東北,理科大5 ⑧同志社4 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[ホンダ]]&lt;br /&gt;
:①理科大17 ②東工大,早稲田15 ④慶應14 ⑤立命館12 ⑥東京,明治11 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[スズキ]]&lt;br /&gt;
:①早稲田15 ②日本12 ③明治,法政,同志社,関学8 ⑦中央,立命館,関西7&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 建設 ===&lt;br /&gt;
* [[清水建設]]&lt;br /&gt;
:①早稲田15 ②理科大14 ③日本8 ④東工大7 ⑤京都,北海道6 ⑦名古屋5 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[鹿島]]&lt;br /&gt;
:①早稲田12 ②東京11 ③明治,理科,日本8 ⑥京都7 ⑦北海道6 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[LIXIL]]&lt;br /&gt;
:①早稲田17 ②慶應,明治,同志社12 ⑤立命館11 ⑥中央,法政10 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[積水ハウス]]&lt;br /&gt;
:①日本23 ②芝浦12 ③明治,法政11 ⑤早稲田,中央,武蔵,専修8 ⑨慶應,理科大7 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 銀行 ===&lt;br /&gt;
* [[日本銀行]]&lt;br /&gt;
:①東京16 ②慶應11 ③早稲田8 ④一橋5 ⑤東北,学習院,東女4 ⑧京都,大阪3 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[日本政策金融公庫]]&lt;br /&gt;
:①慶應18 ②早稲田13 ③明治6 ④京都,東北,神戸5 ⑦北海道,中央,法政,関学4 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[商工中金]]&lt;br /&gt;
:①慶應12 ②同志社9 ③横国6 ④神戸,早稲田,中央,学習院,明治5 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[三井住友銀行]]&lt;br /&gt;
:①慶應57 ②早稲田51 ③同志社,関学44 ⑤関西32 ⑥立命館30 ⑦東京25 ⑧大阪21 ⑨神戸,明治20 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[三菱東京UFJ銀行]]&lt;br /&gt;
:①慶應124 ②早稲田116 ③同志社53 ④関学52 ⑤立教42 ⑥青学40 ⑦明治39 ⑧東京37 ⑨法政36 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[みずほフィナンシャル]]&lt;br /&gt;
:①慶應84 ②早稲田65 ③中央57 ④立教,明治43 ⑥同志社34 ⑦青学33 ⑧学習院26 ⑨関学25 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[りそな]]&lt;br /&gt;
:①関西61 ②早稲田,同志社38 ④立教34 ⑤明治31 ⑥関学30 ⑦慶應26 ⑧立命館23 ⑨学習院22 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[新生銀行]]&lt;br /&gt;
:①早稲田10 ②慶應5 ③中央,同志社,青学4 ⑥東京,立命館3 ⑧北海道2 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[三井住友信託]]&lt;br /&gt;
:①慶應36 ②早稲田25 ③立教19 ④同志社15 ⑤京都13 ⑥東京,関学12 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[三菱UFJ信託]]&lt;br /&gt;
:①慶應39 ②早稲田28 ③東京10 ④成蹊6 ⑤一橋,立教,関学5 ⑧京都4 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 保険 ===&lt;br /&gt;
* [[日本生命]]&lt;br /&gt;
:①早稲田,関学,関西33 ④立命館30 ⑤同志社26 ⑥立教23 ⑦中央,日本18 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[第一生命]]&lt;br /&gt;
:①慶應35 ②早稲田29 ③東京24 ④一橋17 ⑤同志社16 ⑥明治14 ⑦中央12 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[住友生命]]&lt;br /&gt;
:①関学23 ②早稲田19 ③同志社14 ④慶應,関西13 ⑥京都12 ⑦東京9 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[明治安田生命]]&lt;br /&gt;
:①大妻19 ②中央18 ③立教,法政17 ⑤青学,明治,関学16 ⑧慶應,同志社12 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[東京海上日動]]&lt;br /&gt;
:①早稲田52 ②慶應50 ③関西20 ④同志社19 ⑤関学,南山18 ⑦立教15 ⑧東京11 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[三井住友海上]]&lt;br /&gt;
:①早稲田30 ②慶應26 ③同志社19 ④関学15 ⑤南山14 ⑥立教,明治13 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[損保ジャパン日本興亜]]&lt;br /&gt;
:①早稲田40 ②慶應34 ③青学24 ④明治17 ⑤上智,関学15 ⑦立教14 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 証券 ===&lt;br /&gt;
* [[野村證券]]&lt;br /&gt;
:①慶應52 ②早稲田42 ③関学35 ④同志社27 ⑤明治20 ⑥青学19 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[大和証券]]&lt;br /&gt;
:①慶應39 ②早稲田35 ③中央,立命館19 ⑤同志社15 ⑥立教,法政10 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[SMBC日興証券]]&lt;br /&gt;
:①慶應36 ②早稲田26 ③同志社20 ④青学15 ⑤明治14 ⑥立命館,関学12 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 商社 ===&lt;br /&gt;
* [[三井物産]]&lt;br /&gt;
:①慶應32 ②早稲田27 ③東京18 ④一橋13 ⑤京都9 ⑥上智8 ⑦東外大6 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[三菱商事]]&lt;br /&gt;
:①慶應50 ②東京39 ③早稲田29 ④京都13 ⑤一橋12 ⑥上智10 ⑦北海道4 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[住友商事]]&lt;br /&gt;
:①慶應34 ②早稲田29 ③東京20 ④京都14 ⑤上智10 ⑥大阪9 ⑦一橋8 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[伊藤忠商事]]&lt;br /&gt;
:①慶應21 ②早稲田16 ③東京13 ④京都12 ⑤神戸8 ⑥一橋6 ⑦大阪5 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[双日]]&lt;br /&gt;
:①早稲田7 ②慶應5 ③関学4 ④大阪,東外大,神戸,青学3 ⑧東京2 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[丸紅]]&lt;br /&gt;
:①慶應30 ②早稲田21 ③東京13 ④京都,一橋9 ⑥上智8 ⑦大阪5 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[豊田通商]]&lt;br /&gt;
:①早稲田15 ②慶應,中央10 ④東京6 ⑤上智,青学5 ⑦名古屋,筑波,明治4 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 交通 ===&lt;br /&gt;
* [[全日空]]&lt;br /&gt;
:①青学28 ②慶應27 ③早稲田20 ④同志社,日本18 ⑥明治,同女13 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[JR東日本]]&lt;br /&gt;
:①日本70 ②早稲田36 ③法政,芝浦35 ⑤東海28 ⑥明治25 ⑦理科大20 ⑧東京17 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[JR西日本]]&lt;br /&gt;
:①立命館37 ②近畿22 ③同志社19 ④関西18 ⑤京都,龍谷17 ⑦関学15 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[JR東海]]&lt;br /&gt;
:①早稲田18 ②立命館17 ③京都,名古屋,慶應15 ⑥芝浦13 ⑦東京12 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 通信 ===&lt;br /&gt;
* [[NTT東日本]]&lt;br /&gt;
:①早稲田37 ②理科大19 ③慶應18 ④東北17 ⑤首都大,上智,立教,中央10 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[NTT西日本]]&lt;br /&gt;
:①名古屋,慶應12 ③同志社11 ④京都,立命館,関学10 ⑦広島9 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[NTTドコモ]]&lt;br /&gt;
:①慶應17 ②早稲田16 ③名古屋,立命館11 ⑤東京10 ⑥京都,明治9 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[NTTデータ]]&lt;br /&gt;
:①早稲田71 ②慶應46 ③理科大24 ④上智23 ⑤東京19 ⑥筑波18 ⑦東北14 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[NTTコミュニケーションズ]]&lt;br /&gt;
:①早稲田24 ②慶應17 ③京都11 ④上智10 ⑤東京8 ⑥東工大7 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[KDDI]]&lt;br /&gt;
:①早稲田29 ②慶應16 ③京都14 ④北海道9 ⑤中央8 ⑥名古屋,電通大7 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[ソフトバンク]]&lt;br /&gt;
:①早稲田28 ②青学23 ③立教21 ④明治20 ⑤法政19 ⑥学習院12 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 電力・ガス ===&lt;br /&gt;
* [[東北電力]]&lt;br /&gt;
:①東北32 ②北海道7 ③早稲田,中央4 ⑤慶應,明治,理科大,日本3 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[中部電力]]&lt;br /&gt;
:①名古屋27 ②東北13 ③京都9 ④早稲田,慶應8 ⑥東京6 ⑦一橋5 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[関西電力]]&lt;br /&gt;
:①京都34 ②神戸17 ③同志社16 ④阪府11 ⑤早稲田10 ⑥阪市,立命館9 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[東京ガス]]&lt;br /&gt;
:①早稲田22 ②慶應14 ③東京10 ④筑波6 ⑤京都,一橋,東工大,理科大5 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[大阪ガス]]&lt;br /&gt;
:①京都,神戸12 ③立命館6 ④東京,大阪5 ⑥早稲田,同志社,関西4&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== マスコミ ===&lt;br /&gt;
* [[NHK]]&lt;br /&gt;
:①早稲田43 ②慶應24 ③東京15 ④法政8 ⑤東北,立教,立命館6 ⑧京都,一橋5 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[日本テレビ]]&lt;br /&gt;
:①東京,早稲田5 ③慶應2 ④電通大,中央,法政,東洋,芝浦1 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[テレビ朝日]]&lt;br /&gt;
:①慶應10 ②早稲田6 ③東京,一橋,筑波2 ⑥京都,東工大,横国1 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[フジテレビ]]&lt;br /&gt;
:①早稲田6 ②慶應5 ③京都,立教,青学2 ⑥東京,首都大,上智1 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[共同通信]]&lt;br /&gt;
:①早稲田8 ②慶應,上智3 ④東京,大阪,神戸,立命館2 ⑧京都,名古屋,東北,一橋1 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[電通]]&lt;br /&gt;
:①慶應43 ②早稲田25 ③東京14 ④京都11 ⑤東工大,関学5 ⑦上智4 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[毎日新聞]]&lt;br /&gt;
:①早稲田7 ②明治,立命館4 ④同志社3 ⑤阪市,上智2 ⑦東京,筑波1 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[朝日新聞]]&lt;br /&gt;
:①早稲田12 ②慶應8 ③東京7 ④京都3 ⑤大阪,一橋,神戸,立教,明治2 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[読売新聞]]&lt;br /&gt;
:①早稲田9 ②京都,明治5 ④東京,大阪4 ⑥法政3 ⑦筑波,東外大,慶應2&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== その他 ===&lt;br /&gt;
* [[三菱地所]]&lt;br /&gt;
:①慶應10 ②早稲田5 ③東京,一橋4 ⑤京都,筑波,上智,立教2 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[凸版印刷]]&lt;br /&gt;
:①早稲田14 ②東工大10 ③明治8 ④慶應,都市大,立命館7 ⑦芝浦6 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[大日本印刷]]&lt;br /&gt;
:①早稲田21 ②慶應19 ③東工大10 ④法政9 ⑤立命館7 ⑥東京,京都6 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[ヤフー]]&lt;br /&gt;
:①早稲田23 ②慶應22 ③明治15 ④東京13 ⑤理科大11 ⑥電通大,法政10 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[楽天]]&lt;br /&gt;
:①慶應36 ②早稲田31 ③東京19 ④明治,立命館15 ⑥京都14 ⑦青学12 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[イオン]]&lt;br /&gt;
:①日本50 ②立命館,関西21 ④法政,専修16 ⑥龍谷15 ⑦同志社,関学14 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[JTB]]&lt;br /&gt;
:①関西12 ②早稲田,立教11 ④法政,立命館10 ⑥同志社8 ⑦慶應,学習院7 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[野村総研]]&lt;br /&gt;
:①慶應43 ②早稲田30 ③理科大21 ④東京18 ⑤東工大15 ⑥首都大,上智9 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[講談社]]&lt;br /&gt;
:①早稲田2 ②東京,大阪,名古屋,一橋,筑波,上智,青学,法政,共立1 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[リクルート]]&lt;br /&gt;
:①慶應32 ②早稲田22 ③京都13 ④東京7 ⑤立教6 ⑥上智,青学,立命館,関学5&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 学校の卒業に準じて扱われるもの ==&lt;br /&gt;
;[[中学校卒業程度認定試験]]（中卒認定試験、中認、中検）&lt;br /&gt;
:受験者は少ないが、中学校またはその同等学校を卒業したことが無い人が、高等学校またはその同等学校に入学する資格を得るための試験。公的には「中学校を卒業した者と同等以上の学力を有する者」とされる。ただし、受験できるのは[[義務教育就学免除者]]に限られていたが、2003年より、[[不登校]]などによる非卒業者も受験できるようになった。&lt;br /&gt;
;[[高等学校卒業程度認定試験]]（高卒認定試験、高認、旧・[[大学入学資格検定]]〔旧・大検〕）&lt;br /&gt;
:高等学校またはその同等学校を卒業したことが無い人が、大学に入学する資格を得るための試験。公的には「[[高等学校]]を卒業した者と同等以上の学力を有する者」とされる。ただし、公務員や一部の民間企業を受ける時の橋渡しにはなるものの、現状では高校卒業＝高卒とみなされる風潮が強いのも事実である。&lt;br /&gt;
:以前は中学校を卒業していなければ受験できなかったが、今は中学校を卒業していなくても受験できるようになった。なお、中学を卒業していない者がこの試験に合格した場合、上記の[[中学校卒業程度認定試験]]にも合格したものとみなされる。&lt;br /&gt;
:なお、上記の認定試験は高卒の学歴自体が得られるわけではないが、認定試験合格後大学に入学、卒業することができる。&lt;br /&gt;
;難関国家資格の一次試験&lt;br /&gt;
:[[旧司法試験]]の一次試験や、平成17年度までの[[公認会計士試験]]・[[不動産鑑定士]]試験の一次試験は、大学（の学部・その他の学部同等組織）を卒業した者（または大学において62単位以上修得済みの者）であれば免除されるが、そうでない場合は一次試験を受けなければならない。&lt;br /&gt;
;[[教員資格認定試験]]&lt;br /&gt;
:大学や文部科学大臣が指定する[[教員養成機関]]を卒業していなくても、この試験に合格すれば、一部の種類の[[教員免許状]]の授与を受けることができる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references/&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[教育社会学]]&lt;br /&gt;
*[[学校]]&lt;br /&gt;
*[[大学]]&lt;br /&gt;
*[[高等教育]]&lt;br /&gt;
*[[短期大学]]&lt;br /&gt;
*[[大学一覧]]&lt;br /&gt;
*[[駅弁大学]]&lt;br /&gt;
*[[大学院進学率]]&lt;br /&gt;
*[[大学群]]&lt;br /&gt;
*[[ブランド大学]] - [[アイビー・リーグ]] - [[オックスブリッジ]] - [[SKY]]&lt;br /&gt;
*[[学閥]]&lt;br /&gt;
*[[学歴詐称]]&lt;br /&gt;
*[[学歴コンプレックス]]&lt;br /&gt;
*[[ディプロマミル]]&lt;br /&gt;
*[[学歴難民]]&lt;br /&gt;
*[[学歴主義]]&lt;br /&gt;
*[[学歴ロンダリング]]&lt;br /&gt;
*[[学歴板]]&lt;br /&gt;
*[[学歴フィルター]]&lt;br /&gt;
*[[教育ママ]]&lt;br /&gt;
*[[受験戦争]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
*[[中野雅至]] 『高学歴ノーリターン The School Record Dose Not Pay』 [[光文社]]、2005年11月22日。ISBN 433493370X &lt;br /&gt;
*[[溝上憲文]] 『超・学歴社会』 光文社、2005年4月22日。ISBN 4334933572&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:かくれき}}  &lt;br /&gt;
[[Category:教育問題]]&lt;br /&gt;
[[Category:入学試験]]&lt;br /&gt;
[[Category:差別]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Tamac777</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=10%E6%9C%8823%E6%97%A5&amp;diff=395429</id>
		<title>10月23日</title>
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				<updated>2021-12-07T01:38:34Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Tamac777: /* 誕生日 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''10月23日'''（じゅうがつにじゅうさんにち）は[[グレゴリオ暦]]で年始から296日目（[[閏年]]では297日目）にあたり、年末まであと69日ある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{カレンダー_10月}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== できごと ==&lt;br /&gt;
* [[424年]] - [[ウァレンティニアヌス3世]]、[[西ローマ帝国]]の副帝（カエサル）になる&lt;br /&gt;
* [[425年]] - ウァレンティニアヌス3世、西ローマ帝国の正帝（アウグストゥス）になる&lt;br /&gt;
* [[1688年]]（[[貞享]]5年/[[元禄]]元年[[9月30日 (旧暦)|9月30日]]） - [[東山天皇]]の代始のため、[[元号]]が[[貞享]]から[[元禄]]に改元。&lt;br /&gt;
* [[1868年]]（[[慶応]]4年/[[明治]]元年[[9月8日 (旧暦)|9月8日]]） - [[明治天皇]]の代始のため、元号が[[慶応]]から[[明治]]に改元。&lt;br /&gt;
* 1868年（慶応4年/明治元年9月8日） - [[一世一元の詔]]。&lt;br /&gt;
* [[1942年]] - [[第二次世界大戦]]: [[エル・アラメインの戦い]]第二次会戦はじまる。&lt;br /&gt;
* [[1944年]] - [[太平洋戦争]]: [[レイテ沖海戦]]はじまる。&lt;br /&gt;
* [[1956年]] - [[ハンガリー動乱]]。[[ハンガリー]]の首都[[ブタペスト]]で[[ソ連軍]]の撤退などを求める20万人のデモ隊が治安警察と衝突。&lt;br /&gt;
* [[1964年]] - [[東京オリンピック]]女子[[東京オリンピックにおけるバレーボール競技|バレーボール]]で[[日本]]が[[ソビエト連邦|ソ連]]を下し金メダルを獲得。&lt;br /&gt;
* [[1973年]] - [[江崎玲於奈]]に[[ノーベル物理学賞]]が贈られることが決定する。&lt;br /&gt;
* [[1981年]] - [[北炭夕張新炭鉱ガス突出事故]]で坑内に59名の安否不明者を取り残したまま注水作業を開始する。&lt;br /&gt;
* 1981年 - [[写真週刊誌]]「[[FOCUS|フォーカス]]」が創刊される。&lt;br /&gt;
* [[1983年]] - [[日本国有鉄道|国鉄]][[白糠線]]（白糠-北進 33.1km）廃止。国鉄改革に伴う[[特定地方交通線]]転換の第1号。&lt;br /&gt;
* [[1989年]] - [[ハンガリー]]の共産党独裁政権が倒れる。&lt;br /&gt;
* [[1988年]] - [[スーパーマリオブラザーズ3]]発売&lt;br /&gt;
* [[1991年]] - [[秋篠宮文仁親王]]の第1王女の[[眞子内親王]]が誕生、[[明仁|今上天皇]]の初孫となる。&lt;br /&gt;
* [[2002年]] - [[ロシア連邦]]の首都[[モスクワ]]で、[[チェチェン]]独立派のテロリストが劇場を占拠（[[モスクワ劇場占拠事件]]）。&lt;br /&gt;
* [[2004年]] - [[新潟県中越地震]]発生。&lt;br /&gt;
* [[2005年]] - [[ディープインパクト (競走馬)|ディープインパクト]]が史上2頭目となる無敗での[[三冠 (競馬)#日本クラシック三冠|クラシックレース三冠]]を[[菊花賞]]で達成。&lt;br /&gt;
2014年。矢口真里がみやねで復帰した。前日のYahoo!で発表された&lt;br /&gt;
磯の貴理子が脳梗塞で搬送された。29日のワイドショーで明らかになった&lt;br /&gt;
2015年。ワイドショーはマーズだらけだった&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 誕生日 ==&lt;br /&gt;
*[[1507年]]（[[永正]]4年[[9月18日 (旧暦)|9月18日]]） - [[曲直瀬正盛]]（[[曲直瀬正盛|道三]]）、[[戦国時代 (日本)|戦国時代]]の[[医師]]（+ [[1594年]]）&lt;br /&gt;
*[[1801年]] - [[アルベルト・ロルツィング]]、[[作曲家]]（+ [[1851年]]）&lt;br /&gt;
*[[1805年]] - [[アーダルベルト・シュティフター]]、[[画家]]・[[小説家]]（+ [[1868年]]）&lt;br /&gt;
*[[1835年]] - [[アドレー・E・スティーブンソン]]、第23代[[アメリカ合衆国副大統領]]（+ [[1914年]]）&lt;br /&gt;
*[[1920年]] - [[ジャンニ・ロダーリ]]、[[児童文学作家]]（+ [[1980年]]）&lt;br /&gt;
*[[1931年]] - [[ウィリアム・パトリック・クラーク]]、第44代[[アメリカ合衆国内務長官]]&lt;br /&gt;
*1931年 - [[ジャニー喜多川]]、[[ジャニーズ事務所]][[社長]]（+ [[2019年]]）&lt;br /&gt;
*[[1932年]] - [[森田実]]、政治[[評論家]]&lt;br /&gt;
*[[1935年]] - [[チチ・ロドリゲス]]、[[ゴルファー]]&lt;br /&gt;
*[[1940年]] - [[ペレ]]、[[サッカー選手]]&lt;br /&gt;
*1940年 - [[ベイビー・ジェーン・ホルツァー]]、[[モデル (職業)|モデル]]、[[アンディ・ウォーホル]]の初代アイドル&lt;br /&gt;
*[[1942年]] - [[マイケル・クライトン]]、[[小説家]]・[[SF作家]]&lt;br /&gt;
*1942年 - [[尾藤公]]、高校野球指導者&lt;br /&gt;
*[[1944年]] - [[七三太朗]]、[[漫画]]原作者&lt;br /&gt;
*1944年 - [[五十嵐忠行]]、[[官僚]]&lt;br /&gt;
*[[1952年]] - [[ますむらひろし]]、[[漫画家]]&lt;br /&gt;
*[[1954年]] - [[栗木京子]]、[[歌人]]&lt;br /&gt;
*1954年 - [[アン・リー]]、[[映画監督]]&lt;br /&gt;
*[[1955年]] - [[坂口良子]]、[[女優]](+2013年)&lt;br /&gt;
*1955年 - [[篠田節子]]、小説家&lt;br /&gt;
*[[1956年]] - [[渡辺真知子]]、[[歌手]]&lt;br /&gt;
*[[1958年]] - [[おおつぼマキ]]、漫画家&lt;br /&gt;
*1958年 - [[神津カンナ]]、[[随筆家]]&lt;br /&gt;
*[[1959年]] - [[ジョージ・ヒンショー]]、元[[プロ野球選手]]&lt;br /&gt;
*[[1960年]] - [[ウェイン・レイニー]]、モーターサイクル・レーサー&lt;br /&gt;
*1960年 - [[三沢またろう]]、[[パーカッショニスト]]&lt;br /&gt;
*[[1961年]] - [[小柳昌法]]、[[ミュージシャン]]（元[[LINDBERG]]）&lt;br /&gt;
*[[1966年]] - [[アレッサンドロ・ザナルディ]]、レーシングドライバー&lt;br /&gt;
*1966年 - [[石橋守]]、[[騎手]]&lt;br /&gt;
*[[1967年]] - [[オマール・リナレス]]、元[[野球選手]]&lt;br /&gt;
*1967年 - [[片岡とも]]、[[シナリオライター]]&lt;br /&gt;
*[[1971年]] - [[矢部浩之]]、[[ナインティナイン]]&lt;br /&gt;
*[[1973年]] - [[清水隆行]]、プロ野球選手&lt;br /&gt;
*[[1973年]] - [[志村貴子]]、[[漫画家]]&lt;br /&gt;
*1973年 - [[はしのえみ]]、[[タレント]]&lt;br /&gt;
*1973年 - [[上村洋行]]、騎手&lt;br /&gt;
*[[1975年]] - [[松井稼頭央]]、プロ野球選手&lt;br /&gt;
*1975年 - [[小原正子]]、[[クワバタオハラ]]&lt;br /&gt;
*[[1977年]] - [[斉藤まりあ]]、元[[日本テレビ放送網|日本テレビ]][[アナウンサー]]&lt;br /&gt;
*[[1978年]] - [[佐竹健太]]、プロ野球選手&lt;br /&gt;
*[[1981年]] - [[桃乃ララ]]、[[ストリッパー]]&lt;br /&gt;
*1981年 - [[中村摂]]、タレント&lt;br /&gt;
*[[1982年]] - [[田中彰 (野球)|田中彰]]、プロ野球選手&lt;br /&gt;
*[[1983年]] - [[磯山さやか]]、タレント、[[グラビアアイドル]]&lt;br /&gt;
*[[1985年]] - [[宇佐美なな]]、歌手（[[MUH～]]）&lt;br /&gt;
*1985年 - [[浦野一美]]、[[AKB48]]&lt;br /&gt;
*1986年 - [[佐藤美耶]]、女子バレーボール選手（[[東レ・アローズ (女子バレーボール)|東レ]]）&lt;br /&gt;
*[[1987年]] - [[沢井美優]]、[[女優]]、グラビアアイドル&lt;br /&gt;
*[[1988年]] - [[北村明子]]、[[フィギアスケート]]選手&lt;br /&gt;
*[[1989年]] - [[時太山俊]]、大相撲力士（+[[2007年]]）&lt;br /&gt;
*[[1991年]] - [[眞子内親王]]、[[皇族]]・[[秋篠宮家]]の長女&lt;br /&gt;
*[[1992年]] - [[安達大]]、[[子役]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 忌日 ==&lt;br /&gt;
* [[紀元前42年]] - [[マルクス・ユニウス・ブルートゥス|ブルータス]]、古代ローマの[[政治家]]（* [[紀元前85年]]）&lt;br /&gt;
* [[930年]]（[[延長 (元号)|延長]]8年[[9月29日 (旧暦)|9月29日]]）- [[醍醐天皇]]、第60代[[天皇]]（* [[885年]]）&lt;br /&gt;
* [[1600年]]（[[慶長]]5年[[9月17日 (旧暦)|9月17日]]）- [[石田正継]]、[[戦国武将]]&lt;br /&gt;
* [[1652年]]（[[承応]]元年[[9月21日 (旧暦)|9月21日]]）- [[別木庄左衛門]]、[[浪人 (武士)|牢人]]&lt;br /&gt;
* [[1685年]]（[[貞享]]2年[[9月26日 (旧暦)|9月26日]]）- [[山鹿素行]]、[[兵学|兵学者]]・[[儒学|儒学者]]（* [[1622年]]）&lt;br /&gt;
* [[1705年]]（[[宝永]]2年[[9月6日 (旧暦)|9月6日]]）- [[松平吉透]]、第4代[[松江藩|松江藩主]]（* [[1668年]]）&lt;br /&gt;
* [[1711年]]（[[正徳 (日本)|正徳]]元年[[9月12日 (旧暦)|9月12日]]）- [[松平昌親|松平吉品]]、第3・5代[[福井藩|福井藩主]]（* [[1640年]]）&lt;br /&gt;
* [[1833年]]（[[天保]]4年[[9月11日 (旧暦)|9月11日]]）- [[本居大平]]、[[国学|国学者]]（* [[1756年]]）&lt;br /&gt;
* [[1834年]] - [[ファトフ・アリー・シャー]]、[[ガージャール朝]]の[[シャー]]（* [[1772年]]）&lt;br /&gt;
* [[1848年]]（[[弘化]]5年[[9月27日 (旧暦)|9月27日]]）- [[中川五郎治]]、日本における[[種痘]]の祖（* [[1768年]]）&lt;br /&gt;
* [[1869年]] - [[ダービー伯エドワード・ジョフリー・スミス・スタンレー]]、[[イギリスの首相|イギリス首相]]（* [[1799年]]）&lt;br /&gt;
* [[1872年]] - [[テオフィル・ゴーティエ]]、[[詩人]]・[[小説家]]（* [[1811年]]）&lt;br /&gt;
* [[1874年]] - [[アーブラハム・ガイガー]]、[[ラビ]]・[[改革派 (ユダヤ教)|ユダヤ教改革派]]の指導者（* [[1810年]]）&lt;br /&gt;
* [[1876年]] - [[細川韶邦]]、第11代[[熊本藩|熊本藩主]]（* [[1835年]]）&lt;br /&gt;
* [[1884年]] - [[佐竹義堯]]、第12代[[久保田藩|久保田藩主]]（* [[1825年]]）&lt;br /&gt;
* [[1888年]] - [[三島通庸]]、[[警視総監]]・[[内務省|内務]][[官僚]]（* [[1835年]]）&lt;br /&gt;
*[[1896年]] - [[コロンバス・デラノ]]、第11代[[アメリカ合衆国内務長官]]（* [[1809年]]）&lt;br /&gt;
* [[1910年]] - [[ラーマ5世]]、[[タイ王国|シャム]]・[[チャクリー王朝]]第5代国王（* [[1853年]]）&lt;br /&gt;
* [[1921年]] - [[ジョン・ボイド・ダンロップ]]、[[発明家]]・[[ダンロップ]]創業者（* [[1840年]]）&lt;br /&gt;
* [[1943年]] - [[若嶌權四郎]]、[[大相撲]]第21代[[横綱]]（* [[1876年]]）&lt;br /&gt;
* [[1944年]] - [[チャールズ・バークラ]]、[[物理学者]]（* [[1877年]]）&lt;br /&gt;
* [[1946年]] - [[アーネスト・トンプソン・シートン]]、[[博物学|博物学者]]（* [[1860年]]）&lt;br /&gt;
* [[1950年]] - [[アル・ジョルソン]]、[[俳優]]（* [[1886年]]）&lt;br /&gt;
* [[1951年]] - [[桂米團治 (4代目)]]、[[落語家]]（* [[1896年]]）&lt;br /&gt;
* [[1970年]] - [[華頂博信]]、日本の[[皇族]]・[[華族]]・[[大日本帝国海軍|海軍]][[中佐]]（* [[1905年]]）&lt;br /&gt;
* [[1978年]] - [[千島喜久男]]、[[生物学|生物学者]]（* [[1899年]]）&lt;br /&gt;
* [[1984年]] - [[オスカー・ウェルナー]]、俳優（* [[1922年]]）&lt;br /&gt;
* [[1986年]] - [[エドワード・アダルバート・ドイジー]]、[[生化学|生化学者]]（* [[1893年]]）&lt;br /&gt;
* 1986年 - [[吉村仁]]、[[厚生省]][[事務次官]]（* [[1930年]]）&lt;br /&gt;
* [[1987年]] - [[高木恭造]]、[[津軽弁]]詩人（* [[1903年]]）&lt;br /&gt;
* [[1988年]] - [[朝潮太郎 (3代)]]、大相撲第46代横綱（* [[1929年]]）&lt;br /&gt;
* 1988年 - [[玉ノ海梅吉]]、大相撲の[[力士]]・元[[関脇]]（* [[1912年]]）&lt;br /&gt;
* [[1990年]] - [[ルイ・アルチュセール]]、[[マルクス主義]][[哲学者]]（* [[1918年]]）&lt;br /&gt;
* [[1998年]] - [[中田勇次郎]]、[[漢文学|漢文学者]]（* [[1905年]]）&lt;br /&gt;
* 1998年 - [[久保喬]]、[[児童文学作家]]（* [[1906年]]）&lt;br /&gt;
* [[2001年]] - [[ジョシュ・カービィ]]、[[イラストレーター]]（* [[1928年]]）&lt;br /&gt;
* [[2002年]] - [[山本夏彦]]、[[随筆家]]（* [[1915年]]）&lt;br /&gt;
* [[2003年]] - [[宋美齢]]、[[中華民国総統]][[蒋介石]]の妻（* [[1897年]]）&lt;br /&gt;
* [[2005年]] - [[劉進慶]]、[[経済学者]]（* [[1931年]]）&lt;br /&gt;
* 2005年 - [[水野知昭]]、[[神話|比較神話学者]]（* [[1949年]]）&lt;br /&gt;
* [[2007年]] - [[林梧桐]]、[[実業家]]（* [[1918年]]）&lt;br /&gt;
* 2007年 - [[晴乃ピーチク・パーチク|晴乃ピーチク]]、[[漫才師]]（* [[1925年]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 記念日・年中行事 ==&lt;br /&gt;
* [[霜降]]（日本、2002年・2004年・2005年）&lt;br /&gt;
*:[[二十四節気]]の1つ。太陽の[[黄経]]が210度の時で、[[露]]が冷気によって[[霜]]となって降り始めるころ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[電信電話記念日]]&lt;br /&gt;
*:明治2年[[9月19日 (旧暦)|9月19日]]（[[1869年]]10月23日）に東京 - 横浜間で日本最初の公衆電信線の架線工事が始まったことに由来。&lt;br /&gt;
*:[[1950年]]に電気通信省（後の日本電信電話公社、現[[NTTグループ|NTT]]）が制定。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[津軽弁]]の日&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== フィクションのできごと ==&lt;br /&gt;
===　誕生日　===&lt;br /&gt;
*生年不明（8歳） - ピョコラ＝アナローグIII世（ぴよこ）、漫画・アニメ『[[デ・ジ・キャラット]]』に登場するキャラクター&lt;br /&gt;
* 生年不明 - ゴーゲン 、ゲーム『[[アークザラッド]]』、『[[アークザラッド2]]』、『[[アークザラッド3]]』に登場するキャラクター&lt;br /&gt;
* 生年不明（54歳） - バナン、『[[ファイナルファンタジーVI]]』に登場するキャラクター&lt;br /&gt;
* 生年不明 - 三田村茜、ゲーム・アニメ『[[この青空に約束を―]]』に登場するキャラクター&lt;br /&gt;
* 生年不明 - [[クリザリッド]]、ゲーム『[[ザ・キング・オブ・ファイターズ]]』シリーズに登場するキャラクター&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
{{新暦365日|10|22|10|24|[[9月23日]]|[[11月23日]]|[[10月23日 (旧暦)|10月23日]]|1023}}&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Tamac777</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=1931%E5%B9%B4&amp;diff=395428</id>
		<title>1931年</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=1931%E5%B9%B4&amp;diff=395428"/>
				<updated>2021-12-07T01:37:41Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Tamac777: /* 10月 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''1931年'''（せん きゅうひゃく さんじゅう いち ねん）は、[[木曜日]]から始まる[[平年]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 他の紀年法 ==&lt;br /&gt;
* [[干支]]：[[辛未]]&lt;br /&gt;
* [[日本]]（月日は一致）&lt;br /&gt;
** [[昭和]]6年&lt;br /&gt;
** [[皇紀]]2591年&lt;br /&gt;
* [[中国]]（月日は一致）&lt;br /&gt;
** [[中華民国暦|中華民国]]20年&lt;br /&gt;
* [[朝鮮]]（月日は一致）&lt;br /&gt;
** [[檀君紀元|檀紀]]4264年&lt;br /&gt;
** [[主体暦|主体]]20年&lt;br /&gt;
* [[阮朝]]（[[ベトナム]]）&lt;br /&gt;
** [[保大 (阮朝)|保大]]5年11月13日 - 保大6年11月23日&lt;br /&gt;
* [[モンゴル人民共和国]]（月日は一致）&lt;br /&gt;
** [[共戴紀元|モンゴル人民共和国]]21年&lt;br /&gt;
* [[仏滅紀元]]：2473年～2474年&lt;br /&gt;
* [[ヒジュラ暦|イスラム暦]]：1349年8月11日～1350年8月20日&lt;br /&gt;
*[[ユダヤ暦]]：5691年4月12日～5692年4月21日&lt;br /&gt;
* [[修正ユリウス日]](MJD)：26342～26706&lt;br /&gt;
* [[リリウス日]](LD)：127183～127547&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;font-size:smaller&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
※檀紀は、[[大韓民国]]で[[1948年]]に法的根拠を与えられたが、[[1962年]]からは公式な場では使用されていない。&amp;lt;br /&amp;gt;&lt;br /&gt;
※主体暦は、[[朝鮮民主主義人民共和国]]で[[1997年]]に制定された。&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== できごと ==&lt;br /&gt;
=== 1月 ===&lt;br /&gt;
*[[1月1日]] -  [[市川猿之助 (2代目)|二代目市川猿之助]]らが[[松竹]]を脱退し[[春秋座]]を再建、旗揚げ公演（[[市村座]]） &lt;br /&gt;
*[[1月15日]] - [[台湾放送協会|台北放送局]](JFAK)放送開始&lt;br /&gt;
*[[1月16日]] - [[霧社事件]]の引責により台湾総督[[石塚英蔵]]が退任&lt;br /&gt;
*[[1月22日]] - [[離宮|霞ヶ関離宮]]の払下げ決る&lt;br /&gt;
*[[1月27日]] - [[全日本学生庭球連盟]]発足&lt;br /&gt;
*[[マックス・ホルクハイマー]]が、[[フランクフルト社会研究所]]所長に任命さる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 2月 ===&lt;br /&gt;
*[[2月1日]] - 三等寝台車を新設（東海道線 東京-神戸間）&lt;br /&gt;
*[[2月11日]] - [[三菱重工]]設立（三菱造船より改名）&lt;br /&gt;
*[[2月28日]] - [[婦人公民権]]案を[[衆議院]]で可決（3月24日に[[貴族院 (日本)|貴族院]]で否決）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 3月 ===&lt;br /&gt;
*[[3月6日]] &lt;br /&gt;
**[[三重県]]上空で[[日本空輸]]旅客機から乗客1人が'''初の飛降り自殺'''&lt;br /&gt;
**パラシュートガール[[宮森美代子]]が千葉県[[津田沼]]で降下し大人気&lt;br /&gt;
*[[3月7日]] &lt;br /&gt;
**[[順宮厚子内親王]]ご誕生（命名13日）&lt;br /&gt;
**[[全国農業協同組合連合会|全農]]第4回大会で左右両派が激突し左派多数が検挙され右派が役員を独占する（全農分裂）。&lt;br /&gt;
*[[3月10日]] - [[金杉惇郎]]・[[長岡輝子]]ら[[テアトル・コメディ]]結成第一回公演&lt;br /&gt;
*[[3月14日]] - [[全国産業博覧会]]開催（[[浜松市]]）&lt;br /&gt;
*[[3月20日]] - 政治結社「[[桜会]]」による[[クーデター]]の計画が発覚（[[三月事件]]）。&lt;br /&gt;
*[[イネ]]の画期的な交配種、 [[水稲農林1号]]の育成成功。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 4月 ===&lt;br /&gt;
*[[4月1日]] - [[中央本線]][[新宿駅|新宿]] - [[甲府駅|甲府]]間電化完成&lt;br /&gt;
*[[4月14日]] - [[第2次若槻内閣]]成立&lt;br /&gt;
*[[4月25日]] - [[東京音楽学校]]に作曲科設置&lt;br /&gt;
*[[重要産業統制法]]公布&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 5月 ===&lt;br /&gt;
*[[5月1日]] - [[鉄道省]]、小型[[コンテナ]]試用開始&lt;br /&gt;
*[[5月3日]] - 北関東・東北に霜害。[[熊谷]]の最低気温零下4℃&lt;br /&gt;
*[[5月7日]] - 石川県[[山中温泉]]で大火。740戸焼失。&lt;br /&gt;
*[[5月13日]] - 新潟県[[白根町]]で大火。402戸焼失，死傷者五十余人。&lt;br /&gt;
*[[5月20日]] - [[国際ヘーゲル連盟]]日本支部「[[ヘーゲルとヘーゲル主義]]」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 6月 ===&lt;br /&gt;
*[[6月8日]] - [[御茶ノ水橋]]完成&lt;br /&gt;
*[[6月17日]]&lt;br /&gt;
**[[朝鮮総督]]に[[宇垣一成]]を任命・親任式&lt;br /&gt;
**関東で強震。[[横浜]]全市が停電、暗黒の街となる&lt;br /&gt;
*[[6月22日]] - [[日本空輸航空]]旅客機が福岡県山中に墜落し3名死亡（'''初の旅客機事故'''）&lt;br /&gt;
*[[6月27日]] - [[中村大尉事件]]。北満視察中の[[中村震太郎]]大尉が中国兵に殺害される&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 7月 ===&lt;br /&gt;
*[[7月2日]] - [[万宝山事件]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 8月 ===&lt;br /&gt;
*[[8月1日]] - [[八十二銀行]]設立（第十九銀行と六十三銀行が合併）&lt;br /&gt;
*[[8月10日]] - [[鎌倉御用邸]]廃止&lt;br /&gt;
*[[8月25日]] - 羽田飛行場（後の[[東京国際空港]]）開港&lt;br /&gt;
*[[8月31日]] - [[江蘇省]]で水害（30万人溺死）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 9月 ===&lt;br /&gt;
*[[9月1日]] - [[清水トンネル]]開通により[[上越線]]全通（上野-新潟間が7時間10分に短縮）&lt;br /&gt;
*[[9月18日]] - [[柳条湖事件]]（[[満州事変]]勃発）&lt;br /&gt;
*[[9月21日]] - [[林銑十郎]]による独断越境進撃&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 10月 ===&lt;br /&gt;
*[[10月1日]] - [[国立公園法]]施行&lt;br /&gt;
*[[10月17日]] - [[錦旗革命事件]]。[[橋本欣五郎]]中佐([[桜会]])らによる軍部内閣樹立クーデター発覚・拘禁&lt;br /&gt;
*[[宇野弘蔵]]と[[山田盛太郎]]「[[資本論体系]]」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 11月 ===&lt;br /&gt;
*[[11月2日]] - [[国立科学博物館|東京科学博物館]]開館式&lt;br /&gt;
*[[11月27日]] - [[中華ソビエト共和国]]臨時政府樹立&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 12月 ===&lt;br /&gt;
*[[12月6日]] - [[岡倉天心]]銅像除幕式（[[東京美術学校]]前庭）&lt;br /&gt;
*[[12月11日]] - [[安達謙蔵|安達]]内相が辞任勧告を拒否。内閣不統一により第2次[[若槻禮次郎|若槻]]内閣総辞職&lt;br /&gt;
*[[12月13日]]&lt;br /&gt;
**[[犬養毅]]内閣成立&lt;br /&gt;
**金輸出再禁止令公布施行&lt;br /&gt;
*[[12月15日]] - [[中島飛行機]]株式会社設立&lt;br /&gt;
*[[12月16日]] - 東京浅草オペラ館開場。[[榎本健一|エノケン]]が旗揚公演&lt;br /&gt;
*[[12月23日]] - [[帝国議会|第60議会]]召集。&lt;br /&gt;
*[[12月25日]] - [[東京中央郵便局]]完成&lt;br /&gt;
*[[12月31日]] - [[ムーランルージュ新宿座]]開場&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出生 ==&lt;br /&gt;
=== 1月 ===&lt;br /&gt;
* [[1月2日]] - [[海部俊樹]]、第76・77代[[内閣総理大臣]]&lt;br /&gt;
* [[1月6日]] - [[八千草薫]]、[[女優]]&lt;br /&gt;
* [[1月11日]] - [[田口富久治]]、[[政治学者]]&lt;br /&gt;
* [[1月17日]] - [[ドン・ジマー]]、元プロ野球選手&lt;br /&gt;
* [[1月19日]] - [[明石康]]、元[[国際連合|国連]]事務次長&lt;br /&gt;
* [[1月20日]] - [[内藤博文]]、元プロ野球選手&lt;br /&gt;
* [[1月21日]] - [[久我美子]]、[[女優]]&lt;br /&gt;
* [[1月28日]] - [[小松左京]]、[[SF作家]]&lt;br /&gt;
* [[1月29日]] - [[ジム・バーマ]]、元プロ野球選手（+ [[1996年]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 2月 ===&lt;br /&gt;
* [[2月1日]] - [[ボリス・エリツィン]]、[[ロシア]]初代[[大統領]]（+[[2007年]]）&lt;br /&gt;
* [[2月2日]] - [[若ノ海周治]]、[[大相撲]][[力士]]・元[[小結]]（+ [[1999年]]）&lt;br /&gt;
* [[2月3日]] - [[雨宮敬子]]、[[彫刻家]]&lt;br /&gt;
* [[2月8日]] - [[ジェームズ・ディーン]]、[[俳優]]（+ [[1955年]]）&lt;br /&gt;
* [[2月9日]] - [[ロバート・モリス (芸術家)|ロバート・モリス]]、[[現代美術家]]&lt;br /&gt;
* 2月9日 - [[ヨゼフ・マソプスト]]、元[[サッカー選手]]&lt;br /&gt;
* [[2月16日]] - [[高倉健]]、俳優(+2014年)&lt;br /&gt;
* [[2月26日]] - [[岡本伊三美]]、元[[プロ野球選手]]&lt;br /&gt;
* [[2月27日]] - [[村上泰亮]]、[[経済学者]]・[[評論家]]（+ [[1993年]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 3月 ===&lt;br /&gt;
* [[3月2日]] - [[ミハイル・ゴルバチョフ]]、元[[ソビエト連邦]][[書記長]]&lt;br /&gt;
* [[3月2日]] - [[藤木悠]]、俳優（+ [[2005年]]）&lt;br /&gt;
* [[3月5日]] - [[大津守]]、元[[プロ野球選手]]（+ [[2007年]]）&lt;br /&gt;
* [[3月6日]] - [[砂澤ビッキ]]、[[彫刻家]]（+ [[1989年]]）&lt;br /&gt;
* [[3月7日]] - [[井上洋介]]、[[絵本作家]]・[[イラストレーター]]&lt;br /&gt;
* [[3月9日]] - [[篠田正浩]]、[[映画監督]]&lt;br /&gt;
* [[3月13日]] - [[篠田守男]]、彫刻家&lt;br /&gt;
* [[3月18日]] - [[宮川泰]]、[[作曲家]]（+ [[2006年]]） &lt;br /&gt;
* [[3月21日]] - [[豊登道春]]、元[[プロレスラー]]（＋[[1998年]]）&lt;br /&gt;
* [[3月23日]] - [[ヴィクトール・コルチノイ]]、[[チェス]]プレーヤー&lt;br /&gt;
* [[3月27日]] - [[松平頼暁]]、[[現代音楽]]の[[作曲家]]・[[立教大学]]名誉教授&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 4月 ===&lt;br /&gt;
* [[4月11日]] - [[すぎやまこういち]]、作曲家&lt;br /&gt;
* [[4月20日]] - [[カールトン半田]]、元[[プロ野球選手]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 5月 ===&lt;br /&gt;
* [[5月1日]] - [[あずさ欣平]]、俳優・[[声優]]（+ [[1997年]]）&lt;br /&gt;
* [[5月3日]] - [[本多逸郎]]、元[[プロ野球選手]]（+ [[2005年]]）&lt;br /&gt;
* [[5月6日]] - [[ウィリー・メイズ]]、元[[メジャーリーガー]]&lt;br /&gt;
* [[5月10日]] - [[永井一郎]]、俳優・声優&lt;br /&gt;
* [[5月17日]] - [[ジャッキー・マクリーン]]、[[ジャズ]][[サックス]]奏者 &lt;br /&gt;
* [[5月25日]] - [[ジム・マーシャル (野球)|ジム・マーシャル]]、元プロ野球選手&lt;br /&gt;
* [[5月29日]] - [[芦屋雁之助]]、俳優・[[脚本家]]・[[演出家]]（+ [[2004年]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 6月 ===&lt;br /&gt;
* [[6月20日]] - [[岡田功]]、元[[プロ野球選手]]、元[[プロ野球審判員|審判]]&lt;br /&gt;
* [[6月26日]] - [[コリン・ウィルソン]]、[[小説家]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 7月 ===&lt;br /&gt;
* [[7月1日]] - [[椙本勝]]、元[[プロ野球選手]]&lt;br /&gt;
* [[7月7日]] - [[デイヴィッド・エディングス]]、[[ファンタジー]]小説家&lt;br /&gt;
* [[7月10日]] - [[三船正俊]]、元プロ野球選手&lt;br /&gt;
* [[7月12日]] - [[木内幸男]]、高校野球指導者&lt;br /&gt;
* [[7月19日]] - [[水野晴郎]]、[[映画評論家]]、[[映画監督]]（+ [[2008年]]）&lt;br /&gt;
* [[7月20日]] - [[山中恒]]、[[児童文学作家]]&lt;br /&gt;
* [[7月27日]] - [[渡辺礼次郎]]、元プロ野球選手&lt;br /&gt;
* [[7月23日]] - [[ジョー・スタンカ]]、元プロ野球選手&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 8月 ===&lt;br /&gt;
* [[8月4日]] - [[石垣一夫]]、元[[プロ野球選手]]（+ [[2004年]]）&lt;br /&gt;
* [[8月5日]] - [[木坂順一郎]]、[[政治学者]]・[[歴史家]]&lt;br /&gt;
* [[8月6日]] - [[種田弘]]、元プロ野球選手&lt;br /&gt;
* 8月6日 - [[山下健]]、元プロ野球選手&lt;br /&gt;
* [[8月7日]] - [[藤田元司]]、元プロ野球選手（+ [[2006年]]）&lt;br /&gt;
* [[8月10日]] - [[佐藤孝夫]]、元プロ野球選手（+ [[2005年]]）&lt;br /&gt;
* [[8月13日]] - [[千葉耕市]]、[[俳優]]・[[声優]]・[[音響監督]]（+ [[2001年]]）&lt;br /&gt;
* 8月13日 - [[あまんきみこ]]、[[児童文学作家]]&lt;br /&gt;
* [[8月20日]] - [[ドン・キング]]、[[ボクシング]]プロモーター&lt;br /&gt;
* [[8月30日]] - [[八奈見乗児]]、俳優・声優&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 9月 ===&lt;br /&gt;
* [[9月1日]] - [[徳永喜久夫]]、元[[プロ野球選手]]&lt;br /&gt;
* [[9月7日]] - [[宮本一三]]、元[[衆議院議員]]&lt;br /&gt;
* [[9月13日]] - [[山田洋次]]、[[映画監督]]&lt;br /&gt;
* [[9月17日]] - [[曽野綾子]]、[[小説家]]&lt;br /&gt;
* [[9月19日]] - [[高橋輝]]、元プロ野球選手&lt;br /&gt;
* [[9月22日]] - [[貞永方久]]、映画監督&lt;br /&gt;
* [[9月24日]] - [[マイケル・クレスニック]]、元プロ野球選手&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 10月 ===&lt;br /&gt;
* [[10月7日]] - [[デズモンド・ムピロ・ツツ]]、[[ケープタウン]][[大主教]]・[[ノーベル平和賞]]受賞者・[[人権]]活動家&lt;br /&gt;
* 10月7日 - [[平木隆三]]、元サッカー選手、サッカー指導者（+ [[2009年]]）&lt;br /&gt;
* [[10月13日]] - [[レイモン・コパ]]、元サッカー選手&lt;br /&gt;
* [[10月15日]] - [[長谷部稔]]、元[[プロ野球選手]]&lt;br /&gt;
* [[10月20日]] - [[田中東雨]]、[[書家]]&lt;br /&gt;
* 10月20日 - [[ミッキー・マントル]]、元[[メジャーリーガー]]（+ [[1995年]]）&lt;br /&gt;
* [[10月23日]] - [[ウィリアム・パトリック・クラーク]]、第44代[[アメリカ合衆国内務長官]]。&lt;br /&gt;
* 10月23日 - [[ジャニー喜多川]]、実業家（+ [[2019年]]）&lt;br /&gt;
* [[10月29日]] - [[戸口天従]]、元プロ野球選手&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 11月 ===&lt;br /&gt;
* [[11月1日]] - [[いかりや長介]]、[[お笑いタレント]]・[[ザ・ドリフターズ]][[リーダー]]（+ [[2004年]]）&lt;br /&gt;
* 11月1日 - [[大村崑]]、俳優・コメディアン&lt;br /&gt;
* 11月1日 - [[菊池俊輔]]、作曲家&lt;br /&gt;
* [[11月2日]] - [[ノーマン・ミネタ]]、[[アメリカ合衆国]]の運輸長官&lt;br /&gt;
* 11月2日 - [[小森光生]]、元[[プロ野球選手]]&lt;br /&gt;
* [[11月3日]] - [[松永怜一]]、アマチュア野球指導者&lt;br /&gt;
* [[11月5日]] - [[赤瀬川隼]]、小説家&lt;br /&gt;
* [[11月6日]] - [[マイク・ニコルズ]]、映画監督&lt;br /&gt;
* [[11月8日]] - [[川村たかし]]、[[児童文学作家]]&lt;br /&gt;
* 11月8日 - [[ジョージ・マチューナス]]、[[現代美術家]]（+ [[1978年]]）&lt;br /&gt;
* [[11月9日]] - [[白石一郎]]、小説家（+ 2004年）&lt;br /&gt;
* [[11月11日]] - [[柴田英治]]、元プロ野球選手（+ [[1999年]]）&lt;br /&gt;
* [[11月29日]] - [[勝新太郎]]、俳優（+ [[1997年]]）&lt;br /&gt;
* [[11月30日]] - [[浅井昭衛]]、宗教団体[[冨士大石寺顕正会|顕正会]]会長&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 12月 ===&lt;br /&gt;
* [[12月7日]] - [[ジェームズ・グローガン]]、[[フィギュアスケート]]選手（+[[2000年]]）&lt;br /&gt;
* [[12月8日]] - [[杉浦直樹]]、俳優&lt;br /&gt;
* [[12月9日]] - [[岩下守道]]、元[[プロ野球選手]]&lt;br /&gt;
* [[12月11日]] - [[山本富士子]]、女優&lt;br /&gt;
* [[12月14日]] - [[高島孝之]]、[[実業家]]（+[[1981年]]）&lt;br /&gt;
* [[12月15日]] - [[谷川俊太郎]]、[[詩人]]&lt;br /&gt;
* [[12月18日]] - [[北村弘一]]、俳優・声優（+[[2007年]]）&lt;br /&gt;
* [[12月31日]] - [[坂田藤十郎_(4代目)]]、[[歌舞伎役者]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 死去 ==&lt;br /&gt;
* [[1月1日]] - 8代目[[朝寝坊むらく]]、[[落語家]]（* [[1882年]]）&lt;br /&gt;
* [[1月10日]] - [[高島北海]]、[[日本画家]]（* [[1850年]]）&lt;br /&gt;
* [[1月19日]] - [[森道伯]]、[[漢方]]一貫堂医学の創始者（* [[1867年]]）&lt;br /&gt;
* [[1月26日]] - [[アンナ・パヴロワ]]、[[バレリーナ]]（* [[1881年]]）&lt;br /&gt;
* [[1月27日]] - [[西ノ海嘉治郎 (2代)|西ノ海嘉治郎]]、[[大相撲]]第25代[[横綱]]（* [[1880年]]）&lt;br /&gt;
* [[2月11日]] - [[チャールズ・アルジャーノン・パーソンズ]]、[[技術者]]（* [[1854年]]）&lt;br /&gt;
* [[2月12日]] - [[飯沼貞吉]]、[[白虎隊|白虎隊士]]（* 1854年）&lt;br /&gt;
* [[2月13日]] - [[小出楢重]]、[[画家]]（* [[1887年]]）&lt;br /&gt;
* [[2月26日]] - [[オットー・ヴァラッハ]]、[[化学者]]（* [[1847年]]）&lt;br /&gt;
* [[3月7日]] - [[テオ・ファン・ドースブルフ]]、画家（* [[1883年]]）&lt;br /&gt;
* [[3月11日]] - [[F・W・ムルナウ]]、[[映画監督]]（* [[1888年]]）&lt;br /&gt;
* [[3月20日]] - [[ヘルマン・ミュラー]]、[[ドイツ国首相]]（* [[1876年]]）&lt;br /&gt;
* [[4月4日]] - [[アンドレ・ミシュラン]]、[[ミシュラン|ミシュランタイヤ]]創業者（* [[1853年]]）&lt;br /&gt;
* 4月4日 - [[ジョージ・ホワイトフィールド・チャドウィック]]、[[作曲家]]（* [[1854年]]）&lt;br /&gt;
* [[4月8日]] - [[エリク・アクセル・カールフェルト]]、[[詩人]]（* [[1864年]]）&lt;br /&gt;
* [[4月10日]] - [[ハーリル・ジブラーン]]、詩人（* [[1883年]]）&lt;br /&gt;
* [[4月26日]] - [[ジョージ・ハーバート・ミード]]、[[社会心理学|社会心理学者]]（* [[1863年]]）&lt;br /&gt;
* [[5月7日]] - [[アクセリ・ガッレン＝カッレラ]]、画家（* [[1865年]]）&lt;br /&gt;
* [[5月9日]] - [[アルバート・マイケルソン]]、[[物理学者]]（* [[1852年]]）&lt;br /&gt;
* [[5月12日]] - [[ウジェーヌ・イザイ]]、[[ヴァイオリニスト]]・作曲家（* [[1858年]]）&lt;br /&gt;
* [[5月14日]] - [[デーヴィッド・ベラスコ]]、[[劇作家]]（* [[1853年]]）&lt;br /&gt;
* 5月14日 - [[ヴィクトル・ダイク]]、作家（* [[1877年]]）&lt;br /&gt;
* [[5月15日]] - [[エドウィン・ダン]]、[[お雇い外国人]]の[[農学|農学者]]（* [[1848年]]）&lt;br /&gt;
* [[6月4日]] - [[フサイン・イブン・アリー (マッカのシャリーフ)|フサイン・イブン・アリー]]、[[マッカ]]のシャリーフ（* [[1853年]]）&lt;br /&gt;
* [[6月9日]] - [[ウィリアム・デニング]]、[[天文学者]]（* [[1848年]]）&lt;br /&gt;
* [[6月13日]] - [[北里柴三郎]]、[[医学者]]（* 1853年）&lt;br /&gt;
* [[6月15日]] - [[平林初之輔]]、[[小説家]]（* [[1892年]]）&lt;br /&gt;
* [[6月22日]] - [[アルマン・ファリエール]]、[[フランス第三共和政]]第8代[[フランス大統領の一覧|大統領]]（* [[1841年]]）&lt;br /&gt;
* [[6月23日]] - [[湯浅一郎]]、画家（* [[1869年]]）&lt;br /&gt;
* [[6月26日]] - [[山川健次郎]]、[[教育者]]（* [[1854年]]）&lt;br /&gt;
* [[7月12日]] - [[ナータン・セーデルブロム]]、[[ウプサラ]][[大司教]]（* [[1866年]]）&lt;br /&gt;
* [[7月18日]] - [[木村鷹太郎]]、[[歴史学者]]、[[文学者]]（* [[1870年]]）&lt;br /&gt;
* [[7月20日]] - [[ハーバート・バデリー]]、[[テニス]]選手（* [[1872年]]）&lt;br /&gt;
* [[7月28日]] - [[エミール・ワールブルク]]、物理学者（* [[1846年]]）&lt;br /&gt;
* [[8月1日]] - [[人見絹枝]]、[[陸上選手]]（* [[1907年]]）&lt;br /&gt;
* [[8月26日]] - [[濱口雄幸]]、[[大蔵省|大蔵]][[官僚]]・第27代[[内閣総理大臣]]（* [[1870年]]）&lt;br /&gt;
* [[8月27日]] - [[フランク・ハリス]]、作家・[[編集者]]（* [[1856年]]）&lt;br /&gt;
* [[9月3日]] - [[フランツ・シャルク]]、[[指揮者]]（* [[1863年]]）&lt;br /&gt;
* [[9月18日]] - [[アンゲラ・ラウバル]]、[[アドルフ・ヒトラー]]の姪（* [[1908年]]）&lt;br /&gt;
* [[9月25日]] - [[ウルリヒ・フォン・ヴィラモーヴィッツ＝メレンドルフ]]、[[文献学|文献学者]]（* [[1848年]]）&lt;br /&gt;
* [[10月1日]] - [[小堀鞆音]]、日本画家（* [[1864年]]）&lt;br /&gt;
* [[10月2日]] - [[トーマス・リプトン]]、[[実業家]]・[[リプトン]]創業者（* [[1848年]]）&lt;br /&gt;
* [[10月3日]] - [[カール・ニールセン]]、作曲家（* [[1865年]]）&lt;br /&gt;
* [[10月18日]] - [[トーマス・エジソン]]、[[発明家]] （* [[1847年]]）&lt;br /&gt;
* [[10月21日]] - [[アルトゥル・シュニッツラー]]、小説家（* [[1862年]]）&lt;br /&gt;
* [[11月6日]] - [[ジャック・チェスブロ]]、[[メジャーリーグベースボール]]選手（* [[1874年]]）&lt;br /&gt;
* [[11月11日]] - [[渋沢栄一]]、[[実業家]]（* [[1840年]]）&lt;br /&gt;
* [[12月2日]] - [[ヴァンサン・ダンディ]]、作曲家（* [[1851年]]）&lt;br /&gt;
* [[12月3日]] - [[尾竹越堂]]、日本画家（* [[1868年]]）&lt;br /&gt;
* 12月3日 - [[花井卓蔵]]、[[弁護士]]・[[貴族院 (日本)|貴族院議員]]（* [[1868年]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ノーベル賞 ==&lt;br /&gt;
* [[ノーベル物理学賞|物理学賞]] - 該当者なし&lt;br /&gt;
* [[ノーベル化学賞|化学賞]] - [[カール・ボッシュ]]（[[ドイツ]]）、[[フリードリッヒ・ベルギウス]]（ドイツ）&lt;br /&gt;
* [[ノーベル生理学・医学賞|生理学・医学賞]] - [[オットー・ワールブルク]]（ドイツ）&lt;br /&gt;
* [[ノーベル文学賞|文学賞]] - [[エリク・アクセル・カールフェルト]]（[[スウェーデン]]）&lt;br /&gt;
* [[ノーベル平和賞|平和賞]] - [[ジェーン・アダムズ]]（[[アメリカ合衆国|アメリカ]]）、[[ニコラス・バトラー]]（アメリカ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:1931年|*]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[en:1931]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Tamac777</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%8B%E3%83%BC%E5%96%9C%E5%A4%9A%E5%B7%9D&amp;diff=395427</id>
		<title>ジャニー喜多川</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%8B%E3%83%BC%E5%96%9C%E5%A4%9A%E5%B7%9D&amp;diff=395427"/>
				<updated>2021-12-07T01:36:07Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Tamac777: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:ジャニー喜多川.jpg|400px|thumb|[[ジャニー喜多川]]]]&lt;br /&gt;
'''ジャニー喜多川'''（ジャニーきたがわ、Johnny H. Kitagawa, 本名: ジョン・ヒロム・キタガワ（John Hiromu Kitagawa）、 漢字表記：喜多川 擴（きたがわ ひろむ）、[[1931年]][[10月23日]] - [[2019年]][[7月9日]]）は、日本の[[実業家]]・芸能[[プロモーター]]で、[[ジャニーズ事務所]]、ジャニーズ出版、ヤングコミュニケーションの社長である。[[アメリカ合衆国|アメリカ]]、[[ロサンゼルス]]生まれの[[日系アメリカ人]]二世。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
=== 生い立ち ===&lt;br /&gt;
高野山米国別院（第3代主監）の僧侶・喜多川諦道（1946年から1949年まで、プロ野球チーム「金星スターズ（元・ゴールドスター）」のマネージャーだった人物） の次男として、1931年10月23日に[[アメリカ合衆国|アメリカ]]・[[ロサンゼルス]]に生まれる。母親は幼少時にアメリカで死別している。ちなみに子供の頃のあだ名は「ヒー坊」だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[太平洋戦争]]開戦後、[[日系人の強制収容]]により、父、姉（[[メリー喜多川]]、当時の本名: ヤスコ・メアリー・キタガワ、漢字表記：喜多川泰子）、兄（あだ名は「マー坊」。[[アメリカ航空宇宙局|NASA]]でアポロの設計もしていた科学者だったが現在は故人）、そして弟と共に、[[カリフォルニア州]]内に抑留されるが、[[1942年]]6月18日の第一次日米[[交換船]]で来日した。終戦まで日本で過ごし、両親の出身地・[[和歌山県]][[和歌山市]]に在住していた。しかし、[[1945年]]7月9日の[[和歌山大空襲]]で焼け出される。戦後は姉とともにアメリカに帰国、ロサンゼルスの高校を卒業。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして[[1952年]]、陸軍犯罪捜査局（CID）の情報員として、ロサンゼルス市立カレッジを卒業した姉と共に再来日する。米軍関係の仕事の一環として、当時勃発していた[[朝鮮戦争]]による[[戦災孤児]]に[[英語]]を教えるために、日本でわずか10ヶ月で[[朝鮮語]]をマスターし、すぐ[[韓国]]の[[板門店]]に出向き、1年2ヶ月間に渡って子供達に英語を教えた。さらに再来日した後は、[[アメリカ合衆国|アメリカ]]大使館で軍事顧問団に勤務。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、[[上智大学]]国際部に進学し、卒業。大学在学中の[[1955年]]にバンドを結成し、[[芸能界]]へ参入。以降は日本に永住している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ジャニーズ事務所の設立 ===&lt;br /&gt;
[[1960年代]]初頭、ジャニー喜多川は自分の住んでいた[[東京]]の[[在日米軍]]宿舎「ワシントンハイツ」（現在は[[代々木公園]]）にて、近所の少年たち約30名を集めた少年野球チームのコーチをしていた。そのチーム名は、喜多川擴のアメリカ国籍での名前「ジャニー」からとって「ジャニーズ」と名付けられた。このチームのメンバーには、[[浜田光夫]]・小畑やすし・設楽幸嗣らもおり、応援団には[[松島トモ子]]までもが居た。しかもプロ球団や[[力道山]]などに支援されていて、練習場も後に池袋の[[立教大学]]のグラウンドへと移行した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ある日、このチームのメンバーの中から代々木中学校に通う4名を選び、映画館に連れて行く。そして、そこで観た『[[ウェストサイドストーリー]]』に一同感動し、エンターテインメント事業を興そうと決意する。そしてこの4名の少年で、最初のグループである[[ジャニーズ]]（通称・初代ジャニーズ）を[[1962年]]4月に結成。最初は池袋西口にある芸能プロダクション「新芸能学院（現：名和プロダクション）」に籍を置いていたが、1962年6月に[[ジャニーズ事務所]]を創業。当初は[[渡辺プロダクション]]の管理下に置いていたが、[[1975年]]1月になって正式に株式会社として法人登記される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
姉のメリー喜多川は、[[1950年代]]から四谷三丁目の円通寺坂入口右手の角にあった「スポット」という名のカウンターバーを経営しており、バーの客だった[[東京新聞]]記者（後に作家）の[[藤島泰輔]]と結婚した。ジャニーがジャニーズ事務所を興すとバーを閉店し、事務所の経理を担当するようになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
事務所の黎明期には、[[フォーリーブス]]・[[郷ひろみ]]・[[たのきんトリオ]]・[[シブがき隊]]・[[少年隊]]・[[光GENJI]]などで正統派[[アイドル|男性アイドル]]の礎を築き、また正統派だけでは通用しなくなると、[[SMAP]]以降の男性アイドルの活躍の場を[[バラエティ]]の分野にも拡げた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===タレントに対する性的行為についての報道=== &lt;br /&gt;
ジャニー喜多川が[[同性愛者]]([[少年愛]])であり、事務所に所属する男性タレントに対して猥褻な行為を行っているとの話は、1960年代から散発的に報道されていた。元所属タレントらも元フォーリーブスの[[北公次]]は『光GENJIへ』（[[データハウス]]、1988年12月）、元[[ジューク・ボックス]]の小谷純とやなせかおるは『さらば!!光GENJIへ』（[[データハウス]]、1989年9月）、元ジャニーズの中谷良は『ジャニーズの逆襲』（[[データハウス]]、1989年10月）、[[平本淳也|平本淳也]]は『ジャニーズのすべて―少年愛の館』（[[鹿砦社]]、1996年4月）などを出版した。1988年～1989年に『[[噂の眞相]]』がこの問題を数回取り上げた。&lt;br /&gt;
なお、[[自由民主党 (日本)|自民党]]衆議院議員（当時）・[[阪上善秀]]（元・[[宝塚市]]長）が2000年4月13日にこの問題を[[衆議院]]で取り上げている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 裁判 ===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1999年]]、『[[週刊文春]]』がジャニーズ事務所に関する特集記事を掲載し、ジャニーが所属タレントに対して猥褻な行為を行い、事務所では未成年所属タレントの喫煙などがあると報道した。これに対しジャニー側は記事が[[名誉毀損]]であるとして、文春に対し1億円あまりの損害賠償を求める民事訴訟を起こした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2002年]]3月27日の一審判決では、ジャニー側が勝訴し、東京地裁は文春側に880万円の損害賠償を命じた。文春側はこれを不服として東京高裁に控訴した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2003年]]7月15日の二審判決では、猥褻部分の勝訴は取り消され、損害賠償額は120万円に減額された。ジャニー側は損害賠償額を不服として最高裁に上告したが、[[2004年]][[2月24日]]に棄却され、120万円の損害賠償が確定した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、『[[ニューヨーク・タイムズ]]』、『[[オブザーバー (イギリスの新聞)|オブザーバー]]』などの海外メディアでも大々的に取り上げられ、この問題を[[タブー]]視するなどして報道しない日本のマスメディアの姿勢を批判した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 逸話 ==&lt;br /&gt;
* ジャニー喜多川は所属タレントを呼ぶ時に、「YOU」と呼ぶことが多い。（ただし、[[横山裕]]のことだけは「ヨコ」と呼んでいる。）その他、いきなり「今日日曜日だし、YOU、プール来ちゃいなよ。」と電話で話してくるなど、所属タレントに出演番組でよくネタにされ、所属タレントだけでなく多くの芸能人に「YOU、〜しちゃいなよ」という喋り方で真似・ネタにされている。また、「〜しちゃいなよ」という一声でグループが結成されたりコンサートが決定したりと、軽いノリながら重要な決定を下すことも多いらしく、これも所属タレントによって数多くのエピソードが語られている。&lt;br /&gt;
* 「敬語は堅苦しいから」とジャニーから敬語禁止令が出ているため、所属タレントは皆、ジャニーに対し[[ため口]]で話している。所属タレントからの呼称は「ジャニーさん」または「社長」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 受賞 ==&lt;br /&gt;
* 2003年、[[菊田一夫演劇賞]]「特別賞」受賞 （ただし授賞式には[[堂本光一]]を代理人として行かせた。）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連文献 ==&lt;br /&gt;
*あおきひろし　『ボクの夢はキミたちが描く夢～ジャニー喜多川が語るジャニーズ塾の子供たち』　メタモル出版、1999年8月。&lt;br /&gt;
* 和泉ヒロシ　『ジャニーズ・ファミリー － 裸になった少年たち －』　オリオン出版、1976年6月。&lt;br /&gt;
*[[江木俊夫]]　『ジャニー喜多川さんを知ってますか』　KKベストセラーズ、1997年7月。&lt;br /&gt;
* 鶴田康文　『ジャニーさん』 データハウス、1990年3月。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
*芸能裁判研究班　『平成の芸能裁判大全』　鹿砦社、2003年10月。&lt;br /&gt;
*小菅宏　『芸能をビッグビジネスに変えた男「ジャニー喜多川」の戦略と戦術』　講談社、2007年3月。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[ジャニーズ事務所]]&lt;br /&gt;
*[[渡辺プロダクション]]&lt;br /&gt;
*[[吉本興業]]&lt;br /&gt;
*[[渡辺晋]]&lt;br /&gt;
*[[吉野伊佐男]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:きたかわしやに}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の芸能プロモーター]]&lt;br /&gt;
[[Category:ジャニーズ事務所]]&lt;br /&gt;
[[Category:ロサンゼルス出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:日系アメリカ人の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:和歌山県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1931年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:ペドフィリア]]&lt;br /&gt;
[[Category:少年愛]]&lt;br /&gt;
[[Category:2019年没]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Tamac777</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E4%BB%8A%E4%BA%95%E9%9B%85%E4%B9%8B&amp;diff=395191</id>
		<title>今井雅之</title>
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				<updated>2021-11-29T22:34:09Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Tamac777: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{ActorActress&lt;br /&gt;
| 芸名 = 今井 雅之&lt;br /&gt;
| ふりがな = いまい まさゆき&lt;br /&gt;
| 画像ファイル =&lt;br /&gt;
| 画像サイズ =&lt;br /&gt;
| 画像コメント =&lt;br /&gt;
| 本名 = 同じ&lt;br /&gt;
| 別名 =&lt;br /&gt;
| 出生地 = [[兵庫県]][[城崎郡]][[日高町_(兵庫県)|日高町]]&lt;br /&gt;
| 死没地 =&lt;br /&gt;
| 国籍 = {{JPN}}&lt;br /&gt;
| 民族 =&lt;br /&gt;
| 血液型 = [[ABO式血液型|O型]]&lt;br /&gt;
| 生年 = 1961&lt;br /&gt;
| 生月 = 4&lt;br /&gt;
| 生日 = 21&lt;br /&gt;
| 没年 = 2015&lt;br /&gt;
| 没月 = 5&lt;br /&gt;
| 没日 = 28&lt;br /&gt;
| 職業 =&lt;br /&gt;
| ジャンル = [[俳優]]・[[演出家]]&lt;br /&gt;
| 活動期間 = [[1986年]] -&lt;br /&gt;
| 活動内容 =&lt;br /&gt;
| 配偶者 =&lt;br /&gt;
| 家族 =&lt;br /&gt;
| 事務所 = [[オスカープロモーション]]&lt;br /&gt;
| 公式サイト = [http://catalog.oscarpro.co.jp/PcSearch/talent_detail/Talent/talent_search_result_list/140/ オフィシャルプロフィール]&lt;br /&gt;
| 主な作品 = '''演劇'''&amp;lt;br /&amp;gt;『[[THE WINDS OF GOD]]』&amp;lt;hr /&amp;gt;'''映画'''&amp;lt;br /&amp;gt;『[[静かな生活]]』／『THE WINDS OF GOD』&amp;lt;hr /&amp;gt;'''テレビドラマ'''&amp;lt;br /&amp;gt;『[[お金がない!]]』／『[[味いちもんめ]]』&lt;br /&gt;
| アカデミー賞 =&lt;br /&gt;
| AFI賞 =&lt;br /&gt;
| 英国アカデミー賞 =&lt;br /&gt;
| セザール賞 =&lt;br /&gt;
| エミー賞 =&lt;br /&gt;
| ジェミニ賞 =&lt;br /&gt;
| ゴールデングローブ賞 =&lt;br /&gt;
| ゴールデンラズベリー賞 =&lt;br /&gt;
| ゴヤ賞 =&lt;br /&gt;
| グラミー賞 =&lt;br /&gt;
| ブルーリボン賞 =&lt;br /&gt;
| ローレンス・オリヴィエ賞 =&lt;br /&gt;
| 全米映画俳優組合賞 =&lt;br /&gt;
| トニー賞 =&lt;br /&gt;
| 日本アカデミー賞 = '''優秀助演男優賞受賞'''&amp;lt;br /&amp;gt;[[1996年]] 『静かな生活』&lt;br /&gt;
| その他の賞 = '''[[キネマ旬報賞]] 新人男優賞''' [[1995年]]&amp;lt;br /&amp;gt;『THE WINDS OF GOD』／『静かな生活』&lt;br /&gt;
| 備考 =&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
'''今井 雅之'''（いまい まさゆき、[[1961年]][[4月21日]] - [[2015年]][[5月28日]]）は、[[日本]]の[[俳優]]・[[演出家]]である。[[兵庫県]][[城崎郡]][[日高町_(兵庫県)|日高町]]出身。身長178cm。[[空手道]]弐段、[[柔道]]初段。[[オスカープロモーション]]所属。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
代表作は原作も手がけた演劇・映画『[[THE WINDS OF GOD]]』、出身地で撮影し、初監督した『SUPPINぶるうす ザ・ムービー』など。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==来歴・人物==&lt;br /&gt;
幼いころから[[映画]]（[[洋画]]）・[[テレビドラマ]]が好きだった。特に[[千葉真一]]の熱狂的なファンで&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web |author = 今井雅之 |authorlink = 今井雅之 |date = 2010-10-24 |url = http://ameblo.jp/i-masayuki/entry-10686169761.html |title = 大先輩 |work = 今井雅之の押忍！ |publisher = アメーバブログ &amp;lt;!--|archiveurl = http://liveweb.archive.org/http://ameblo.jp/i-masayuki/entry-10686169761.html |archivedate = 2012-9-28--&amp;gt; |accessdate = 2012-3-3 }}&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web |author = 今井雅之 |date = 2011-6-28 |url = http://ameblo.jp/i-masayuki/entry-10937286125.html |title = 千葉先輩!!! |work = 今井雅之の押忍！ |publisher = アメーバブログ &amp;lt;!--|archiveurl = http://liveweb.archive.org/http://ameblo.jp/i-masayuki/entry-10937286125.html |archivedate = 2012-9-28--&amp;gt; |accessdate = 2012-3-3 }}&amp;lt;/ref&amp;gt;、テレビドラマ『[[キイハンター]]』に影響され、友達と『キイハンター』ごっこで遊ぶときには千葉に扮していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[兵庫県立豊岡高等学校]]卒業後、俳優になろうと志すが、自衛官の父に俳優になりたいのであれば自活するよういわれ、[[1980年]]4月[[陸上自衛隊]]に[[一般曹候補学生]]で入隊。同年12月[[滋賀県]][[今津町 (滋賀県)|今津町]]の[[第3師団 (陸上自衛隊)|第3師団]][[第3戦車大隊]]（[[今津駐屯地]]）に配属。上官に[[俳優]]になりたいため辞めたい旨を告げ、「自衛隊は俳優養成所ではないぞ」と叱られる。[[1981年]]9月、[[陸士長]]で自己都合退職。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1986年]]3月[[法政大学]][[文学部]]英文学科卒業。[[1986年]][[奈良橋陽子]]演出『MONKEY』にて[[演劇]]デビュー。映画『[[静かな生活]]』のストーカー役で[[1996年]][[日本アカデミー賞]]優秀助演男優賞受賞。当初奈良橋の主宰する[[UPS]]に所属していたが、『THE WINDS OF GOD』の[[ニューヨーク]]オフ･ブロードウェイ公演が頓挫したことに端を発する事務所とのトラブルから独立。[[エル・カンパニー]]を立ち上げる。[[1998年]]幾多のトラブルに見舞われながらも、オフ・オフ・ブロードウェイで公演、成功を収める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2005年]][[3月9日]]の『[[愛のエプロン]] 男祭り大会』で中エプにランキングされるなど、料理が得意。売れない時代に、「ラ・ボエム」の1号店（原宿店）に7年間勤める。自衛官時代の癖で大声で客の注文を復唱し店長の顰蹙を買い調理に回される{{要出典|date=2011年1月}}。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このほか[[岩波書店]]から『若いぼくらにできること-体験的教育論』（1997年、ISBN 4005002870）など複数の著作があり、[[日本文化チャンネル桜]]賛同人になったり、[[神社本庁]]や[[日本会議]]、靖国会館などでの講演会で[[特攻隊]]を「[[武士道]]精神に溢れる」と語るなど、[[保守派]]・[[右派]]文化人としての側面も見せるともに、『THE WINDS OF GOD』公演の最後には涙ながらに「'''NO MORE WAR!'''」と叫ぶなど、[[反戦]]への意志も強い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==出演==&lt;br /&gt;
=== 演劇 ===&lt;br /&gt;
*[[THE WINDS OF GOD]]（今井雅之脚本・演出・主演） - 平成3年度[[芸術祭 (文化庁)|文化庁芸術祭賞]]（原作・脚本・演技）受賞&lt;br /&gt;
*:[[1988年]]に初演から数十回にわたり再演をしており、海外（ニューヨーク、ロンドン、ハワイ）での公演も高い評価を得ている。[[2005年]]は今井雅之主演の舞台、[[DonDokoDon]]の[[山口智充]]と[[V6 (グループ)|V6]]の[[森田剛]]出演によるテレビドラマ、ハリウッドで全編英語脚本・日本人キャスト・スタッフによる映画制作がされている。&lt;br /&gt;
*:この演劇は一時封印していたが、[[アメリカ同時多発テロ事件]]を『神風アタック』と表現した米メディアに憤りを感じ、再演を決意したという。[[2009年]][[せんがわ劇場アンサンブル]]公演はこれまで演じていた兄貴役を[[重松隆志]]が演じ、今井雅之が演出をするオール新キャスト版が上演された。金太役は舞台「[[世界の中心で、愛をさけぶ]]」出演の[[古屋暢一]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===映画===&lt;br /&gt;
*[[彼女が水着に着替えたら]]&lt;br /&gt;
*[[ポップコーンLOVE]]&lt;br /&gt;
*[[静かな生活]]&lt;br /&gt;
*[[T・R・Y]]&lt;br /&gt;
*[[226 (映画)|226]]（1989年） - 中島莞爾 役&lt;br /&gt;
*[[八つ墓村 (1996年の映画)|八つ墓村]]&lt;br /&gt;
*[[右向け左!自衛隊へ行こう]]&lt;br /&gt;
*[[THE WINDS OF GOD]]&lt;br /&gt;
*[[Summer Nude]]&lt;br /&gt;
*[[起業士_天馬]]&lt;br /&gt;
*[[しあわせカモン]]（2009年） - 主人公[[松本哲也 (シンガーソングライター)|松本哲也]]の父•哲夫 役&lt;br /&gt;
*[[ストロベリーナイト (映画)|ストロベリーナイト]]（2013年） - 宮崎真一郎 役&lt;br /&gt;
*[[極道の妻(つま)たち Neo]]（2013年6月8日公開）- 加藤修 役&lt;br /&gt;
ほか多数&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== テレビドラマ ===&lt;br /&gt;
;[[NHK総合テレビジョン|NHK総合]]&lt;br /&gt;
*[[ドラマ人間模様]]「婚約」（1987年1月）&lt;br /&gt;
*[[ノンちゃんの夢]]（1988年4月-10月）&lt;br /&gt;
*[[ええにょぼ]]（1993年4月-10月）&lt;br /&gt;
*[[花の乱]]（1994年4月-12月） [[細川政元]]役&lt;br /&gt;
*[[ハチロー〜母の詩、父の詩〜]]（2005年1月-3月）アイン役&lt;br /&gt;
*[[ザ・ライバル「少年サンデー・少年マガジン物語」]]（2009年5月5日）&lt;br /&gt;
* 北九州放送局・開局80周年記念[[福岡発地域ドラマ]]「[[熱血!オヤジバトル|オヤジバトル!]]」（2012年2月） - 鉄工所社長 役&lt;br /&gt;
*[[プレミアムドラマ]]「かすていら」（2013年7月-8月、[[NHK BSプレミアム]]） - 岡崎一郎 役&lt;br /&gt;
*[[鼠、江戸を疾る#テレビドラマ|鼠、江戸を疾る]]（2014年） - 谷本亘兵衛 役&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]系&lt;br /&gt;
*[[勝手にしやがれヘイ!ブラザー]] 第14話（1990年1月26日）強盗犯（アニキ）役&lt;br /&gt;
*[[火曜サスペンス劇場]]&lt;br /&gt;
**「[[隠し続けた女]]」（1995年）黒田役&lt;br /&gt;
**「[[小京都ミステリー]]」（1998年）長坂翔役&lt;br /&gt;
*[[もう呼ぶな、海!]]（1999年2月、[[札幌テレビ放送|札幌テレビ]]）&lt;br /&gt;
*[[リミット もしも、わが子が…]]（2000年、[[讀賣テレビ放送|読売テレビ]]）&lt;br /&gt;
*[[極限推理コロシアム]]（2004年、読売テレビ）&lt;br /&gt;
*[[87%]]（2005年1月-3月）川上役&lt;br /&gt;
*[[ニセ医者と呼ばれて 〜沖縄・最後の医介輔〜]]（2010年12月、読売テレビ）&lt;br /&gt;
*[[お助け屋☆陣八]]（2013年、読売テレビ） - 荒巻隆治 役&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;[[TBSテレビ|TBS]]系&lt;br /&gt;
*[[俺たちルーキーコップ]]（1992年4月-7月）森川役&lt;br /&gt;
*[[月曜ドラマスペシャル]]&lt;br /&gt;
**「[[演歌・唱太郎の人情事件日誌]]1」（1996年9月2日） - 木田洋一 役&lt;br /&gt;
**「[[浅見光彦シリーズ]]8」（1997年3月10日） - 松山刑事 役&lt;br /&gt;
**「[[早乙女千春の添乗報告書]]6」（1998年4月6日） - 大竹英司 役&lt;br /&gt;
*[[HOTEL]] シリーズ5 第11話「11.ホテルマンの復讐」（1998年） ゲスト&lt;br /&gt;
*[[月曜ミステリー劇場]]&lt;br /&gt;
**[[探偵・喜多嶋翔子の調査報告書]] （2002年7月29日）- 西田拓三 役&lt;br /&gt;
**[[おばさん会長・紫の犯罪清掃日記 ゴミは殺しを知っているシリーズ|おばさん会長・紫の犯罪清掃日記 ゴミは殺しを知っている]]（2003年）&lt;br /&gt;
**[[やとわれ女将・菊千代の事件簿]]2（2005年2月）&lt;br /&gt;
*[[いのちの島]]（2009年11月23日） 長谷川治役&lt;br /&gt;
*[[日曜劇場]]・[[JIN-仁-|JIN-仁- 完結編]]（2011年4月-6月） 提供ナレーション&lt;br /&gt;
*[[月曜ゴールデン]]&lt;br /&gt;
**[[ヤメ判 新堂謙介 殺しの事件簿]]2（2012年1月）- 大八木徹 役&lt;br /&gt;
**[[警視庁心理捜査官・明日香]]2（2012年2月）- 梶原庸介 役&lt;br /&gt;
**[[ホームドクター・神村愛]]（2012年4月 - ）- 三村和志 役&lt;br /&gt;
**[[おふくろ先生の診療日記#第6作（2013年）|おふくろ先生の診療日記]]（2013年11月）- 芹沢雄策 役&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;[[フジテレビジョン|フジテレビ]]系&lt;br /&gt;
*[[戦艦大和 (テレビドラマ)|戦艦大和]]（1990年8月10日）&lt;br /&gt;
*[[世にも奇妙な物語]]&lt;br /&gt;
**『石田部長代理の災難』（1991年）&lt;br /&gt;
**『常識酒場』『トラブル・カフェ』（1992年）&lt;br /&gt;
**『心の声が聞こえる』（1994年）&lt;br /&gt;
** 春の特別編『怪我』（1996年）&lt;br /&gt;
**『扉の先』（1997年）&lt;br /&gt;
*[[NIGHT HEAD]]（1992年12月）&lt;br /&gt;
*[[お金がない!]]（1994年7月-9月）&lt;br /&gt;
*[[沙粧妙子・最後の事件]]（1995年7月-9月）&lt;br /&gt;
*[[ギフト (テレビドラマ)|ギフト]]（1997年4月-6月）&lt;br /&gt;
*[[お見合い結婚]]（2000年1月-3月）&lt;br /&gt;
*[[自由死刑#テレビドラマ|あしたの、喜多善男〜世界一不運な男の、奇跡の11日間〜]]（2008年1月-3月、[[関西テレビ放送|関西テレビ]]）&lt;br /&gt;
*[[泣かないと決めた日]]（2010年3月）中村恭一郎役&lt;br /&gt;
*[[WONDA×AKB48 ショートストーリー「フォーチュンクッキー」]] （2013年7月7日） - 井口課長 役&lt;br /&gt;
*[[金曜エンタテイメント]]&lt;br /&gt;
**「[[ナースな探偵]]」（1997年 - 1998年） - 成沢刑事 役&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;[[テレビ朝日]]系&lt;br /&gt;
*[[味いちもんめ]]II 京都編（1996年1月-3月） - 横山剛 役&lt;br /&gt;
**'97新春ドラマスペシャル 味いちもんめ（1997年1月）&lt;br /&gt;
**'2011新春ドラマスペシャル 味いちもんめ（2011年1月）&lt;br /&gt;
**'2013ドラマスペシャル 味いちもんめ（2013年5月）&lt;br /&gt;
*[[愛は正義]]（2001年1月-3月）&lt;br /&gt;
*[[バラ色の聖戦#テレビドラマ|バラ色の聖戦]]（2011年）花房銀次役&lt;br /&gt;
*[[土曜ワイド劇場]]&lt;br /&gt;
**「[[同居人カップルの殺人推理旅行]]」（1995年）新城巧 役&lt;br /&gt;
**「[[法医学教室の事件ファイル]]」（1996年）門野茂昭 役&lt;br /&gt;
**「[[“繭の密室”連続殺人事件]]」（1998年）日比野功一 役&lt;br /&gt;
**「[[キソウの女]]」（2006年、[[ABCテレビ|朝日放送]]）鵜飼直己 役&lt;br /&gt;
**「[[西村京太郎トラベルミステリー|西村京太郎トラベルミステリー54]]・伊豆の海に消えた女」（2010年）小山警部 役&lt;br /&gt;
**「[[はみだし弁護士・巽志郎]]」（2012年、朝日放送）小笠原正平 役&lt;br /&gt;
*[[砂の器#2011年版|松本清張ドラマスペシャル 砂の器]] 第一夜（2011年9月10日、テレビ朝日） - 強盗殺人犯 山田 役&lt;br /&gt;
*[[刑事魂]]（2012年3月31日） - 蒲田光輝 役&lt;br /&gt;
*[[ダブルス～二人の刑事]]（2013年6月6日、13日） -&lt;br /&gt;
*[[オリンピックの身代金 (奥田英朗)#テレビドラマ|オリンピックの身代金]]（2013年11月30日・12月1日、テレビ朝日） - 警備員 役&lt;br /&gt;
*[[宮本武蔵 (2014年のテレビドラマ)|宮本武蔵]]（2014年3月15日・16日、テレビ朝日） - 岩間角兵衛 役&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;[[テレビ東京]]系&lt;br /&gt;
*人情馬鹿物語「深川の鈴」（1998年1月）&lt;br /&gt;
*[[経済ドキュメンタリードラマ ルビコンの決断]]（2010年8月）[[中野勝義]] 役&lt;br /&gt;
*[[水曜ミステリー9]]&lt;br /&gt;
**「[[ハマの子宝先生 24時殺意の産声]]」（2006年）&lt;br /&gt;
**「[[捜査検事・近松茂道]]」（2011年）秦野警部 役&lt;br /&gt;
**「[[刑事の証明]]」（2012年）浜口正吾 役&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== テレビCM ===&lt;br /&gt;
* [[協和発酵キリン|協和発酵]]「焼酎 大五郎」&lt;br /&gt;
* [[小林製薬]]「トイレその後に」（2006年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== バラエティ ===&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- 単発のゲスト出演は不要。レギュラー番組のみ記述をお願いします。「Wikipedia:ウィキプロジェクト 芸能人」参照 --&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[中居くん温泉]]（[[1997年]]、読売テレビ） - メイン司会の[[中居正広]]とテレビ朝日のテレビドラマ「味いちもんめ」以来の久々の共演。中居の演技を絶賛し、「味 - 」撮影時に中居とつかみ合いのシーンの終了後、撮影終了しているにもかかわらず、すぐに手を離すことができずしばらくにらみ合ってしまい、[[アシスタントディレクター|AD]]が仲裁に入った等の話で盛り上がっていた。撮影現場の雰囲気はとてもよく、「パート157までいってほしい」と「味いちもんめ」を絶賛している[http://ameblo.jp/i-masayuki/entry-10728536766.html ]。&lt;br /&gt;
* [[英語でしゃべらナイト]]（NHK） - 自慢の英語で、映画『[[ターミナル (映画)|ターミナル]]』公開時に来日していた[[トム・ハンクス]]にインタビューをした。その際、「あなたの英語は素晴らしい」と褒められる。その後、スタジオにも出演。&lt;br /&gt;
* [[ニッポン・ダンディ]]（[[東京メトロポリタンテレビジョン|TOKYO MX]]） - 木曜ダンディ&lt;br /&gt;
* [[バラいろダンディ]]（TOKYO MX） - 木曜ダンディ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
*[[2004年]][[3月27日]]の『[[たかじんのそこまで言って委員会]] 春の芸能界スペシャル』（読売テレビ）において、「芸能人にプライバシーはあるか」というテーマが出された。この時、[[サンズエンタテインメント]]社長の[[野田義治]]がマネージメント戦略において、「自分たちは[[女衒]]、タレントは吉原の[[遊女]]」とあくまで遊女を芸人として例えた発言に、今井は激怒した。これに[[浜田幸一]]が「目上の人に向かってそんな口を利くんじゃない」と言うと、今井が「先生に言われたくないですよ。しょっちゅうブチギレてんじゃないですか?キレてる芸で飯食ってるじゃないですか。」と反論。浜田は立腹し途中退席する一幕があった。野田社長や他のゲストである[[ガッツ石松]]が浜田を追っていくと、今井も「行って来ますよ、もうー」と席を立つ。しかしガッツ石松に「今来ちゃだめ。来ない方が良い。」と止められるが、それを押し切って退場する。後日、浜田は『[[行列のできる法律相談所]]』（[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]）で[[島田紳助]]に「また、キレたそうやな」と聞かれ「すまなかった」と謝罪した。なお今井は以前にも、浜田と『イラクへの自衛隊派遣』の是非（今井はイラク派遣には反対・浜田は賛成）について、あるテレビ番組の中で激論を交わし、浜田を激怒させている。&lt;br /&gt;
*大学受験時、入学した法政大学の他、[[青山学院大学]][[文学部]]にも合格したが、当時読売ジャイアンツの[[江川卓 (野球)|江川卓]]のファンだったこともあり、江川の出身校でもある法政大学を選択したが、入学して男子学生のあまりの多さに、当時の今井に華やかなキャンパスライフに映った青学を蹴って入学したことを後悔したこともあったという。&amp;lt;ref&amp;gt;http://journal.ocn.ne.jp/people/vol35/people04.html&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
*[[2013年]][[7月18日]]放送の[[東京メトロポリタンテレビジョン|TOKYO MX]]の番組[[ニッポン・ダンディ]]にて、「[[広島]]や[[沖縄]]のように、平和教育を行っている地域が成人式の騒ぎや''広島の殺人事件''など問題が多い。」と具体的な論拠を示さず発言した。''広島の殺人事件''とは[[2013年]][[7月14日]][[広島県]][[呉市]]の遺体遺棄事件のことである。&lt;br /&gt;
*大学生の時、自分の限界を知るために、様々な挑戦を行った。なお、テントや寝袋を持たず、全て野宿である。&lt;br /&gt;
** 東京～大阪間のマラソン&lt;br /&gt;
***1982年の12月に東京～大阪間のマラソンを行った。冬もかかわらず、野宿をした。一週間で完走することを目標にしていたが10日かかった。長時間、連日走っていたため、途中で足を痛めてしまったが、自衛隊時代の上司に「もし足が壊れたらどうやって治すか。走れば治る！」と言っていたのを思い出し、止まらず走ってみると、走っている最中だけではあるが本当に痛みが収まったという。&lt;br /&gt;
** 奥多摩でサバイバル&lt;br /&gt;
***東京～大阪間のマラソンの約半年後、奥多摩の山で塩とナイフだけで、一週間の野宿を行った。梅雨の時期ということもあり、食料が全くなかったため、木の根、蜘蛛、蟻、カエルを食べた。それだけでは当然空腹を満たすことは出来ず、あまりの空腹のため何度も腹痛が起こり、痛みに耐えられなくなり気絶した。ハイキングコースを歩いていた時、弁当が捨ててあったのを拾って食べた。その弁当のご飯はネバネバしていてカビも生えていたが、感動するほど美味しく、特に海老の天ぷらの尻尾は「この世にこんなうまいものがあるのか。」と思った。このサバイバルで、まともな物を毎日食べられるありがたさを身を持って知った。ちなみに、入山前に70kgあった体重は下山後58kgまで落ちたが、すぐに元の体重に戻った。&lt;br /&gt;
** 真冬の北海道縦断&lt;br /&gt;
***それから3年後、自分の寒さに対する限界を知るために、2月の北海道で稚内～函館を徒歩で横断することに挑戦した。4～5日不眠不休で歩き、吹雪に襲われることも多かった。途中で意識を失って行き倒れになったところを警察に助けられた。その後、何度も意識を失い幻覚を見ながらも函館に辿りつけた。最終的に10日かかった。&lt;br /&gt;
** 真夏の本州縦断マラソン&lt;br /&gt;
***その年の8月、青森～北九州（関門トンネルを抜けるまで）の本州縦断マラソンに挑戦した。この年は記録的な猛暑だったが、北海道の時のように、倒れても凍死することはないため気持ちは楽だったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[日本の男優一覧]]&lt;br /&gt;
*[[兵庫県出身の人物一覧]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://ameblo.jp/i-masayuki/ 今井雅之オフィシャルブログ『今井雅之の「押忍!」』]&lt;br /&gt;
* [http://beamie.jp/t/masayuki_imai.html 今井雅之の所属会社の公式コミュニティサイトオフィシャルプロフィール]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{オスカープロモーション}}&lt;br /&gt;
{{キネマ旬報ベスト・テン新人男優賞}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:いまい まさゆき}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の俳優]]&lt;br /&gt;
[[Category:オスカープロモーション]]&lt;br /&gt;
[[Category:自衛隊出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:陸上自衛官]]&lt;br /&gt;
[[Category:兵庫県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1961年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:2015年没]]&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Tamac777</name></author>	</entry>

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